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1話:龍殺し

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■ノア視点■

 渓谷に鎮座するのは全長二十メートルを超えるドラゴン。
 その巨体から繰り出された爪撃が振り下ろされた先には、全身を黒い服でおおった黒髪の青年が居た。
 彼の持ついびつな形の長剣が、ドラゴンの一撃を真正面から受け止める。
 しかし支援魔法で強化されてはいるものの、膨大な質量差には抗えずに地を削りながら後退した。
 砂煙が巻き上がる中、青年の影がゆらりと進み出て来る。
 通常ならば即死を免れない一撃を受けたにも関わらず、その体は汚れてはいるものの無傷だった。

 青年が持つ武器は、奇妙な形状をしていた。
 装飾の無い、無骨で大きめなリボルバータイプの拳銃。
 しかし銃口は無く、代わりに二メートルほどの刀身が伸びている。
 
 ガンブレイドと呼ばれるそれは、旧世代に作られた代物だ。
 斬撃の瞬間に炸薬を破裂させることで振動を生み、通常の武器を遥かに上回る威力を叩き出すことが出来る。
 その代わり取り扱いには熟練の技術が必要不可欠というピーキーな仕様。
 そんな時代遅れな欠陥の多い武器を、青年は巧みに使いこなしていた。

「この程度か、トカゲ野郎」

 青年は端正な顔をぴくりとも動かさず、ガンブレイドを肩に担いで言い放つ。
 不服な声色。もはや災害とも呼べるレベルの魔獣を前に、まるで期待外れと言わんばかりに。

「では次は、俺の番だ」

 砂煙に紛れるかのように突進。距離を詰め、ドラゴンの足元へ潜り込んだ。
 その砂煙を斬り裂いて振り下ろされる刀身。その鋭い一撃がドラゴンに触れる刹那にトリガーを引く。
 撃鉄が薬莢カートリッジを叩いて盛大な火花を散らし、体の芯まで響く銃撃音が刀身を響かせた。
 凄まじい振動によって威力を増したガンブレイドは、まるでパンにナイフを入れるかのように簡単にドラゴンの爪を斬り裂く。

「ギュルグァアアア!」

 驚愕か、悲鳴か。凶悪な牙を剥き出しにして、ドラゴンが轟雷の如き咆哮を上げる。
 それを意に介さず、雷光のような五連撃。
 次々と振るわれる長剣。斬りつけると同時に響く重厚な破裂音は斬撃の威力を増加させ、鋼にも勝る硬さのドラゴンの両前脚を斬り裂いた。

「ガァアアアァァァッ⁉」
「まったく、喧しいトカゲだな……」

 眉間に皺を寄せながら回転式シリンダーを外側に振り出し、使い終わった薬莢カートリッジをガラリガラリと地に落とす。
 流れるような手付きで新たな薬莢カートリッジ再装填リロードし、ガシャリとリボルバーを振り戻す。
 薬莢カートリッジの込められたガンブレイドを再度肩に担ぎ直して、青年は大きな溜め息を吐いた。

「ドラゴンと聞いて期待していたが……所詮は神獣のまがい物か」

 不遜ふそんに言い捨て、同時に跳び退すさる。
 直後、豪炎。ドラゴンの口から吹き出された炎のブレスは、しかし青年を捉えること無く地を焦がすだけに終わった。
 陽炎かげろうが揺らめき、その奥から青年が疾風の如く飛び出す。
 その顔に、獰猛どうもうな笑みを浮かべて。

「何だ、怒ったか? いいぞ、足掻いてみせろ!」

 ドラゴンはその言葉に応えるかのように立ち上がり、その巨大な翼を青年に向かって打ち付けた。
 しかし、爆音がそれを遮る。
 横一文字に薙ぎ払われたガンブレイドの刀身が、ドラゴンの翼を中頃から斬り割いた。
 赤い血飛沫が辺りに撒き散らかされるが、しかしドラゴンの眼は彼を捉えて離さない。
 攻撃の為に宙に浮いていた青年に、ドラゴンの巨木のような尻尾が迫る。
 如何いかに青年の理不尽な程に高い身体能力を持ってしても、空中で回避する事は不可能だ。
 為す術も無くそのまま直撃、したかのように見えた。
 しかしその実、青年は尾を足場にして再跳躍。
 身を捻りながらしなやかに跳び、笑う。
 その彼の目の前には、視界を埋め尽くすほどに巨大なドラゴンの顔。

