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悦子、進捗を確認する
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リビングのテーブルを挟み、ハルキと悦子は睨み合っている。
腕組みをしながらこちらを悠々と見つめる彼女の姿は、まるで戦況を見守る戦国武将のようで、なかなかに迫力がある。この間しおらしく泣いて抱きついてきた女性と同一人物とは到底思えない。あの姿は幻だったのだろうか。
––––でも、あれはなんだったんだろう。「寂しい、辛い」って言ってたし、このあいだのように、セクハラを受けたとかじゃないと良いんだけど。
「ハルキ。二回目の進捗報告会よ。状況を教えてちょうだい」
考え事をしていたら、急かされてしまった。ハルキは姿勢を正し、ソファの上に正座をした格好で報告に入る。
「ちゃんと働いてますよ。僕は!」
「で、誰か見つかったの」
期待感を込めた眼差しで前のめりにこちらを見られると、胸が痛い。自分はやはり彼女の眼中にはないのだと思い知らされる。
「いや、まだ適切な人は見つかってないんだけどね」
「なんだ、見つかってないの」
がっかりした様子の悦子は、姿勢を元に戻し、ハルキに話の続きを促した。
「なかなか道をふらふらしても、バーの来店客を探っても、良さそうな人が見つからなくてね。それで、狐の友達の手を借りることになったんだ」
「狐……の友達……?」
興味を惹かれたように、悦子の眉毛がピクピクと動く。
––––そっか。悦子さんには響さんの話、したことなかったっけ。
ハルキは響と出会った経緯や、彼がホストをしていること、自分よりも高位のあやかしであることを説明しつつ、今の状況を説明した。
「なるほど。なかなかいい人脈を持っているじゃない、ハルキ」
「そうでしょう? で、今狐さんからひとり良さそうな人を見つけたって連絡が来て。明日お店に来るように誘導してもらえることになったんだ」
「素晴らしいわ」
両手を顔の前で合わせ、悦子は嬉しそうに笑っている。
こんなふうに悦子に褒められるとニヤニヤしてしまう。まあ、実際に働いてくれているのは狐たちであるし、響が出してくれた助け舟なので、ハルキはちっともえらくはないのだが。
「あ、それでね。手伝ってくれる狐さんたちに、お礼を渡したいんだけど。東京のお持ち帰りグルメがいいんじゃないかって、響さんには言われてて」
「……おいなりさんとかじゃないのね。なんだかオシャレ女子みたいな供物で、ちょっと驚きだわ」
「やっぱりそう思うよね……」
悦子は顎に手を当てて、考えるような仕草をした。
「ねえハルキ、あやかしってネット通販とか利用するのかしら」
––––あれ、おすすめのお持ち帰りグルメを聞こうと思ったのに。なんだか話が変な方に流れたぞ。
「僕は田舎の引きこもりのあやかしだから……、その辺り全然疎かったんだけど。響さん曰く、あるにはあるらしいよ、あやかし専用のネット通販。ただ、あんまり充実してないらしいんだよね。特に食品とかは。それもあって、東京で人間が食べてるような、美味しくて見た目もいい食べ物が喜ばれるんじゃないかって言ってた。普段手に入らないし」
「なるほどね。ねえ、ハルキ」
「なあに?」
「その、響さんて狐のあやかし。私も会えないかしら」
「えっ!」
「いいことを思いついたわ」
不敵な笑みを浮かべる悦子は、妖艶な魔女のように魅力的だったが。響と会って、いったいなにを話すつもりなのだろうか。
◇◇◇
午後十時。ハルキは遠藤マスターのカウンターバーで、ワイングラスを一つ一つ、丁寧に拭いていた。そして----ハルキの視線の先には、デニム生地の薄青色のワンピースを着た悦子がカウンターチェアに座っている。いつもより化粧は抑え目で、男を意識している感じがするのが憎らしい。
