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座敷わらし、仕事を探す

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 翌日、ハルキは朝イチで求人雑誌を駅にもらいに悦子の家を出た。
 散々泣いたおかげで、モヤモヤとした気持ちはだいぶ落ち着いている。

 ––––泣き止むまで付き合ってくれた悦子さんには感謝しなきゃ。

 ただ、昨日の会話を思い返すに、ハルキは悦子の結婚相手の条件である「包容力のある男」には今一歩遠い。
 というか、情けないところしか見せていない気がする。

 東京についてくることを許可する代わりに、結婚相手を探してあげる、という約束だったが。ハルキはもう、悦子の婚活の手伝いをするつもりはない。

 ––––僕が彼女の結婚相手になりたい。パートナーとして、彼女のそばにずっといたい。

 そのためには、早く仕事を見つけて、ガツンとできるところを見せつけて、彼女好みの男にならなければ。



 片手にフリーペーパーを抱え、マンションの前まで帰ってきたハルキは、周囲に誰もいないのを確認し、幽体に切り替え、悦子の待つ部屋までふよふよと上昇する。人のいるベランダの前を通る時は、抱えているものがひとりでに宙に浮いている状態に見えないように注意が必要だ。この間一度、ベランダにいた小学生の男の子の前でやってしまって、腰を抜かされてしまったのだ。

 ハルキが出ていった時はまだ寝ていたけど、悦子もそろそろ起きてくる頃だろう。今日は「おうちでゆっくりデー」だと聞いている。

「コンビニ店員、は、そもそも機械が扱えないと無理だよね……それにやることも多いし。外から見てるだけでも、とんでもなくややこしそうだったし。ビル清掃……掃除したことないもんなぁ」

 そうブツブツ言いながら部屋の窓を幽体で通過して部屋に入ると、悦子はリビングのソファに横になりながら、板のような機械でなにやら読み物をしていたのだが。

「え、悦子さん、そのカッコ……!」

「あ、しまった。そうか、いたんだ、実体になれる座敷わらし」

 なんと彼女は、ランジェリー姿でソファーに横たわっていたのだ。

 ハルキは顔を真っ赤にして、慌てて視線を逸らす。

 ––––ちょっと悦子さん。僕も男なんだってことを、もう少し気にしてくれよ。ヒモという社会の落伍者のレッテルを響さんに貼られていなかったら、確実に襲ってますからね! 今は、そんなことする身分じゃないのを重々理解してますから、しませんけど!

 そして、サラリと悦子の口から発された「いたんだ」のひと言に、時間差でショックを受けた。

 ––––そんなに存在感ないですか、僕。

「悦子さん、いたんだって……僕のこと忘れてたの?」

「ああ、一瞬ね。ちょっとぼんやりしてたのよ、新聞に集中してて。ひとりで住んでた時はさー。さっきみたいな格好で家の中うろうろしてたから。どんなに外で着飾っててもね、女なんかそんなもんよ。家の中まで服着てる必要ある? ないでしょ」

 そう言いながら、脱衣所に引っ込んでいった悦子は、紺色のワンピースタイプのルームウェアを着て出てきた。なんだかちょっぴり残念だが、ホッとしている自分がいた。あのまま目の前をうろうろされたら、目のやり場に困る。

「いっぱい持って帰ってきたわね。それ全部無料の求人雑誌?」

「そうだよ。思い立ったら吉日って言うでしょ? 待ってて、生活費はちゃんと入れるからね!」

 胸を張ってそう言ったのだが、悦子は片眉を上げ、困ったような顔を作った。

「素晴らしい心がけだけど。あなたが早く私の結婚相手を見つけてくれれば、その心配もいらなくなると思うわ。そっちは進んでるの?」

 痛いところを突かれた。悦子の指摘の通り、ここに住まわせてもらうことを納得してもらうために、「結婚相手探しの効率化」を言い訳にしていた。そして彼女は、「効率化」したのだから「迅速な結果の報告」を求めているわけで。

