王様の猫2 ~キミは運命の番~ 《獣人オメガバース》

夜明けのワルツ

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第1章

世話係

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「ツガイ様のお世話係にとのお声掛かりをいただきまいりました。王医さまの助手をしておりますフィリーと申します」
「フィリー、よく来てくれた。まずはこちらへ」
「は、はい…。失礼いたします」

アランが示すソファにフィリーと老医師が腰を下ろした。
子猫の状況はどのくらい話したのかと目で問うと、老医師はすべて話してあります、と無言で頷く。

「彼はフィリー。見ての通りウサギの獣人だ。私がそばにいてやれない時に、キミの手助けをするための世話係にと考えているんだが…どうかな?」

アランに抱かれている子猫はフィリーをじっと見つめたあと、ふいっと顔を背けた。昨夜の桶を持ってきた老医師の助手だと気づいたのだろう。フィリーは子猫のそっけない態度に動揺したように耳を揺らしたが、アランはむしろ安堵した。世話係とはいえ自分以外のものになつきすぎては困るのだ。

少し話をし、採用を決定した。ガレウスの言ったようにまじめで誠実な若者のようだ。いまは少し頑なな子猫も徐々に態度を軟化させるだろう。もともと人懐っこい子なのだから。
老医師は毎日ここへ通い、フィリーに医術を教えつつ子猫にこの世界のことを話していくことになった。




夕方、出来上がったメダリオンと首輪が数種類届いた。
入り口で役人からそれらを受け取ったフィリーがローテーブルの上に並べていくと、さっとテーブルの上に乗った子猫が、並べる端から順に匂いを嗅いでいく。
メダリオンは金と銀の二種、首輪は紫・赤・緑・紺の四種類があり、何通りも組み合わせができるようになっていた。

「これはメダリオン。獣人の幼獣こどもが身元を示すために身につけるものだ。この部分に私の名が刻んである。これを身につけるものは私の庇護下にあるという証になり、誰もキミに無礼な振る舞いはしない。ここにある私の名がそれを許さない。だから──」

アランがメダリオンをひとつつまみあげ目の前にかざす。

「──キミに私の名をつけたい」

通常は親が自分たちの名を刻み、子に身に付け保護するためのものだが、独身者が幼獣につけると話がかわる。求愛中の相手で、ツガイになりたいのだと主張するためのものだ。
アランはこの国の王であり、強力なアルファだ。そのアランの名をつけた子猫には誰も表だって手を出せないだろう。いつかの護衛騎士たちのようにうっかり子猫に発情はしても、みだりに近寄ったり無体なことはできないはずだ。

子猫は真剣な面持ちでアランを見つめた。説明した以上の意味を理解しているのだろうか。「いいね?」と言うと、メダリオンを持つアランの手に顔をこすりつけゴロゴロと喉をならした。「いいよ」ということだろう。息を詰めて見守っていたフィリーと老医師がそっと安堵のため息をつく。 
アランは満足げに頷いた。

「さて、ではどれにしようか?」

子猫の淡い紫の瞳に合わせて紫に手を伸ばすと、すかさず子猫が赤色の首輪にパシッと手を置いた。

「赤がいいのかい?」
「ミ~」
「メダリオンは──」
「ミッ」
「……金だね?」
「ミ~♪」

メダリオンの金具と首輪の金具をつなぎあわせ、おとなしく首を差し出す子猫に装着した。白い毛並みに赤が映え、ピンクの鼻と耳との相性も抜群だ。本人も満足気でたしかに可愛らしいが、ほかの組み合わせも見てみたい。アランお気に入りのアメジストの瞳をもっと引き立てる組み合わせがあるはずだ。
紫の首輪に銀のメダリオンを付け、子猫に装着させようと手をのばしたが、するりとかわされてしまった。部屋の隅に置かれている姿見の前に走っていき、ひとしきり自分の姿を確認するとまた戻ったきて首を差し出す。付け替えてよいということだろう。
何度かそれらを繰り返し、最終的に紺の首輪に銀のメダリオンの組み合わせに落ち着いた。心なしかすこしキリッとしてみえる。

アランは老医師とフィリーを私室からさがらせると、子猫とふたりきりで夕食をとった。半日ほど一緒の部屋にいてすこしは子猫もフィリーの存在に慣れたようだが、やはり自分の手が空いているときは世話は自らしてやりたい。

一緒に湯を使い、ベッドに入った。首輪は洗面台の上に置いたままつけずに寝ることにする。
メダリオンをつけた子猫はアランの独占欲を満足させるが、同時に窮屈な思いもさせたくないという保護欲もはたらく。幼獣用の首輪は人化の際の魔力の光に反応して留め具がはずれる仕組みになっているが、メダリオンは金属製なのである程度重みがあり、寝苦しいかもしれない。もともと外出時の他者への牽制用であるし、アランとしても子猫を撫でたりほおずりするのに思いのほか邪魔だった。

子猫はベッドの上に飛び乗ると、定位置になりつつある左側で伸びをした。軽く首もとの毛繕いをし、丸くなる。
そっと寄り添い背中を撫でると深いため息をつき、すぐにスースーと寝息をたて始めた。

獣人は獣型のときの体毛がそのまま人型での頭髪の色になる。アランは銀狼なので髪も銀色だ。ゆえに子猫は白い髪の少年、もしくは青年になるだろう。短毛で華奢だがしなやかな筋肉のついた、すらりとした容姿に違いない。
アランを魅了してやまないアメジストの瞳と、白とピンクの猫耳、そして長く優美なしっぽは、獣型でいるよりももっと多くのものの興味をそそり、欲情をかき立てるのではないだろうか。

子猫の耳をそっとつつくと、ピッと軽くはじかれた。ちいさな三角形の先には輪郭からはみ出るようにして細かく柔らかな毛がはえており、そこをくすぐると子猫はころりと上向きになった。うっすら開いた目が不思議そうにアランを見つめている。まるで「どうしたの?」と聞いているようだ。
「なんでもないよ」とささやき、ひたいに口づけるとゴロゴロと喉をならし、くぁ、とあくびをした。しばらくひたいを撫でてやるとだんだん目が薄くなる。まぶたを閉じると再び静かな寝息が聞こえてきた。

「あと二ヶ月、か……」

短いようで長いつき日だ。子猫がどこかの獣人の子、もしくは前世が獣人であればなんの問題もない。けれどもし元ニンゲンであれば、アランの知らない困難な未来が待ち構えているのだろう。
二ヶ月後が待ち遠しくもあり、恐ろしくもある。
だが、成獣になったあとの心配はそうなったときにしよう。いまは幼獣らしい可愛らしさと、この私室の中だけで完結しているふたりの生活を楽しむのだ。

不安をそっと押しやり、おやすみ、と寝ている子猫にささやいてアランは目を閉じた。無事人化したツガイとふれあえる日が来ることを信じて──











───けれども。

老医師が見立てた二ヶ月がすぎ、さらに三ヶ月以上が過ぎ成獣となっても、子猫に人化の予兆はあらわれなかった──






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