花と外道

水戸春季

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花と外道

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「神林栞です。よろしくお願い致します。」

 この女が、俺の運命だと思った。

 新人が入るとは聞いていたけれど、昨晩は遅くまで酒を飲んでいた為、漏れそうになる欠伸を噛み殺すのに必死だった。母親である女将や部下達の業務連絡にたまに視線をやりながらも受け流していた。
 何かいいことないかなあ、なんて子供じみたことを脳の片隅で思いながら、朝礼に集中していないことを周りに悟らせないように表情だけは何とか取り繕っていた。
 その時ふと、部屋の入り口の方で空気がざわつき始めたのを感じて目を通していた書類から目線を上げれば、さっきまで姿がなかった筈の接客主任と、その横には思わず目が覚めてしまう程の美人が立っていた。二人に近付いた女将から半歩後ろへ下がり遠慮がちに佇むのは、こんな格式だけの古い旅館には似つかわしくない現代的な美しい女。女将に紹介されなにやら挨拶をしている彼女に目を奪われ、遠目から瞬きも忘れて凝視した。艶のある前髪から覗く黒目がちな瞳は緊張のせいか潤んでいて、窓からそそぐ朝日の光を吸収する様にキラキラと光っている。長い睫毛は白くまろやかな頬に影を落とし、ふっくらとした唇は桜の花びらの様だった。
 彼女の横で「皆、色々と教えてあげてね」と微笑む女将よりは少し小柄で、さらさらとした黒髪は顔の輪郭当たりで切り揃えられている。細い指で耳に髪をかけるしぐさが色っぽくて、一瞬も目が離せなかった。

  ああ、この女。絶対に逃がさない。 

 その日、老舗旅館として県内で名を馳せるこの大滝旅館の若旦那である浩介は、その涼しげな目元を欲望で血走らせて、まさに飢えた獣の如く一人の若く美しい女に狙いを定めた。





 まだ肌寒かった3月から、栞は大滝旅館で仲居として働き始めた。この旅館は住み込みで仕事をすることが出来るし、何よりも夜勤がある為以前働いていた日勤の会社よりも給料が良い。
 仲居の仕事はとても神経を使うものだった。一日中立ちっ放し、どこにいても客の目があり気を抜く事が出来ず、勤務が終わって自室に戻れば泥の様に眠ってしまった。

 働き始めてから半年が経ち、まだまだ蒸し暑い9月の朝方。業務にはだいぶ慣れたけれど、それでも体力仕事がキツイことに変わりはなかった。夜勤明けの身体は疲れ切っていたが、それでも彼女はシャワーを浴びて午前中に少し仮眠を取ると、またのろのろと緩慢なしぐさで出掛ける準備を始める。

「暁斗、会いに行くから待っててね」

 スマホの待ち受け画面に写る笑顔の男を見つめ、栞はポツリと呟くと、去年彼にプレゼントして貰った華奢なヒールの靴へと爪先を委ねた。





 焼けたコンクリートに熱されて蝉が死んでいる。暴れられたらどうしようと警戒して距離を取っていたが、それは死んだふりなどでは無さそうだった。栞は旅館の従業員寮真下に位置するバス停で、ぼんやりと太陽に焦がされていた。日焼け止めなんて塗っていないし帽子も被っていない。じゅわりと紫外線を吸収していく二の腕を他人事の様に眺めながら、遠い日の夏を思い出したりしていた。
 時間丁度に到着したバスに20分程揺られ、目的の大学病院へと運んでもらった。顔パスでナースステーションを通り抜け、いつもの病室の前まで来ると、きゅっと立ち止まり深呼吸をする。

「目を、覚ましていますように…」

 ぎゅっと目を閉じ、口の中で小さく祈った。
 ここに来る日数はもう数えきれない程だと言うのに、この白い無機質なドアの前に立つと、いつも少し切なくて泣きそうになる。コンコン、と小さくノックをすれば、中年の女性の声でどうぞ、と返事があった。その声色だけで、今日も願いは叶わなかった事を悟ってしまう。ドアを開けて目の前に飛び込んで来たのは、開いた窓から吹き抜けた爽やかな風と、いつもと変わらぬ姿で眠る愛する人の姿だった。





