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89話「まずはこいつを大人しくさせる必要がありそうだ」
しおりを挟む早朝。吹雪の治まったフリドールの駅。
魔導列車が来るまでの間、見送りのネーヴェさんと他愛のない話をしていた。
これからの事、そして、これまでの事を。
みんなを交えながらの雑談は楽しく、ネーヴェさんが語る俺の過去の失敗談に恥ずかしさを覚えながらも、平穏なひと時を過ごしていた。
一番大きな課題にケリがついたのもあるんだろう。
焦りがあった行きとは違い、今は穏やかな心境だ。
浮ついている自覚はある。王都に戻ったらデートの予定が入っているし、全部終わったらみんなを故郷に連れていく予定だ。
今の仲間たちを故郷にいるみんなに紹介したい。
それはみんなを安心させたいからなのか、それとも自分が彼女たちを自慢したいからなのか。
ずいぶんと子どもっぽいことを考えているなと自覚し、思わず苦笑がもれた。
「……ライ?」
「いや、何でもない。それよりそろそろ魔導列車が来る頃だな」
音も無く隣に来たサウレの頭を撫でながら話をすり替える。
何となく恥ずかしいし、いま話さなきゃならない内容でもないだろう。
「……準備は出来ている。今は席順を決める為にジャンケンをしているところ」
「なんだ、サウレは参加しないのか?」
「……ライの膝の上は私の特等席」
彼女たちの中で何やら取り決めがあるのかもしれない。
本人の知らないところで決めないで欲しいものだ、なんて思っていると。
フリドールの外にある駅。そこから見渡す限りに広がる真っ白な雪原の向こうから、魔導列車が走ってくるのが見えた。
相も変わらず凄い迫力だな、なんて悠長なことを考えながらその姿を見ていると、ふとあることに気が付く。
魔導列車の上に、人が立っている。
あんな速度で走る魔導列車の上に立つなんて正気じゃない。
そう考えると同時に。その人影が見慣れたものである事に気が付き、一瞬身体が硬直した。
うわぁ。まーじかー。
「……ライ、新たな逃走経路の確保を推奨。敵が来た」
ピリと緊張感を纏いながらサウレが真面目な声で告げる。
その顔からは余裕が消え去っていて、すでに臨戦態勢だ。
他の仲間たちもサウレの様子に気づき、警戒を強めている。
「やっぱりそう見えるよなぁ、あれ」
フリドールに向かって突き進む魔導列車。その上に立つ、長い白銀の髪の少女。
この距離でも彼女が濁った笑みを浮かべているのが何となくわかってしまうのがすごく嫌だ。
つーかこんなところまで追って来たのか。すげぇな、あいつ。
「ライさん! あの人は!」
「これは少々厄介なことになりましたね」
「あーうん。やっぱ見間違いじゃないよなぁ」
ポリと頭を描きながら、さてと考える。
今から走ったところで逃げ切るのは不可能だろうし、そもそも逃げる先が無い。
それに、王都でクレアと話した時を思い出す。
クレアが言っていたように、アレから一生逃げ続けるなんてことは出来ない。
それならば。
「仕方ない。ここで終わらせちまおうか」
ぶるりと震える身体を抑え、ルミィを乗せた魔導列車の到着を待つ事にした。
※
「セイ。愛しいセイ。私のセイ。やっぱり誰よりも素敵で魅力的で何よりも尊いわ。ねぇ少し痩せたんじゃない? ちゃんとご飯は食べてるの? やっぱり私が毎日毎食ちゃんと作って食べさせてあげないといけないと思うの。髪も少し伸びてるし私が切ってあげるわ。一ミリの狂いもなく正確に切り揃えてあげる。服も少し傷んでるわね。大丈夫、私は裁縫も得意だから。セイの為に練習したの。セイのためなら何だってできるから。料理も洗濯も裁縫も狩猟も捕縛も惨殺も何でも私を頼ってくれて良いんだからね。全部私がしてあげるからセイは何もしなくていいんだよ。ただ私のとなりにいてくれるだけで良いんだからね。そうだ、セイが何処にも行かないように手足を切り落としてあげる。大丈夫、回復魔法はわたしの得意分野だから痛みなんて感じないよ。すぐに済むから。私がセイの手となり足となり目となり耳となりそのすべてを私が担ってあげる。すっと一緒にいられるね。セイも幸せだよね。だって私たちは前世からずっと一緒に居るんだから。セイが幸せだと私も幸せ。私は性の為に生きているの。だからセイも私だけを愛して。私以外は見なくて良いんだよ。ずっと私だけを見ているだけで良いの。他の誰もいらない。二人だけの世界で一生一緒に暮らそうね愛してるもう話さない貴方は私だけのものだし私も貴方だけのものだから子供は何人がいいかなやっぱり最低でもh足りは欲しいよね大丈夫だよ私が全部やってあげるからセイはただベッドで横になっているだけで良いから経験はないけど本でたくさん学んだから大丈夫だよさぁ早く二人の愛の結晶を作りましょう」
誰か助けて。
こちらを見るなり自分に強化魔法をかけて襲い掛かって来たルミィを取り押さえたところ、濁った瞳で延々と独り言を聞かされた。
視線はこちらを向いているのに全く俺達を見ていない。
取り押さえてるサウレとクレアが泣きそうな目でこっちを見てきてるし、どうしたものか。
サウレが表情を変えるなんてメチャクチャ珍しいんだけど。
ていうか普段から冷静なネーヴェさんも若干引いてる辺り、その凄まじさがよく分かると思う。
尚、カイトたち他メンバーは魔導列車から降りてきた直後にルミィを取り押さえようとして、即座に返り討ちにあって地面に寝転んでいる。
ジュレが回復魔法をかけているから大丈夫……だと思いたい。
大丈夫だろうか。なかなか凄い音してたからなぁ。
うーん。とりあえず、ルミィ声をかけてみるか?
