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『夜』の女神ライランティリア
しおりを挟むライランティリアという女神は孤独だった。
誰も彼女を侵す事は出来ない。
誰も彼女に抗うことは出来ない。
誰も彼女を傷つけることは出来ない。
そして誰も、彼女と共に在る事は出来ない。
『夜』を司る最高神、ライランティリア。
彼女は他の神族とは大きく異なる点があった。
周りに与える影響があまりにも大きすぎるのだ。
全てを飲み込む闇。あらゆるものを終わらせる静寂。
世界に死をもたらす災害とも呼べる者。
それが『夜』の最高神、ライランティリアだった。
遥か昔、世界がまだ産まれたての頃。
彼女は当時の最高神の命を受け、争いの絶えない世界をリセットする為に権能を最大限まで行使した。
あらゆるものを夜の帳へと落とし「終わらせる」彼女の力は凄まじく、彼女に命じた最高神すらその権能の前に「終わりを迎えた」。
結果、『太陽』と『生命』の神が二柱揃って力を振り絞って彼女を止めるまでに、世界の大半が望まぬ終焉を与えられていた。
それほどまでに強大な力を持つ故に、彼女は他の最高神との話し合いを経て、普段は自らの意思で能力を封印する事を決める。
戒めに嵌められた枷は一つ。
世界との繋がりを絶つという事だ。
それはライランティリアの権能を防ぐ為にもっとも効率が良く、そしてもっとも残酷な枷だった。
こちらから接触しなければ権能を行使する事ができない。
それは同時に、世界から認識されなくなることを意味していた。
しかし世界を滅ぼしかけた罪はあまりにも重いと考え、彼女は真摯に罰を受け入れた。
それから何万年の時を生きて来ただろう。
ただ世界を眺め、他者の生を見届け、誰かの死を受け入れる。
世界の理から外れた彼女は、たった独りで神界で生きていた。
特定の生物が暴走を始めた際にのみ権能を行使し、数え切れない程の生物を終わらせ、そしてまた独りで世界を彷徨う。
そんなサイクルを繰り返すだけ。そんな無意味な日々を送っていた。
『夜』を司るライランティリアにとって、世界はあまりにも脆く、崩れやすく、そして意味の無いものだった。
やがて終わりを迎えるもの。
全ては等しく価値がなく、そもそも自分とは関わりの無いものだ。
『太陽』や『生命』が固執する意味が分からない。
いずれ滅ぶものでしかないのに、何故そのように思い入れることが出来るのか。
彼女にはそれが理解できなかった。
やがてライランティリアの心は凍り付き、誰かに求める事すら忘れ。
孤独を常とした彼女はそれでも、砂粒程残った希望を持って世界を眺め続けた。
いつか自分にも理解できる日が来るのだろうか。
愛しいと。そう思えるようになるのだろうか。
そんな事を漠然と想いながら。
※
そんな無為な日々を過ごす中。
ライランティリアは定期的に世界の各地を巡回していた。
神界からではなく実際にその地を訪れれば何か違うものが見えるかもしれない。
そんな確実に裏切られると分かりきっていた願望を持って。
今日訪れたこの街は何という名前なのだろうか。
噴水の隣でただ世界を眺めながら、ライランティリアはそんな事を考えていた。
特に興味がある訳ではない。ただ何となく、思っただけだ。
人々の営みに溢れかえった街は騒がしく、そして彼女の孤独を浮き彫りにしていたからかもしれない。
やはり、寂しいと。そう感じてしまう。
いずれは消えゆくもの。だからこそ共に在る事が出来ないもの達。
世界の終焉まで存在し続ける自分にとってはあまりにも儚く、それ故に下手に干渉することを躊躇ってしまう。
それでも彼女は、自ら関わりを断ったにも関わらず。
やはりどうしても、求めてしまう。
世界との繋がりを。孤独では無い未来を。
ライランティリア自身は気付いていなかった。
ただ誰かに愛されたい。ただ誰かを愛したい。
それが彼女の願いだと言う事を。
永い時を過ごす事で摩耗した願いを拾い上げる事が出来ず、ライランティリアは今日も孤独な世界をひたすらに眺め続けていた。
そうやって世界を眺めている時に、不意に視界に入って来た者。
どこか困っているような、しかし強い意志を感じる瞳。
自分と同じ黒髪に、整った容姿。
人間の少女だ。この街では珍しいように思う。
しかし何か特異性がある訳でもなく、特に気にかける程の者では無い。
そのまま視線を外そうとした、その時。
ライランティリアと彼女の視線が交差した。
偶然だ。そう感じただけだ。
期待をしてはいけない。その後の絶望が大きくなる。
そんな事はこの何万年かの経験で分かりきっている事だ。
しかしライランティリアは愚かにも、人間の少女に近付いて行った。
どうしても「終わらせる」ことの出来ない、滑稽な願いを胸に。
そして、哀れな『夜』の女神は彼女に声をかけた。
「貴女は私を認識しているのですか?」
そんな馬鹿な問い掛けをしてしまった。
返事がある訳が無い。期待に応えてくれるはずがない。
そう思いながら、それでも。
孤独な女神ライランティリアは、希望を捨てる事が出来なかった。
そしてそれ故に。
「まぁ、見えてますね」
彼女は奇跡と出会うことが出来た。
少女は苦笑いした。
自分の問い掛けに対して、言葉を返しながら。
既に死を迎えていたと思っていた心に、小さいながらも確かに光が灯されるのを感じた。
『夜』の女神、厄災と呼ばれたライランティリアはその時。
運命と巡り会えたことに、胸がはち切れんばかりの衝撃を覚えた。
自分を認識し、怯えることもなく、平然と言葉を返してくる。
それがどれだけ尊い事なのか、おそらくこの少女には分からないだろう。
それでも良い。ただ、彼女が恋しくて、たまらなく愛おしい。
ライランティリアは数万年の時を経て。
愛すべき運命と巡り会えたのだった。
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