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82話「さぁ正念場だ。気合いを入れようか」
しおりを挟むアルの後に続いて倉庫内に入り、敵を目視する。
様々な武具で武装した男達が十六人。
既に臨戦態勢を取っていて、こちらに向き直っている。
そして、その奥。
茶髪の女。確かに商人らしい服装をしていて、胸には不気味な装飾のペンダント。
こいつがベルベットか。
「なんだお前ら!」
「通りすがりの冒険者です! さぁ全員大人しく首を出してください!」
「出さねぇよ!?」
「ならば無理やりぶった斬ってやります!」
「おいバカ、やめろ」
アホなやり取りをしているアルの後ろに立ち、続けて背後にいるサウレ達にハンドサインを送る。
「取り込み中にすまん。ちょっと吹雪避けに人の居そうな場所に立ち寄っただけなんだ」
「なんだと? 何で冒険者がこんな街外れの倉庫にきてるんだよ!」
「あーいや、実はだな」
話を繋げ、時間を作る。
目的はもちろん。
「……魔術式起動。展開領域確保。対象指定。其は速き者、閃く者、神の力――」
「透き通り、儚き、汚れなき、麗しきかな氷結の精霊――」
二人の魔法詠唱が終わるまでの時間稼ぎだ。
「そこの商人に用があって……なっ!」
素早くアイテムボックスからスリングショットと煙幕玉を取り出し、奴らの足元に打ち込む。
「うおっ!? なんだ!?」
立ち込める煙に慌てふためく様を見ながらアルの後ろ襟を掴んで引き寄せる。
「やっちまえ!」
「――敵を焼き切れ、裁きの雷!」
「――願わくば、我にその加護を与えたまえ!」
詠唱完了と共に吹き荒れる雷と氷の嵐。
死なない程度に加減されているとは言え、視界の外から放たれた一流冒険者の放つ魔法に対応出来ない。
そのはずだった。
「うふふ……魔導具、起動」
余裕気なベルベットの声。そして。
「……なんだと?」
雷と氷が、全て掻き消えた。
今の魔力の波動は知っている。
マジックキャンセラー。範囲内にある魔法で具現化した物を全て消し去る魔導具。
しかしアレは、王国騎士団でも二つしか持ってない特級魔導具のはずだ。
何故それがこんな場所に……いや、それよりも。
不味い。奇襲が失敗に終わった。
「来るぞ!」
仲間に注意を促しながら罠を放って行く。
粘着玉やトラバサミを床にばら撒き、先程補足した敵の位置に目潰し玉を幾つも打ち出す。
煙幕が晴れると、四人の傭兵達の足止めに成功していた。
しかし、残りの連中が殺気立ってこちらへ駆け込んでくる。
瞬時に味方と敵の動きを読み、最善の位置へ鋼鉄玉を放っていく。
そんな俺を飛び越したのは。
「魔術式起動、展開領域確保、対象指定! 其は何人なりや、天空の覇者! 我が身に宿れ龍の鼓動! 身体強化!!」
早口で魔法詠唱を完了させたアルだった。
マジックキャンセラーは魔力を体内で使用する身体強化を無効化することは出来ない。
本能的にそれを悟ったのか、或いは何も考えていないのか。
最重量級の獲物である両手剣を振りかぶっているにも関わらず、アルは凄まじい勢いで突撃していく。
その身に纏った緑色の魔力光は以前見た時よりも多く、しかしちゃんと自我は保っているようだ。
「ヒャッハァ! 皆殺しだァ!」
嬉々として叫んでいる辺り、本当に自我を保っているのか不安だが。
両手剣が振り回される度に数人が一度に吹っ飛んで行くが、着地してすぐに体勢を立て直されている。
一人一人の練度が高い。だが。
「……迂闊」
雷を迸らせながら短剣を閃かせるサウレ。
「白兵戦は苦手なのですが、仕方ないですね」
短杖を振るい飛びかかる敵を撃退していくジュレ。
「よっと! あはは! どこ狙ってんの下手くそ!」
煽りながら敵を煽って注目を集めるのクレア。
四人の連携はもはや一流冒険者パーティに引けを取らない。
魔法が使えない程度のハンデなど最早お構い無しだ。
彼女達の連携の合間を縫って援護射撃をしながら戦況を把握。このまま行けば押し切れるが、しかし。
劣勢にも関わらず、ベルベットは未だに笑みを浮かべたまま動かないでいた。
「役立たず達ねぇ。仕方ないわ……魔術式起動。展開領域確保。目覚めて踊れ、私の人形」
背筋を悪寒が走る。
理由は分からない。だが、ヤバい。
「お前ら! 全員――」
退け、と。いい切る前に。
最前線に居たクレアが金属製の腕に殴られ、勢いよく吹き飛んだ。
咄嗟に衝撃を殺すために粘着玉をクレア放ち、即座に駆け寄る。
同時に、倉庫の奥から這い出てきたデカい何か。
それは人の形をしていた。
しかし、明らかに人では無かった。
体長は三メートル程。関節は球体になっていて、全てのパーツが俺の胴より太い。
独特な光沢はこの世で最も硬い魔法銀製の証。
ミスリルゴーレム。
かつての戦争で魔族が奥の手として用意した最悪の殺戮人形だ。
「……なるほど。そういう事かよ」
クレアを抱き起こしながら警戒していると、いつの間にかゴーレムの奥にいるベルベットの姿が変貌していた。
金髪に青い肌、そして血のような赤い瞳。
それは、数年前まで人族と争っていた魔族の特徴。
「あははは! こいつを使えば冒険者なんて敵じゃないわね!」
高らかと笑う。その姿は狂気的で、周りの男達は完全に怖気付いている。
それもそうだろう。
魔族にミスリルゴーレム、その組み合わせは正に戦争の象徴だ。
多くの人間を殺した組み合わせに怖気付かない訳が無い。
それに、マジックキャンセラー。あれは元々魔族が作り出した魔導具だが、物理的に最硬度を誇るミスリルゴーレムとの相性は抜群に良い。
万事休す。正に絶望的な状況に、いくら味方だとは言え恐怖を感じずにはいられないだろう。
普通ならば、だが。
「いきなり何て事するんですか! 危ないですよ!」
「お前が言うな」
元気に叫ぶアルに苦笑していると、他のメンバー達も全員こちらに集まってきた。
全く動揺せずに無表情なサウレ。
余裕の笑みを浮かべるジュレ。
ビビりながらも強気な表情のクレア。
普段通りの様子に頼もしさを感じながら、思考を回す。
さすがにミスリルゴーレムとの戦闘経験は無い。
ならばこの場で解析するしか無い訳で。
「まったく、面倒な事だな……だが」
頭が冴える。心が氷のように冷えていく。
「サウレを嵌めた落とし前はつけてもらうぞ、クソ女」
立ち上がりながら、口汚く吐き捨てた。
さぁ正念場だ。気合いを入れようか。
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