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1. じ、時間さ止まっちまったべさ!

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「あ、いてぇ!!」

 ドスンッ、と鈍い音と立てて春男は派手に尻もちをつく。
 打ち付けたプリンとした肉厚な尻の周りには、一瞬だがいくつもの星が登場しその衝撃を物語る。
 
 春男は打ち付けた尻を撫でながら辺りを見回し息を飲む。

 豪華なシャンデリアにロココ調の椅子や机などのアンティーク家具が並べられたその広い部屋は、貴族達がアフタヌーンンティーを楽しむような優雅な雰囲気の佇まいだった。

「なんだが、外国に来ちまったみてぇだべさ」

 尻を摩りながら立ち上がる春男を、恍惚とした表情で見ている美しい青年がいた。
 モトグリフ家嫡男のアーヴァイン・モトグリフである。

「会いにきてくれたのだな、愛する弟よ」

 程よく筋肉のついた長い腕を目一杯に伸ばし、185センチの長身のアーヴァインが春男にゆっくりと近づいてくる。
 その所作は、まるでダンスを踊っているように華麗で美しいのだが、身長170センチの春男にしてみれば長身の男が迫ってくるその様は恐怖であった。

 春男は痛む尻を押さえながら後ずさる。

「いや、なんすか。なんなんすか。こっち来ないでくだせぇよー」

 後ずさる春男をよそに、アーヴァインがじりじりと間合いを詰める。
 春男の団子鼻を白く透き通った指で小突くと、抱きしめる。

 春男の鼻に、アーヴァインの香水の匂いが届く。春に咲く花のような生命力に満ち溢れた匂いに、春男は少し戸惑いを感じる。

(……なんだか、小せぇ時に父ちゃんに抱きしめてもらった時を思い出すな)

「懐かしいな、この感触。肉厚で柔らかい。そして発酵した酵母の様な匂い。間違いなくマールだ」
「いや、俺はマールなんて名前じゃねぇんですよ。春男です春男」
「ハルオ?」

 アーヴァインが眉間に皺をよせ訝しむ。
 しかし、すぐに表情を緩め

「家を出ている間に、寂しさから記憶がおかしくなってしまったのだな。可哀想に……」
 
 と、憂いを帯びた瞳で一人納得する。
 そして、アーヴァインは優雅な笑みを浮かべて言い放つ。

「マールよ、おっぱいを揉ませてくれぬか?」
「え、いや、ちょ、えぇぇ!? ど、どうゆう事っすか!? なんでここで、【おっぱい】が出てくるんですか!?」

 驚いている春男をよそに突如、けたたましいアラーム音が聞こえてくる。

 ――バッドエンドルート分岐に差し掛かりました。アーヴァインからのおっぱい催促を受けますか?

 突如聞こえてくる無機質な電子音声に、春男はビクッと体を震わせる。
 そして何より驚いたのが、目の前のアーヴァインがおっぱいを揉もうとしている仕草のまま固まっているのである。

「んぇぇぇ! じ、時間さ止まっちまったべさ!」

 時間が止まった事に驚く春男に追い打ちをかけるかの様に、春男の目の前に【はい】【いいえ】の文字が浮かび上がる。

「ほんと、何が起こっちまったのか、さっぱり理解が追いつかねぇ」

 ――はい、いいえ、どちらを選択されますか。選択される方をタッチして下さい。

「いや、そんな事急に言われても、おらホルスタイン乳牛じゃねぇもんで、おっぱいなんて揉まれてもこまるべさ。はんずかしいもんそんなの」

 と春男は必至の抵抗をする。

 ――では、おっぱいを揉ませる気はないのですね。いいえ、をタッチして下さい。

「そりゃ、揉ます気なんてありませんよ。男のおっぱい触ったって、ミルクさ、出ねぇですからね。はいはい、いいえね。解りましたタッチすればえがったのね」

 春男は電子音の言う通りに【いいえ】を選択する。
 止まっていた時間が動き出す。
 アーヴァインは乳モミポーズをしている手を元に戻し、捨て犬のように項垂れた。

「揉ませてもらえぬのか、残念だ……。またの機会にお願いする事にしよう」
「いや、またの機会とかねぇっすから!」

 春男がホッと一息つくと、先ほどの電子音声が

――バッドエンドルート回避しました。

 と、告げたのであった。
 春男は気づいていないが、無意識にバッドエンドルートを回避している。

 もしアーヴァインに少しでもおっぱいを揉ませてしまった場合アーヴァインが発情し、春男はモトグリフ家の倉庫になっている地下室に連れていかれ、一晩中おっぱいを揉まれ凌辱されるというバッドエンドになっていた。
 
 春男は無自覚にバッドエンドを回避したのである。
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