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第二章 サトリの里
取材企画は難しい
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「うーん、やっぱりなかなか難しいなあ」
佐和子はひとり、編集室から電車で三十分ほどの場所にあるバーベキュー場に来ていた。
管理人には「イベントの下見」と伝え、中に入れてもらっている。
ロッジ併設で、泊まりでバーベキューができる場所だ。最近リフォームしたばかりということで、なかなかおしゃれな作りになっている。
––––自然の多い場所で、道具も全部借りてバーベキューができるっていうのは、もしかしたらあやかしにとって面白いかなあと思ったんだけど。
佐和子は腕を組み、うんうん唸る。こうした施設は管理者の人間が色々と説明はしてくれるが、逆に言えば常に人間の監視下にあるとも言える。
管理人に対してあまりにも的外れな質問をしたり、奇怪な行動を繰り返せば、警察に通報されかねない。実際に現場を見にきて、利用方法のレクチャーを受けてみて、あやかしがこうした施設を利用することの難しさを感じた。
「やっぱり私は人間だし、『あやかしの感覚』は完全には理解できないなあ。編集部の誰かに相談してみようかな……。ひとりで悩んでいても仕方ないし」
食事用に用意されているテーブル席について、佐和子は現場を見て発見したことをメモをまとめる。また取材先候補に一つバツがついてしまったわけだが、以前のように気持ちが急降下してしまうことはもうない。
春原のことがあってから、自分の心を締め付けていたものが一つ外れた気がした。
あやかしたちの幸せのために、有益な情報を提供すること。そのために必要なのは、自分の評価を上げるために無理な努力をすることでもなく、ひとりで頑張ることでもない。力を合わせて、いい記事を作り上げ続けること。
自分をあまり追い詰めないことも大事なのだ。
そう思えるようになってから、心にはゆとりが生まれ、より仕事を前向きに楽しめるようになってきたように思う。
「……よし! ちょっと散歩しながら帰ろう」
今日は曇天だが、雨は降っていなかった。佐和子は荷物を持って、出口へと歩き出す。
「そうだ、ここに来るときに通った和菓子屋さんで、編集部のみんなにおやつを買って帰ろうかな」
「おや、それは名案だねえ」
いるはずのない人物に声をかけられ、佐和子は身を跳ねさせた。
「さっ……笹野屋さん!」
長身に山高帽、紺色の着物を着た永徳がバーベキュー場のベンチに腰掛け、こちらに手を振っている。
「やあ葵さん。下見お疲れ様」
「突然現れないでくださいよ。そして独り言に答えないでください」
「仕方ないじゃないか。君が恋しく……うおっと」
永徳はしまった、という表情をして、片手で自分の口を押さえた。
「え? なんですか? どうしたんですか?」
「いや、なんでもない」
いつもの軽口が飛び出しそうになったように思ったが、永徳は言い切らずにそれを止めた。佐和子が不思議そうな顔をしていると、彼は気を取り直すように咳払いをする。
「葵さん、取材の依頼だ。君と僕とで行く」
「承知しました。今からですか?」
「うん、そうなんだけど……。ただ、ちょっとね。厄介なんだ、取材先が」
気乗りしない様子の永徳を見て、佐和子は警戒する。
「厄介? もしかして、とっても危険なあやかしが取材先なんでしょうか」
頭を横に振った永徳は、心底行きたくない、という表情を浮かべながら佐和子の質問に答える。
「取材先がね。サトリの里なんだよ。最近ダンス動画に凝っているらしくて、何やらそれに関連した催し物を企画しているらしい」
「サトリ……ってあの、心を読むサトリですか」
「そう。そうなんだよ……」
深いため息をつく永徳を見て、佐和子はなんとなく嫌がっている理由を理解した。
––––いつもふわふわヘラヘラしている笹野屋さんのことだから、自分の本心を読まれるのがものすごく嫌なんだろうなあ。
