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33話「今回も死に物狂いで足掻こうか」

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 治療院の仕事を続けること一週間。ようやく仕事にも慣れて来た。
 周りの皆にも顔を覚えてもらい、怪我の治療や薬の調合の手伝いなんかも任されだした感じだ。
 周りも良い人ばかりで働いていて楽しいし、人のためになってるって実感が湧いてくる素晴らしい職場だ。命の危険も無いし。

 ちなみに今日は休日なので、宿の自室でのんびり過ごす予定である。
 日頃の疲れをしっかり取っておかないとな。

「そういう訳だから帰れ、お前ら」
「暇なら一緒に討伐依頼を受けましょう!」
「……私はライの傍を離れない」
「ライさんの嫌がる顔を見たいので」
「初皆が来たからボクも来てみた!」

 朝からこの調子である。放っておいてほしいもんだ。

 現在俺の部屋は、出入口前でやる気満々な様子のアル、今日は単独で治療院の仕事の日なのに俺の傍から離れないサウレ、部屋に一つしかない椅子に腰掛けているジュレ、そしてベッドに腰掛けているジタバタしているクレアと、満員状態である。

「あぁもう……分かった。受けてやるから落ち着け」
「おぉ! 久しぶりにライさんと一緒ですね!」
「……ライ、狩りに行くの?」
「こうでもしないと煩くて仕方ないからな」

 不服そうなサウレの頭を撫でてやりながら答える。
 俺も行きたくて行くわけではない。適当に終わらせて午後は惰眠をむさぼる気満々だ。

「あら。じゃあ私はクレアさんと観光にでも行ってきます」
「おっと。なら良い所案内してあげるよ!」

 どこからとも無く取り出していた紅茶を飲みながら言うジュレに、クレアが乗り気で答える。

「なんだ、ジュレ達は行かないのか?」
「私が居なくて困るライさんを想像すると……はぁはぁ」
「ボクもメンバーと親睦を深めたいからね!」

 こいつらも自由だよなー。別に構わんが。

「そうか。じゃあ久々にアルと二人だな」
「成長した私を見せてあげます! れっつぶっ殺タイム! ヒャッハー!」
「落ち着けサイコパス。少しだけだからな?」

 いつもの調子のアルに苦笑いしながら、とりあえず冒険者ギルドに向かうことにした。


 相変わらずボロい建物のスイングドアをきぃと鳴らしながら中に入ると、まだ朝も早いのに既に冒険者で溢れかえっていた。
 みんな依頼を受けに来たんだろう。この調子だともしかしたら討伐依頼は残ってないかもしれないな。

「おはようございます。討伐依頼、何か簡単な奴はありますか?」

 長い木のカウンター越しに受付の女性に声をかけると、少し驚いた顔をされた。

「あら、ライさんですか。討伐依頼なんて珍しいですね」
「アルに押し切られました」
「それはご愁傷さまです。討伐依頼だと……もうこれしか無いですね」

 渡された用紙を見ると、ゴブリンの小さな群れがアスーラと王都を結ぶ街道沿いの森で発見されたようで、そいつらを討伐する依頼が書かれていた。
 ふむ。数匹程度なら俺とアルだけでも何とかなるだろ。
 それにまぁ、危なくなったら罠張って逃げればいいし。

「んじゃこれ受けますね。受領書ください」
「はいはい。どうぞー」
「ありがとうございます」

 写しの紙を渡してもらい、早速現場に向かうことにした。


 
 ここまでは良かったんだが。
 目的地の森に入ってゴブリンを見つけた途端、すぐに後悔した。

「……アル。帰るぞ」
「えぇっ!? なんでですか!?」
「バカ、でかい声出すな……」

 何が数匹だよちくしょう。
 耳と鼻が異様にデカい子どもサイズの緑の魔物。
 一匹なら普通の成人男性でも勝てるような奴だが、群れる性質が厄介なゴブリン。
 それが、見える範囲だけでも二十匹はいる。
 周囲には食べ散らかした獲物の残骸が転がっていて、酷い悪臭がここにまで漂って来ている。

 こいつらは普通、これ程の数で群れたりしない。あまりに数が多いと獲物を取り合って仲間内で殺し合いを始めるからだ。
 多くても通常なら五匹程度。つまり、目の前の光景は普通ではない。
 これは上位種と呼ばれるリーダー格がいる証だ。

(まずいな……)

