上 下
49 / 101

48話「何気に扱いが一番難しいかもな、こいつ」

しおりを挟む

 しばらくどうでも良い話をした後、急患が入ったからとジュレが慌てて立ち去った後。

「お、ライみっけ! どうよこの格好!」

 何故か治療院の仕事着を来たクレアが嬉しそうにやってきた。

 仕事着は灰色の長袖ワンピースにフリル付きのエプロン、白い布を頭に巻くというシンプルながらも可愛らしい衣装だ。
 兎耳が帽子の脇からぴょこんと立っているのが印象的で、首から下げているのは関係者の証明である十字の赤いペンダント。
 全体的に清楚な雰囲気だが、何故か活発なクレアによく似合っていた。

「可愛いと思うが、わざわざ着せて貰ったのか?」
「そんな訳ないでしょ、みんな忙しいのに。これ自作だよ」
「自作って……何でそんなもん持ってんだよ」
「色んな服着たいから!」

 薄い胸を張りながらドヤ顔で言われた。
 趣味て。かなり本格的な服なんだが。

「それに一応、治療師として働ける資格は持ってるからね!」
「マジか。凄いなお前」
「可愛くて優秀なクレアちゃんだからね!」

 うん。確かに可愛くて優秀だが、自分で言えるのは凄いと思う。

「確かに似合ってるな。良いと思うぞ」
「え。まさか素直に褒められるとは思わなかったんだけど……まじかー」

 途端にはにかんでモジモジしだすクレアに苦笑いを返す。
 こいつ相手だと変に気を張らなくて良いから楽だ。
 うちのパーティーで貴重な常識人だし。

「で、仕事は良いのか?」
「ボクが出来る仕事は全部終わらせてきた!」
「マジで優秀だよなお前」
「えっへん!」

 しかし、こうやって話してると本当に美少女にしか見えないな。
 顔立ちも良いし、気配りも出来るし、何でも任せられる。
 常に仲間内の欠点を補うように動いてくれるから俺も非常に助かっている。

「ところでこんな可愛いボクを見てムラムラしないかな!?」

 こういう所が無ければなあ。

「するかアホ。せっかく褒めてるんだから大人しくしてろ」
「えー。ダメかー」
「可愛いのは認めるが、それとこれとは話が別だ」
「うーん。ライの好みがイマイチ分かんないなー」

 腕を組んで小首を傾げられても困るんだが。
 好みか……好みなあ。

「悪いがそれは俺にも分からないからな?」
「そうなの?」
「そもそも恋愛をした事がない」

 可愛いとか美人だとかは思うし、つい女性的な部分を見てしまう事はあるけど。
 基本的にヘタレだからなあ、俺。
 それに誰かと付き合う余裕なんてなかったし。

「じゃあボクが初彼女だね!」
「いや付き合ってないからな?」
「くそう。流されないかー」
「しばらくそう言うのはいらん」
「ふふふ。そんな事を言えるのも今の内だからね? クレアちゃんの魅力には逆らえないのさ!」

 うーん。魅力なあ。
 確かにこういう馬鹿な会話が出来るのはありがたい所ではあるんだよなあ。
 適当に話しても乗っかってくれるから楽しいし。
 でもなんて言うか……本当に絶妙に残念なんだよなこいつ。

「あ、ところでさ。今夜の宿は取ってるの?」
「うん? いや、宿は必要ないな」
「んー? どういうこと?」
「王都だからな。俺の持ち家がある」

 実は王都の外壁近くに小さいながら家を持っている。
 昔ちょっとした特別な依頼を受けた時に建てたものだ。
 大して立派な家でもないが、全員が泊まれる程度の広さはあるから宿代は気にしなくても良い。

「ねえマジでボクと結婚しよ?」
「断る」

 目を輝かせながら詰め寄るクレアを押し返しながら真顔で告げる。
 こういう所なんだよなー。
 打算的と言うかなんと言うか。
 たくましい奴だよな、本当。

「まあでもお金がかからないのは良い事だよね!」
「だな。ここ終わったら久しぶりにオウカ食堂の職員寮にも顔出すか」

 知り合いへの挨拶回りも終わったし、チビ達の様子も気になるところだ。
 オウカが何も言ってこなかったから問題無いとは思うけど、心配ではあるからなあ。
 
「ところでさ。ライはこれからどうするの?」
「王都でって事か? とりあえずアルとジュレの人探しかね」
「あ、ギルドに依頼した奴だね」
「だな。それが終わったら王都を出るけどな」
「うーん。それなんだけどさー」