「そら、こいつはどうだッ⁉」

 眼球を狙った刺突。中心に突き立てると同時にトリガー。
 五発分の轟音が連なり、その音が心臓の鼓動を速め、急速に心がたかぶっていく。

「――――ルオオォォォッ⁉」

 悲痛な叫びを聴きながら落下、その途中で回転式シリンダーを振り出して排莢はいきょう
 まばらに散る空薬莢たち。
 それと共に落下しながらガンブレイドを素早くリロードした。
 重力に身を任せながらも岩壁のようなドラゴンの体を目掛けガンブレイドを振り回す。
 縦横無尽に振り回される刀身が再度破裂音を連ねる。

 鮮血が舞い、硝煙をまとった青年が笑う。

 着地、同時にリロード。
 ガチリとシリンダーを振り戻し、肉食獣の如き鋭さでドラゴンの背後に回りこむ。
 狙うは己を襲った尻尾の付け根。

「そ、う、ら……よっとォ!!」

 三撃、次いで、一閃。
 切り込みを入れた後の斬撃はドラゴンの尻尾を簡単に両断した。
 ドラゴンの大悲鳴に構わず、オマケとばかりに後ろ足を一度ずつ切り裂いてから離脱。
 自重を支えきれずバランスを崩したドラゴンは、そのまま自らが焦がした地面に倒れ伏した。
 砂煙で視界が途絶え、青年の姿をくらませる。

「……まぁまぁ楽しかったぜ。じゃあな」

 揺らめく砂塵さじんから飛び出す黒装の青年。
 その姿は瞬時にドラゴンの首元へと移動し、刀身が陽光を反射してギラリと鈍く光った。

 燕のように素早く、鷹のように的確に。
 落雷にも似た響きと共に何度も斬りつけられ、魔獣の王たるドラゴンは為す術もなく首を斬り落とされた。

 自身の背丈よりも巨大な頭に目をやり、シリンダーを降り出して排莢。
 新しいカートリッジを詰め込んだ後、彼はようやく一息吐いた。

「こんな所か……オリビア、終わったぞ」

 先程までとは一転して柔らかな笑みを浮かべ、少し離れた岩場へと語りかける。
 その言葉に応えて、司祭プリースト風の服を着た銀髪紅眼の少女が姿を表した。
 純白の衣装をベースに金糸の刺繍ししゅうが施された法衣は、彼女の可憐な容姿をより引き立たせている。
 ビクビクと怯える様はまるで小動物のようで、小柄な身長と合わせて愛らしく見えた。
 そんな彼女――オリビアは青年と目があった瞬間、悲鳴を上げる。

「うわぁっ⁉ ノアさん、大丈夫ですか⁉」
「……いや、なにがだ?」
「ノアさん血まみれなんですけど⁉」

 言われ、青年――ノアは自身の体を見下ろす。
 確かに黒装束の上から多量の返り血を浴びており、鍛えられた腕や足が所々赤黒く染っている。
 彼女の言う通り、一見すると大怪我を追っているように見えなくもない。

「オリビア、これは――」

 事情を説明しようと声を上げるが、混乱の極地にある彼女は聞く耳を持たない。

「たたた大変です……! 大いなる女神よ、我が祈りを聞き届けたまえ! 願わくば彼の者に癒しの奇跡を! 極大回復魔法エクストラヒール!!」
「待っ……!」

 途端、空から純白の光が降り注ぎ、ノアの体を包み込む。
 ありとあらゆる怪我や病、体の欠損すら治してしまう最上級の回復魔法は、彼の服にこびり付いた血汚れを綺麗に消し去って行った。
 魔力の無駄遣い、ここに極まれり。

