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第三章 方法
第二話
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夜になると、ウリアくんが寝る。
でも―――私は寝ない。
私を気遣って床で寝るウリアくんには内緒で、私は外に出る。
私が再びここに来てからもう一ヵ月が過ぎた。
あと二ヵ月。
そういう大事な時に。
―――いつもの声が聞こえてきた。
頭の中に直接響くような声。
鈴の音のような、凛として透き通った声。
私はこの声をよく知っている。
小屋の扉を開けるとすぐそこに、暗闇に淡い白のシルエットが浮かんでいた。
「あら、来ましたのね。できそこないさん」
その声の主、暮葉は私を見て笑う。
哀れむように、嗤う。
「貴方、自分の願いのせいでこの街が壊れていることに、心が痛んでるんですってね」
「…はい」
くすくすと嗤う暮葉の問いに、私は俯き加減に頷く。
「わたくしたちの願いによって得た゛モノ”を取り消す方法が分かりましたのよ」
暮葉が満足そうに笑う。
それを聞き、私の顔がパァッと明るくなった。
「本当ですか…!?これでやっと…皆さんが命の尊さを思い出すのですね…!」
その私の笑顔を見て、暮葉は苦虫を噛み潰したような表情を見せる。
暮葉は私のコト嫌いだから。
私の笑顔など見たくないのだろう。
私が羽根のないできそこないであるせいで、暮葉は金星の女神になれなかった。
暮葉の努力を泡に帰したのは、他でもない私なのだ。
嫌われて当然だ。
できそこない。
羽根のない私は、そう呼ばれてしかるべきなのだ。
「それで…どうしたらいいんですか…?」
私が問えば、さきほどまで機嫌悪く顔をゆがませていた暮葉の口端が、にやぁ、と吊り上がる。
暗闇の中、赤い三日月を作って。
「それはねー――」
淡い白に覆われる。
神々しく美しい大きな白い羽根が私を覆う。
暮葉はそっと私の耳元に唇を寄せ、その美しい声で願いを取り消す方法を囁いた―――。
***
朝。
ベッドの上では、ぶかぶかの上着一枚でごろごろと右へ、左へと転がっている常葉がいた。
何をしているのかと問えば、
「ごろごろしているの。……ごろごろ~~~……」
やんわりと脱力を誘う声色で、右へ、左へと転がる。
今はごろごろすることにハマっているらしい。
ウリアはため息をつき、とりあえず朝食の準備をしようとベッドから立ち上がる。
とりあえず昨日買った特売ネギを使わなければ。
ごはんを炊きながら、みそ汁を作る。
おまけに目玉焼きも作ってしまおう。
「ごろごろ~~……ごろごろ~~……」
後ろから暢気な声が聞こえる。
その声に笑みが自然とこぼれる。
みそをおたまの上で溶かしながら、その声を聴く。
笑いをこらえる。
あんなのが女神かぁ、などと思っていると、ふと焦げた臭いがしてきた。
―――目玉焼きが焦げていた。
「うわっ、ヤベッ!」
ウリアは慌てて火を消す。
すると、この異臭に気づいたのか、ごろごろしていた常葉の動きが止まる。
「いいにおい~…♪何のにおい?」
しかし、その口から出た言葉はまったくの的外れな言葉だった。
とりあえず、アホの子には現実を知ってもらおうと思い、
「目玉焼きが焦げたにおいだよ」
と、ウリアはありのままの事実を伝える。
しかし、常葉は想像以上のアホの子なようで、おこげ、おこげとか言って小躍りでもしそうな勢いではしゃでいた。
そんなアホの子には焦げた目玉焼きを食わせてやろうと、すこし意地悪な気持ちが芽生えてしまい、ウリアはソレを常葉の皿に盛り付けた。
みそ汁ができた。
ごはんが炊けた。
自分用の目玉焼きができた。
出来上がった朝ごはんを、風化したようなボロボロのちいさな木製テーブルに並べる。
おいしそうな―――多少焦げ臭い―――においに誘われ、ごろごろしていた常葉が料理の前にちょこん、と座る。
「あれ、ウリアくんのコレ、黒くないね?」
きょとんとした表情で、箸でウリアの目玉焼きを指しながら言う。
それにウリアは答える。
「おまえがアホだからな」
常葉は、よくわからない風にさらにきょとんとして、それでもお腹が空いているのかあまりその答えを気にせず、不器用に箸を持って黒い目玉焼きを口に運んだ。
「おいし~♪」
緩み切った表情でそう言った。
結論。
女神様はなんでも食べる。
腐ったものでも美味しいと言って食べそうだ。
***
晩御飯の材料がないことに気づいた。
朝ごはんで、豆腐を使い果たしたようだ。
この前行ったいつものお店に向かう途中、会いたくない見慣れ過ぎたヤツに出会ってしまった。
「おぉ!ウリアじゃーん!最近見ないから心配したぞー!」
琥珀色のボサボサ頭。学校の制服にパーカーを着たいつもの恰好―――バカだった。
ほっとくとうるさいので、仕方なく立ち止まる。
「なぁ、ウリア!そろそろ゛殺し遊び”が始まるぞ!見に行こうぜ!