 それは去年のクリスマスの夜だった。
 雪が降り積もる中、栞は指定された駅で恋人である佐竹暁斗をずっと待っていた。待ち合わせの時間を30分も過ぎていたが、スマホの通話アプリにもメッセージは届くことはなく、どんどん不安ばかりが募っていく。
 まさかとは思うが、約束をすっぽかされたのだろうか?だとしたら今夜こそプロポーズされるのかと期待して目一杯のおしゃれをして来た自分はとんだピエロだ。
 通話アプリを開き昨夜交わした暁斗との履歴を確認するが、特に変わった内容ではないし、暁斗からの『楽しみにしてる!お休み』と嬉しそうな返信で会話は終了している。

(もしかして、暁斗に何かあったんじゃ…)

 不安になり一度電話してみようとしたその時、強く握っていたスマホが震えた。そこに通知されていたのは、この30分ずっと待ち望んだ暁斗の電話番号だった。

「もしもし?暁斗?もう!遅れるなら連絡ぐらいしてよ!」

 思わず大きな声で怒鳴ってしまい、言い訳も聞かず喚いてしまったことを少し後悔しながら相手の反応を待つ。が、電話の向こうからは謝罪も言い訳も何も聞こえて来なかった。

「どうしたの?いきなり怒ってごめん。仕事で何かあったの?ねえ、聞こえてる…?」

 不安になり栞は優しい声音を心掛けて呼び掛けるが反応がない。耳を澄ませると、鼻をすする音と感情を押し殺す様な震える声が聞こえた。

(あれ…?暁斗じゃないかも。女?なんで何も言わないの)

 電話の相手のただならぬ気配に、栞の心に不安の影が広がっていく。
 その時。

「栞さん…?」

 やっと聞こえてきたのは、暁斗ではなくいつか聞いたことのある様な、少し震えた中年女性の声だった。

「そうですが。え、あの…?」
「暁斗の母です。お久しぶり」
「あ!私、気付かなくてすいません!お久しぶりです。どうされたんですか?暁斗さんは…?」

 暁斗の母には3ヶ月程前に会って挨拶をしたことがあった。朗らかで優しそうな女性だったので、これからの将来を考えてこっそり安心したことを覚えている。電話の相手が見知らぬ若い女ではなかったことに安堵しつつ、頭の片隅では何故かまだ嫌な予感が渦巻いている。

(だって、何で暁斗のスマホから電話かけてくるのよ。いやだいやだいやだ。これ以上話を聞いちゃいけない気がする)

 暁斗の母は、挨拶のあとしばらく何も発することはなかったが、時折堪えきれぬ様な嗚咽が漏れる。

「あの、暁斗さんはどうしたんですか?」

 やっとの思いで栞はかじかむ唇を動かした。それは質問ではあったけれど、栞の脳はどこかで全ての事態を見透かしていて、身体は震えが止まらずにスマホを握る指先からどんどん細胞が死んでいく様だった。
 電話の向こうはきっと真っ暗な絶望の世界だ。そこへは行きたくない。誰か、誰か。
 長い長い沈黙の後、ついに暁斗の母が声を波打たせながら話し始めた。


「ごめんね。今、病院にいるの。あの子、事故にあったって連絡が来て…」



 栞はあの夜のそれからの出来事をよく覚えていない。
 ふと甦るのは病院の薄暗く冷たい廊下で崩れ落ちる暁斗の母親と、別人の様に青白い恋人の顔だけ。
 その日から、栞が愛する暁斗はこの世とあの世の間の様な場所でずっと眠り続けているのだ。





「こんにちは!遅くなっちゃってごめんなさい!」
「こんにちは。栞ちゃん、いつもありがとうね」

 今日も栞は四角い病室で眠る暁斗の見舞いに来ていた。
 暁斗が事故にあってから半年が過ぎていたが、今日も彼は眠り姫のごとく目を覚ましてはいなかった。
病室では暁斗の母である真樹が彼の顔を蒸しタオルで拭いてあげているところだった。
 栞は真樹とはベッドを挟んで反対側のパイプ椅子へ腰かけると、暁斗の顔をぐっと覗き込み呼吸を確認した。 

