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第4章
宴の前夜
しおりを挟む謁見を終えたアランは獣型のヒロキを胸に抱き回廊を足早にすすんでいた。
自分以外のものと未知の話を楽しそうにするヒロキを見るのは、なんとも苦しいことだった。
使者が皇帝本人とわかったとき、重臣たちになんと言われようとすぐにあの場を辞したかった。
そうしなかったのはひとえにヒロキがそう望んだからだ。
嫌で嫌でたまらなかったが黙ってじっと耐えるしかなかった。
だがその苦痛な時間は終わったというのに、謁見の間では押さえ込んでいた嫉妬と独占欲と不安と悲しみがいま、黒い嵐となって身のうちで吹き荒れていた。
そんなアランの気持ちに気づかないのか、ヒロキが声をかけてきた。
「アラン、少し寄り道しよう?」
「…………」
「ねえ」
しっぽで腕をつつき、なだめるようにヒロキが続けた。
「部屋に戻る前にちょっと話そうよ」
「なぜ」
話なら部屋ですればいい。
いまは一刻も早くツガイの間にもどりたい。
「戻る前に気持ちをおちつけないと」
「…………」
「ねえってば。このままじゃまた部屋が壊れちゃうんじゃない?」
困ったような声に辺りを見やると、廊下のはしに寄り立礼をする役人が目についた。カタカタと小さく身を震わせている。
それも一人や二人ではなく、見える範囲に居るものは皆そのような状態だった。
するりと腕から降りたヒロキが「んよっ」と人型に転化した。
まばゆい光とともに現れた白髪の王のツガイに役人たちはハッと顔をあげたが、アランの視線に気づくと息をのんでまた顔を伏せた。
「いいからほら行こう」
無表情で役人たちから目をはなさないアランの腕をヒロキが引っ張る。
導かれるままに足を進めると、たどり着いたのはいつか昼食をとった中庭だった。
とうに日が落ち辺りは暗くなってはいるがヒロキもアランも夜目はきく。
「ここに座って」
庭園の奥にある噴水の縁に腰を下ろす。
ヒロキも同じようにするのかと思いきや、予想に反しアランの膝の上に腰を下ろしてきた。
首に腕をまわし向い合わせの状態でぴったりと抱きついてくる。
アランは愛しいツガイの華奢な背中に腕をまわしぎゅっと力をこめた。
するとヒロキが安堵したようにため息をついた。
そのうっとりとした響きに、尖っていたアランの心は慰められた。じょじょに心の嵐も凪いでいく。
しばらく無言で抱き合っていたが、やがてヒロキが口を開いた。
「エイダンと話をさせてくれてありがとう」
「…………」
「ムキになってごめん。シャーッてするつもりはなかったんだけど……」
ヒロキの言葉を聞いて、アランは自分がその事にかなりショックを受けていたことに気がついた。
「話の内容もところどころわかんなかったよな。長引くのが嫌で省いちゃったけど、ちゃんと全部説明するからさ」
「…………」
「まだ気がおさまらない?」
腕を解き心配そうに顔をのぞきこんでくる。その頬に手をあてそっと口づけた。
謝罪はもう十分だ。
「私も悪かった。警戒するあまりきみの意思を蔑ろにしようとした。それから……わからないことが多すぎて何から聞けば良いのかと途方にくれている」
ヒロキが安堵したようにクスッと笑った。
「じゃあ話の続きは部屋でしよ。オレお腹へって死にそう」
膝から降りたヒロキが手を差し出してくる。
指と指をしっかりからめて握り合う。
そこからは穏やかに話をしながらツガイの間へと向かった。
エイダンとは同じニンゲンであっても出身国が違うこと。
エイダンがヒロキをツガイと認識することはないこと。
その逆もまたしかり、と。
「手紙がきたらゆるーく返事をするくらいのあたりさわりのない付き合いになると思う。オレにとってはその程度の相手だよ」
そう教えられ、アランはとりあえずあの男が驚異にはなりえないと納得した。
「おかえりなさいませ」
ツガイの間に戻ると、いつもならとっくに私室へひきあげているはずのフィリーがまだ残っていた。
食卓のそばで立礼をしている。
料理を並べている最中だったようだ。
「ただいまー。あ~腹へった」
ヒロキは大股で歩みよるとさっと席についた。アメジストの瞳をキラキラさせながら料理を食い入るように見つめている。
向かいの席につきアランはその姿を微笑みながら見つめた。
「使者との謁見は滞りなく済みましたか?」
カップにあたたかいスープを注ぎながらフィリーがヒロキに問うた。
「うん、たいした内容じゃなかったよ。相手は使者じゃなくて皇帝さんだったけど」
「は? コウテイとは……あの皇帝ですか?」
「そうその皇帝。ギオーム帝国のね」
ヒロキをまじまじと見つめたあと、フィリーがアランを見た。その目が本当かと問うている。
無言で頷いてみせると、黒曜石のように真っ黒な瞳がさらに大きく見開かれた。
「悪いひとじゃなかったよ。さすがにアポなし訪問はどうかと思うけど」
「アポ?」
フィリーが首をかしげる。
「予約とか約束とかって意味。相手方を訪問する際の申し込みのことだよ」
「はぁ…。それであちらは何をしに来たのですか?」
「話がしてみたかったんだって。オレが元・ニンゲンって知って興味が湧いたらしいよ。友達が少なくて寂しいみたい。
アラン、温かいうちに食べよ? いただきまーす」
はぁ…。とまたフィリーが心配そうにアランを見たが、大丈夫だと微笑み返した。
謁見の間でのイライラや不安はヒロキによって、きれいさっぱり浄化されていた。
明日は披露目だからとフィリーを下がらせ、食事を済ませるとそれぞれ風呂に入りからだを清めた。
「明日はお披露目の宴があるから今夜はナシね。オレ寝坊しちゃうから」
とヒロキに言われ、ならせめて一緒に湯を浴びようと誘ったがそれも却下された。
「……それだけじゃ済まないだろ?」
と頬を赤らめるヒロキにぐっときたものの、あまりしつこくして機嫌を損ねられては困る。
ヒロキの披露目の宴は生涯でただ一度きりの大事な儀式なのだ。できれば笑顔で終わらせたい。
謁見でのあれこれもあり、からだを繋げてより安心感を得たい欲もあったがアランは自重した。明日の宴さえ終わればと。
人型では我慢できない恐れがあるため、二人とも獣型で寝台に入った。いくらもしないうちにスピー、スピーと可愛らしい寝息が聞こえてくる。
白猫姿のヒロキがアランの脇腹にぴたりと寄り添い気持ち良さそうに眠っていた。
猫になるとスキンシップが増すヒロキを愛しく、また小憎らしく思いながら、アランは身のうちに渦巻く熱を無視して目を閉じた。
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