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第3章
絆
しおりを挟むアランの唇がうなじを這い位置を定めると、ぐっと歯が強くあてられた。
ヒロキは期待に胸が高まり、それまで支配されていた快感から一時解放された。
全神経がうなじに集中した。
ブツッと皮膚が突き破られる感覚はあったけれど痛みは全く無く、そこから広がる強烈な快感と多幸感にヒロキは我を忘れた。
全身の細胞一つ一つにアランの存在が染み入るようだった。
自分はアランのものなのだ。
はっきりそう自覚した。
その甘く痺れるような支配にヒロキの心は歓喜に震えた。
息をのんだまま呼吸を忘れたヒロキに気づき、アランはうなじから犬歯を引き抜いた。
ヒュッと喉が鳴り、浅い呼吸をしながらくったりと横たわるヒロキは気を失っていた。
けれどもその表情に苦悶の翳りはなく、どこか陶然として満足げで、アランは愛しさが身からあふれでるようだった。
それからしばらくは夢のような時間を過ごした。
何度も愛し合い、寝ているときもぴったりと体を重ね片時もそばを離れなかった。
ヒロキはまるで子猫時代にもどったかのように、風呂も食事もそのすべてをアランの手に委ねた。
常に触れていないと気がすまないのはむしろヒロキの方のようだった。
「これがツガイになるってことなの? なんか小さな子供になった気分…」
「私たちは運命のツガイだからね。ほかのツガイたちより結び付きは強いんだよ。依存度も情熱も」
「ん……っ」
寝そべるアランの上に体を乗り上げ、ヒロキがキスをしてきた。夢中で舌を絡める様子に目を細めその小振りな尻に手をかけると、アランは屹立を蕾に擦り付けた。
意図を察したヒロキが足を開いて跨がり、ためらいなく身の内に飲み込んだ。
もう何度も体を繋げ、すっかり道筋が出来上がったかのような滑らかさですべてを包み込む。
荒ぶるような情交ではなく、穏やかさに満ちたその様子にアランの心も愛で満たされた。
何度しても飽きない。この先一生このベッドという檻に囚われてもいいと、そうありたいと心から思った。
けれどもアランはこの国を統治する義務と、そこに住まう者たちを守る責任がある。
フィリーが用意した食料が尽きてきた頃、アランはようやく重い腰をあげた。
深い眠りについたヒロキをベッドに残し、数日ぶりに朝議の間へ向かった。
ふたりが絆を結んだことは周知の事実となっており、ヒロキが人化したとき以上の祝いの口上が次々と述べられ、そのひとつひとつにアランは丁寧に返礼した。
さっそくヒロキの王のツガイとしての披露目を行いたいという先日と同じ役人に了承の意を告げた。もうすでに衣装は手配済みで、あとは日取りを決めるのみという。
珍しく遅れてやってきたガレウスに目配せをされ、アランは朝議を切り上げた。
ひとばらいを済ませ、部屋にはガレウスとザラスのみが残った。
「リュスランはおとなしく帰っていったか?」
「あの翌日早朝に出発し、国境の町まで私が付き添いました。そのまま出国までをこの眼でしかと見届けました」
「なにか不審な様子はなかったか」
「いえ特には」
そうか…と頷き、アランは黙りこんだ。
あの必死な様子から居残りたいと申し出があってもおかしくないと思っていたのだが、あっさり国を後にしたという。
それがどうも腑に落ちない。
「ギオーム帝国についてはどうだ。調べはついたか?」
話をザラスに向けると、それが…と迷うようなそぶりを見せた。
「ギオーム帝国の現皇帝は即位から日が浅く、あまり詳しいことはわかりませんでした。しかしすでにツガイはいるようです…」
「ツガイがいる?」
問い返すアランに頷き、ザラスが続けた。
「それも複数存在するようです。あの使者の青年もそのうちのひとりとか」
「──なんだと?」
ツガイとは一対一の関係性のはずだ。
それが一対複数とはきいたことがない。
「いったいどういうことだ? リュスランは自分のツガイに弟を差し出すつもりだったのか? そもそもそんなものは本能が受け付けないはず……。まさか」
「───はい…。その皇帝も元ニンゲンの可能性が非常に高いかと…」
アランは立ち上がった。勢いあまって椅子がガタンッと倒れる。
「しまった! リュスランはヒロキのことを伝えるため急ぎ出国に応じたに違いない。行き先はおそらくギオーム帝国だ」
腕を組んだガレウスも神妙な面持ちのザラスも、アランと同意見のようだった。
「しかし王とツガイ様は絆を結ばれました。かの国の皇帝がなんと申しましょうとも、お二人の仲を引き裂くことなどできますまい…」
「…そうだろうか」
「お二人は運命の絆で結ばれているのです。お互いを信じ慈しめば何者にも惑わされませんよ…」
「…そうだな」
「お披露目を済ませ、一刻も早くツガイ様の地位を公的なものにいたしましょう」
「頼む」
「かしこまりました…」
ザラスの言葉に頷きながら、アランは元ニンゲンの可能性が高い皇帝が、ツガイを複数持っているという事実に不安を抱いた。
そして同じ境遇の相手に会ったときヒロキがどんな風に感じるのかわからず、絶対にふたりを会わせないと心に決めた。
後日、国境の街から急ぎ知らせが届いた。
ギオーム帝国現皇帝からヒロキとの対面を乞う書状を手に使者が来たのは、二人の披露目の宴の前日だった──
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