「暁斗、こんにちは!今日は良いお天気だよ。こんな日は暁斗とデートしたいなぁ…」
「そうねえ、今ならコスモス畑とかキレイなんじゃない?早く起きて栞ちゃんを連れてってあげなさいよ」

 暁斗を心から愛する二人は彼を囲んで微笑みあった。
いつか三人で旅行に行きたいですね、そんな夢を語りながら。

「お義母さん、私が側についていますんで、よければ外で息抜きしていらして下さい」
「…そう?じゃあ少し出て来てもいいかしら?」
「どうぞどうぞ!私、夜までここにいますのでゆっくりして来て下さい」
「ありがとう。暁斗も栞ちゃんと二人きりの時間を邪魔されたくないだろうしね。じゃあまた戻る時に連絡するわね。よろしくお願いします」

 栞が笑顔で答えると、真樹も遠慮がちに微笑みながら席を立った。
 荷物を整理し始めた背中を見つめながら、栞の心はまた少し傷んだ。真樹は初めて会った時に比べてとても痩せた。やつれたと言った方が正しいのかもしれない。実年齢に比べてとても若く見える美しい人だったのに、今では面影もない程に老け込んでいた。
 寂しそうに笑いながら病室を出ていく横顔を見送りながら、栞は誰にぶつけることも出来ない悲しさをがぶりと噛み殺した。

 暁斗はいわゆる植物状態で、今は全身状態が著しく悪いわけではないが、今後意識が戻るかどうかは分からない。
 そう医師からは告げられていても、真樹も栞も暁斗の人生を諦めることなど出来なかった。
 もう無理だろう、いやもしかしたら明日目覚めるかもしれない、今日だけ、明日だけ。
 そうして結局は彼の心臓が疲れ果てるまで、きっと私達は彼から離れられないだろう。

 あの夜に暁斗をひき逃げした犯人はまだ捕まっていない。人通りも少ない道で発見が遅れ、何よりも雪が降っていたため残された証拠もわずかだったらしい。
 残された暁斗のボロボロになったバッグからは、あの日の栞の予感通り、やはり彼女との未来を願うプロポーズの為の婚約指輪が見つかった。
 あれから1ヶ月2ヶ月と過ぎた頃から、真樹からは遠回しに暁斗のことは忘れて欲しいと言われる様になった。それでも栞はそれを拒み、時間が許す限り暁斗の病室へと通った。

「彼が起きたら、あの指輪を薬指に嵌めてもらうんです」

 精一杯の笑顔で真樹にそう告げた時、彼女は膝から崩れ落ちながらも小さな声で「ありがとう」と呟いた。
 生まれた時から親の顔を知らずに育った栞には、暁斗の包み込む様な優しさや、慈愛に溢れる眼差しを忘れることなんて出来なかった。彼以外の男性なんて考えられない。
 そして暁斗も父親を若くに亡くしているので、万が一彼がこのままだと真樹はずっと一人になってしまう。

(彼がもし目覚めなくても、彼と似て優しいこの人を、本当の母だと思い一緒に生きていきたい)

 真樹には直接伝えたことはなかったが、栞は密かに義母と慎ましく生きていくこれからの未来を想っていた。
 命を繋ぐ様々な機械に囲まれて眠る暁斗は、今日も目を覚まさないだろう。真樹が出ていった部屋ではもう規則的で不愉快な機械音だけが栞の鼓膜を打った。

(暁斗はここにいるのに、蝉の脱け殻みたいだ。彼の声は、言葉はもう一生聞くことは出来ないのだろうか?)