––––まったく、僕という座敷わらしがいながらこの人は! ……でも、まあ。彼女は初めから僕に結婚相手探しを依頼しているわけで。僕はそれを請け負った単なるあやかしなわけで。彼女にとっては、僕に惚れられてしまったのは事故みたいなものなのだけど。
そう考えれば、ハルキが腹を立てる筋合いなんてないのだ。
ムスッとしていると、ドアのほうで鐘の音が鳴った。すぐに接客モードに切り替えて笑顔を入り口の方に向ける。男性二名、スーツを着たサラリーマン風。そして、短髪塩顔の男性の肩には、あの狐がくっついているのが目に入った。
ハルキはハッとして、即座に悦子に目配せする。
本当は狐から紹介を受けたあと、ハルキが検分してから悦子には紹介したかったのだが。だがせっかちな彼女は、話を聞いた瞬間「私が直接会うわ!」と言って聞かなかったのだ。
「こちらのお席へどうぞ」
ハルキはさりげなく、悦子からすぐ近くの席へ誘導した。
サラリーマン二人は、すでにどこかで飲んできた様子で、顔が真っ赤に染まっている。
「おっ」
––––ああっ、ちょっと。この人じゃないのに。
悦子の近くにターゲットを座らせたかったのだが、彼女の姿に気づいたもうひとりの男性が、そそくさと彼女の横を陣取ってしまう。
彼は、獲物を見つけた狼のように、格好つけて悦子に話しかけた。
「おひとりですか」
「ええ、まあ」
悦子はチラリとこちらを見る。たぶんこの人かと聞いているのだ。ハルキは小さく首を振り、目線でもうひとりの方であることを示した。どうやら入り口で見た狐の姿は、悦子には見えていなかったらしい。
「もしよかったら、一緒に飲みません? あ、俺たち、この先のディーラーで働いてて。俺が佐久間で、こいつが江南です」
「ちょっと、佐久間さん」
佐久間はやんちゃそうな感じの人で、日に焼けていて、ナンパ慣れしていそうな感じだった。対して狐が肩についていた江南さんは、色白で目が細くて。でも鼻筋は通っていてそれなりに整った顔立ちはしている。なんとなく人も良さそうだ。
「いいですよ、是非。今日は私も友達と来る予定だったんですけど。来られなくなっちゃったみたいで」
お見合いモードに入っている悦子を、横目で眺める。
––––僕に対する態度とは大違いじゃないですか!
他所行きの仮面を被った彼女は、いつもよりさらに知的さが増した感じがする。今日は露出が控え目だったが、ほのかに香る香水のような色気がある。
「お名前はなんていうんですか」
「横小路悦子です」
「横小路って、あの?! 美人起業家の方ですよね」
佐久間は前に乗り出すような格好で聞き返した。
「すみません、声を抑えていただけると……」
「ああ。申し訳ない。つい興奮しちゃって」
佐久間は、悦子のことを知っているらしい。ハルキも雑誌とかに載っているのは見たけど、驚かれるくらい有名なのだとは知らなかった。
「ディーラーってことは、車の販売店の営業さんってことかしら」
「ええ、そうです。横小路さんも、車には乗られますか?」
ここでようやく、江南が会話に入ってきた。ぱっと見冴えない感じの人だが。果たして悦子のお眼鏡に叶うのだろうか。いや、叶っちゃいけないのだが。
「ミニに乗ってます。三年毎に乗り換えていて、今はクロスオーバーですね」
「いい車ですね。僕も一度乗ってみたいなとは思っているんですが、なにせディーラーの人間なので、自社の車しか乗れないんですよね」
「あら、そんな縛りがあるんですね」
「絶対ダメって訳じゃないんですけどね。社員が一台買えば、それも売上になりますから。ちなみに、どうしてその車を選ばれたんですか?」
だらしない顔をして悦子を見つめる佐久間とは対照的に、江南は穏やかに淡々と会話を進める。
「うーん……。そうねえ。憧れ、かしら。子どもの頃からハングリー精神の塊みたいな人間だったから。将来はこうなりたい、こんなことがしたいっていろいろ描いていたものがあって。その理想の自分に最も近い乗り物が、いろいろ見る中ではミニだったのかなって。乗るだけで気分が上がるし。運転していて楽しいんですよね」
