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69話:「まずは事情を聞くところからだな」
しおりを挟む亜人の都ビストール。
ありとあらゆる種族が集まる街。
住人の大半が家を持たず、望んでテント生活を送っているというなんとも珍しい街だ。
多種に渡る香辛料が名産で、それを目当てにビストールを訪れる商人もかなり居る。
そんな混沌とした街で人を探すとなると一苦労だ。
通常ならば、だが。
「行先は決まってるし、先に宿を取るぞー」
「ライさん! 早くぶっ殺しに行きましょう!」
「街中で物騒な事叫んでんじゃねえよ」
べしりとアルの頭を叩くと、両手で抑えながら嬉しそうな顔をされた。
いや、喜ぶな。頼むからこっちを羨ましそうに見てる変態と同列にはなるなよ、マジで。
「ほれ、さっさと行くぞ」
「はーい!」
普段よりテンションの高いアルを筆頭に、全員で宿へと向かった。
ビストールの街並みは相変わらずの賑やかさだった。
所狭しと露店が並んでいて、様々な人種が道を行き交っている。
人族、亜人、エルフ、ドワーフ。ハーピーやマーメイドなんて珍しい奴らもいる。
そして、魔族。数年前まで戦争をしていた相手だが、この街ではそんな事はお構い無しだ。
みんな忙しそうに、しかし楽しそうに見える。
そんな光景に混じりながら道を行き、目的地に到着。
相変わらず年季の入った見た目の宿だが、サービスが良くて飯も美味く、それでいて安い。
おそらくビストールで一番の宿だろう。
「ちわーす。部屋は空いてるかー?」
普段の調子で宿の中に入る。
カウンターの奥にはデカいクマのような人族のおっさん。
そして食堂となっている一階部分には、席を埋め尽くす程の多くの客と、見覚えのある女性の姿があった。
相変わらず楽しそうに給仕をしている。
その彼女は俺の声にいち早く気付くと、こちらに向かって飛んできた。
文字通り、空中を羽ばたいて。
「セイさん? 生きてやがったのですねー」
「おう。久しぶりだな、ライラ」
バサリと大きく羽ばたいて目の前に着地すると、有翼人種の彼女は嬉しそうに飛び付いてきた。
それを予測していた俺は額を抑えて防ぐ。
「相変わらず連れない奴なのです。ヘタレめ」
ニコニコ笑顔で毒を吐くところは相変わらずだな、こいつ。
客商売なんだからもう少し気を使えよ。
俺はもう慣れちゃったけど。
「二部屋頼みたい。大丈夫か?」
「大部屋一つなら空いてやがるです」
「じゃあそれでいい。今日は飯はいらないから」
「えー? うちに金落として行けなのです」
「すまんが先約があってな。明日の朝分は頼む」
「ちっ。仕方がない奴ですねー」
再度言うが、顔はニコニコ笑顔だ。
ライラは愛想もルックスも性格も良い、この店自慢の看板娘である。
ただ、異常に口が悪いのが難点だけどな。
「じゃあ部屋の準備を頼む。俺たちはちょっと用事をこなしてくるから」
「分かったです。とっとと消えやがれです」
「おう。また後でな」
パチンとハイタッチを交わし、呆気に取られている仲間たちを連れて宿を後にした。
うん。初対面だと反応に困るよな、あれ。
ちなみにクマみたいな親父さんが何も喋らないのはいつもの事だ。
体が大きく声も大きいので、お客さんを怖がらせないように黙っているらしい。
根は良い人なんだけどな。ライラを雇うくらいに面倒見も良いし。
さて。宿の確保も出来たことだし、さっさと目的地に向かうか。
貰ったメモを見た感じだと街の真ん中にある大聖堂の近くみたいだし、すぐに見つかるだろう。
そこから先がどうなるかは分からないけど、色々と予測はしてあるから何とかなる。と思いたい。