「あの日に戻れたらいいのに…」

 今、この部屋には脱け殻しかいないのかもしれない。
それでも温かい暁斗の両手を握りしめ、栞はまた泣いて少し焼けた二の腕を濡らした。





 9月も終わりに近づいた頃、朝方は少し冷える日が増えてきていた。栞は夜勤が終わり、疲れからか僅かに緩慢な足取りででロッカールームへと向かっていた。まだ外は薄暗く、余計に雨の音がよく響いて少し憂鬱な気分になる。

(雨の日は頭が痛くなりやすいし、そうなる前に早く休もう…)

「栞ちゃん、お疲れ様」

 ロッカールームまであと少しというところで、後ろから名を呼ぶ低い声に捕まり栞はこっそりとため息をついた。「お疲れ様です」と振り向いた先の男はこの旅館の跡取り息子で若旦那の浩介だった。
 栞はこの旅館で働き始めてからすぐに、この男から頻繁に声を掛けられた。最初は新人である自分に対して気を使ってくれているのかと思ったが、仕事の会話の合間に少しずつ栞自身のことに踏み込んだ質問などをされることが増えて、なんとなく彼を避けるようになった。
 しかし避ければ避けるほど栞をわざわざ探しては近い距離でしつこく会話を要求される様になった。
 周りの同僚達も栞の困っている様子に気付いてはいる雰囲気だが、栞がまだ新人であまり職場でなじめていないこと、浩介が上司であることが災いして誰も表だってかばってくれることはなかった。
 仕事中なので、と断って逃げようとすれば俺が言っておくから大丈夫だなどと権力を仄めかされた。
 彼の態度が男性としてのアピールであることは分かっていたけれど、栞には暁斗と真樹の存在が何よりも大切で、二人以外が彼女の心に入り込む隙間はなかった。それ故に栞に対してしつこくちょっかいを掛けてくる浩介は、彼女にとってただ煩わしいだけの人間だった。

「あの、ちょっと聞いたんだけどさ。お金に困ってるの?もしそうなら力になるよ」
「…いえ、そういうことは結構です。プライベートなことですので自分で解決します。お気遣いありがとうございます」

 (ああ、面倒な相手に知られてしまった)

 栞は猫なで声で聞いてくる浩介に頭を下げながらも舌打ちしたい気分だった。
 浩介が言ったことは真実だった。ただ、栞自身がお金に困っている訳ではない。
 暁斗はもう半年以上入院生活が続いており、その費用などは初めのうちこそ彼自身の保険金や保障などでなんとか賄えていたが、それが続けば負担はどんどん積み重なってくる。
 母親である真樹一人では彼女はきっと無理をし過ぎて潰れてしまうだろう。その為栞の方から金銭の援助を申し出た。月々そんなに多くはないが少しでも暁斗と真樹を支えたかった。もちろん真樹は最初こそ頑として受け取ろうとはしなかったが、栞の必死の説得にやっと応じてくれたのは、真樹こそ誰よりも暁斗を愛していたからだろう。

 最初にこの旅館で面接を受けた時に「出来るだけたくさん稼ぎたいです」とは確かに言った。初めはバイトとして雇ってもらい、慣れれば社員雇用の流れもあるということだった。旅館はもちろん24時間営業であるため夜勤もある。夜勤に入れば手当がつくので毎月の給料も増えるし、日中に病院の面会時間内に暁斗に会いにいくことだって出来る。
 なのでシフトの要望として夜勤希望と伝えた。それぞれ色んな事情があるたくさんの人間が働く場所なので、それが望み通りに反映されるかは別として。

 その事は採用担当の人間とシフトを組む人間、そして栞本人しか知らない筈だが、浩介は栞の情報を色んな所からわざわざ聞き出したのだろうか。
 その考えに至り思わず背筋に悪寒が走った。

(…なんなの、気持ち悪い)

 もしかしたら嫌悪感が顔に出てしまっていたかもしれない。
 もし純粋に上司として善意で言ってくれているのならば気持ちは有難いが、この若社長からは常々じとりとしたいやらしい視線を感じてあまり関わりたくは無かった。ましてや金銭的な援助を受けてしまうと何を要求されるか分かったものではない。
 長身で上背のあるしっかりと筋肉が乗った体つき、彫りの深い男らしい顔立ちのイケメンではあるけれど、ギラギラと獣めいた雰囲気が栞の苦手なタイプだった。何よりも栞には愛する暁斗がいる。こうして金銭を稼ごうとしているのも他ならぬ暁斗の為なのだ。
 どうでもいい男にちょっかいを出されるのは気持ち悪いし、煩わしい。
 それが嫌で高収入が見込める夜の仕事だって避けたし、それに半年前よりもずっと絆が強くなったと思う真樹にバレて不信感を持たれたくは無かった。