 難しい顔で腰に手を当てるクレア。
 どうでもいいけど仕草が面白いなこいつ。

「いっその事、王都で話を着けた方が良くない?」
「はあ? 話を着ける? あのルミィとか?」
「だってさー。一生逃げ続けるとか、キツくない?」
「……まあ、それは確かになぁ」

 考えた事も無かったけど、確かにクレアの言う通りではある。
 そこで話が終わるならそれに越したことは無い。
 そうなれば王都で適当な仕事を探してのんびり生きていく事もできる訳だしな。

「けどなあ……あいつが話を聞くと思うか?」
「んー。何とも言えないけど、王都なら大丈夫だと思うよ」
「うん? 何でだ?」
「だって英雄様が助けてくれるでしょ?」
「……ああ、なるほどな」

 言われてみればそうか。
 レンジュさんに酒でも持って行って護衛を頼めば戦力的にはどうとでもなるし。
 ふむ。ちょっと本気で考えてみるのも良いかもしれんな。
 いや、怖いけど。死ぬほど怖いけど。

「ライが落ち着かないとボクも困るし!」
「それが本音かよ……まあ、ありがとな。考えてみるわ」
「ちなみにボクは何番目でも良いからね!」
「そっちは知らん」

 くすくすと笑うクレア。
 おかげさまで、少し心が軽くなった気がする。
 こいつと居るといつも、どんなに深刻な事態でも何とかなるんじゃないかと思わせてくれる。
 パーティー唯一の常識人だし、何気によく助けられてるんだよな。
 ここは素直に感謝しておくか。

「クレア、いつもありがとな」
「おっと。いきなり何さ?」
「いや、お前が居てくれて助かってるなと」
「なるほど。じゃあほら、撫でて撫でて!」

 言われるままに朗らかに笑うクレアの頭をぐりぐりと撫でてやる。
 サラサラした髪にフワフワした兎の耳が心地良い。
 ……そういやこの耳って付け根はどうなってるんだ?

 髪を掻き分けて付け根の部分を探り、コリコリと触ってみると。

「ひゃあんっ!?」

 何か変に色っぽい声を出しながら屈み込んでしまった。

「あ、えっと、その……耳の付け根は敏感だから、ダメ!」
「お、おう。すまなかった」

 潤んだ瞳で見上げられると、なんだが悪いことをした気になってきた。
 うーん。何か申し訳ない。

「悪かった。ほら、立てるか?」
「……立てない。立ってるから」
「は? 何を言って……いや待て、説明しなくていい」

 こいつ、こんな見た目なのに男だからな。
 つまりはまあ、そういうことなんだろう。
 なんだかなー。改めて言われると違和感しか無いんだが。

「くそう。ライは触り方がえっちすぎるよ……」
「なんかすまん……」

 なんとも言えない微妙な空気になりながら、とりあえず謝っておいた。

 何気に扱いが一番難しいかもな、こいつ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

(完結)私は家政婦だったのですか?(全5話)

青空一夏
恋愛
夫の母親を5年介護していた私に子供はいない。お義母様が亡くなってすぐに夫に告げられた言葉は「わたしには6歳になる子供がいるんだよ。だから離婚してくれ」だった。 ありがちなテーマをさくっと書きたくて、短いお話しにしてみました。 さくっと因果応報物語です。ショートショートの全5話。1話ごとの字数には偏りがあります。3話目が多分1番長いかも。 青空異世界のゆるふわ設定ご都合主義です。現代的表現や現代的感覚、現代的機器など出てくる場合あります。貴族がいるヨーロッパ風の社会ですが、作者独自の世界です。

婚約者すらいない私に、離縁状が届いたのですが・・・・・・。

夢草 蝶
恋愛
 侯爵家の末姫で、人付き合いが好きではないシェーラは、邸の敷地から出ることなく過ごしていた。  そのため、当然婚約者もいない。  なのにある日、何故かシェーラ宛に離縁状が届く。  差出人の名前に覚えのなかったシェーラは、間違いだろうとその離縁状を燃やしてしまう。  すると後日、見知らぬ男が怒りの形相で邸に押し掛けてきて──?

父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる

兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

(完)私を捨てるですって? ウィンザー候爵家を立て直したのは私ですよ?

青空一夏
恋愛
私はエリザベート・ウィンザー侯爵夫人。愛する夫の事業が失敗して意気消沈している夫を支える為に奮闘したわ。 私は実は転生者。だから、前世の実家での知識をもとに頑張ってみたの。お陰で儲かる事業に立て直すことができた。 ところが夫は私に言ったわ。 「君の役目は終わったよ」って。 私は・・・・・・ 異世界中世ヨーロッパ風ですが、日本と同じような食材あり。調味料も日本とほぼ似ているようなものあり。コメディのゆるふわ設定。

処理中です...