王様の猫2 ~キミは運命の番~ 《獣人オメガバース》

夜明けのワルツ

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第2章

成獣

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森で子猫と出会ってから約半年が過ぎた。


生後約6~7ヶ月とみられていた子猫も成獣となり、獣人の子ならば自然と人化している頃となった。
しかし子猫にそれらしい兆候はなく、成獣となる前に来るはずの発情期もなかったため、やはり子猫は元「ニンゲン」の転生者であるとアラン他老医師たちは結論付けた。





       ※



「おかえりなさいませ」

アランが執務を終え私室に戻ると、フィリーが立礼で出迎えた。ローテーブルに置かれているのはこの半年で集めた異世界転生者についての記述がある本たちだが、一番上のものはアランには見覚えのないものだった。

「新しい本が手に入ったのか?」
「はい。今日ガレウスさまが国境の町からお戻りになって、これを王へと」
「もう目は通したか?」
「はい…、まだ冒頭くらいですが」
「なにか真新しい記述はあったか?」

フィリーの困ったような微笑みをみて、アランははっとした。すまない、とつぶやく。…まだ冒頭くらいしか読んでいないと言っているではないか。
ため息をついてソファにドサッと腰をおろすと、子猫──いや、猫が寝室からするりと姿をあらわした。

「ただいま。今日は遅くなってしまってすまない。夕食はもう済ませたね? 美味しかったかい?」
「ナ~」

この半年でひとまわり大きくなり鳴き声も少し低くなったが、つややかな毛はあいかわらずまっ白で、透き通るようなアメジストの瞳はそのままだ。
はめている紫の首輪は、自分の服に合わせてアランが今朝選んだものだった。

差し出したアランの手に頬をこすりつけてくるが、いつもなら喉をならすはずがそうしない。かわりにフィリーをじっとみすえている。瞳孔がまんまるに広がっており、しっぽがぱしんぱしんと空を叩いていた。不機嫌な証拠だった。

フィリーは猫の視線を伏し目で避け、静かにその怒りを受け流していた。この半年でかなり打ち解けていたはずだがなにかあったのだろうか。

「フィリー?」
「…ツガイ様のお名前を無理に聞き出してしまったので、お怒りなのです」

 ──名前?

はっと目を見開くアランにフィリーがうなづく。

「ツガイ様のお名前はヒロキさまとおっしゃるようです」
「ヒロキ…?」

呆然と見下ろすさきで猫は毛繕いをしている。名前を呼ばれてもしらぬふりだ。
本当なのだろうか。本当にその名前であっているのだろうか?

「なぜ名前がわかった? まさか」

しゃべったのだろうか、ついに。獣人として覚醒したのか?
そうだとしてもなぜ自分の知らぬところでそれが起きたのだ?

アランの頭の中で疑問がとびかうが、フィリーの答えはそのどれとも違っていた。

「この半年、おりをみて少しずつツガイ様のお名前を探ってまいりました。まずはお名前の文字数が三文字であることを特定し、それからひとつずつ文字をあてはめていったのです。さきほど三文字目が〈き〉であることがわかりまして…。それがご不快であられたようです」
「文字をあてはめていった…?」
「はい。ツガイ様の耳やしっぽなどの反応から、正解を導き出しました」
「…………」

アランたちから少し離れた場所で毛繕いをしていた猫が背を向けたままうずくまった。関心のないふりをしながらも、その耳はこちらを向いていた。猫としても無視できない話題のようだ。ではやはりフィリーの仮説は正しいのだろうか。だとしたらなぜそんなにも名前を知られるのを嫌がるのだろうか。

いくら考えても疑問ばかりが生まれてくる。答えは結局猫に聞くしかなく、その本人はしらんぷりを決め込んでいる。とくに今夜は気が立っており、こちらの質問に答える気はないようだ。

あまり無理強いをしたくはないと猫を甘やかしてばかりのアランに代わり、フィリーがあえて嫌われ役をかって出てくれたのだ。
すまない、ありがとうと目で伝えると、フィリーはちいさくかぶりをふった。そのまま数歩後ずさる。