 栞の表情の変化があまりにあからさまだったのか、浩介は一瞬たじろいだが、すぐに立て直した様子でまっすぐ栞の目を見つめて低い声で囁いてきた。

「本当に大丈夫?心配なんだよ…。最近ますます痩せたみたいだし、もし俺に出来ることがあるなら助けたいんだ」

 会釈をして立ち去ろうとした栞の手首を浩介はぐっと掴んだ。まさか捕まえられるとは思っていなかった栞は思わず身を引いて小さく叫んだ。

「いやっ!!」

 それでももがく腕は解放されることはなかった。小柄な栞の力では180cmを越える大男にはびくともしない。恐ろしくなった栞が更に大声を出そうかと目の前の男を見上げると、そこには欲望に眼を血走らせた獣がいた。

「ひっ!」
「…ねえ、クビになってもいいの?」
「…え、なんで」

 あまりの脅し文句に栞が困惑していると、浩介はふっと表情をいつもの爛々とした若社長の顔で笑い栞を放した。

「ウソウソ!冗談だよ。ごめんね、辞めないで」

 栞は呆気に取られたが、浩介の先程のセリフを思い出し怒りが沸いてきた。

「酷過ぎます!私、そんな風に脅される筋合いはありません。女将に言います!」
「あーわかったよ。言えば良いよ。俺が悪かったです」

 浩介に頭を下げられても栞は止められなかった。

「あなたの様な方の下では働きたくありません!辞めます!」

 そう言って走り去ろうとした瞬間、ものすごい力で口許を掴まれ、そのまま上半身を押さえ込まれた。

「はっ?や、」
「叫ぶと痛くしちゃうよ」

 ガタガタと身体の震えが止まらない。何が起こっているのか、何を言われたのか理解出来ない。
 耳元から感じるのは荒い息遣いと男の服から香る甘い匂い。
 強い力で押さえ込まれている。

(逃げなきゃ。でも口を塞がれて声が出せない。誰か、誰か…!)

 じたばたと暴れる力をものともせず、美しい子ウサギを捕獲した黒い獣は長い廊下をずるずると引きずり適当な仮眠室へと連れ込んだ。
 後ろ手で鍵を閉めると獲物をそのまま押し倒した。

「いや、いや…!やめて!!」
「ははっ、泣いてる顔もかわいいな…」

 栞は屈強な男の下で必死にもがいて叫ぶが、その細腕ではろくな抵抗にもならなかった。

 (こんな風に無理矢理犯すつもりじゃなかったけど仕方ないか)

 浩介は栞にきっぱりと拒絶された瞬間、長い間ずっと燻らせていたどす黒い欲望を押さえることが出来なかった。

(どれだけ下手に出ても嫌われるだけなら、こうするしかないじゃないか)

 栞の脚を割り開き中心を陣取ると、浩介は自分の腕の中で泣きわめく栞をしげしげと眺めた。涙でぐしゃぐしゃにした顔を左右に振りまくる彼女の首筋に汗が浮かんでいる。ごくりと喉を鳴らしそこを舐め上げると、彼女の髪から甘い香りが鼻をくすぐりたまらない気持ちになった。

「きゃっ、いやぁーーっ!」
「あぁ、好きだよ栞…」

 ぐっと体重を掛けながらずっと恋い焦がれた女に興奮しきった身体を密着させた。

「やめて、やめてくださいお願いしますっ!」
「もう無理だろ…諦めてくれ。ああ…栞のおっぱい柔らかいね」
「っあ!や、やだ」

 浩介は上半身を離すと栞の乱れた作務衣の胸元に手を差し入れてその膨らみをやわやわと揉み始めた。 
 そしてもう片方の手で栞の顎をぐっと掴み深く口付けた。

「あぐ、や、ぅ…」
「はぁ…、栞、んむ、愛してるよ」

 栞の少し短い小さな舌はそれよりもずっと肉厚な浩介のものに追われて何度も吸われた。

(いやだ…!どうして私がこんな目に…!)

