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第4章
皇帝を名のる男
しおりを挟む「僕の名はエイダン。ギオーム帝国の皇帝をやっている。突然の訪問で申し訳ないね。でもこうでもしないと会ってもらえないと思って」
許しも得ずに立ち上がり悪びれた風もなく言うギオーム帝国皇帝──エイダンにアランは目をすがめた。
油断していた。
まさか皇帝本人が護衛も連れずに一人でやって来るとは思わなかった。
エイダンからはアルファのような力強さも、オメガのような他者を魅了する雰囲気も感じとれない。いたって平凡な男に見えた。
白い肌に栗色の髪と焦げ茶の瞳。どこか飄々としてつかみどころが無いのは感情を吐露する耳や尻尾がないからだろうか。
「その子がリュスランの言っていた『元・人間』のリシュリーくんかな?」
愛しいツガイを指差され、アランはとっさに身構えた。視線を遮るように腕の囲いを狭めたが、肝心のヒロキは前足を突っ張り身を乗り出そうとする。
「ちょ、見えないじゃんアラン」
「見なくていい」
吐き捨てるように言うとヒロキの耳が後ろに伏せられた。ムッとしたらしい。
「オレだって話に加わりたいのにっ」
「話なら私がする」
「なんだよ仲間はずれにすんなよ!」
「そういうことではないっ」
「そういうことじゃんかっ!」
シャーッという威嚇音にアランがカッとなったときだった。
「──ぅおっほん!」
そばに控えるザラスが力強く咳払いをした。そしてその勢いのままゴホゴホと長く咳き込む。
身を折り苦しげなザラスの姿に二人はばつの悪い顔をした。
「…………。えっと…アラン?」
「……なんだい」
「……ザラスの背中をさすってあげてよ。オレの前足じゃ無理だから」
ヒロキにうながされザラスの背にそっと手をあてると、かすかな笑い声が聞こえた。エイダンだった。困ったように首をかしげている。
「申し訳ないけど僕は人間だから獣語が理解できないんだ。リシュリーくんと話がしたいんだけど、今日はずっとその姿のままなのかな?」
「……アラン?」
人型になってもいいかと問うアメジストの瞳を無言で見つめ返した。もちろんダメだと言いたいが、それはアランのわがままだとも理解している。
しぶしぶ頷いてみせるとヒロキはアランの腕から飛び降りた。「ふぬッ!」という声とともに光を放ち人型に転化する。
そしてアランの手を握り、エイダンへと向き直った。
「こんにちは。あ、こんばんは? はじめまして、リシュリー改めヒロキです」
「ヒロキ?」
「そう呼んでください。リシュリーって名前はどうもしっくりこなくて」
エイダンはどこか上の空な様子で頷くと、ヒロキをじっと見つめた。さまようような視線で全身をくまなく検分し、最後に頭の上の猫耳に目をとめた。
「僕とは違うね。いまのキミはどう見ても獣人だ」
寂しそうなつぶやきにヒロキはエイダンの中の孤独を感じた。
「アラン王とはツガイになれた?」
「うん」
「確信をもってそう言える?」
「うん。あなたはそういうのわからないの?」
「わからない。どうも僕は転生ではなく転移してきたみたいで、体はまるっきり人間のままなんだ。獣型にもなれないし獣語も理解できない。気がついたら帝国内の街にいて、なんだかよくわからないうちに皇帝をやらされているんだ」
「なんでオレに会いに来たの?」
「同じ境遇の相手に話をきいてみたかったんだ」
「そっか…。でもオレたちちょっと違うみたいだね」
「……そうだね」
「気はすんだ?」
「ああ…。でもキミに会う前より孤独だと感じるよ」
ポツリとつぶやくエイダンにヒロキは不思議そうな顔をした。
「なんでそんなに孤独だと思うの? いっぱいツガイがいるんでしょう?」
「だって彼らはお互いにいがみ合ってばかりだし、そもそも僕は誰のことも愛してない。向こうが一方的にツガイだなんだと言ってくるだけで、誰が本当にそうなのかわからないんだ」
「リュスランも? 好きじゃないの?」
「僕は残念ながらゲイじゃないから」
エイダンは肩をすくめた。
「じゃあオレにも興味ないよね」
「そういう意味ではないね」
「だってさ」
振り向きにっこり笑うヒロキにアランは複雑な顔をした。ゲイとはなんだと口をはさむ隙もなく会話は続けられていく。
その楽しげな様子にハラハラするが、繋いだ手をギュッとされると我慢するしかなかった。
そんなアランの複雑そうな顔を見てエイダンが微笑んだ。焦げ茶の瞳は寂しげだが穏やかで、ヒロキに特別な感情を抱いたようには見えない。その事実に免じてアランはいくぶん態度を和らげることにした。
黙って二人のやり取りを見守る。
「容姿もそのままなの?」
「そうだよ。僕は北アイルランド出身なんだ。キミは?」
「日本」
オー、とエイダンが破顔した。
「ヤマトナデシコサムライスーシー」
「言うと思った」
吹き出すヒロキとにこにこ笑うエイダンはまるで昔からの友人のように打ち解けている。
アランには今の会話の半分も意味が理解できない。それがおもしろくなかった。
ツガイの間へと戻り次第すべての言葉の意味を説明してもらわねば今夜は安心して眠れそうにない。
「明日お披露目なんだってね。まずいときにきちゃったかな」
「うん。まあそんなわけで忙しいし、とりあえず帰ってくれる?」
はっきり告げるヒロキにエイダンはポカンとした。
アランも思わずかたわらのヒロキを見下ろす。
居並ぶ重臣たちが動揺からざわめいたが、異を唱えるものはいなかった。
「あなたがいるとみんな落ち着かないしさ。明日は大事な日だから続きはまた後日ってことで。ごめんね?」
あっけらかんと言い放つヒロキにエイダンは苦笑した。
「いや、会ってくれてありがとう。……僕たち友達にはなれたかな?」
「友達ってことでいいけど、会うのはしばらく遠慮してほしいな。いまは大事な時期だから」
友達という言葉に身を固くするアランに気づき、ヒロキは微笑んだ。独占欲の強さはいやというほど知っている。
いまどれだけ我慢してくれているのかも。
「それに友達はそっちの国で増やしたほうがいいんじゃない? きっと誰かいると思うよ。まだあなたが気づいてないだけでさ」
「そうかな」
「そうだよ」
不満そうなエイダンを笑顔で押しきり、じゃあねとヒロキは話を終わらせた。アランを見上げて頷くと「ぬんっ」と猫に転化し、その腕のなかに再び飛び込む。
アランに抱かれゴロゴロと喉を鳴らすヒロキをまぶしそうに見つめ、エイダンはため息をついた。そして小さく笑うと手を差し出してきた。
ヒロキを撫でようとしているのかと警戒しアランが身を退くと、「ただのアクシュだよ」とエイダンが言った。
アクシュとはなんだ? というアランの疑問に答えるように、ヒロキがあくびをしながら「手を握り合う挨拶だよ」とつぶやいた。
手を握り合う? なんのために。
アランの怪訝そうな顔を見てエイダンは苦笑しながら差し出した手をそっとさげた。
「押し掛けて悪かったね。でも会えてよかったよ。ヒロキと話をさせてくれてありがとうアラン王」
「……いや。良い相手とめぐり会えることを祈っている。悪いが我々は失礼する」
あとのことはまかせる、とそばに控えるザラスに告げるとアランはエイダンに目礼して謁見の間を退出した。
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