「はは、悦子さん。人間はさ、外面だけじゃあ語れないでしょ? レストランやコンビニ店員に対する態度とか、そういうところでも人格を見られるわけですよ。だからより多角的な視点で人選をするために、働きながらいろんな男性をチェックしようかという意図もあってね」

 この間新聞で学んだ難しい表現を存分に散りばめながら、ハルキは苦しい言い訳を繰り出した。

 ––––お願い、これで納得して。

「ふむ……」

 悦子は仁王立ちで両手を脇に添え、こちらを見ている。

 適当なことを言って本来の仕事をサボっているではないかと疑っているのだろうか。

「ただねー。どこのエリアがいいかなーとか、どういう仕事が独身男性を効率よく観察できるかなーとか、考えてるところなんだっ!」

 畳み掛けるように理由をあと付けしてみた。額には汗が滲んでいる気がする。あやかしなので、汗はかかないはずだが。

「まあ、一理あるわ」

 悦子はテーブルに置かれたミネラルウォーターのボトルを手に取り、一口飲むと、自分の部屋に一度引っ込み、薄くて黒い機械を持ってきた。

「これ、使ってないパソコンだから貸してあげる。雑誌で探すより効率的よ」

「わあ、パソコン! 三枝荘の従業員の人たちが使ってるのは見てたんだけど。自分で触るのは初めてだ」

 悦子はふたたび片眉をあげ、短く鼻から息を漏らした。

「……使い方から教えなきゃか……」

 彼女はハルキの隣に座ってパソコンの操作方法を教えてくれた。電源の入れ方、情報の検索の仕方など、ハルキでもわかるように丁寧に教えてくれる。

 隣にいる悦子は、シャワーを浴びたあとなのか、花のようなとてもいい香りがする。

 ––––石鹸の香りかな。なんだかすごく魅惑的な感じ。しかも柔らかい二の腕が、腕に当たってるし。これは、なかなか……。

「ちょっと! 真面目に聞いてる?」

「悦子さん、僕もうちょっと限界かも……」

 さっきの下着姿のインパクトもあって、こんなにフェロモンたっぷりの香りまで嗅がされて、もう、ハルキの理性は崩壊寸前だった。おまけにこんなに近くに大好きな彼女がいるわけで。

 そっと片手で髪の毛を撫でて、鼻先がくっつくくらいまで顔を寄せた。

「綺麗だよ、悦子さん」

 その言葉を言い切り、唇を合わせようとした瞬間。顎に強烈なフックを食らった。目の前には星が飛び、ハルキの体は勢いよく床にむけて吹っ飛んだ。

「調子にのるんじゃない。次やったらぶっ飛ばすわよ」

「いた……え、すでに僕ぶっとばされてますけど……。ていうか、つ、強過ぎない?」

「今の時代、女も自分で身を守れるようにならなくちゃと思ってね。痴漢対策のために一通りの撃退術は心得ているのよ」

「え、ええええ……」

 ––––なんなの、僕の好きな人。隙がなさすぎやしませんか……?

「ほら、そんなところで伸びてないで。このサイトで検索してご覧なさい」

「僕を伸びさせたのは悦子さんなんですが……。あ、すみません、睨まないでください。すみません」

 パソコンの画面を覗き込むと、水色を基調としたページが映し出されていた。悦子曰く、このページではいろいろな仕事の探し方ができるらしい。職種や条件から探すことはもちろん、なにをやりたいか分からない人のために、「得意分野」や「自分の好きなこと」などから選ぶこともできるし、「性格診断」から適切なバイトを提案してくれる機能なんかもあった。

「うわあ……なんか、僕みたいな人にはうってつけのサイトだねえ。そもそもどんな仕事をしたいかさえ分からないから、助かるなあ」

「うふふ。そうでしょう、そうでしょう」

 さっきまで般若のような顔をしていたのに、今度はずいぶん上機嫌だ。そういえば、彼女はパソコンに関係するサービスを提供する会社を前は経営していたと言っていたが、もしかして。

「ねえ、悦子さん、このサイト、もしかして悦子さんが作った会社が提供していたり……?」

「あら、よくわかったわね! そうよ、私が立ち上げた会社で作ったものよ。うちの会社ではね、人材採用とタレントマネジメントのシステムを開発してたの。今は大手企業に売却しちゃったから、このサイトもそこの会社が運営しているけどね」

