乗り鉄けもニキ

鷹尾(たかお)

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藍色電車下車

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仮想空間から藍色電車に帰ってきた2人は、
いつものように座席で待っているギンに声をかける。

「ただいまー!」
「戻りましたー。」

パコン!!

「痛っ、何すんのさ!」

再会して2秒で、筒状に丸めた報告書で叩かれるモトクマ。

「お前何で、罰ゲームでリクエストしてんだよ。」

「ごめんね~。ギンが用意した罰ゲームが緩かったから、物足りなくなっちゃったの~。ねー?兄ちゃん。」

「いや、スカイダイビングは緩くないです。」

男性は高速で頭を横に振った。

パコン!!

丸められた報告書が、今度は男性に直撃する。

「え、何で?」

まさかギンに叩かれると思っていなかった男性は、驚いて固まってしまった。

「とりあえず、降りるぞ。2人とも準備しろ。」

そう言うとギンは、丸めた報告書を男性に返した。

ガタン…ゴトン……。

藍色電車が駅に停車した。
乗客は皆、荷物をまとめて出口へと向かってゆく。
出口前の両替機と精算機がある所には、これまでと同様にネズミの車掌がいた。
緑の帽子と緑の服を着ている。
しかしこの車掌は、今まで会ったネズミのようにネクタイをしていなかった。
クールビズだろうか。
緑の服に、藍色のラインが入ったデザインである。

「お疲れ様でした。報告書を両替機へお入れ下さい。」

男性は、ゆるぎ石の報告書を両替機に入れた。

ウィーン。
ジャラジャラジャラ……。

両替機の硬貨排出口から、この世界のお金が出る。

「1、2、3、4…。15文だ。よかった。」

思っていたよりも多い金額だったため、男性はホッと安堵の表情を浮かべる。
運賃は1人6文なので、モトクマの分を合わせると12文必要になる。

「モトクマ、財布出して。3文貯金だ。」

男性に言われたモトクマは、白い体からがま口財布を取り出した。
七宝柄の財布に硬貨を3枚入れた男性は、残りを精算機へと入れる。

ジャラジャラジャラ。

「ご乗車ありがとうございました。藍色は第六チャクラの色です。直感やひらめきに困ったら、またいつでもご乗車ください。」

個別に精算するギンを待った後、一行は車掌に挨拶をして電車を降りた。

「おっと!」

「兄ちゃん気をつけて!」

電車を降りる際に二足歩行していた男性だったが、転びそうになったため四足歩行に切り替えた。

「ははっwさすがに俺も疲れてきたみたいだな。なんかぼーっとするよ。」

「兄ちゃん空では常にガチガチだったからねw」

モトクマがクスクスと笑った。

「よし、2人ともこっち来い。休憩がてら作戦会議するぞ!」

ギンは2人を無人駅のすぐ側にある、草原に誘った。

ゴロン!

なんだかポカポカしてとても気持ちがいい。
疲れが溜まっていた男性は、目を閉じるとそのまま眠りの世界へと入ってしまった。



………………。



ここはどこだろう。
やけに大きい木々や葉が生えた山だ。
「お母さーん!どこー?」
誰だろう。
可愛らしい子供の声が聞こえる。
そうか、木々が大きいのでは無く自分が小さいのだ。
パーーン!!
静かな山に、銃声が響く。
驚いた鳥達が、一斉に木から飛び立った。
「お母さん!?」
声の主は、音のする方へ向かって林の中を駆けた。
しかし、その足はすぐに止まった。
進行方向に、大きな人影を発見したのだ。
その人影はどんどんこちらに近づいてくる。
声の主は一切動かない。
と言うより、動けないのだろう。
人影は両手を出して声の主へ迫ってきた。




…………………。




「…い。…にい。……熊兄、起きろよ!」

「ハッ!!ね、寝てないよ。」

ギンの呼び掛けで、男性は夢から覚めた。

「ほら、目がこんなに開いてます。ね!モトクマ?」

男性はモトクマの方を見た。

(「スヤァ……。」)

寝てる。

ギンは軽く舌打ちをし、近くに生えている猫じゃらしを引き抜いた。
そしてそれをモトクマの鼻辺りに当てて、こしょこしょとくすぐった。

「おい、起きろ。」

「ハクショーン!」

鼻水を垂らしながらモトクマが起きた。

「何さもう。せっかく気持ちよく寝てたのに。」

「これから作戦会議するって言ってんだろうが!」

「作戦会議って、何の?」

「お前らの今後についてだよ、バカ。」

「???」
「???」

男性とモトクマの首が、同時に傾いた。

「僕らの今後は、人間界行きの電車に兄ちゃんを乗せて、お家に帰らせる予定だよ?」

モトクマの解答に、男性も“そうそう”と頷く。

「だからその前に、やらなきゃいけない事があるだろうが!お前らどうするつもりだよその体。モトクマ、お前、成仏したら離れられるって熊兄に説明したらしいけど、できないだろ。」

