華鬘草

🌸幽夜屍姫🌸

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第四章 夕暮

第二話

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―――夜。
もう、あと一ヵ月だ。
私がウリアくんと一緒にいられるのは。
早く。
早くあの願いを取り消さなければ―――。

「あ…」

また。
また暮葉くれはの声が直接頭に響いてくる。

やっぱり監視を任されているんだね。

私はゆっくりと、ウリアくんにバレないようにベッドから降りて外へ。
キィ、と古い木の扉が開けば、暮葉がもうすぐそこに。
緊張する私を前に、暮葉はくすり、と笑い、言う。

「お話をしましょう、常葉とこのは

私の体が強張る。

「―――あの時・・・のように…ね」

そう続けた暮葉からは、妬みも憎しみも恨みも何も感じないのに―――。

***

連れられるままに、私は噴水広場のベンチに座らされた。
暮葉も隣に座る。

「綺麗な夜空ですわね、常葉」

私は何も言えなかった。
何を言えばいいのか、わからなかったからだ。

「わたくし、今日のお昼に貴方が好いているっていう人間にお会いしに行きましたわ」
「!!」

暮葉のその言葉を聞くと、私はバッとベンチから立ち上がり、暮葉のそのきれいな瞳を睨みつける。
暮葉はきょとんとして、

「何を怒っていますの?彼には何も致しませんわ」

常葉の視線をしっかり受け止め、言った。
その言葉にホッとした私は、やがてまたゆっくりと座った。
暮葉は、ふぅとため息をついて、また夜空を見上げる。

「普通、女神は人間に恋をしてはいけませんのよ。その人間のためだけに願った女神が多数いたそうだから。…というか、まず貴方がそうでしたわね」
「…………わかっています」

咎めるような暮葉の言葉に、私は俯き加減に頷く。
暮葉はそんな私を見て、首を左右に振った。

「…いけませんわね。どうも厭味ったらしくなってしまいますわ…」

暮葉がそう言って沈黙が下りる。
どうしよう。
暮葉は必死に私と友だちだった頃と同じように接しようとしてくれているのに。
やっぱりどうも引け目を感じてしまう。
―――そもそも敬語だし。

「…女神である貴方が好くほどの人間を、ちょっと見てみたくなりましたのよ。もしも好かれる価値のない人間でしたら、すぐにでも消すつもりで近づきましたわ」
「!?」

そんなっ…!ひどいよ暮葉…!
一拍置いて続けられた言葉に、私の胸が痛んだ。

「でも、尾行がバレてしまいましたわ。それだけならまだしも、捕まってしまいましたのよ」

暮葉はどこか楽しそうに言う。

「たまたまお互い様子を見に来たらしく、わたくしが塀の角で顔をのぞかせたら彼と頭をぶつけてしまいまして。わたくしは一目散にここに逃げましたの」

頭をぶつけた衝撃でベレー帽が落ちたのも構わずに、とくすくす笑いながら楽しそうに言う。
私は、そんな楽しそうな暮葉の様子を見るたび、ちくり、とまた胸が痛む。

「―――本当はもっと遠くへ逃げたかったのだけれどね。羽を使わずに走るということが、こんなにも息苦しいとは思いませんでしたわ…」

貴方はすごいのですわね、と暮葉は私を見てにっこり笑う。

「追いつかれたわたくしに、彼ってばわざわざ拾ってくれたベレー帽を被せてくださったのよ。…その後、今度は羽を使って街の高台へ行きましたの。行ったことありまして?華鬘草けまんそうがたくさん咲いている高台。知識としてはありましたけど、実際に見るのは初めてでしたわ!」

桃色のハートから雫が垂れているような、不思議な形の花を咲かせている愛らしい花がたくさん咲き誇っていることはもちろん知っていた。
―――けど、名前は知らなかった。
けまんそう、っていうんだ。

「その高台にある大きな木の下でお互い背を向けて座りましたの。会話は長く続かなくてすぐに黙ってしまって…。そのせいか、わたくしなんだか眠くなってしまって…そのまま寝てしまいましたのよ」