「へええ! すごいや悦子さん」

 タレント云々、はハルキの頭ではわからなかったのでスルーしたが。こういうものを作り上げるのに労力がかかるのは容易に想像できる。

「今の時代ねえ、技術もいろいろ発達して、これまでにないような仕事も出てきてるのよね。で、そういう仕事は一般人にとってはわかりづらいし、普通に求人を出しても見つけてもらえなかったりする。探している側に目を向けてみれば、こちらはこちらで、やりたい仕事が不明瞭な人が実は多かったりして。で、考えたのがこのサイトの構造だったのよ。企業側と求職者がウィンウィンになるような構造を目指してみたの」

「悦子さんは頭がいいねえ」

「もっと褒めてくれてもいいわよ」

 胸を張って得意げな顔をする悦子は、なんだか可愛らしい。まるで親に褒められて喜んでいる子どもみたいだ。

「でも、なんで売っちゃったの? 会社」

「それは……」

 途端に彼女の顔が曇った。どうやらあまり深く突っ込んではいけない話らしい。ハルキは悦子ほど賢くはないが、座敷わらしの特性上、人の幸不幸の感情には結構敏感だったりする。

 ––––なにか嫌なことでもあったのかな。会社の人と揉めたとか。

 俯く悦子をしばらく見つめてみたが、彼女は口をつぐんだままで、続きを話そうとする気配はない。

 ––––気になるけど、これ以上聞くのは良くないよね、きっと。

「悦子さん、僕、ファミレスのバイトをやってみようかな。この間『おおてまち』ってところを漂ってみたんだけどさ。あのあたりは立派な建物も多いし、優秀な男の人が多そうだったよ。この辺りのファミレスで勤めてみたら、悦子さんに似合う男性が見つかるかも」

 気まずい雰囲気に耐えられなくなって、ハルキは話題を職探しに戻すことにした。

「いい案だと思うわ。このパソコンに履歴書のフォーマットが……って、いきなりパソコンでは無理か。コンビニで履歴書買ってきて、いったん自分で書いてみて。私が見てあげるから」

「助かるよ! 僕、履歴書って書いたことないんだよね……。○×小学校中退、以上、没年不明、資格なし、特技は人を幸せにすることだけど、大丈夫かな?」

 ––––おや……なぜだろう。また悦子さんの顔が曇っている。僕の発言の中にどんな地雷があったのだろうか。

「ちょっと……バイト面接の正面突破は無理そうね……。知り合いをあたってみるわ」

「えーダメかあ……ごめんね」

「少なくとも、そこに載ってるような求人は軒並み書類で落ちると思うわよ……」

 バイト探しまでも悦子の手を煩わせることになってしまったことに、ハルキはがっくりと肩を落とす。すると悦子はハルキの顔を両手でがっちりと掴み、ぐいっと持ち上げた。

「そういう時は、『ごめんね』じゃなく『ありがとう』って言いなさい。その方が手伝ってあげる側も嬉しい気持ちになるわ。それに、座敷わらしが仕事を探すって面白いじゃない。私はあなたを助けることを微塵にも重荷には思っていないし、面白がってやっているから、気にしないでいいわよ。今は人生の夏休み期間だしね」

 そう言って、豪快な笑みを浮かべる悦子を見て、ハルキはまたキュンとしてしまった。

「悦子さん、ありがとう。ねえ、抱きしめてもいい?」

「鳩尾に一発食らう覚悟があるならやってみなさい」

「いえ、やっぱりやめておきます」

 般若の顔に戻りかけていた悦子だったが、なにか思い出したように表情を緩め、口を開いた。

「そういえばハルキ。今週の金曜、あなたに付き合ってもらいたい場所があるの。早速買ってきてもらったスーツの出番よ」

 魅惑的な笑顔を向けられて、ハルキはふたたび心臓を鷲掴みにされた。実際には心臓はないのだが。

 ––––悦子さん、もしかしてソレは、デートのお誘いですか?
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