王様の猫2 ~キミは運命の番~ 《獣人オメガバース》

夜明けのワルツ

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第1章

疑惑

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───朝議の間で重臣たちが人員配置について、てんやわんやしている頃


アランは子猫に食事をとらせると、私室の居間で軽食をとった。腹ごなしに少し手にじゃれつかせて遊んでやりひと息ついていると、王専属の老医師がやってきた。

空腹が満たされ、膝の上でうとうとまどろむ子猫をソファの上におろす。
離れがたい気持ちになり、そのまま頭を撫でていると、老医師が子猫のけがの有無と健康状態をすばやく確認する。
性別はオスのオメガと断定された。それはアランもわかっていたが、気になるのは子猫があとどれくらいで成獣になるかだ。

「ツガイ様はおそらく生後6~7ヶ月ごろかと思います。人年齢に換算して約9~15さいくらいかと」
「ずいぶん開きがあるな」
「育ってきた環境と種類により個体差がありますので。ですが体はほんのひとまわり大きくなる程度で、ほぼ成獣に近いようです」

アランは目を見開いた。──こんなに小さいのに? 老医師が重々しくうなずく。

「猫というのは獣種としては小型の部類ですので、このくらいが普通です。王や騎士団長などからしたら赤子も同然でしょうが」
「発情するのはいつ頃からだ?」
「オスであられますのでまだ少し早いですが、あとふた月もすればあるいは」
「ふた月か……」

子猫は思ったより成長過程にあったが、あとふた月と言われると長く感じてしまう。いますぐにでもツガイの絆を結びたいアランとしては、毎日この可愛らしい姿を前に、はたして忍耐が持つか不安だ。
見下ろす先では、子猫が仰向けの四肢を伸ばしたばんざいのポーズでピすピす鼻をならしている。老医師につぎつぎとからだの向きを変えられても構わずに寝続けていた。

するとパチリと子猫の目が開いた。さっと起き上がり、ソファの上でソワソワしはじめる。尿意か便意をもよおしたのだろう。老医師が呼び鈴を鳴らし、外に控えていた助手を呼んだ。助手は黒ウサギの獣人だった。顔には出さなかったが猫科でないことにアランは密かに安堵した。

助手は丸く平たい桶のようなものを私室内に運びいれた。その中には砂が敷き詰められている。床に置かれたものを示し、老医師が「ツガイ様、どうぞこちらをお使いください」と言うと子猫が固まった。なにやらショックを受けているようだが気のせいだろうか。

使い方がわからないのかと思い、アランがその身を桶の中にひょいと入れてやると、子猫は素早くそこから脱出した。つかまえ再び入れようと手を伸ばすとさっと飛びのき、アランの手の届かないところまで走っていった。必死に逃げる後ろ姿が微笑ましい。

「どうした、これではいやか?」
「ミャアッ!」

憤慨したように一声鳴き、浴室につながる扉の取っ手に飛び付いた。目を見張るアランたちの前で見事に扉を開けると、すとっ、と身軽に着地しすばやく中に入っていく。また扉の開く音。
まさか、と見に行けば子猫はアランの人型用のトイレの便器のふちにすわり、用を足していた。ゆらゆら前後に揺れると、ぽちゃん、と水音がした。ふーっと満足げな子猫。アランの背後では「あぁ、そんな…」と老医師のとまどうようなつぶやき。

子猫は便器から降りるとすぐに横座りして片足をぴんと高く上げた。尻の汚れをキレイに舐めとろうとして固まる。自分のそこをのぞきこみ、なにやら尻込みしているようだ。
しばらく様子を見ていると、キョロキョロあたりを見まわし、汚れを拭き取るための紙を見つけそこに手を伸ばした。たしっと手をかけ、また固まる。猫の手ではそれをつかみ取り、汚れを拭くことなど無理な話だ。こちらを見上げ「ミー」と鳴く。うるんだアメジストの瞳を見つめながら、アランは黙って紙をつかむとそっと拭いてキレイにしてやった。その頭の中は疑問でいっぱいだった。

自分が幼獣だった頃はこんなにも自我がはっきりしていただろうか?