最近全然行ってないんだろ!?今日も悲惨そうだぜ~!」
ヤツは嬉しそうに満面の笑みで、ウリアを広場に誘おうとする。
いい加減コイツ他の友だち作ればいいのに、とかどうでもいいことを思いながら、
「あぁ、悪い。これから買い出しだから」
事実を言った。
が、ヤツも退く気はないらしい。
「えー!そんなん後でもいいだろ!?なぁ~~~行こうぜ~~~!」
あー、うるせーなぁー。
子どもが駄々をこねるように言いながら、ウリアの腕を引っ張る。
「うぜぇな。腹空かせて待ってるやつがいるんだよ」
「あっ!分かった!それってこの前家行ったときお前ん家にいた白い女の子だろぉ?あのコさぁ、一瞬だったけど9年前に出会った女神様にそっくりっていうか―――」
ウリアの言葉に反応して、バカは語りだす。
その隙にウリアはバカを振りほどき、その場を離れる。
いつの間にか、゛殺し遊び”に恐怖を感じるようになっていた。
あんなに楽しかった遊びが、今はすごく怖い。
―――もう絶対見たくない。見に行かない。
でも―――私は寝ない。
私を気遣って床で寝るウリアくんには内緒で、私は外に出る。
私が再びここに来てからもう一ヵ月が過ぎた。
あと二ヵ月。
そういう大事な時に。
―――いつもの声が聞こえてきた。
頭の中に直接響くような声。
鈴の音のような、凛として透き通った声。
私はこの声をよく知っている。
小屋の扉を開けるとすぐそこに、暗闇に淡い白のシルエットが浮かんでいた。
「あら、来ましたのね。できそこないさん」
その声の主、暮葉は私を見て笑う。
哀れむように、嗤う。
「貴方、自分の願いのせいでこの街が壊れていることに、心が痛んでるんですってね」
「…はい」
くすくすと嗤う暮葉の問いに、私は俯き加減に頷く。
「わたくしたちの願いによって得た゛モノ”を取り消す方法が分かりましたのよ」
暮葉が満足そうに笑う。
それを聞き、私の顔がパァッと明るくなった。
「本当ですか…!?これでやっと…皆さんが命の尊さを思い出すのですね…!」
その私の笑顔を見て、暮葉は苦虫を噛み潰したような表情を見せる。
暮葉は私のコト嫌いだから。
私の笑顔など見たくないのだろう。
私が羽根のないできそこないであるせいで、暮葉は金星の女神になれなかった。
暮葉の努力を泡に帰したのは、他でもない私なのだ。
嫌われて当然だ。
できそこない。
羽根のない私は、そう呼ばれてしかるべきなのだ。
「それで…どうしたらいいんですか…?」
私が問えば、さきほどまで機嫌悪く顔をゆがませていた暮葉の口端が、にやぁ、と吊り上がる。
暗闇の中、赤い三日月を作って。
「それはねー――」
淡い白に覆われる。
神々しく美しい大きな白い羽根が私を覆う。
暮葉はそっと私の耳元に唇を寄せ、その美しい声で願いを取り消す方法を囁いた―――。
***
朝。
ベッドの上では、ぶかぶかの上着一枚でごろごろと右へ、左へと転がっている常葉がいた。
何をしているのかと問えば、
「ごろごろしているの。……ごろごろ~~~……」
やんわりと脱力を誘う声色で、右へ、左へと転がる。
今はごろごろすることにハマっているらしい。
ウリアはため息をつき、とりあえず朝食の準備をしようとベッドから立ち上がる。
とりあえず昨日買った特売ネギを使わなければ。
ごはんを炊きながら、みそ汁を作る。
