乗り鉄けもニキ

鷹尾(たかお)

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めでたし、めでたし、駒爪石

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一方その頃、男性はボートの陰で頭を悩ませていた。
手綱が付けれないのでは、誘導は難しい。
いっその事牧羊犬みたく、睨みを効かせながら追い込んだ方がいいだろうか?
いや、馬という走る事が得意な動物相手に、ツキノワグマ一匹では無理だろう。
追い込むどころか、追いつく事さえ難しいのではないだろうか。

(「なんか、奇跡的に装着されたりしないだろうか……。」)

さすがの男性も切羽詰まって来た様で、奇跡が起きないかと現実逃避し始めた。
すると驚く事に、モトクマが手にしていた手綱がスーッと消え、いつの間にか馬達の頭に装着されていたのである。

「お?なんだ魔法か?そうか、仮想空間だからそういう事できるのか。早く言えよーモトクマー。」

ボートの影から「装着出来ないふりしやがって」という顔を男性がする。

「いやいやいやいや!(小声)」

モトクマは手と顔をぶんぶん振って否定する。
この仕事が長いモトクマでも、こんな現象は初めてであった。

(人間の夢や願いの内容を、僕ら動物が改変できるわけ無いじゃん!しかも、多くの人の意識が混ざっている昔話なんか…。)

「あ!分かったー!兄ちゃん半分人間だから、意識が反映されたんだよ!」

モトクマはテンションが上がり、馬の耳元で大声を出した。
当然馬は驚き、逃げようとする。

「あ、待って!逃げないで!」

モトクマは、馬の首と胴体の境目に巻きつき、両手を広げて馬にくっついた。
モトクマと男性の繋がりが、ピンと張る。
馬の体力は、やはりすごい。
ボートごしにモトクマの尻尾で綱引きをしているが、熊の自分でも全く歯が立たない。

ゴロン、ドテ!

ついに男性は引っ張られ、ボートの中へと転がった。
走り出す馬。
馬に巻きつくモトクマ。
モトクマと繋がっている男性。
そして男性は、ボートにしがみつき、そのまま引っ張られて行く。

「うわぁーー!」

一行はとてもやかましい暴走ソリとなった。

次の駅到着まで、あと2分の出来事である。



「お馬さん止まってー!」

モトクマが適当に、手綱を右へ左へ引く。
当然馬は、右へ左へ進路を変える。
その結果、男性が乗っているソリボートは、横滑りしながら蛇行を繰り返す。
何度も木にぶつかりそうになりながら、気がつくと一行は二頭目の馬の方へ向かっていた。
ヘンテコな暴走ソリボートに驚いた二頭目は、幸運な事に、品評会会場方面へ逃げて行く。

「モトクマ!この調子で会場まで行こう!」

「うぇ?り、了解しました兄ちゃん!」

二頭目が脇道にそれそうになると、モトクマはわざと横滑りさせ、男性のボートを馬に近づけた。
そのタイミングで男性は、ガォーと威嚇する事で馬の進路をコントロールしていく。
2人は見事、三頭目の馬もこの要領で追い込んで行き、飼い主の家付近まで戻ってきた。

「よし、モトクマ!この感じで家を通過して、会場まで行くぞ!先に行った飼い主さんが待ってるから!」

「あの…。兄ちゃん?」

「なんだ?」

「飼い主さんが、まだあんな所にいるよ。」

「え?」

男性は体をのけぞらせて前方を見た。
進行方向中央に、細いタケノコを抱えた飼い主がいる。

「危ない!よけろモトクマ!」

しかし、モトクマが手綱で指示をする前に、馬達は飼い主を見つけて三頭とも自分で避けた。
だが制御の効かないボートは、急に避ける事はできない。

「あーー!」

横滑りしたボートは飼い主にぶつかり、ネマガリダケが中を舞う。
飼い主さんは大丈夫だろうか。
猛スピードで走るボートにしがみつきながら、男性は急いで振り返って道を見た。

(「誰もいない??」)