「では、これで私は退出いたします。おやすみなさいませ」
「おやすみ、フィリー」
「………ナ~」

仕方なく返事をする猫に苦笑し、フィリーが去っていくと部屋にはアランたちだけとなった。
あいかわらず背を向けたままの猫をぼんやり見つめる。

「ヒロキという名前だったのかい?」

ピクッと揺れる耳を見つめ、なるほどこれはわかりやすいとアランは思った。これなら根気さえあればやってやれないことはないだろう。自分は思いつきもしなかったけれども。

「フィリーを許してやってくれ。私のためにしてくれたんだ」
「…………」

パシッとしっぽが床を打つ。ソファから立ち上がり、アランは猫のそばに腰を下ろした。背骨に沿って撫でてやるとかすかにゴロゴロという音がきこえる。
それにしても三文字の組み合わせなどいったい幾通りになるのか想像もつかない。あの黒ウサギの青年は優しい顔をしてなかなか意志が強い。

「私に名を知られたくなかったのか…?」

あえて心もとない声でつぶやくと、パシッパシッと床を打っていたしっぽがしゅるりとアランの手首に巻き付いた。なぐさめるような甘えるしぐさだった。

「そうじゃないって?」

チラリと見上げてくるアメジストの瞳をだまって見返すと、猫がかすかにため息をついたようにみえた。名前を知ったからだろうか。やけに猫らしくないしぐさが目につく。かすかにでも覚醒してきているのだろうかと期待してしまう。

アランは銀狼姿に転化すると猫をふところにくるむように丸くなった。耳のあたりをそっとなめると、ゴロゴロとのどをならす。コテッと転がり腹を見せてくるさまはまるで服従する犬のようだが、アランの鼻面にリズミカルにパンチを繰り出してくるので、遊んでいるようにみせかけて話をはぐらかしているのだろう。
爪を立てない可愛らしい攻撃につきあってやる。パンチをかわして鼻先で脇をくすぐった。それをやめさせようと鼻先を押さえてくる細い前足をぱくっと咥えると、ビックリして両後ろ足でアランの喉元を必死に蹴ってくる。猫の反応がおかしくてクッと笑い、そのまま獣語で話しかけた。

「人化したくないんだろう? キミはずっと猫として生きていきたいのだろう?」
「…………」 
「それとも私とツガイになるのはそんなに嫌か…?」

クゥンと情けない声が出てしまい恥ずかしさからさっと顔を背けると、猫が「ナ~?」と不思議そうに鳴いた。やはり獣型では言葉が通じないようだが、不安は伝わっているようだ。するりと立ち上がるとほほにすり寄ってくる。アランはため息をついた。

名前を知られて怒ったりしらばっくれたりとそっけないくせに、甘えたりなぐさめたりするときは距離が近い。普通の猫ならばあたりまえのことでも、中身は自分と同等の知性をもった運命のツガイなのだと思うとどうにもやるせなかった。
同じ問いを人型ですることはまだできない。
確かめたい。けれど答えを知るのが怖いのだ。

フィリーがガレウスから託された新しい本のことを思い浮かべる。目新しい記述があるか確かめなくては。

猫を保護して以来城から遠ざかりつつあるガレウスが、フィリーに会うための口実にせっせと本を探しているのにアランは気づいていた。視察と称してあちこちの町へ出向いては何かを見つけて帰ってくる。動機はどうあれ、本が集まればアランに文句はない。当の本人はそのことに気づいてもいないようだが。

はがゆい思いをしているのが自分だけではないことに歪んだ慰めを見いだし、自嘲した。ガレウスへの褒美を適当に見繕い、フィリーに届けさせよう。奮起したガレウスがさらに本を探してくるように。



猫がすやすやと寝入ったあと、アランは居間に戻り本を手にした。


しかしそこに記されていたのは、予想だにしない不快な記述たちだった──



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