「……あー、その。ルミィ、久しぶりだな」
「え、セイ? 今セイが私に話しかけてくれたの? 良かった、正気に戻ったのね。わたしだけのセイが帰って来た。嬉しい。さぁ早く二人の愛の巣へ戻って子づくりしましょう?」
えーと。どうしたもんかな、これ。
「落ち着け。まずは話を聞いてくれ」
「分かった。セイの言葉は一言一句逃さず全部心に焼き付けるから何度だって愛を囁いてくれて良いよ」
「いや、ていうか俺達ってそんな仲じゃなかったよな?」
「セイったら何を言っているの? 私たちは婚約者でしょ?」
「お前が何を言ってるんだ」
無論のこと、そんな事実は無い。
と言うかどこでどう間違ったらそこまで事実が歪むんだ。
「俺たちはただのパーティメンバーだったはずだ。そうだろ?」
「パーティメンバー? 私とセイが?」
「そうだ。『竜の牙』で一緒に旅をして来た。四人でいろいろな所に行ったし、たくさんの魔物を倒したんだ」
「私はセイと一緒の町で平和に暮らしていたのにセイが悪い人たちに無理やり連れ去られたんでしょ?」
なるほど、ルミィの中ではそうなってるのか。
これは、何と言うか。ヤンデレとか、そういうものではなく。
昔似たような状態を見た事がある。
あれは確か女神教を敵対視する邪教での仕事の時だったか。
目が濁っているのも、記憶が改ざんされているのも、異様なまでに執着しているのも。
全て、あの時と同じだ。
「……なぁ。俺とお前の出会いを覚えているか? カイトに連れられて宿の食堂で初めて会った時だ」
「もちろん覚えているわ。私がセイとの思い出を忘れる訳ないじゃない。セイは私に優しく微笑みかけて私の手を握りながら愛してるよって囁いてくれて……あれ?」
いや、そんな事実は無いんだが。
まぁそこはどうでもいい。
大事なのは、現状を再確認させることだ。
「あれ? でもセイは私と一緒に生まれ育って一緒に魔王を倒して幸せな暮らしを送っていて……でも初めてあったのは王都の酒場?」
「よく考えてみろ。お前は俺の子どもの時の姿を思い出せないだろ?」
「……思い出せない。思い出せないわ。なんで、なんで私はセイの子どもの頃を思い出せないの?」
「簡単な話だ。そもそもお前は、俺の昔の姿を知らない。俺が冒険者になった後しか知らないはずだ」
「あ……え? でも、あれ? だって、私は、セイの」
両手で頭を抱えて悩みだすルミィ。
混乱の中で不安定に視線を泳がせて、その姿からは狂気が薄れている。
よし、あと一押しだな。
「俺はお前と初めて会った時に、こう言ったんだ」
初めて会ったあの時と同じように、ゆっくりと手を差し出した。
「「よく分からないけど、これも縁なんだろう。しばらくの間、よろしく頼むわ」」
俺とルミィ。二人の口から同じ言葉が漏れる。
そしてようやく、俺とルミィの目が合った。
そこに濁り切った瞳の中に、元の美しい銀色の瞳が見える。
まるで雪の結晶のような綺麗な色に安心すると、俺はゆっくりと彼女の前にかがみこんだ。
「……あ、れ。セイ?」
「よう、久しぶりだな」
驚いたような彼女の顔には狂気は無く、ただ茫然と俺を見上げていた。
「なんで私……え?」
戸惑いの声を上げるルミィ。
現状を正しく理解できていないのだろう。
それに関しては仕方ないというか、当然だ。
自己が狂うほどに強い暗示を掛けられていたのだから。
そして聞こえた、中世的な声。
まるで誰かさんの相棒の、喋る指輪のような。
しかし全く感情を感じさせない声色で、何かが告げた。
「――Storage area barrier collapse.
――Achievement of conditions.
――magic circuit Forced release.
――Start annihilation mode.」
そして。
「あぁぁぁああははははは!」
ルミィの体から膨大な魔力が迸り、サウレとクレアが吹き飛ばされる。
その魔力光は、彼女の本来の白銀色とは真逆の闇色。
俺と、そして魔王と同じ、呪われた色の魔力光が辺り一面に吹き荒れている中で。
拘束を解かれて立ち上がったルミィを闇色の魔力が包み込み、その姿を変貌させていく。
「……なぁるほど。ちょっと厄介な状況だな、これ」
理由はさておくとして。
まずはこいつを大人しくさせる必要がありそうだ。
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