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座敷わらし、緊張する

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 結局、響とはそのまま昼前まで話し込んでしまった。同じあやかしの友達ができるというのはいいものだなあと、ハルキはほくほくしながら帰路についた。

 明るい気分で悦子のマンションの前までやってくると、エントランスに女性の姿がある。

「あれ? 悦子さん?」

 腕を組み、派手なオレンジのワンピースを着て仁王立ちをする姿を見て、すぐに彼女だと分かった。なんというか、個性を絵に描いたようなオーラが漂っている。

「戻ったわね」

「悦子さんどうしたの? もしかして僕を待っててくれたの?」

「さっきバー・エドモンズの遠藤さんから連絡があって。今日急に予定が空いたから、もし二時ごろまでに来れそうならどうかって。ほら、バイトの顔合わせ」

「えっ? 今日?!」

「善は急げよ。私も今ちょうど出先から戻ってきたところで、あなたが歩いてくるのが見えたから、入り口で捕まえてそのまま向かおうと思って。それでここにいたの」

 彼女の言葉に、一気に胃が重たくなった。悦子曰く、知り合いの店なので、ほぼ挨拶のようなものだとは言われているのだが。それでもハルキの場合ボロが出てしまう可能性は捨てきれない。

「大丈夫かな……本当に、大丈夫かな? スーツに着替えた方がいい?」

「その格好で大丈夫よ。バイトの面接だし。それよりこの間渡しておいたあなたの設定資料、ちゃんと読み込んである?」

 先日悦子とバイトの面接練習をした時、あまりにあさっての方向のハルキの回答に、悦子は絶望的な顔をした。いくら顔合わせといえども、これはまずいと思ったのか、彼女はハルキのために台本を用意してくれたのだ。

「読んだけどさ……、ものすごーく棒読みになる自信があるよ」

 見知らぬ面接官と対面する様子を想像して、ハルキは身を固くする。座敷わらしの怯え切った様子を見て、悦子はやれやれと肩をすくめた。

「ついてきなさい」

 そう言って背中を見せると、黒い華奢なハイヒールをカツカツいわせながら、彼女はマンションの一階に入っているドラックストアへと向かっていく。

「ちょっ、ちょっと待ってよ!」

 踵の高い靴を履いているのに、相変わらず歩くのが速い。ハルキが店の入り口にたどり着く頃には、彼女はすごい勢いで店の突き当たりを直角に曲がるところだった。

 レジに差し掛かったところでようやく追いつくと、悦子は手早く会計を終えて店を出て、ハルキの眼前になにかを突き出した。

「ほら、これを飲んで行きなさい」

 それは、焦茶色の小瓶に赤いラベルが貼られた飲料のボトルだった。

「……なにそれ」

「あやかし専用緊張を緩和する医薬品」

「ウソ! そんなのあるの?」

「あるわよ。医療機関であやかし専用に処方される医薬品。最近一般のドラックストアでも流通するようになったって聞いたから、試しにどうかなあと思って。効き目は抜群らしいわ」

 ハルキはひんやりと冷たい小瓶を両手で受け取る。

「あやかしってでも、人間の世界では認知されてないんじゃあ」

 そう反論すると、悦子は自分の口に手を当て、小馬鹿にしたように笑った。

「あら、ハルキ。まさか国があやかしの存在を把握していないとでも思ってるの? まあ私も最近知ったのだけど。国の一部の機関はもちろん認知していて、人間に対してほどではないけど、こうした薬も開発されているのよ。ちなみにあやかし向けの病院なんかも国営のものがあって……」

 途中から難しくてなにを言っているのかはよくわからなかったが。悦子が自信たっぷりにそう解説するのだ。とりあえずこの薬は本物で間違いないらしい。

「悦子さんありがとう……。僕これ飲んで頑張るよ」

「これを呑んだら緊張なんか吹き飛ぶわよ。ほら、ぐいっといきなさい」

「うん!」

 パキン、と小気味よい音を立てて蓋を開け、一気に瓶の中身を煽ると、炭酸のシュワシュワした喉越しとともに、人工的な甘さが口の中に広がった。

「悦子さん……」

「どう?」

「僕、めちゃくちゃ元気になったかも! いける! いける気がする! すごいや、あやかし用医薬品!」

「……ふ。そう」

 なぜか視線を地面に落としたまま、小刻みに肩を震わす悦子のうしろについて、ハルキはバイトの面接に向かった。

 結論から言うと面接は大成功で、ハルキは遠藤さんからの質問に対して、悦子の用意した文面どおりに、きちんと受け答えをすることができた。ようやくヒモ生活から脱却でき、座敷わらしらしく宿主の生活に貢献できる道筋が見えたハルキは、ほっと胸を撫で下ろしたのだった。

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