王様の猫2 ~キミは運命の番~ 《獣人オメガバース》

夜明けのワルツ

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第2章

はじめての人化

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「ああっ、しまった…!」



はじめて耳にする声と一瞬の強烈な輝きに、アランは相貌をゆがめた。
部屋が真っ白になるほどの光がおさまるよりさきに胸の重みは消えていった。



やがて部屋に色彩が戻ってくると、すぐ目の前に青みがかった白髪の後頭部があった。
そこからすらりとのびた首筋と、美しい肩甲骨の後ろ姿にアランの胸が熱くときめく。
人化したヒロキがアランに背を向け、膝立ちでメイドと対峙していた。



「ヒロキ…」

力ない呼び掛けにヒロキの頭の猫耳がピッと反応した。
振り返ってくれるのを期待するアランの前で、顔に手をかざしたメイドがグラリと傾いだ。
そのまま倒れ込まれ、支えそこねたヒロキが「おわっ」とたまらず尻餅をつく。

って。……あらら。気絶してるよメイドさん」

胸にしなだれかかったメイドを見下ろしつぶやく。
体の上からずり下ろして仰向けにすると、ヒロキはメイドを横抱きにして立ち上がった。「ほっ」と軽い掛け声。

「ヒロキ」

名を呼んでいるのにさっきからこちらを見ようとしない。あきらかに無視している。 

アランは焦った。 

力の入らない体で手を伸ばすが、指先がわずかに届かない。

「待てヒロキ、行くな…!」

制止の声を無視して入り口に向かってスタスタ歩いていくと、ヒロキはバァン!と足で扉を蹴り開け「フィリー!」と世話係を呼びつけた。

扉のすぐ外で控えていた相手に「ほいよろしく」とメイドを押し付け、ひとことふたこと何か言いつけている。いつもなら聞き取れる距離なのだが、メイドがそばから離れたというのに、アランの意識は依然朦朧としていた。

はじめて人化したヒロキに誰もが目を見張っていた。
周囲の戸惑いなど気にもしないヒロキは、腰に手をあて「ふぅ」と息をついている。
メイドを他のものに託したフィリーが顔を背けつつおずおずと切り出した。

「ヒロキさま…」
「うん?」
「…とりいそぎ何かお召し物を」
「おめしもの?」

ん? と下を見下ろしてようやく気づいたらしい。あっと声をあげる。

そう、堂々たる態度の彼は全裸だった。

「いやー猫生活で裸慣れしちゃってたからさ、全然気づかなかったわ」

はは。と明るく笑うと、警護の騎士たちに目をとめた。

「あ、そこのお兄さん。悪いんだけどちょっとそのマント貸してくんない?」
「はっ、はは!」
「どうぞ……っ」

飛び上がり返事をした警護の騎士たちが引きちぎる勢いでマントをはずし、我先にと差し出した。

「一枚でいいんだけど…。ありがと」

戸惑いつつもニコッと笑うヒロキに騎士たちはボウッと見とれた。そして──

「あ」
「…うっ」
「…くっ」

つー、と赤いものがそれぞれの鼻から流れ出た。
たまらず顔面を押さえ、身を折る護衛騎士たちにフィリーがぎょっとした。目を丸くするヒロキを背に隠す。その前にさらにガレウスが立ち、騎士たちを睨みおろして言った。

「ヒロキさまはすぐに私室内へお戻りください」
「えっ?」
「さぁ、お早く!」 
「ちょ、フィリー、そんな押すなって」

腰に巻こうとしていたマントをすばやく取り上げられ、背中をグイグイ押される。その時だった。

地響きのような低いうなり声が聞こえてきた。

いつの間にか銀狼に転化していたアランが目を爛々と輝かせ、こちらを睨み付けていた。否、正確には警護の騎士たちをだ。
愛しいツガイに「匂い付け」をしようとし、あまつさえ発情したため、本能が彼らを敵とみなしたのだ。

「王よ、お静まりください…!」

 ───ウォォォオオオオ!

ガレウスの制止も耳に入らない様子だった。

アランの怒りの雄叫びが城中に響き渡り、地震のような揺れを引き起こした。そこへ強風が吹き出し始め、私室内の家具やカーペットが風に舞い上がる。部屋の中は一瞬にして大参事となった。

 ───オオオオオォォォ!

獣の本能が覚醒し、銀狼姿のアランがぐんぐん大きくなる。頭が天井を突き破り、壁にも亀裂が生じた。窓ガラスがパァン!といっせいに弾ける。

膨らみ続ける王の怒気に、警護の騎士たちは床に押し潰されるように横たわったまま起き上がれずにいる。はくはくと、苦しそうに胸を押さえている。

ガレウスは圧迫感に苦しむフィリーを胸に抱き込み、この場から一旦離れようとした。 
私室の入り口に立ち、両腕を交差して顔をかばって立っているヒロキに手を伸ばす。肩を掴んだが振り払われた。

「ヒロキさま…?」

名前を呼ばれ、腕の隙間からチラリと視線を寄越したヒロキが無言で首を振る。キッと前を見据え、前かがみの姿勢で一歩また一歩と私室内に向かっていった。

その様子をガレウスは信じられない思いで見ていた。
屈強な騎士でさえひれ伏すほどの圧迫感を、ヒロキはまるで感じていないようだった。強風だけが妨げとなっているようだ。

部屋に入り、宙を舞う家具の向こうの銀狼をにらみつけ、ヒロキは大きく息を吸い込んだ。

「アラーーーーン!」

絶叫に近い声で名を呼ぶと、遠吠えがピタリと止んだ。風がゆるゆると弱まり、消える。

身をかがめ、上階に突き抜けていた顔を向けてきた相手に人差し指をビシッと突きつけ言い放った。

「馬鹿野郎! なぁにやってんだっ!」
「クウゥゥン」
「いますぐ小さくなれ!」

銀狼はヒロキの一喝でしゅるるると小型化した。
うなだれた姿勢のまま上目遣いでこちらを見ている。
腕を組み、よし、とヒロキは頷いた。 
その様子をガレウス以下数名が呆気にとられた様子で見ていた。





私室内はひどいありさまだった。天井や壁はところどころ崩壊し、割れたガラスの破片が散乱していた。とてもすぐには修復できそうにない状態だった。

騒ぎを聞き付けやってきたザラスが代わりの部屋を用意した。歴代の王のツガイのための部屋だった。

ザラスは人型になったヒロキに気づくと、丁寧に初人化への祝いを述べた。
だが「どうも」とどこか浮かない顔つきのヒロキと、その周囲をそわそわと落ち着きなく歩き回る銀狼姿の王を見つめ、ふむ、と白く長いアゴヒゲを撫でた。
巨大化を自力で解いたとはいえ王はまだあきらかに興奮状態にあり、獣型から人型に転化できない様子だった。
ザラスはそばに控える侍従に、王のツガイの部屋の浴槽に水を貯めるよう指示した。
そしてヒロキを見つめ静かに言った。


「おふたりには少し、語り合う時間が必要かと思います…」

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