「これで大丈夫ですよぉぉ……」

 全魔力を使い果たし、魔力欠乏けつぼうから来る目眩めまいによって崩れ落ちるオリビア。
 その姿を見て、ノアは頭痛を抑えるように額に手を当てた。

「はぁ……またか」
「はわわー……めーがーまーわーるぅぅ……」

 くらくらと頭を揺らす白磁のような少女に、黒髪黒衣の青年は大きくため息をついた。

〇〇〇〇〇〇〇〇

■オリビア視点■

 渓谷に鎮座する全長二十メートルを超えるドラゴンを前に、黒衣の青年ノアが立ちはだかって居る。
 聖女オリビアはその光景を大岩の後ろから見守っていた。
 彼に対しては内緒で防御魔法を施しており、例えドラゴンの攻撃を受けても怪我をしない事が分かっている。
 その為彼女は普段のように、見る者全てを魅了するかのような慈愛に満ちた微笑みを浮かべていた。
 但し、見た目の上では、だが。

(あああああ! ノアさん格好いい! 二の腕の血管がえっちです!)

 興奮の余り鼻血を出しそうになりながらも、長年の修練で身につけた清楚な立ち振る舞いが剥がれることは無い。
 神に仕える身としてどんな時でも清らかに見えるよう徹底した教育を受けてきたのだ。
 例えその心が煩悩に満たされていようとも、傍目には女神のように佇んでいるようにしか見えない。

 ノアがドラゴンの一撃を受け止め、砂煙の中に消えた。
 しかしその程度でオリビアが動じることはない。
 彼の強さはオリビアが一番良く知っている。
 

 やがてノアが砂煙の中から無傷で歩み出てくる。
 武器を肩に担ぎ、不服そうな面立ちで。

「この程度か、トカゲ野郎」

 その言葉に宿るのは不満。
 災害レベルの魔物を前に堂々と振る舞うノアの姿に、オリビアのテンションが一段階上がる。

(ほあああっ! イケメン! 超イケメン! 今すぐ抱いて!)

 そんな事を知る由もなく、黒衣の青年は言い放つ。

「では次は、俺の番だ」

 瞬間、爆音。砂煙が斬り裂かれ、その中からノアの姿が現れた。
 ドラゴンの咆哮を意に介さずに歪な長剣を振り回す。
 連続した破裂音が聞こえたかと思うと、ドラゴンの前脚はズタズタになっていた。

「まったく、喧しいトカゲだな……」

 ガラリガラリと金属の筒を地面に落としながら嘆息する様は、正に冒険者に相応しい荒っぽさが混じっていて。
 低く甘い声と端正な顔立ちも含め、オリビアの性癖に突き刺さる。
 胸が切ない。動悸が激しい。腰の奥がきゅぅんと疼く。
 汗と硝煙の香りを纏ったまま、今すぐにでも押し倒して欲しい。
 こちらの準備は出来ている。後は本能のままに召し上がってもらうだけだ。

 しかし当たり前ながらそんな想いが戦闘中のノアに通じる訳もなく。
 新しい薬莢を武器に詰め終え、彼は不遜に言い捨てた。

「ドラゴンと聞いて期待していたが……所詮は神獣のまがい物か」

 次の瞬間、豪炎。
 ドラゴンの口から灼熱の吐息が吐き出され、剥き出しの大地を焦がす。
 渓谷を埋め尽くすほどに立ち上る焔、しかしその奥から黒衣の青年が飛び出してきた。
 その顔に、獰猛どうもうな笑みを浮かべて。

「何だ、怒ったか? いいぞ、足掻いてみせろ!」

(貴重なノアさんの好戦的な笑顔! 頂きました! これでまた夜の妄想が捗ります!)

 彼とドラゴンの戦闘は激しさを増していき、まるで吟遊詩人の歌う英雄譚のような光景を繰り広げている。
 しかしオリビアに取って、愛しいノアが怪我をする事が有り得ないのを知っている以上。
 この渓谷での一戦は彼の勇姿を目に焼きつける場でしか無かった。

 ドラゴンの翼を斬り裂いて、尻尾の攻撃を足場にジャンプ。その躍動的な動きは野性的な色気を感じさせる。

「そら、こいつはどうだッ⁉」

(そこだぁ! やっちゃえ私のノアさん!)