そんな一抹の不安を抱えながら歩き出そうとした時、街門の方から大きな叫び声が聞こえた。
「バイコーンの群れだ! 戦えないやつは街に入れ!」
その言葉を聞いて、街門辺りにいたほとんどの奴らが街の中へと避難していく。
代わりに街門へ駆けて行くのは武装した冒険者達。
これだけ数がいれば問題ないと思うけど、俺達も一応外に向かうか。
バイコーン。二つの大きな角を持つ馬のような魔物だ。
中級の魔物であり、一匹に対して中堅冒険者が二人で当たる相手とされる。
尖った角での突進は鉄製の盾を貫通する威力を持っており、知能も高く仲間と連携してくる厄介な相手だ。
しかしまあ、街門に集まった冒険者の数はざっと三十人は超えている。
これだけ人数がいれば余程の群れでなければ問題は無い。
それに、そこまで危険度が高ければ定期的に国中を巡回している某最速の英雄が狩り尽くしてるだろうしな。
やがて街門まで辿り着くと、遠くにバイコーンの群れが見えた。
数は五匹。油断できる数ではないが、全員で当たれば大した被害も無く対処できるだろう。
だが。
「おいおい。何してんだアイツ」
少し離れた場所に馬に乗った男が居る。
馬鹿でかい槍――規格外のランスを手に、派手な白い全身鎧を着て堂々と。
あんな所に居たらバイコーンの群れに襲われるぞ。
「おい、誰かあの人を止めてくれ!」
「勘弁してくださいよ! 危険ですって!」
周りの奴らが口々に叫ぶが、当の本人はこちらに向かって手を振ってくる始末だ。
なんなんだアイツ。周りの反応的にいつもの事っぽいけど。
「魔術式起動! 展開領域確! 其は神罰! 女神の裁き! 万象貫く光の槍撃! 今ここに顕現せよ!」
風に乗って聞こえてくる魔法詠唱。
力強い声と共に膨大な緑色の魔力光が彼から立ち上る。
うわ、すげぇ。ジュレと同じくらいの魔力量じゃねぇかアレ。
その人並外れた魔力がランスを包み、彼の身の丈の五倍程まで先端が巨大化し、回転する。
「我が前に道は無く! 故に我が槍が道を切り拓く! かの英雄の如く、駆け抜けよ!」
ランスを構え、馬を走らせる。
極大の魔力光を纏う一条の緑光が、敵の群れへと突き進んだ。
「グングニル・ヴァンガードォォォッ!!」
突貫。それは正に放たれた矢の如き勢いで。
地表を、空間を、強靭な魔物を。
巨大な槍は遮るもの全てを削り取りながら突き進んだ。
後に残されたのは半円に抉られた地面だけだ。
いや、なんだアレ。化け物かよ。
英雄までとはいかないけど、だいぶ人間辞めてるだろアイツ。
「あーあ。また一人で片付けちまったよ」
「俺たちに任せて避難してて欲しいんだがなあ」
「そんな所も悪くないんだけどな」
「違いない。立派な方だよ」
周りの冒険者達が苦笑する。
やはり彼らにとっては見慣れた光景のようだ。
彼らがガヤガヤと騒がしく街の中に戻って行く中、馬に乗った男がこちらへ近付いてきた。
「これは驚いた! 久しぶりじゃないか、アルテミス嬢!」
「……は? おいアル、知り合いか?」
「知り合いというかですね!」
アルは爛々と眼を輝かせながら両手剣に手を掛け。
「こいつが私の元婚約者ですよ!」
力強い言葉と同時に凄まじい勢いで振り下ろされる両手剣。
それを片手に持ったランスで軽く受け止めながら、彼は爽やかに笑いかけて来た。
「グレイ・シェフィールドです! どうぞよろしく!」
……なるほど。つまりコイツがアルの探し人って事か。
悪いやつには見えないが、まあとにかく。
まずは事情を聞くところからだな。
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