ズキン、ズキン。
胸の痛みが止まらない。
暮葉とウリアくんが一緒にいる光景を想像すると、すごくちくちくして痛い。
もう…この話を切り上げたかった。
けど、喉元まで出かかっている言葉は発せられないまま飲み込まれた。

「それでね、起きた時まだ彼がいてね、ずーっと一緒にいてくれたんだって思いましたのよ!目が覚めたときはきっと一人だろうなって思ってましたから、びっくりして悲鳴を上げてしまいましたけど」

ふふふ、と笑う。
本当に楽しそうに、暮葉はその時のことを思い出して笑っている。
私が二カ月前、ウリアくんに会って一緒に過ごした時のように。

「あの後のわたくしったら…彼のことを好きになってしまったみたいですわ。彼の優しさを思い出す度、幸せな気持ちが溢れてしまいますの…!」
「―――やめてよ」

暮葉がそこまで言ったとき、無意識に何度も飲み込んでいた言葉がぽつり、と吐き出された。
私は俯いているからよくわからないが、おそらく暮葉は私を見ていた。
しばしの重苦しい沈黙の後、やがて暮葉はつぶやいた。

「そう…ですわね」

私が暮葉の方にちらりと視線を走らせると、もうその目は夜空に向いていた。

「彼はいつだって買い出しに行くことを忘れてはいませんでしたわ。きっと常葉貴方を思っての行動なのでしょうね」

それくらいわかりますわ、と暮葉は言う。

「それに常葉は、わたくしの知らない彼を知っているのでしょう?まだ幼かった彼のこと」

私は躊躇しながら頷いた。
くすくすと暮葉が笑う。

「今思えば、九年前に貴方が彼に惹かれるのは当然ですわね。とりあえずカタカナ覚えてできそこないは出ていけーみたいな感じで地上へ降りた貴方に、彼は初めに話しかけ、楽しい時間を過ごしたのでしょう?」

私はゆっくり頷いた。
カタカナを知らない私を馬鹿にして笑い転げまわったウリアくん。
失礼な子だな、と思いつつも、その無邪気さが黄泉国よみのくにでのもやもやを消し去ってくれた。

こんなに自由に笑ってもいいんだ、そう思えた。

「そもそも女神は恋をしてはならぬもの…わたくしは彼と結ばれずとも構いませんわ。でも、彼は貴方を好いている…。だから常葉、貴方が彼と一緒にいなさい」
「え…?」

なんて間抜けな声だろう。
そんな情けない声が出るほど、暮葉の言葉が信じられなかった。
品行方正で真面目な暮葉が、黄泉国の暗黙の了解を破るように私に勧めている。
暮葉はそんな私の胸の内を知ってか知らずか、ふ、と笑い、

「な~んて、こんなことを言っているわたくしはきっともう黄泉国には戻れないでしょうね」

別に構いませんけれど、と呟き、おどけたように笑う。
さて、といって立ち上がった暮葉に、私は待って、と声をかけた。

「どうしていきなり…私なんかと親しくしようと思ったんですか…?一ヵ月前とはずいぶんな違いじゃないですか…」

私の言葉に、暮葉は一瞬虚を突かれたような表情を浮かべたが、すぐに、そんなこと?と言いつつ優しい笑みを浮かべた。

「誰にでも等しく接する彼の優しさに触れて、思いましたの。わたくしがあの試練で1位になったとき、一緒に喜んでくれた常葉に…なんて酷いことを言ったんだろうって…。本当は貴方が女神になったとき、わたくしは一緒に喜ぶべきでしたのよ。…だってわたくしたちは友だちですもの、当然ですわ」

暮葉は後悔するようにつぶやいた。

「それが今になって…恥ずかしくなったのですわ」

今までごめんなさい、と暮葉はぺこりと頭を下げる。
私は慌てて頭を上げさせて、それからなんだかおかしくなって、ふっと笑った。
暮葉も笑い返してくれた。

「またあなたの笑顔が見られてよかったですわ。…それでは」

そういうと、暮葉はくるりと私に背を向け、その大きな羽を羽ばたかせ、夜空に消えていく。
月に負けないくらい、その姿は美しかった―――。
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