瓶底メガネデブが人気BLゲーム【侯爵家の秘め事】の愛され四男に!?

ぴよこ合唱団

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9. ちょっと落ち着くべ。こんな展開びっくりしちまって

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「マールよ、久しぶりの親子水入らずだな」
「そうっすね」

 見事悪役令嬢マリーのバッドエンドを回避した春男は、モトグリフ家当主であるハミルトン・モトグリフと食堂で朝食をとっていた。

 春男は好物である巨大オムレツを一定のリズムで口に放り込んでいき、くちゃくちゃと咀嚼音をたてながら咀嚼する。

「良い食べっぷりだな」
「とんでもねぇっす」

 ハミルトンは見惚れた表情で春男を見守る。50歳に差し掛かると思えないぐらいハリのある肌にはシミ一つない。筋肉質な体躯にきっちりとした貴族服を身に纏い、優雅にほほ笑むその姿は【生きる宝石】と近隣の令嬢達から黄色い声があがる。

 しかし、くっきりとした凛々しい二重の瞳に捉えられている姿はランニングシャツを着たボーズ頭の春男の姿だ。

 何の飾りっけもなく、20代にして中年オッサンの様な様相の春男を艶やかな瞳で凝視ぎょうしするハミルトン。

「今日はバーバラもあの子達も帰ってこないそうだ。王都にある演舞場に踊りを見にいくらしい。その後は王都のホテルに一泊するそうだ」
「もぐもぐ、そうなんすね」

 ハミルトンとの会話よりもオムレツが優先な春男は自分が窮地に追いやられている事にまだ気づいていない。
 
 ハミルトン・モトグリフにはある秘密がある。

 ハミルトンはこの日の為にマールと二人きりになる事を望んだのだ。妻であるバーバラやその子供達を外に出したのにはがある。

「マールよ、食事をとったら風呂に行こう」
「風呂っすか。いいっすね、旅行に来たみたいだっちゃべ」

 能天気にほほ笑む春男の様子を見て、ハミルトンは口元に怪しい笑みを浮かべる。

 ☆

 モトグリフ家のお屋敷の周りはうず高い山脈に囲まれている。地中を掘り返せば温泉が湧き出る事でも有名な土地の一等地にあるモトグリフ家のお屋敷には、源泉かけ流しの巨大な風呂がある。

 近隣の貴族達にも貸し出しているモトグリフ家の巨大な浴室。その浴室の手前にある脱衣所で、ぽっちゃりとした春男と筋肉質な体躯のハミルトンという対照的な二人が服を脱いでいた。

 春男がスイカトランクスをガバッと脱ぎ捨てる姿をハミルトンはチラ見する。ハミルトンも貴族服を脱ぎ捨て脱衣カゴに入れる。そこに現れた裸体は50代と思えないぐらい若々しく、均整のとれた身体であった。

 春男が浴室の扉を開けると浴室内から湿気が迫ってくる。硫黄臭のしない肌に優しい源泉がチャプチャプと湯船に溜まる音が浴室内に響く。

「いや~いいっすねぇー。温泉なんてどれぐらいだべか」
「そう言えばマールは温泉が好きだったな。今日は二人っきりだからゆっくり浸かろう」
 
 豊かな自然の恩恵にあやかれて幸せそうな春男と対照的に、なにやら目的があるらしいハミルトンは春男の裸体をチラチラと見やる。

 春男が豪快に頭からかけ湯をすると飛び込むように湯船に入る。水飛沫をあげながら湯船に入る姿は海洋生物のようである。

「いや~最高っすよ。熱くもなく温くもなく丁度いいっすよ」
「はははっ元気だなマールは。では父さんも入るかな」

 春男とは対照的にあまり音を立てずにかけ湯をして湯船に入るハミルトン。二人は恍惚な表情を浮かべ、ハーッ、やフゥーッ、等を繰り返し気持ちよさをアピールする。

 しばしの沈黙の後ハミルトンが立ち上がる。何かを決心したその表情に春男はただならぬ気配を感じる。

「ど、どうしたんすか?」

 尋ねる春男にハミルトンは決心した表情である芸を披露する。

「マールは右と左どちらが好きかな?」
「はい?」

 意味が解らず聞き返す春男を無視してハミルトンが続ける。

「右、左、右、左、二人は友達」
「?」

 ハミルトンが右と左と言っていたのは自身の大胸筋の事である。
 右側の大胸筋と、左側の大胸筋をピクピクと規則的に動かしながら春男に見せつける。

「マールよ、この子達はそれぞれ独立した存在で友達でもあるんだ今二人はお互いに交信している。ボク達は元気だよって。フフフッ解るかいこの意味が?」
「……いや全然良く解らねぇっすけども」

 困惑する春男をよそにハミルトンがボソっと呟く。

「つまり、?」

 ブーッ、とけたたましいブザー音が鳴り響きハミルトンの動きが止まる。今回のブザー音は今までの非ではない、空気を震わす様なブザー音であった。それだけ今回の選択肢の重要性を示している。

――バッドエンド分岐に入りました。今回が最終分岐です。ハミルトン・モトグリフの要求を呑みますか?

 春男の目の前に【はい】【いいえ】の文字が浮かび上がる。

「えぇぇー、ちょまっ、この人までそっちの人だったんすか!?」

 予想外の出来事に春男は動揺する。ハミルトン・モトグリフは女性も好きだが男性も好きなバイセクシャルだ。
 
 春男の様なぽっちゃりとした体形が好きなデブ専でもあった。

「ちょっと落ち着くべ。こんな展開びっくりしちまって」

 春男はおでこに浮かんだ汗なのか冷や汗なのか解らない雫を手で拭うと、今までの出来事に思いを馳せる。

 思えば、今までも様々な困難な分岐を勘と運で潜り抜けてきた。今回も無意識に正しい回答をするのだと思う。
 
 だが春男は【はい】も【いいえ】も選択しない。曇った眼鏡の奥の細い目をさらに細めていた。

「そもそもこの家がおかしくなったのもこの人が元凶なんじゃねぇっぺか?」

 辺り一帯を治める大地主である名門アーヴァイン家。その当主であるハミルトン・モトグリフの不埒な言動。
 
 一家の主らしからぬ言動に春男は静かな怒りを感じていた。

「あんたはこの一家の大黒柱だべ、そんな事言ってる場合じゃねぇべさ!」

 ――制限時間が迫っています。10秒前

 春男は静かに立ち上がる。

 ――5秒前

 春男はワニの様に湯船の中でゆっくりと動き、ハミルトンに近づいていく

 ――2秒前

 お得意のどすこいポーズでハミルトンに対して片手を前に突き出す。

「どすこいっ!」
「うぐぁっ」

 派手な水飛沫を上げて湯舟に浮かぶハミルトン。意識を失っているがその表情からは何かをやり遂げた満足感が感じられる。

 ――バッドエンド回避しました

 機械音声が無情に告げる。

 春男は【侯爵家の秘め事】最難関と言われるバッドエンドをまたしても無意識に回避したのであった。

 今回の分岐で【はい】【いいえ】どちらを選択しても、興奮したハミルトンにモトグリフ家の地下室に連れ込まれ一晩中求められ凌辱されるバッドエンドになっていた所であった。

 男前な顔に真っ赤な手形をつけて湯船に浮かぶハミルトンをよそに、春男は鼻息を荒げ呆れるのであった。
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