 栞は必死で叫ぼうとするが溢れるどうしても涙を抑えることが出来ず、小さな嗚咽にしかならない。

「ううっ、うぇっ、やめ、やめてぇ…」

 浩介は栞の懇願を無言で無視して作務衣の紐をほどくと、中に着ていたキャミソールをずり上げた。そこにはピンクの可愛らしいブラジャーに包まれた栞の豊満な乳房がまほろび出た。沸き上がる興奮を押さえきれず、鼻息荒くむしゃぶりついた。
 ブラジャーから溢れた白く柔らかな膨らみの先っぽは小ぶりで可愛らしいピンク色をしていた。両手で豊かな膨らみを揉みし抱きながら乳首を口に含んでちろちろと舌で刺激してやる。

「ひっ、いやーーー!!」

 栞はそのおぞましい感触にかぶりを振って絶叫し無茶苦茶に暴れたが、男はびくともしない。鼻息も荒く栞の胸元を好きな様にいじくった。その大きな手からもはみ出す乳肉を揉みまくり、乳首を優しく噛んだ。
 浩介はそうしながらも既に興奮で血を集めている下半身を栞へぐりぐりと押し付けた。

「うっ、うぅ…、やめて、やめてください。…っあ!」

 浩介の硬さを感じたのか栞は顔を恐怖に歪め、涙をまた溢した。

「ははっ!もう俺の大きくなっちゃってるでしょ?だからさ、どれだけ泣いたって逃がさないよ。ちゃんと気持ちよくするから、ね」

 浩介は口の端をあげそう言うと、胸元だけはだけている栞の作務衣を脱がしにかかった。大きな手で服のあちこちを引っ張られ、少し身体を離された隙に栞は声を上げて手を振り回すがそれも掴みとられた。
 あっという間に下着姿にされ、またのしかかられながらそれすらも引きちぎる様な力で剥ぎ取られた。

「うっ、ぐ、う~~っ、ふっ、」

 栞は全力で暴れ続けて抵抗の力も弱まっている。

(もうどうしようもないんだろうか。暁斗、助けて…)

  一瞬暁斗の事を思い気を奪われた瞬間、浩介は栞の下半身に顔を埋めてしまった。

「あっ、いやぁっ!なにすんのっ?!」
「あー、栞ちゃんって結構毛が薄いんだね、本当にどこもかしこもかわいいな」
「えっ、いや、やめて、いやだ!」

 栞は必死で脚を閉じようと力を込めるが、そこに陣取る男は自分を締め付ける柔らかな太ももをいやらしく撫で上げ、左右に割るとその逞しい腕でがっちりと固定した。 そうしながら栞の大切な場所がよく見えるように両手の親指を使って開いた。

「あっ!や、だ、こわい、こわいです…お願いします、しないで」
「すごい、栞ちゃんのここ、めちゃくちゃきれいだね。ちょっと濡れてるよ…」
「いやーー!たすけて、誰か助けてよ!!」

 浩介は栞の泣き声を聞いて楽しげに笑いながら目の前のそこにふっと息をかけて観察した。栞のそこは今まで抱いたどんな女よりも清らかな面立ちだった。処女なんじゃないかと妄想してしまう程に。

(いや、こんな美人がここまでほっとかれる訳ないよな…)

 一瞬高揚した気持ちもすぐに冷静になり、今はこのとびきりの獲物を犯すチャンスを棒に振らないように事を進めなければ。
 こんな朝方に誰も来ないとは思うが、万が一ということもある。 邪魔が入らないうちに栞をモノにしてしまいたい。

 もがく栞を押さえつけながら、栞の中心に舌を這わした。

「ひっ!やだ!!」

 栞は浩介はの髪を無茶苦茶に引っ張って引き剥がそうとしたがびくともしなかった。それは髪が抜けるほどで痛くない筈はないのに、男は栞の抵抗をまるごと受け止めて行為を進めた。
 飢えた動物が餌を貪る様に下品な水音を立て、何度も何度もそこを舐めあげる。
 そうしながらも左手の中指を唾液にぬかるんだそこへ侵入させた。

