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座敷わらし、アポを調整する
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悦子は、とまどっていた。
目の前の座敷わらしがどうも、いつもと違って見えるのだ。
姿形が変わったはずはない。性格が変わったわけでも、急にできる男になった、というわけでもない。
だけどなんだか、輝いて見えるというか、かっこよさが三割増くらいになっている気がするのだ。
平日の昼下り、悦子はセイロンティーを小さな口へ運びつつ、ダイニングでビジネス書に目を落としていた。彼女の前にはいつもの通りハルキがいる。悦子が本を読んでいる時、だいたいハルキも同じように本を読んでいる。
本からちょっとだけ視線を上げて、悦子は座敷わらしを盗み見た。先日の変装で伊達メガネが気に入ったのか、視力が悪くもないのに、眼鏡をかけて本を読んでいる。
「ねえ、悦子さあん。これ、どういう意味?」
「ちょ、ちょっと! 急にこっちを見ないでよ!」
「え。なんで」
「急にこっちを見られたら、ドキドキするじゃない!」
「え……? なんで……?」
眼鏡効果なのかなんなのかわからないが。知的さを増したその眼差しで自分のことを見られると、悦子は落ち着かなくなった。本なんか放り出して、逃げ出してしまいたい気持ちになる。そもそも先ほどから、実は一ページも読み進められていない。
「そ、そういえばハルキ。響さんとのアポはどうなってるのよ。ちゃんと進んでるんでしょうね。実家に連れて行ってあげたんだから、さっさと進めてよね」
そう言い切ったあと、可愛くない言い方をしてしまったと、悦子は心の中で猛省した。しかしハルキは慣れているのか、特に気にする様子もなくあっけらかんと答える。
「約束は約束だからね。ちゃんと進めてるよ。でも、電話とかメッセージとかでお願いすると断られそうな気がしたから、今日の昼お茶をする約束をしたんだ。その時に話すつもり」
「そ、そう。なかなかやるじゃない」
悦子はふたたび自分の高慢な言い方に嫌気が差し、自分の額を平手で打つ。
そんな乙女の心の内など知る由もないハルキは、ポッカリと口をあけて、いつもと違う宿主の様子を不思議そうに眺めている。
––––あああ! もう、どうしちゃったの私は!
「……? そろそろ僕、出かける支度するね」
頭を抱える悦子を不思議そうな顔で見つめつつ。ハルキは席を立つと、バスルームへと向かっていった。
◇◇◇
なんだかんだ、響と数週間会っていない。狐たちは定期的にバーに結婚相手候補を紹介しに来てくれるのだが。
––––あ、そろそろ、東京のお持ち帰りグルメを決めないと。あれだけ一生懸命やってくれるんだから、ちょっといいものを選ばないとな。
そんなことを考えて浮遊しているうちに、ハルキは響との約束の場所にたどり着いた。
今日もまた、待ち合わせはカフェだった。日の当たるテラス席で待っていた響の髪は、日に透けて白金に見えて、いつもよりさらに美しさを増している。黙っていれば天使様みたいな神々しさがある。喋り出すとやんちゃな兄貴って感じなのだけども。
彼は近くの席の女の子たちに話しかけられていたようで、適当な相槌を打ちながら、最後は名刺を渡していた。相変わらずモテている。そして、営業活動にも抜かりがない。
「響さーん! ひさしぶり!」
「おお、ほんとだな。お盆前に一回会ったのが最後だったか」
季節はもう、秋に変わっていた。まだ夏の残り火のような気温ではあったけど、着実に涼しさは増している。都会を行き交う人々の服装も、だんだんと暗いトーンの洋服へと切り替わってきていた。
「で、今日はなんだよ。ていうか、お前うまくいってんの? 彼女と」
「進展はしているような気もするんだけど。都合のいいあやかし枠からは、まだ出られてないね……。はあ……」
「なんかあったのか」
「まあ、いろいろね。で、今日は悦子さんのお使いで来てて。響さんさあ、悦子さんと会ってくれたりしない?」
「……は?」
響は狐につままれたみたいな顔をした。いや、そもそも本人が狐なんだけれども。
「だよねえ、そういう反応になるよねえ」
「なんで俺がハルキんとこの彼女と会わなきゃなんねえんだよ。俺は人間の女とは恋愛しねえぞ。だいたい、俺が結婚相手候補として出てったら、お前、勝ち目ねえだろ」
「はい、まったくその通りです」
「適当な理由つけて断れ。俺もそんなに暇じゃねえんだよ」
「うーん、でも。交換条件をつけて取引しちゃって。……お願いできないかなあ」
響はハルキの方に、呆れたように胡乱な目を向ける。
「……お前は本当に、物事をややこしくする天才だよな……」
「お願い! お願いします! いいお酒一本追加するんで!」
豆柴感を全面に出して懇願してみると、「それは俺には効かねえよ」と小突かれてしまった。
「……しゃーねえな、会ってやるか」
「さすが響さん……! 頼りになります」
なんだかんだ、響はハルキの頼みを断らない。ハルキはミッションをクリアできたことで、ホッと胸を撫で下ろした。
「で、用件はなんなんだよ。悦子だっけ? まさか本当に結婚相手候補として会いたいって言ってるわけじゃねえだろ。なんなんだよ、お前の意中の彼女が俺を呼び出す用件は」
「えっ。わかんない」