「いい車選びができたんですね」
江南はにっこりと笑った。笑うと目がなくなってしまうタイプのようだったが、その笑顔は爽やかで好印象だった。
「もし、この先、自分の目指すものが変わって、理想が変わってくるタイミングがあれば、ぜひ当店にもご相談ください。横小路さんの理想の車探し、お手伝いさせていただきますので」
「おい江南。なんで酒の席で仕事の話をするんだよ。横小路さん、すいませんね。こいつね、超弩級の真面目野郎なんです。しかも、めちゃくちゃ奥手で。もう五年くらい彼女がいないんですよ」
「ちょっと佐久間さん、やめてくださいよ」
江南は、酔っ払ってすでに赤い頬をさらに赤く染めていた。奥手というのは本当らしい。
「ちなみに俺も今フリーなんで。横小路さんは?」
––––佐久間さんはぐいぐいくるな……。
悦子はとびきりの笑顔で微笑んだかと思うと、髪をかき上げ、頬杖をついた。
「今はいません」
「えっ、じゃあ俺なんかどうですか? 今度車でデートとか」
「江南さん」
悦子は、佐久間を通り越して、江南に声をかけた。
「はい?」
「理想の車探しを手伝ってくださるんですよね」
「ええ、もちろん」
「ちょうど車検が半年後なの。国産車も一度比較検討してみようかしら。お名刺をいただいてもいいですか?」
江南は軽い会話のつもりで先ほどの話をしたようで。まさか本当に悦子が興味を示すとは思わなかったようだ。名刺を求められたあと、しばらく動きが止まっていた。
「……はい。是非!」
「よ……横小路さん! 俺とのデートは?!」
「お客さま。おかわりはいかがですか?」
諦めてください、とばかりに、ハルキは佐久間さんに注文を伺い、そのまま彼の注意を自分の方に向けた。悦子は席を移動し、江南の横に座り、名刺を受け取っている。
––––悦子さん、まさかとは思うけど……江南さんが気に入っちゃったんですか?
腕組みをしながらこちらを悠々と見つめる彼女の姿は、まるで戦況を見守る戦国武将のようで、なかなかに迫力がある。この間しおらしく泣いて抱きついてきた女性と同一人物とは到底思えない。あの姿は幻だったのだろうか。
––––でも、あれはなんだったんだろう。「寂しい、辛い」って言ってたし、このあいだのように、セクハラを受けたとかじゃないと良いんだけど。
「ハルキ。二回目の進捗報告会よ。状況を教えてちょうだい」
考え事をしていたら、急かされてしまった。ハルキは姿勢を正し、ソファの上に正座をした格好で報告に入る。
「ちゃんと働いてますよ。僕は!」
「で、誰か見つかったの」
期待感を込めた眼差しで前のめりにこちらを見られると、胸が痛い。自分はやはり彼女の眼中にはないのだと思い知らされる。
「いや、まだ適切な人は見つかってないんだけどね」
「なんだ、見つかってないの」
がっかりした様子の悦子は、姿勢を元に戻し、ハルキに話の続きを促した。
「なかなか道をふらふらしても、バーの来店客を探っても、良さそうな人が見つからなくてね。それで、狐の友達の手を借りることになったんだ」
「狐……の友達……?」
興味を惹かれたように、悦子の眉毛がピクピクと動く。
––––そっか。悦子さんには響さんの話、したことなかったっけ。
ハルキは響と出会った経緯や、彼がホストをしていること、自分よりも高位のあやかしであることを説明しつつ、今の状況を説明した。
「なるほど。なかなかいい人脈を持っているじゃない、ハルキ」
「そうでしょう? で、今狐さんからひとり良さそうな人を見つけたって連絡が来て。明日お店に来るように誘導してもらえることになったんだ」
「素晴らしいわ」
両手を顔の前で合わせ、悦子は嬉しそうに笑っている。
こんなふうに悦子に褒められるとニヤニヤしてしまう。まあ、実際に働いてくれているのは狐たちであるし、響が出してくれた助け舟なので、ハルキはちっともえらくはないのだが。