おまけに目玉焼きも作ってしまおう。
「ごろごろ~~……ごろごろ~~……」
後ろから暢気な声が聞こえる。
その声に笑みが自然とこぼれる。
みそをおたまの上で溶かしながら、その声を聴く。
笑いをこらえる。
あんなのが女神かぁ、などと思っていると、ふと焦げた臭いがしてきた。
―――目玉焼きが焦げていた。
「うわっ、ヤベッ!」
ウリアは慌てて火を消す。
すると、この異臭に気づいたのか、ごろごろしていた常葉の動きが止まる。
「いいにおい~…♪何のにおい?」
しかし、その口から出た言葉はまったくの的外れな言葉だった。
とりあえず、アホの子には現実を知ってもらおうと思い、
「目玉焼きが焦げたにおいだよ」
と、ウリアはありのままの事実を伝える。
しかし、常葉は想像以上のアホの子なようで、おこげ、おこげとか言って小躍りでもしそうな勢いではしゃでいた。
そんなアホの子には焦げた目玉焼きを食わせてやろうと、すこし意地悪な気持ちが芽生えてしまい、ウリアはソレを常葉の皿に盛り付けた。
みそ汁ができた。
ごはんが炊けた。
自分用の目玉焼きができた。
出来上がった朝ごはんを、風化したようなボロボロのちいさな木製テーブルに並べる。
おいしそうな―――多少焦げ臭い―――においに誘われ、ごろごろしていた常葉が料理の前にちょこん、と座る。
「あれ、ウリアくんのコレ、黒くないね?」
きょとんとした表情で、箸でウリアの目玉焼きを指しながら言う。
それにウリアは答える。
「おまえがアホだからな」
常葉は、よくわからない風にさらにきょとんとして、それでもお腹が空いているのかあまりその答えを気にせず、不器用に箸を持って黒い目玉焼きを口に運んだ。
「おいし~♪」
緩み切った表情でそう言った。
結論。
女神様はなんでも食べる。
腐ったものでも美味しいと言って食べそうだ。
***
晩御飯の材料がないことに気づいた。
朝ごはんで、豆腐を使い果たしたようだ。
この前行ったいつものお店に向かう途中、会いたくない見慣れ過ぎたヤツに出会ってしまった。
「おぉ!ウリアじゃーん!最近見ないから心配したぞー!」
琥珀色のボサボサ頭。学校の制服にパーカーを着たいつもの恰好―――バカだった。
ほっとくとうるさいので、仕方なく立ち止まる。
「なぁ、ウリア!そろそろ゛殺し遊び”が始まるぞ!見に行こうぜ!
最近全然行ってないんだろ!?今日も悲惨そうだぜ~!」
ヤツは嬉しそうに満面の笑みで、ウリアを広場に誘おうとする。
いい加減コイツ他の友だち作ればいいのに、とかどうでもいいことを思いながら、
「あぁ、悪い。これから買い出しだから」
事実を言った。
が、ヤツも退く気はないらしい。
「えー!そんなん後でもいいだろ!?なぁ~~~行こうぜ~~~!」
あー、うるせーなぁー。
子どもが駄々をこねるように言いながら、ウリアの腕を引っ張る。
「うぜぇな。腹空かせて待ってるやつがいるんだよ」
「あっ!分かった!それってこの前家行ったときお前ん家にいた白い女の子だろぉ?あのコさぁ、一瞬だったけど9年前に出会った女神様にそっくりっていうか―――」
ウリアの言葉に反応して、バカは語りだす。
その隙にウリアはバカを振りほどき、その場を離れる。
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