「ハルキ……お前、それくらい聞いてこいよ。ほんとに子どものお使いかよ……」
響は、額に手を当てて項垂れていた。
目の前の座敷わらしがどうも、いつもと違って見えるのだ。
姿形が変わったはずはない。性格が変わったわけでも、急にできる男になった、というわけでもない。
だけどなんだか、輝いて見えるというか、かっこよさが三割増くらいになっている気がするのだ。
平日の昼下り、悦子はセイロンティーを小さな口へ運びつつ、ダイニングでビジネス書に目を落としていた。彼女の前にはいつもの通りハルキがいる。悦子が本を読んでいる時、だいたいハルキも同じように本を読んでいる。
本からちょっとだけ視線を上げて、悦子は座敷わらしを盗み見た。先日の変装で伊達メガネが気に入ったのか、視力が悪くもないのに、眼鏡をかけて本を読んでいる。
「ねえ、悦子さあん。これ、どういう意味?」
「ちょ、ちょっと! 急にこっちを見ないでよ!」
「え。なんで」
「急にこっちを見られたら、ドキドキするじゃない!」
「え……? なんで……?」
眼鏡効果なのかなんなのかわからないが。知的さを増したその眼差しで自分のことを見られると、悦子は落ち着かなくなった。本なんか放り出して、逃げ出してしまいたい気持ちになる。そもそも先ほどから、実は一ページも読み進められていない。
「そ、そういえばハルキ。響さんとのアポはどうなってるのよ。ちゃんと進んでるんでしょうね。実家に連れて行ってあげたんだから、さっさと進めてよね」
そう言い切ったあと、可愛くない言い方をしてしまったと、悦子は心の中で猛省した。しかしハルキは慣れているのか、特に気にする様子もなくあっけらかんと答える。
「約束は約束だからね。ちゃんと進めてるよ。でも、電話とかメッセージとかでお願いすると断られそうな気がしたから、今日の昼お茶をする約束をしたんだ。その時に話すつもり」
「そ、そう。なかなかやるじゃない」
悦子はふたたび自分の高慢な言い方に嫌気が差し、自分の額を平手で打つ。
そんな乙女の心の内など知る由もないハルキは、ポッカリと口をあけて、いつもと違う宿主の様子を不思議そうに眺めている。
––––あああ! もう、どうしちゃったの私は!
「……? そろそろ僕、出かける支度するね」
頭を抱える悦子を不思議そうな顔で見つめつつ。ハルキは席を立つと、バスルームへと向かっていった。
◇◇◇
なんだかんだ、響と数週間会っていない。狐たちは定期的にバーに結婚相手候補を紹介しに来てくれるのだが。
––––あ、そろそろ、東京のお持ち帰りグルメを決めないと。あれだけ一生懸命やってくれるんだから、ちょっといいものを選ばないとな。
そんなことを考えて浮遊しているうちに、ハルキは響との約束の場所にたどり着いた。
今日もまた、待ち合わせはカフェだった。日の当たるテラス席で待っていた響の髪は、日に透けて白金に見えて、いつもよりさらに美しさを増している。黙っていれば天使様みたいな神々しさがある。喋り出すとやんちゃな兄貴って感じなのだけども。
彼は近くの席の女の子たちに話しかけられていたようで、適当な相槌を打ちながら、最後は名刺を渡していた。相変わらずモテている。そして、営業活動にも抜かりがない。
「響さーん! ひさしぶり!」
「おお、ほんとだな。お盆前に一回会ったのが最後だったか」
季節はもう、秋に変わっていた。まだ夏の残り火のような気温ではあったけど、着実に涼しさは増している。都会を行き交う人々の服装も、だんだんと暗いトーンの洋服へと切り替わってきていた。
「で、今日はなんだよ。ていうか、お前うまくいってんの? 彼女と」
「進展はしているような気もするんだけど。都合のいいあやかし枠からは、まだ出られてないね……。はあ……」
「なんかあったのか」
「まあ、いろいろね。で、今日は悦子さんのお使いで来てて。響さんさあ、悦子さんと会ってくれたりしない?」
「……は?」
響は狐につままれたみたいな顔をした。いや、そもそも本人が狐なんだけれども。
「だよねえ、そういう反応になるよねえ」
「なんで俺がハルキんとこの彼女と会わなきゃなんねえんだよ。俺は人間の女とは恋愛しねえぞ。だいたい、俺が結婚相手候補として出てったら、お前、勝ち目ねえだろ」
「はい、まったくその通りです」
「適当な理由つけて断れ。俺もそんなに暇じゃねえんだよ」
「うーん、でも。交換条件をつけて取引しちゃって。……お願いできないかなあ」
響はハルキの方に、呆れたように胡乱な目を向ける。
「……お前は本当に、物事をややこしくする天才だよな……」
「お願い! お願いします! いいお酒一本追加するんで!」
豆柴感を全面に出して懇願してみると、「それは俺には効かねえよ」と小突かれてしまった。
「……しゃーねえな、会ってやるか」
「さすが響さん……! 頼りになります」
なんだかんだ、響はハルキの頼みを断らない。ハルキはミッションをクリアできたことで、ホッと胸を撫で下ろした。
「で、用件はなんなんだよ。悦子だっけ? まさか本当に結婚相手候補として会いたいって言ってるわけじゃねえだろ。なんなんだよ、お前の意中の彼女が俺を呼び出す用件は」
「えっ。わかんない」
「ハルキ……お前、それくらい聞いてこいよ。ほんとに子どものお使いかよ……」
響は、額に手を当てて項垂れていた。
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