 通常の魔物が何らかの理由で進化した上位種は、元となった魔物の数倍は強く、群れを指揮できるようになる奴が多い。
 中でもゴブリンの上位種であるゴブリンロードは頭が良く、味方を強化する魔法が使えるという厄介な魔物だ。
 この上位種が引き連れる群れを軍団レギオンと呼ぶのだが、これは王国騎士団が総出になって立ち向かう相手である。
 冒険者二人では勝ち目などない。

「今なら殺りたい放題です! 行きましょう!」
「無茶言うな。確実に死ぬぞ、それ。今回は出直しだ」
「えぇ……そんなぁ……」

 がっくりと項垂れるアルを撫でてやり、さてと考える。
 こいつらの狙いは港町アスーラだろうか。
 人も食い物もたくさんある。アイツらから見たら美味しい狩場に見えるだろう。

 だが、アスーラにはサウレとジュレがいる。アイツらならなんとか対処出来るだろう。
 それが無理でも王都に増援依頼を出して時間を稼ぐくらいは出来るはずだ。
 
(……しかし、困ったな)

 問題が一点。俺たちが森の中に入りすぎている事だ。
 森自体の魔力濃度が濃くて気配察知が上手く働かなかったというのもあるだろうが、多分ゴブリンロードが隠蔽の魔法を使っている。
 だからこそ、見える範囲になるまでこの規模に気付けなかった訳だ。
 こうなると撤退すら難しくなってくるが……上手く撒けるだろうか。

「アル、出来るだけ音を立てるなよ。森の入口までゆっくり戻るぞ」
「……ライさん! あそこ!」

 アルが何かを指さす。その方向を見てみると。

(……嘘だろ、おい)

 薬草が入ったカゴをもった少女が、軍団のすぐ近くで腰を抜かしていた。
 最悪だ。あの場所だと合流する前にゴブリン共に気付かれる。かと言ってそのまま置いていく訳にもいかない。見つかり次第殺されてしまうだろう。
 あぁ、ちくしょう。

『守りたい者があり、戦う為の力があり、けれど戦う義務はない。
 そんな時、あんたはどうするの?』

 昔聞いたオウカの言葉が脳裏を過ぎる。
 こうなってしまってはもう駄目だ。
 逃げるという選択肢は無くなってしまった。

「アル。いいか、よく聞け。アイツらは軍団レギオンだ。二人で勝てる相手じゃない。俺が足止めするから、その間にあの子を連れてアスーラに戻って冒険者ギルドに助けを求めろ」
「そんな事しなくても二人でぶっ殺してやれば――」
「俺かお前がミスしたらあの子が死ぬ」

 ピタリと。アルの動きが止まった。

「分かるか。俺たちが一手間違えると、あの子だけじゃない。アスーラの連中にも被害が出る。サウレやジュレやクレアだって危ないかもしれない。お前は、それで良いのか?」
「……良くないです」

 悔しそうに俯いて拳を握りしめるアル。なんだ、こいつも少しはマトモになって来てるじゃないか。
 そんな場合じゃないのに、つい笑みが浮かんでしまう。

「いいか。剣は置いていけ。あの子を担いでアスーラまで行って、すぐに助けを呼んでこい」
「……ライさんは大丈夫なんですか?」
「なんとかする。こっちの心配はするな。分かったら合図に会わせて走れ」

 アイテムボックスの中から爆裂玉を取り出し、スリングショットに装填。狙うのは、奥にいる個体。

「行け!」

 叫びながら射出。ゴブリンの一匹が派手な音と爆炎を撒き散らす中、アルと少女が後ろに駆けていくのが見えた。

 これでよし。少なくともアル達は逃げ切れるだろう。
 俺もまだ死にたくはないし、死ぬ気もない。時間を稼げばそれで済む、簡単な仕事だ。

「お前らの相手はこっちだ、化け物共!」

 威勢よく声を張り上げて、注目を集める。
 爛々とした獰猛な眼が俺を捉える。
 怒りに満ちた表情は、仲間を殺られたからか、獲物を逃がしたからか。
 どちらでも良い。とにかく俺を狙わせれば、それで問題ない。

 今回は観客も守るべき者もいない俺の独壇場。
 二人では無理だ。だが。
 
 さぁ、久々に死神グリムリーパーの仕事の時間だ。
 
 今回も死に物狂いで足掻こうか。
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