「あっ、あっ、もういやだ…」

 女として一番大切な場所を好きでもない男に暴かれ、栞は顔中を涙で濡らし目をぐっと閉じた。悔しさを噛み締める様に唇を強く噛みながら。

「もういい加減に泣くなよ。金なら欲しいだけあげるよ。どうせなら栞ちゃんにもいい思いして欲しいしさ。ヤり逃げはしないから、安心してね」

 栞は何も答えずに浩介を睨み付けただけだったが、反論しないことを肯定と捉えた浩介は、そのまま栞を弄ぶ指を2本に増やしてそこを広げることに専念した。

 ぐちゅぐちゅと、嫌な音が耳を支配する。男の荒い息も渦を巻くようにうるさい。どうせならさっさと犯して終わらせてくれたら良いのに、浩介はどこまでも丁寧に栞の身体を開こうとしてくる。恋人である暁斗と最後に繋がったのはもう半年以上も前で、彼の愛しい体温とは天国と地獄の様な差だが、その前戯のしつこさは少し彼を思い出した。それに考え至った栞はそのおぞましさに思わず首を振り、浩介を責めた。

「うっ、はぁ…あぁ、いや、もう、さっさと終わらせて下さいっ」
「もうだいぶ濡れてるね。感じてるでしょ?」
「…ふざけないで!もうほんとにやめてよ!!絶対に訴えてやるから!!」
「ははっ!お金あげるって言ってるでしょ?それに、出来るだけ気持ちよくしてあげるから。もうちょっと我慢してね~」

 浩介はその切れ長の目元をさらに細め、片方の口端を吊り上げて笑った。そして未だに栞の熱いぬかるみに埋めている指を少し乱暴にかき回しながら、片手で自身の下着をずらしその軽く立ち上がっている陰茎を取り出しゆるゆると扱き始めた。

(ああ、ホントにヤられちゃうんだ。もうどうだっていい。ごめんね、暁斗)

「はぁっ、栞ちゃん。ほんとはもうちょっとゆっくりやりたかったんだけど、誰来るか分かんないし、もう挿れちゃうね。ゴムはちゃんと着けるから」

 力ずくで犯すのかと思えば、優しい声音で栞を気遣う素振りを見せたり中を暴く指の動きは慎重だった。それでも、その仮面にすがる様な気持ちでやめて欲しいと哀願してもそれは聞き入れてくれなかった。
 栞は散々抵抗して体力も気力も奪われ、もう浩介のいいようにされるしかなかった。
 恋人以外の男に犯されるなんて、栞の心は崩壊寸前だった。
 残された最後の小さなプライドで、声だけは出すまいと思い切り唇を噛み締めてその時を待った。

(早く終わって解放されたい。暁斗に会いたいよ…)

 凶暴な形に進化したモノに手早く避妊具を装着した浩介は、汗でしっとりと濡れた肌触りの太ももの付け根をぐっと掴むと、ついに栞の秘芯を貫いた。

「挿れるよ…、っ、はぁ」
「~~~っ、ふっ、くぅっ!」

 大柄な浩介のモノは比例して大きく、狭い道をメリメリと無理矢理広げて進んで行く。

「ひっ、い、いたっ!いたいっ!やめてっ!!」
「はーっ、はっ、くっそ、狭いな…」

 身体を裂かれた様な痛みと衝撃に栞は目を見開いて泣き喚いた。浩介はあまりの狭さに自身の暴発を恐れて腹筋に力を込めた。泣く栞の頬をゆるゆると撫でて、涙で顔にまとわりつく髪を少し整えてやった。

「うっ、うぅ、痛くしないでよぉ…」
「分かってるよ、大丈夫。かわいいね、栞」

 浩介は栞が少し落ち着いた頃を見計らい、ゆるゆると腰を使いだした。そこからは、もう地獄だった。





(私の身体おかしい、こんなの、嫌なのに…。どうして)