珍しく後ろ向きな永徳を見て、佐和子は密かに笑ったのだった。
佐和子はひとり、編集室から電車で三十分ほどの場所にあるバーベキュー場に来ていた。
管理人には「イベントの下見」と伝え、中に入れてもらっている。
ロッジ併設で、泊まりでバーベキューができる場所だ。最近リフォームしたばかりということで、なかなかおしゃれな作りになっている。
––––自然の多い場所で、道具も全部借りてバーベキューができるっていうのは、もしかしたらあやかしにとって面白いかなあと思ったんだけど。
佐和子は腕を組み、うんうん唸る。こうした施設は管理者の人間が色々と説明はしてくれるが、逆に言えば常に人間の監視下にあるとも言える。
管理人に対してあまりにも的外れな質問をしたり、奇怪な行動を繰り返せば、警察に通報されかねない。実際に現場を見にきて、利用方法のレクチャーを受けてみて、あやかしがこうした施設を利用することの難しさを感じた。
「やっぱり私は人間だし、『あやかしの感覚』は完全には理解できないなあ。編集部の誰かに相談してみようかな……。ひとりで悩んでいても仕方ないし」
食事用に用意されているテーブル席について、佐和子は現場を見て発見したことをメモをまとめる。また取材先候補に一つバツがついてしまったわけだが、以前のように気持ちが急降下してしまうことはもうない。
春原のことがあってから、自分の心を締め付けていたものが一つ外れた気がした。
あやかしたちの幸せのために、有益な情報を提供すること。そのために必要なのは、自分の評価を上げるために無理な努力をすることでもなく、ひとりで頑張ることでもない。力を合わせて、いい記事を作り上げ続けること。
自分をあまり追い詰めないことも大事なのだ。
そう思えるようになってから、心にはゆとりが生まれ、より仕事を前向きに楽しめるようになってきたように思う。
「……よし! ちょっと散歩しながら帰ろう」
今日は曇天だが、雨は降っていなかった。佐和子は荷物を持って、出口へと歩き出す。
「そうだ、ここに来るときに通った和菓子屋さんで、編集部のみんなにおやつを買って帰ろうかな」
「おや、それは名案だねえ」
いるはずのない人物に声をかけられ、佐和子は身を跳ねさせた。
「さっ……笹野屋さん!」
長身に山高帽、紺色の着物を着た永徳がバーベキュー場のベンチに腰掛け、こちらに手を振っている。
「やあ葵さん。下見お疲れ様」
「突然現れないでくださいよ。そして独り言に答えないでください」
「仕方ないじゃないか。君が恋しく……うおっと」
永徳はしまった、という表情をして、片手で自分の口を押さえた。
「え? なんですか? どうしたんですか?」
「いや、なんでもない」
いつもの軽口が飛び出しそうになったように思ったが、永徳は言い切らずにそれを止めた。佐和子が不思議そうな顔をしていると、彼は気を取り直すように咳払いをする。
「葵さん、取材の依頼だ。君と僕とで行く」
「承知しました。今からですか?」
「うん、そうなんだけど……。ただ、ちょっとね。厄介なんだ、取材先が」
気乗りしない様子の永徳を見て、佐和子は警戒する。
「厄介? もしかして、とっても危険なあやかしが取材先なんでしょうか」
頭を横に振った永徳は、心底行きたくない、という表情を浮かべながら佐和子の質問に答える。
「取材先がね。サトリの里なんだよ。最近ダンス動画に凝っているらしくて、何やらそれに関連した催し物を企画しているらしい」
「サトリ……ってあの、心を読むサトリですか」
「そう。そうなんだよ……」
深いため息をつく永徳を見て、佐和子はなんとなく嫌がっている理由を理解した。
––––いつもふわふわヘラヘラしている笹野屋さんのことだから、自分の本心を読まれるのがものすごく嫌なんだろうなあ。
珍しく後ろ向きな永徳を見て、佐和子は密かに笑ったのだった。
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