「あ、それでね。手伝ってくれる狐さんたちに、お礼を渡したいんだけど。東京のお持ち帰りグルメがいいんじゃないかって、響さんには言われてて」
「……おいなりさんとかじゃないのね。なんだかオシャレ女子みたいな供物で、ちょっと驚きだわ」
「やっぱりそう思うよね……」
悦子は顎に手を当てて、考えるような仕草をした。
「ねえハルキ、あやかしってネット通販とか利用するのかしら」
––––あれ、おすすめのお持ち帰りグルメを聞こうと思ったのに。なんだか話が変な方に流れたぞ。
「僕は田舎の引きこもりのあやかしだから……、その辺り全然疎かったんだけど。響さん曰く、あるにはあるらしいよ、あやかし専用のネット通販。ただ、あんまり充実してないらしいんだよね。特に食品とかは。それもあって、東京で人間が食べてるような、美味しくて見た目もいい食べ物が喜ばれるんじゃないかって言ってた。普段手に入らないし」
「なるほどね。ねえ、ハルキ」
「なあに?」
「その、響さんて狐のあやかし。私も会えないかしら」
「えっ!」
「いいことを思いついたわ」
不敵な笑みを浮かべる悦子は、妖艶な魔女のように魅力的だったが。響と会って、いったいなにを話すつもりなのだろうか。
◇◇◇
午後十時。ハルキは遠藤マスターのカウンターバーで、ワイングラスを一つ一つ、丁寧に拭いていた。そして----ハルキの視線の先には、デニム生地の薄青色のワンピースを着た悦子がカウンターチェアに座っている。いつもより化粧は抑え目で、男を意識している感じがするのが憎らしい。
––––まったく、僕という座敷わらしがいながらこの人は! ……でも、まあ。彼女は初めから僕に結婚相手探しを依頼しているわけで。僕はそれを請け負った単なるあやかしなわけで。彼女にとっては、僕に惚れられてしまったのは事故みたいなものなのだけど。
そう考えれば、ハルキが腹を立てる筋合いなんてないのだ。
ムスッとしていると、ドアのほうで鐘の音が鳴った。すぐに接客モードに切り替えて笑顔を入り口の方に向ける。男性二名、スーツを着たサラリーマン風。そして、短髪塩顔の男性の肩には、あの狐がくっついているのが目に入った。
ハルキはハッとして、即座に悦子に目配せする。
本当は狐から紹介を受けたあと、ハルキが検分してから悦子には紹介したかったのだが。だがせっかちな彼女は、話を聞いた瞬間「私が直接会うわ!」と言って聞かなかったのだ。
「こちらのお席へどうぞ」
ハルキはさりげなく、悦子からすぐ近くの席へ誘導した。
サラリーマン二人は、すでにどこかで飲んできた様子で、顔が真っ赤に染まっている。
「おっ」
––––ああっ、ちょっと。この人じゃないのに。
悦子の近くにターゲットを座らせたかったのだが、彼女の姿に気づいたもうひとりの男性が、そそくさと彼女の横を陣取ってしまう。
彼は、獲物を見つけた狼のように、格好つけて悦子に話しかけた。
「おひとりですか」
「ええ、まあ」
悦子はチラリとこちらを見る。たぶんこの人かと聞いているのだ。ハルキは小さく首を振り、目線でもうひとりの方であることを示した。どうやら入り口で見た狐の姿は、悦子には見えていなかったらしい。
「もしよかったら、一緒に飲みません? あ、俺たち、この先のディーラーで働いてて。俺が佐久間で、こいつが江南です」
「ちょっと、佐久間さん」
佐久間はやんちゃそうな感じの人で、日に焼けていて、ナンパ慣れしていそうな感じだった。対して狐が肩についていた江南さんは、色白で目が細くて。でも鼻筋は通っていてそれなりに整った顔立ちはしている。なんとなく人も良さそうだ。
「いいですよ、是非。今日は私も友達と来る予定だったんですけど。来られなくなっちゃったみたいで」
お見合いモードに入っている悦子を、横目で眺める。
––––僕に対する態度とは大違いじゃないですか!