「っあ、っう、んっ、んっ!」
「良い声出て来てるね、エロくて興奮する…」
「やめてっ!あっ、あっ、そこっ、あっ」
「ここ?いっぱいしてやるから。気持ちいい?」
「あぁ…!!ぅん、いやぁ、んん~っ!!」

 揺さぶられ続けてどれだけの時間が経っただろうか。いまだに浩介は一度も達しておらず、栞が喜ぶ場所を探るようにねちねちと攻め立てていた。
 上背のある上半身を使って押さえ込まれてたくましい腰を送られ、限界まで開かされたすらりとした脚がその律動に合わせて切なげに揺れている。
 栞の秘芯はシーツに小さな水溜まりを作る程に愛液を溢し、突かれる度にきゅっと男を締め付けては奥へ奥へと誘っていた。

「んんん~っ!!っもう突かないでっ!いっちゃう!!やだぁっ!!やーっ!!」
「栞ちゃん、何言ってんの?さっきからもう何回もイってるでしょ?ほらっ、はっ、もっかいイけ、おら!!」
「あぅっ!あっ、あっ、もういくぅっ!!!」

 栞はぐっと顎を上げて目の前の狼にそのほっそりとした首を晒すと、ビクンっと身体を反らして果てた。もう何度も絶頂させられて、栞の秘芯は逞しい雄に屈服して、媚びる様に愛液を溢れさせ締め付けた。まだ小さく痙攣している栞から一度離れ、正常位で犯していたのをひっくり返して仰向けに寝かせた。栞は抵抗する素振りも見せず、それどころかぐにゃぐにゃと力の抜けた身体をされるがままだった。

「遅漏でごめんな。もうちょっとで俺もイケそうだから、がんばって」

 そう言うと浩介は仰向けに転がる栞の脚を開かせ、またその中心へとぐぷりと音を鳴らせ己を沈めた。

「ああっ、またきた、もういや…いきたくない」
「…ん、はぁ、俺はまだ一回もイってないから。もうさすがに終わらせるから、栞ちゃんもまだまだイきまくって俺のこといっぱい締めて?」

 浩介はしばらくは栞のそのまろやかな尻を揉みながら、中を味わう様に浅く突いてきた。また感じる場所を狙われて尻を振って逃げるが、その様子を背中で笑われて屈辱に溢れる涙がシーツを濡らした。 ぐすぐすと鼻を鳴らしていると、浩介は突然繋がったままの栞を膝の上へとものすごい力で引き上げた。

「ひゃっ!あっ!ああっ!だめ、ふかいっ!!」

 自分の体重を掛けて深く串刺しにされ、栞は全身を硬直させた。浩介は後ろから汗に濡れた栞の胸へと手を伸ばし、まるで乳絞りの様に情感を込めて揉み抜いた。そうしながらも腰を激しく突き上げていく。最奥の子宮の入り口まで無理矢理押し込まれ、始めての経験に栞は目を白黒させてもがいた。

「っあああーーーっ!!だめっ、だめぇっ!!ゆるしてっ」

 浩介は栞の悲壮感漂う哀願に口端を歪め、腰を掴んでいた手を繋がった場所へと移動させると、健気に隠れていたクリトリスの皮を剥いてやった。その瞬間、栞の身体が小さく跳ねてその秘芯が浩介を強く締め付けた。そのあまりの快楽に、浩介もラストスパートのごとく腰の動きを早めた。

「あんっ!そこはっ、やだ、あっ、あっ、あっ!いっちゃう!!」
「イケおら!」
「ああぁっ、あっ、いくいくいくぅっ、ん~~っ!はぁっ!あっ」
「っ、俺も出る、ぐ、うっ」

 栞の不規則な強い締め付けに耐えられず、とうとう浩介も薄い膜の中へと精液を放った。腰が痺れる程の快楽は始めてだった。未だに絶頂から降りられずにビクンっと痙攣し続けている栞をまだ堪能していたかったが、そろそろ誰かがこの部屋の外を通ってもおかしくはない。
 強すぎる未練を感じながらも、浩介は「今財布にいくら入っていたっけ」とぼんやり思考を巡らせた。
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