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エピローグ
命の記憶
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長が変わって、九年後。
一人の少女は、人を探していた。
夏の日差しが落ち着いてきた九月九日。
少女は会う人会う人に問う。
「女神様を知りませんか?」
「あぁ、そういえば、もうすぐ来るころじゃのぅ…」
その問いに、おじいさんは笑った。
その答えをきいて、少女の顔がパッと輝く。
「来るの!?女神様に会えるの!?」
うれしそうな様子の少女に、おじいさんは何度も頷いた。
少女はいても立ってもいられなくなって、くるりとおじいさんに背を向け、走りだそうとした瞬間―――
ドンッ
と、すぐに誰かにぶつかってしまった。
「いったぁ…」
相手は少女よりももう少し幼い女の子だった。
「大丈夫?」
少女は女の子に手を伸ばす。
その女の子は背中から大きな白い羽が生えていた。
少女はすぐにそのちょっと変わった女の子に問う。
「女神様を知りませんか?」
すると女の子は答えた。
「わたしが女神様よ!」
女の子はえっへんと言うが、少女の表情は暗い。
「違う…女神様じゃない。私は長い金髪でちょっとぼけっとした女神様を探してるの…!」
そう言うと少女は走った。
不満げにきょとんとする女の子には目もくれず。
***
どうして女神様があのお姉さんじゃなくなっているのだろう。
少女は考えた。
九年ずっと待っていた。
私はもう大きくなってしまったけど、あの時のように女神様と遊びたくなった。
波打ち際で遊んでいた私たちに声をかけ、おもむろに服を脱ぎ捨てて子どものようにはしゃいでいた女神様。
会えなくなると急に寂しくなって、また会いたくなったのだ。
やがて少女は、走りまくった末に、街外れにある高台に来てしまっていた。
桃色の小さなハートを連ならせていた華鬘草は、ぱっくりと割れていた。
その割れているところから垂れている、白と黄色の雫は、少女が探している女神様によく似ていた。
少女はしばらくここに咲き誇る華鬘草を眺めながら、高台にある大きな木の下に座る。
この木の下、この高台は、なぜかとても安らかな気持ちになれた。
なぜかとても安心する。
それと同時に―――なぜか切なくなる。
なぜかはわからないけれど。
いろんな感情がごちゃ混ぜになったまま、ぼんやりと空を見上げる。
鳥が仲良く飛んでいる。
そこに浮かぶ真っ白くてふわふわした雲を見ると、ふと、あの女神様が思い浮かぶ。
あぁ―――そうか。
だからあんなところにいるのか。
女神様―――死んじゃったんだ―――。
もう会えないと気付き、少女の頬に一筋の雫が伝う。
また遊びたいと思ったのに、もう会えない。
「うわあぁぁぁん…うっ…うわあぁぁぁぁん…!!」
あの時のように。
子どものように泣く。
九年間ずっと溜めてきた女神様への思いを全て流しきるように。
誰もいない高台にある木の下で。
ずっとずっと泣き続ける少女を、無数の華鬘草だけが寄り添っていた―――。
***
やがて、少女が落ち着いてきた頃。
もうきれいな夕日がのぞいていた。
少女は最後の一滴を拭い、木の下から立ち上がった。
一房の華鬘草を摘み、またその辺の土を寄せ集め、こんもりと山にする。
その上に、先ほどの華鬘草の花を添える。
枝を広い、山のふもとに“メガミサマ”と書き、その文字をつぶさないように石でぐるりと囲む。
そして手を合わせる。
しばしの沈黙。
さぁ、と風が吹き抜け、少女の髪を揺らす。
そこで少女はふと思い出した。
そういえば、海で遊んでいたとき、女神様のほかにもう一人いたことを。
一番の友だちで、いつも一緒に遊んでいた男の子。
すっごく大切な人だったけど、死んでしまった。
波に流されて死んでしまった。
どうせまた明日会えるだろうと思って見殺しにした、あの男の子。
あんなに大切だったのに―――名前も姿もはっきり思い出せない。
何せもう九年前のこと。
―――本当にそれだけか?