他所行きの仮面を被った彼女は、いつもよりさらに知的さが増した感じがする。今日は露出が控え目だったが、ほのかに香る香水のような色気がある。
「お名前はなんていうんですか」
「横小路悦子です」
「横小路って、あの?! 美人起業家の方ですよね」
佐久間は前に乗り出すような格好で聞き返した。
「すみません、声を抑えていただけると……」
「ああ。申し訳ない。つい興奮しちゃって」
佐久間は、悦子のことを知っているらしい。ハルキも雑誌とかに載っているのは見たけど、驚かれるくらい有名なのだとは知らなかった。
「ディーラーってことは、車の販売店の営業さんってことかしら」
「ええ、そうです。横小路さんも、車には乗られますか?」
ここでようやく、江南が会話に入ってきた。ぱっと見冴えない感じの人だが。果たして悦子のお眼鏡に叶うのだろうか。いや、叶っちゃいけないのだが。
「ミニに乗ってます。三年毎に乗り換えていて、今はクロスオーバーですね」
「いい車ですね。僕も一度乗ってみたいなとは思っているんですが、なにせディーラーの人間なので、自社の車しか乗れないんですよね」
「あら、そんな縛りがあるんですね」
「絶対ダメって訳じゃないんですけどね。社員が一台買えば、それも売上になりますから。ちなみに、どうしてその車を選ばれたんですか?」
だらしない顔をして悦子を見つめる佐久間とは対照的に、江南は穏やかに淡々と会話を進める。
「うーん……。そうねえ。憧れ、かしら。子どもの頃からハングリー精神の塊みたいな人間だったから。将来はこうなりたい、こんなことがしたいっていろいろ描いていたものがあって。その理想の自分に最も近い乗り物が、いろいろ見る中ではミニだったのかなって。乗るだけで気分が上がるし。運転していて楽しいんですよね」
「いい車選びができたんですね」
江南はにっこりと笑った。笑うと目がなくなってしまうタイプのようだったが、その笑顔は爽やかで好印象だった。
「もし、この先、自分の目指すものが変わって、理想が変わってくるタイミングがあれば、ぜひ当店にもご相談ください。横小路さんの理想の車探し、お手伝いさせていただきますので」
「おい江南。なんで酒の席で仕事の話をするんだよ。横小路さん、すいませんね。こいつね、超弩級の真面目野郎なんです。しかも、めちゃくちゃ奥手で。もう五年くらい彼女がいないんですよ」
「ちょっと佐久間さん、やめてくださいよ」
江南は、酔っ払ってすでに赤い頬をさらに赤く染めていた。奥手というのは本当らしい。
「ちなみに俺も今フリーなんで。横小路さんは?」
––––佐久間さんはぐいぐいくるな……。
悦子はとびきりの笑顔で微笑んだかと思うと、髪をかき上げ、頬杖をついた。
「今はいません」
「えっ、じゃあ俺なんかどうですか? 今度車でデートとか」
「江南さん」
悦子は、佐久間を通り越して、江南に声をかけた。
「はい?」
「理想の車探しを手伝ってくださるんですよね」
「ええ、もちろん」
「ちょうど車検が半年後なの。国産車も一度比較検討してみようかしら。お名刺をいただいてもいいですか?」
江南は軽い会話のつもりで先ほどの話をしたようで。まさか本当に悦子が興味を示すとは思わなかったようだ。名刺を求められたあと、しばらく動きが止まっていた。
「……はい。是非!」
「よ……横小路さん! 俺とのデートは?!」
「お客さま。おかわりはいかがですか?」
諦めてください、とばかりに、ハルキは佐久間さんに注文を伺い、そのまま彼の注意を自分の方に向けた。悦子は席を移動し、江南の横に座り、名刺を受け取っている。
––––悦子さん、まさかとは思うけど……江南さんが気に入っちゃったんですか?
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