すると男性のすぐ後ろから、聞き覚えのあるなまりが聞こえてきた。

「はた!これ、おらいの船でねぇか?」

「乗っとる!?」
「乗っとる!?」

モトクマと男性の声がそろった。

駅到着まであと1分弱の出来事である。




「こんなに傷だらけになってー。熊さんに弁償してもらうべやー。」

すみませんとぺこぺこする男性の一方で、モトクマは「大丈夫、仮想空間だから。駅着けば大体リセットされるから。」とメタイ発言をしている。
確かに、よく考えてみれば、この人は存在しない。
しかし、こんなにもリアルな見た目をしている。
その上、昔話はおそらく実在した人物がモデルになっているはずだ。
実際生きていた人のデータと、今自分は話している。
男性は仮想空間だとは分かっていても、なんとなく無下には出来なかった。

「でもまぁ、釣りは副業の中の一つだし、いい事にするべ。」

「え?ねーねー、飼い主さんって仕事いっぱいしてるの?」

モトクマが食いついて来た。

「馬の飼育、釣り、山菜採り、畑、田んぼ、マタギ…。季節に合わせて色々やってるんだ。」

「人間ってさー、動物・植物を狩るだけじゃなくて、育てたりもするよねー?めんどくさくないの?」

「んだ、確かにな。でも生き物育てる農家だものしかたねえべ。地道に少しずつ。地に足付けてやっていくしかねえべな。」

「へー。地に足つけて…。人間って粘り強いんだね。生命力すごいやぁー。」

モトクマは感心してうなずく。

「というかご主人、マタギもやっていらっしゃるのですね?どおりで適応力があるわけだ。」

「ん?兄ちゃん、マタギって適応力すごいの?」

「モトクマは知らないか?“旅マタギ”って言葉。」

「え?知らない!もうちょっと詳しく教えて!」

初めて聞く単語に、モトクマが少し動揺しながら聞き返す。
まさか、生前この辺りの山に住んでいた人間オタクの自分が、“マタギ”関連で知らない事があるなんて!
モトクマは若干ショックを受けていた。

「旅マタギって何?適応力とどう関係が…?」

「あ!危ない!どいてくださーい!」

男性の急な慌てぶりにモトクマはハッとし、前を向く。
一行はすでに品評会会場に着いていたのだ。
広場には数十頭の馬と、飼い主らしき人間が沢山いる。
そして今まさに、自分達はその集団の中へ、全速力で飛び込もうとしている所であった。

「こらー!危ないだろうが!」

一行にひかれそうになった地元民が怒って声を荒げる。

ガタン、ガタン!

人はひかなかったが、何かの道具をひいてしまった。

ガタン、ガタン!

よく見れば、この広場には大小様々な石が転がっている。

「モトクマ、馬から離れろ!ボートを減速させなきゃ。」

男性の指示を聞き、馬に巻きついていたモトクマが離れる。
がしかし、指示をするタイミングが遅かった。
すぐ前方には熊の様に大きな石が見えた。
速度もあまり落ちないまま、制御の効かないボートは真っ直ぐに進んでゆく。
飼い主が育てた3頭のうち、2頭は華麗に避けた。
パカラッ!パカラッ!と、大地を踏む音が力強い。
続いて、ボートを引っ張っていた1頭は、大きな石を力強く踏み込んで、天高く飛んだ。
石に爪痕が残るほどの強靭な脚と筋肉が、太陽に照らされて美しく輝く。

「すげー。」
「生命力の塊。」

会場からは、驚き混じりの声が上がった。
続いてボートも、石の所まで来た。
当然、馬達の様に華麗に避けられるはずもない。

「ぶつかるぅ~!」

石と衝突したボートはお尻を浮かせ、男性・モトクマ・飼い主は、宙に投げられた。
ボートの中にばら撒かれていたネマガリダケが、ここでも宙に浮く。
男性は、本日2度目の事故だなと思いながら宙を舞っていた。
まただ。
どうも事故ると周りがスローモーションに見える体質らしい。
馬達の足音も、徐々に低音のスローに聞こえる。

パカラッ…パカラッ…!

バ…カッ………バ…カッ………!

ゴガ………ゴガ………。

ガタン……ゴトン……。

ガタン………。

ゴトン………。

馬の足音はいつの間にか、停車寸前の電車の音へと変わっていた。
そして男性は白い光に包まれ、あたり一面真っ白になっていく。

「時間になっちゃったね。」

二人は秋田の昔話“駒爪石こまづめいし”から強制退場となった。
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