 ドラゴンの眼球に長剣が突き刺さり、盛大な音を立てて爆散する。
 ドラゴンの悲鳴を煩く感じながらも、ノアから目は離さない。
 落下しながら何度もドラゴンを斬りつけていき、破裂音が重なっていく。

 鮮血が舞い、硝煙をまとった青年が笑う。

(きゃあああ! ワイルド! イケメン! スパダリ!)

「そ、う、ら……よっとォ!!」

 ドラゴンの後ろに回り込んでノアが叫ぶ。残念ながらその姿は見えないが、直後にドラゴンの尻尾が切り飛ばされたのが見えた。
 地面に倒れるドラゴン。盛大な砂煙が舞い上がり、再びノアの姿が見えなくなる。
 その事を残念に思った次の瞬間。

「……まぁまぁ楽しかったぜ。じゃあな」

 揺らめく砂塵さじんから飛び出す黒装の青年。
 ノアの浮かべた肉食獣のような獰猛な笑みは、オリビアにとって今日一番の収穫だった。
 その表情を見て体の芯が熱くなり、ジリジリと欲情を炙ってくる。
 あんな顔で自分を押し倒して欲しい。荒々しく、雄々しく、けれど優しく。
 熟れきったこの身体を蹂躙じゅうりんしてほしい。

(あぁもう何でもいいから! 早く! 私をめちゃくちゃにしてぇ!) 

 そして彼の姿はドラゴンの首元へ移動し、その太い首を斬り落とした。
 武器から小さな鉄の塊をばら撒く姿はもはや芸術品。オリビアはそれを余すことなく脳裏に焼き付け、夜のお共として利用する事を決意する。
 そしてすぐさま大岩の陰に隠れると、ノアがこちらに声を掛けてくるのを待った。

 この間。ノア戦闘が終わるまで、オリビアの立ち振る舞いは清楚可憐で完璧な聖女だった。
 長年に渡り培ってきた擬態は伊達ではない。
 ノアや通りすがりの人間に見られても何ら問題が無いよう、そこだけは気を張っていた。

「こんな所か……オリビア、終わったぞ」

 先程までとは一転して柔らかな笑みを浮かべ、こちらへ語りかけてくれた。
 その言葉に応えて顔を出そうとするが、彼のあどけない微笑みを見た瞬間に体中が痺れてしまい、上手く動く事が出来なくなった。
 プルプル震えながらようやく姿を現すと、そこで初めて彼の姿を見たかのように大声で叫ぶ。

「うわぁっ⁉ ノアさん、大丈夫ですか⁉」
「……いや、なにがだ?」
「ノアさん血まみれなんですけど⁉」

 こちらの言葉にノアが自身の体を見下ろす。
 返り血を大量に浴びた姿も雄々しくて素敵だが、そのままだと彼は遠慮してオリビアに寄って来なくなるのは経験済みだ。
 そこまで計算し、更には後に控える大イベントの布石として、オリビアは自身の内に眠る魔力を解放し始めた。

「オリビア、これは――」

 事情を説明しようとノアが声を上げるが、その言葉を聞く訳には行かない。
 オリビアはわざと被せるように大声で叫ぶ。

「たたた大変です……! 大いなる女神よ、我が祈りを聞き届けたまえ! 願わくば彼の者に癒しの奇跡を! 極大回復魔法エクストラヒール!!」
「待っ……!」

 途端、空から純白の光が降り注ぎ、ノアの体を包み込む。
 ありとあらゆる怪我や病、体の欠損すら治してしまう最上級の回復魔法は、彼の服にこびり付いた血汚れを綺麗に消し去って行った。

(これでよし! 計算通りに魔力も尽きました!)

「これで大丈夫ですよぉぉ……」

 演技では無く本気で目眩めまいを感じ、ふらりと崩れ落ちるオリビア。
 魔力欠乏による体調不良は慣れていても辛いものがある。しかし。

「はぁ……またか」
「はわわー……めーがーまーわーるぅぅ……」

 ノアがため息を吐くのを聞き、内心で両拳を突き上げた。
 彼がこの状態の自分を歩かせる訳が無い。
 つまり、不自然なく彼に抱き着く事が出来る訳だ。

(うぇへへ……さぁノアさん! その逞しい身体を堪能させてください!)

 魔力欠乏によって顔色を悪くしながらも、オリビアの心中はやはり欲望に満ちていた。


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