身代わり王子(♀)と身代わり姫(♂)

春日あざみ

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淑女の誘い

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 キリヤは二人の令嬢に腕を引かれ、アリシアの前から退場する。令嬢たちは意地悪のつもりなのか、綺麗に整えられた長い爪をギリギリと腕に食い込ませてくるため、地味に痛い。

 ——はぁ。やだやだ、女のイジメって陰湿ぅ。こういう女どもとは一夜限りの関係でもごめんだな。

 キリヤは内心呆れつつも、か弱い令嬢たちの拘束に従いつつ、ホールの壁際へと連れられていく。ようやく拘束を解かれると、ペールブルーのドレスの令嬢、カレン・ダレンウィルが鬼の形相で詰め寄ってきた。

「あなた、いったいどんな汚い手をして取りいったの? あんなにかの国を嫌っていらした方が、こうも態度を変えるなんて。あなたが何か弱みを握っているとしか思えないわ」

 ——仮面舞踏会のルールを真正面からぶち破ってくんなあ。今のは俺をバーベナ、アリシアをアラン王子と特定しての発言だろ。ま、あのスカーレット・モルダウが話しかけてきたところから、そんなルールまる無視だったけど。

「国を治める側の人間は、民のために動くもの。グラジオがロベリアと和平を結ぶことが民のためと結論づけられれば、そう動くものではないかしら」

 キリヤはカレンに向かって、とびきりの笑顔を向ける。

「見かけだけは繕うかもしれないわねえ。でも悲しくはなくて。愛のない結婚は」

 もう一人の令嬢が、冷ややかな笑みを浮かべてそう言った。キリヤはニヤリと笑う。話がしたかったのはこちらの令嬢の方だった。

 ——メアリ・ベルモント伯爵令嬢。向こうから来てくれるとは運がいい。

 キリヤは、晩餐会で挨拶に来た来賓客の顔と名前を全て記憶していた。父親に直接近づくより、娘から探りを入れる方がやりやすい。特に「バーベナ姫」の立場からは。

 ——アリシアはうまくやれるかな。まぁ、今日もあの騎士が来てんなら大丈夫か。

 視線を漂わせれば、スカーレットと踊るアリシアのすぐ近くに、セオドアが見える。今日は護衛任務ではなく、参加者として来ているようだが。誰かと踊ることもなく、会場の様子を伺っているようだ。

「あなた、聞いているの?」

 二人の令嬢に凄まれ、我にかえる。キリヤは困ったような顔をして扇で顔を隠した。

「人様にお話しするようなことではありませんけれど。王子はとても優しくしてくださいますわ。それに意外と情熱的なんですの」

 頬を赤め、恥じらう仕草をする。閨事を示唆するかのように振る舞えば、彼女たちの顔は怒りと恥じらいで赤く染まった。

 ——積極的に攻めてんのは俺の方だけど。っつーか、なんでぽっと出の脇役になびいてやがんだよ、アリシアは。仲良くデートなんかしやがって。トーナメントの褒賞で自分から俺にキスをせがんできたくせに。

 先日の尾行の時の様子を思い出し、心の中で悪態をつく。仲良しごっこはあくまで王子暗殺計画に関わる人間を炙り出すための作戦に過ぎない。しかし確実に自分の心はアリシアに傾き始めていて。「もういい」と勢いで言ったものの。その手を離してしまうにもう遅過ぎて、また触れたいと思ってしまう。

 ——仕事のことを考えたら、さっさとあの時の態度を謝って元通りの関係に戻った方がいいんだよな。でも、どう接したらいいかわかんなくなっちゃってんだよなぁ。はー、俺らしくねえ。
 
「……あなたは上流階級の会話というものがわかっていないようね。なんて下品な」

「カレンお嬢様。お部屋の支度が整いました。ご案内いたします」

 現れたのは、会場の給仕係を担うメイドたちとは服装の違うメイドだった。カレンを「お嬢様」と呼んでいるということは、おそらくダレンヴィル家の使用人だろう。

 一旦怒りを収めたカレンは、メアリと視線を交わし、含みのある笑顔を浮かべた。

「ベアトリクス家の個室をお借りして、ダレンヴィル男爵家が誇る最高級のワインをご用意しましたの。ぜひその卑しい舌で学んでいただきたいわ」

「ご案内いたします」

 そう言ってメイドは膝を折る。

「パートナーに断りもなくこの場を離れるわけにはまいりません」

 バーベナがそう言えば、カレンは扇で口元を隠す。

「ご安心を。あとからお越しいただきますわ」

 ——嘘つけ、何するつもりだよ。まあついていきますけど。

 相手の秘密を知るには、危ない橋を渡るのも時には必要だ。
 バーベナはアリシアに視線を送ってみたが、ダンスに必死なアリシアは、それに気が付かないようだった。
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