いくら思い出そうとしても人化できるようになる前の頃のことなど覚えていない。はじめての用足しは誰に教わったかなど些末なこと過ぎて記憶にないのだ。

子猫は森で一人きりだった。首には身元を示すためのメダリオンはなく、身よりはないものと思ったが、それはアランの願望がそう思い込ませただけで、本当はどこかで大切に育まれていたのだろうか?
あの森はたびたび騎士やアランが巡回しているが、大型の野性動物もいるし、今日のように流れ者の獣人もいる。こんなに綺麗な子猫がひとりきりで生きていける場所ではない。事実、子猫は空腹だった。自力では食料を確保できないのだ。捨てられていたのだとも考えられない。理由が思い付かないからだ。

腑に落ちないアランに老医師がそっと目配せをしてきた。内密で話があると。
水を飲んでいる子猫を残し、書斎に移動すると老医師がひそめた声で告げた。


「──ツガイ様は異世界転生者かもしれません」


聞きなれない言葉にアランは眉をひそめた。たしか──

「転生者とは、前世の記憶を保持するもの…だったか?」
「はい。…前世の記憶があるとしても、この国に生まれたものならば、自分の身元を表すメダリオンを所持しているはずです。それが無く、ある日突然この世界に姿を現すのが異世界転生者と呼ばれるものです。ツガイ様は未発達な幼獣にもかかわらず知能が高すぎますし、われわれの言葉も完全に理解しておられるようですので」
「ふむ。よくわからないのだが……仮にそうだったとして、ほかの獣人の幼獣となにが違うのだ。その異世界転生者は──」

 ─── もしや人化できないのか……?

この世界の獣人たちは幼獣から成獣になるとはじめて人化できるようになる。言葉が通じるようになり、人型での生活が安定すると半身となるツガイを探しだす。無事見つけて相思相愛となり、お互い発情をして体を繋げればツガイ関係が成立する。
つまり、人化できなければツガイ関係を結ぶことはできない。それがたとえ強固な結びつきを確約された《運命のツガイ》であってもだ。
アランは壁に手をつき、ぐらついた体を支えた。すがるような目で老医師を見る。まさか…

 ─── ツガイになれないかもしれない、のか……?

「それは…」

口にするのも恐ろしい王の問いに、老医師の顔が青ざめた。目を伏せ言いよどむ。

「…申し訳ありません。わたくしも実際にあいまみえたことはないのでこれ以上のことはわかりかねます。取り急ぎ王宮書庫にある文献を探しますので、また明日の朝議にて──」

アランは老医師のことばを遮った。

「朝議の間ではだめだ。その前にこちらに来てくれ。その時点でわかったことのみでいいから…報告を待っている」
「……かしこまりました」

書斎から居間へ戻り、子猫を見ればソファでまるくなっている。今度こそ熟睡したようだ。
老医師は子猫を起こさないよう扉をノックし助手を呼ぶと、不要である桶を持たせ急ぎ足で退出していった。

アランはため息をついてソファに腰かけた。振動にも気づかず子猫はすやすや眠っている。その小さく上下する腹から背中に指を滑らせながら物思いに耽った。

森で見つけた子猫。異世界転生。そして老医師の青ざめた顔──

アランは再び書斎へ行き、自身の書棚におさめられた本のタイトルに目を走らせる。だがそれらにまつわるようなものは無かった。かわりに紙とペンを手にして子猫のそばに戻った。考えてもわからないことに時間を無駄にはできない。できることはやっておく。まずはアランの名を刻んだメダリオンと子猫のサイズに合う首輪をいくつか用意しなければ。

明日は子猫に朝食をとらせ、老医師の報告を聞き、朝議に行く。──そのあいだ子猫はどうする?

ほかのものには極力会わせたくない。アルファは当然のこと、ツガイのいないベータもだ。アランが戻るまで子猫はひとりでおとなしく待っていられるだろうか? ──だめだ、子猫が大丈夫でもアランにはできない。そんなに長い時間離れることなど心配すぎて無理だ。世話もすべてこの手でみずからしてやりたいが、アランにも王としての責務がある。嫌でたまらないがもうひとり補助的な役割をするものが必要だ。

子猫の世話がかりについての要望をしたためる。そういえば、さきほどの老医師が従えていた黒ウサギの獣人には警戒心が働かなかった、と気づく。おそらくオメガなのだ。城内に出入りできるというのならツガイのいる発情周期の安定したオメガ……。そう、世話係はオメガにしよう。ツガイのいる身元のしっかりしたもの。もちろんオメガでも猫科でないことは第一前提だ。

乱れる心のままペンを走らせたせいでなにやらまとまりのない文章になってしまったが、清書する気になれず、書き上がったそれを急ぎザラスの元へ届けるよう警護の兵士に言いつけた。
うわのそらで子猫のそばに戻り、あたたかな腹部に顔をうずめた。青ざめた老医師の顔が脳裏に焼き付いてはなれない。


アランは嫌な予感に身を震わせた。自分と同じ石鹸のかおりを胸いっぱいに吸い込む。

老医師の報告が待ち遠しく、同時に恐ろしかった。




翌日、いっそう青ざめ憔悴したようすで老医師があらわれ、アランに一冊の本を差し出した───








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