何がともあれ、少女はその男の子の分もお墓を作ろうと決めた。
女神様のお墓と同じように作り、“オトコノコ”と書いて手を合わせる。
しばしの沈黙。
やがて少女は立ち上がり、手を合わせるのをやめる。
少女はお墓に背を向け、歩き出す。
2人の顔をよく覚えておけばよかったと、少女は何度も何度も後悔した―――。
―――。
――。
~おわり~
一人の少女は、人を探していた。
夏の日差しが落ち着いてきた九月九日。
少女は会う人会う人に問う。
「女神様を知りませんか?」
「あぁ、そういえば、もうすぐ来るころじゃのぅ…」
その問いに、おじいさんは笑った。
その答えをきいて、少女の顔がパッと輝く。
「来るの!?女神様に会えるの!?」
うれしそうな様子の少女に、おじいさんは何度も頷いた。
少女はいても立ってもいられなくなって、くるりとおじいさんに背を向け、走りだそうとした瞬間―――
ドンッ
と、すぐに誰かにぶつかってしまった。
「いったぁ…」
相手は少女よりももう少し幼い女の子だった。
「大丈夫?」
少女は女の子に手を伸ばす。
その女の子は背中から大きな白い羽が生えていた。
少女はすぐにそのちょっと変わった女の子に問う。
「女神様を知りませんか?」
すると女の子は答えた。
「わたしが女神様よ!」
女の子はえっへんと言うが、少女の表情は暗い。
「違う…女神様じゃない。私は長い金髪でちょっとぼけっとした女神様を探してるの…!」
そう言うと少女は走った。
不満げにきょとんとする女の子には目もくれず。
***
どうして女神様があのお姉さんじゃなくなっているのだろう。
少女は考えた。
九年ずっと待っていた。
私はもう大きくなってしまったけど、あの時のように女神様と遊びたくなった。
波打ち際で遊んでいた私たちに声をかけ、おもむろに服を脱ぎ捨てて子どものようにはしゃいでいた女神様。
会えなくなると急に寂しくなって、また会いたくなったのだ。
やがて少女は、走りまくった末に、街外れにある高台に来てしまっていた。
桃色の小さなハートを連ならせていた華鬘草は、ぱっくりと割れていた。
その割れているところから垂れている、白と黄色の雫は、少女が探している女神様によく似ていた。
少女はしばらくここに咲き誇る華鬘草を眺めながら、高台にある大きな木の下に座る。
この木の下、この高台は、なぜかとても安らかな気持ちになれた。
なぜかとても安心する。
それと同時に―――なぜか切なくなる。
なぜかはわからないけれど。
いろんな感情がごちゃ混ぜになったまま、ぼんやりと空を見上げる。
鳥が仲良く飛んでいる。
そこに浮かぶ真っ白くてふわふわした雲を見ると、ふと、あの女神様が思い浮かぶ。
あぁ―――そうか。
だからあんなところにいるのか。
女神様―――死んじゃったんだ―――。
もう会えないと気付き、少女の頬に一筋の雫が伝う。
また遊びたいと思ったのに、もう会えない。
「うわあぁぁぁん…うっ…うわあぁぁぁぁん…!!」
あの時のように。
子どものように泣く。
九年間ずっと溜めてきた女神様への思いを全て流しきるように。
誰もいない高台にある木の下で。
ずっとずっと泣き続ける少女を、無数の華鬘草だけが寄り添っていた―――。
***
やがて、少女が落ち着いてきた頃。
もうきれいな夕日がのぞいていた。
少女は最後の一滴を拭い、木の下から立ち上がった。
一房の華鬘草を摘み、またその辺の土を寄せ集め、こんもりと山にする。
その上に、先ほどの華鬘草の花を添える。
枝を広い、山のふもとに“メガミサマ”と書き、その文字をつぶさないように石でぐるりと囲む。
そして手を合わせる。
しばしの沈黙。
さぁ、と風が吹き抜け、少女の髪を揺らす。
そこで少女はふと思い出した。
そういえば、海で遊んでいたとき、女神様のほかにもう一人いたことを。
一番の友だちで、いつも一緒に遊んでいた男の子。
すっごく大切な人だったけど、死んでしまった。
波に流されて死んでしまった。
どうせまた明日会えるだろうと思って見殺しにした、あの男の子。
あんなに大切だったのに―――名前も姿もはっきり思い出せない。
何せもう九年前のこと。
―――本当にそれだけか?
何がともあれ、少女はその男の子の分もお墓を作ろうと決めた。
女神様のお墓と同じように作り、“オトコノコ”と書いて手を合わせる。
しばしの沈黙。
やがて少女は立ち上がり、手を合わせるのをやめる。
少女はお墓に背を向け、歩き出す。
2人の顔をよく覚えておけばよかったと、少女は何度も何度も後悔した―――。
―――。
――。
~おわり~
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