ギンがモトクマを指差して言った。

「それは……。」

男性は少し不安げな表情でモトクマを見た。

「ギン正解!それもう、無理だねw」

「えー……。」

笑いながら言うモトクマに、男性は驚きすぎて“え”の口の形のまま戻らなくなった。
この世界に来てからは頼りの綱だったモトクマの口から“無理”という単語が出てきたのもショックだったが、それよりも……。

「“無理”ってそんなにあっさり発表するのね。俺に配慮して、もう少し申し訳なさそうにするとか無いの?演技でもいいから…。」

「配慮?無いねw」

「ですよねー。」

苦笑いする男性の肩を、ギンが慰めるように優しく叩いた。

「心配しないで兄ちゃん!配慮しないのは、もっといい方法が他にもあるからだよ!」

「本当に?」
「本当か?」

2人が、モトクマを怪しそうな目で見る。

「無理矢理引っ張っても全然取れない繋がりなんだよ?」

男性は、モトクマと自分を繋いでいる部分の根元を引っ張った。

「一度結んだご縁ってのは、なかなか切れないからな。群れを作る人間の種族だと、特に縁切りは難しいだろうよ。神様の力があれば別だろうけども。」

「ギン、いい事言いました!それなんです!」

「は?どれなんです?」

「“神様の力”だよ!それがあると恐らくこの繋がりはスパッと切れるんだ!」

「んじゃ、神様天国から引っ張ってこいよ。きっとお前が熊兄引き連れて天国行くと、熊兄は死亡確定だけどな。仮に俺が連れて来れたとしても、熊兄に取り憑いてるお前は犯罪者扱いされて捕まるぞ?」

「え、ちょっと待って!」

男性の眠気が一気に吹き飛んだ。

「人に取り憑くのって、犯罪なの!?」

驚いた男性は、冗談だよねとモトクマとギンの顔を交互に見て笑いかけた。
しかし2人は目を逸らし、全然男性を見ようとしない。
様子がおかしい。

「え…?モトクマなんで?」

男性はモトクマと視線を合わせて話そうとするが、逃げまくるので全然目を合わせる事が出来ない。

「えーっとね、それはね…。」

2人はしばらく、視線の鬼ごっこを続けた。
なかなか口を開けないモトクマを見かねて、ギンは仕方なく男性に説明する事にした。

「熊兄がいた世界で取り憑くのはいいんだよ。まあ、気分がいいもんじゃないけどな。」

「じゃあ、この世界でもいいんじゃないの?犯罪者扱いする事なくない?いったい罪名は何なんすか?」

「……。罪名は、殺人罪だ。」

「え。」

一瞬その場の空気が止まった。
いったいどう言う事だろうか。

「え、殺人って、誰が誰を?」

「モトクマが熊兄をだよ。お前らがどういう出会い方をしたのかは知らんが、状況を見れば大体予想は付く。」

「え、待って。モトクマは俺を助けてくれたんですよ?人の生身で車にひかれそうな所を、俺に取り憑く事で強い体に変えてくれたんです。モトクマが機転を利かさなかったら、今頃俺は事故死してました。」

「そうだったのか…。」

ギンはため息をついた後、話を続けた。

「やっぱり殺人罪だな。事故死する予定だった熊兄を、結果的に神隠しさせてこっちの世界に連れてきた。普通は一般幽霊には出来ない事なんだ。たまたま死に際の熊兄だったから、こっちの世界と繋がって列車を見る事が出来た。そして、たまたま転生許可を貰っているモトクマがそこを通りかかって、体を変化させる事ができた。でもモトクマは途中下車したから、正式に人間界には降り立てない。んで、生命力が低下している熊兄がこの世界に引っ張られる形になった。天国のお堅い役所にどう説明しても、殺人扱いになるだろうなこれ。」

男性は、何と言っていいか分からなかった。

“ほっといてくれればモトクマは幸せだったのに。”

そんな思いがどうしても湧き上がる。
しかし、この言葉は絶対に言ってはいけない。
そんな事、この場にいる全員が分かっている。
もしかしたらベテランのコイジイや、感のいい大人の動物も気づいていたのかも知れない。
リスクを覚悟した上で行動してくれているし、通報もしないで知らないふりをしてくれている。
それもみんな“男性の幸せのために”と思ってしてくれているのだ。
絶対に“ほっといてくれれば”などとは言いたくない。
ここまでしてくれた動物達の好意を、“余計なお世話”ということにはしたくない。
男性は、どんな人にも感謝を伝えられる人間でありたかった。

「ありがとう、2人とも。」

少しモジモジして言う男性に、モトクマとギンは笑顔を返した。
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