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座敷わらし、氷の女王とデートをする

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「柊さん、ねえ、どこいくの」

「銀座にいってみたいの」

「銀座あ? 銀座って……なんでまた。僕達があんなところ行ったって、やることないでしょ。食事は異様に高いし。洋服を買うにしたって……」

 どうせすぐに消えてしまうんだから、そう言いそうになって、踏みとどまった。いくら自分が投げやりになっているからって、そんなことを言ったら彼女に失礼だ。

「いいのよ、雰囲気を味わいたいの。ねえ、手を繋いでよ。いいでしょう? 手がダメなら腕」

「腕はもっとダメ」

「じゃあ、手ならいいんだ?」

「ぐいぐいくるなあ……」

「すぐに消えてしまう命だとわかっていて、遠慮するわけないでしょ。私は幸せになりたかったの。お金持ちになって、名声を手に入れて、誰もが羨む生活をして、好きな人に愛される人生を送りたかったの。その一端でも、今叶えておきたいのよ」

「僕が好きなわけじゃないでしょ。好きでもない人とデートして、満たされるの?」

「あら、イケメンは好きよ?」

 口は三日月型に微笑んでいるのに、目が笑っていないのがちょっと怖い。だけど小首を傾げる氷の女王は、なかなか可愛らしくて。なんだか心の中がざわざわしてしまう。

 彼女の希望通り、ハルキ達は銀座通りに到着した。高級ブランドの大型店舗や、ファストファッションの旗艦店、ライオンの銅像が入り口を守る老舗デパートなどがあり、人で溢れている。今日は歩行者天国の日のようで、銀座のメインストリートの中心には、カフェテラスが設置されていた。

 抵抗虚しく、口車に乗せられて、ハルキは彼女の手を握っている。作り物のように美しい彼女の手は、自分のものと同じく温度がない。悦子の手とは違う、冷たい手だ。

 前を向いて歩く彼女は楽しそうで。これで満足してくれるならいいか、と思い直し、ハルキはしかたなく彼女の行く先に付き合っていった。

 彼女が入っていく店は、ブランドショップやデパートが多かった。着物に白髪じゃあ悪目立ちするんじゃないかと思ったのだけど。土地柄か着物の人はそこまで珍しくはないようで、彼女の美しい容姿も相待って、見惚れられることはあれど、蔑んだ目で見られることはなかった。  

 ただ、彼女の様子を見ていて、気になったことがある。

 ハルキとのデートをして楽しんでいるというよりは、「イケメン」とデートをしている自分を他人に見せびらかすのが楽しい、という方がしっくりくると思った。

 お店に入ると必ず誰かに話しかけて、話している間僕に体を擦り寄せたり、頬を寄せてきたりして、「自分は幸せなんだ」ということを他人に向けてアピールしているような感じがする。

 なんだか、ソーシャルメディア映えを意識してる、人間の女の子みたいだな、とハルキは思った。

 少し前のテレビ番組でやっていた。最近の人は、いかに自分の毎日が充実しているかを示すために、美味しいものを食べたり、友達とパーティしているところの写真なんかを、ソーシャルメディアというサービスに投稿するらしい。それで「いいね」をもらったり「シェア」されることで、自分の自尊心を満たしているらしい。

「……やっぱ、座敷わらしっぽくないなあ」

 店を出たところでハルキが呟いた言葉に、彼女は噛み付いた。

「どうしてよ」

「座敷わらしは、誰かの幸せを強く願った子どもの成れの果ての姿なのに。君、自分のことばかりなんだもの」

「そうかしら」

「そうだよ。そもそも、君はどこの家の座敷わらしなの? 誰の幸せを願っているの?」

 彼女はハルキから顔を背け、不貞腐れた子どものような顔をしたかと思うと、ハッと我に返ったような表情をして、あたりをキョロキョロと伺い始めた。

「え、なに? どうしたの?」

 そのまま彼女を見下ろしていると、彼女は視線をなにかに合わせ、意地悪くニヤリ、と笑った。さっきまでも目が笑っていないな、とか、氷のような笑顔だな、と思っていたが、今度はそんなレベルのものではなくて。憎悪を込めた相手にようやく復讐できるみたいな、そんな薄暗い、背筋の凍るような笑顔だった。

「ハルキ」

「へっ」

「動くな」

 そう言われた瞬間。ビリビリと電流が流れたかの衝撃に、全身を縛られた。

 首に彼女のか細い両腕が回されたかと思うと、ぐいと引っ張られる。

 目の前にあったのは、薄い瞼を閉じ、白陶器のような肌をした彼女の顔で。ハルキの唇には、赤く紅が引かれた彼女の唇があわされていた。

「や、やめ……」

「うるさい、黙りなさい」

 彼女がそう口にすると、喋ることもできなくなった。背中に手を回して、目を閉じて、と命令されると、まるで操り人形のように、彼女の指示通りに体が動いてしまう。

 背中にゾワゾワと嫌なものが走る。座敷わらしとしての力が叫んでいる。これはきっと、「不幸の予感」だ。

 ゆっくりと唇が離れた。一方的に、熱烈に押し付けた接吻のせいで、彼女の口の周りは、赤く乱れていた。柊が離れた瞬間、ハルキの体にかけられていた術のようなものは解け、全身の感覚が戻ってくる。

 通行人が嫌悪するようにこちらをチラチラと見ていた。いつか悦子を抱きしめていた時に同じ視線を向けられても、まったく気にならなかったのに。今はとても居心地が悪かった。袖が汚れるのも気にせず、ゴシゴシと手首で唇にべっとりとついた紅を拭う。

「ねえ、なんでこんなことしたの」

「別に。してみたかっただけ」

「相手の気持ちを無視して、こんなことしちゃダメだよ」

「うるさいなあ。もういいわ。飽きた。あなたとはもう終わり。私帰るから」

 くるりとハルキに背を向けた彼女は颯爽と歩いて行き、裏路地に入っていく。

「ちょ、ちょっと待ってよ。まだ話は終わってないよ」

 柊を追って裏路地に入ったが、その姿はすでに消えていた。行き止まりのようになった場所だったので、幽体に戻って壁抜けをしていったのかもしれない。

「なんなんだよ、もう!」

 彼女が消えた路地には、ほのかに黒いモヤの気配が残っていた。
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