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第三章 方法
第一話
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さざ波の音が聞こえてくる。
ボートの音。
波の音。
「―――くん」
身体が揺さぶられる。
「―――ウリアくん」
少女が自分の名前を呼ぶ。
ほんわかした声。透明な声。
そんな声を耳にし、ウリアはベッドから起き上がる。
「あぁ…おはよう、トコノハ」
「はい、おはようございます♪」
自分を呼んでいた白い少女、常葉は、優しい笑顔を向けてくる。
今、ウリアと常葉は、海小屋の中にいる。
潮の香りが立ち込める、無人の小屋。
住む場所のないふたりは、ここで暮らそうと思った。
「ちょっと出かけるか」
軽く伸びをし、鈍った身体をほぐし、常葉を外へ促す。
それに常葉は頷いた。
常葉にとってこの街のすべてが未知のもので楽しい。
いろんなことを経験させてやろう。
常葉は笑っているのが一番だから。
***
常葉は波打ち際で遊ぶ。
寄せては返す波に合わせて、長すぎる白いマントが濡れる。
それもかまわず。
うれしそうに跳ねながら。呆然とする少年少女にも構わず。
そんな波と遊ぶ少女に、ウリアは言う。
「んじゃあ俺、買い物行ってくるから」
その声に気づいた常葉は、片手を大きく振りながら満面の笑みで見送る。
「うん、いってらっしゃ~い♪」
それにウリアは片手を軽く上げて応える。
***
いつものお店に着いたはいいものの。
女神様は何を食べて生きているのだろう。
いや。
常葉は普通の人だし―――見た目や言動、行動などは普通のはず―――きっと普通でいいだろう。
「お客さま?」
ふいに店員に声かけられた。
思えばずいぶん長く同じところに突っ立っていたようだ。
「あの…キャベツも只今お得ですが―――」
店員はそういうと、30mくらいそこから離れ、
「こちらの特売ネギの方がもっとお得ですよー!」
キャベツ売り場にずっと立っている客に、30mも離れている場所にある特売ネギを進めるのはどうかと思う。
「あぁ…どうも」
しかし、そう思っていてもわざわざ特売ネギを買ってしまう自分もどうかと思う。
結論から言えば、店員もウリアもただ単にアホなのだ。
***
袋を両手に持ち、また海小屋へ戻る。
小さい男の子と女の子の笑い声と、常葉の笑い声が入り混じる。
「おーい!ウリアく~ん!おかえりーー!」
なんて、ウリアに気づいた常葉はそう叫ぶが。
なぜか彼女は―――
全裸だった。
ウリアはくるりと背を向ける。
アホか。恥ずかしすぎる。
まさかそこまで『知らない』とは。
女性としてあるまじき行為。
綺麗に畳まれた彼女の服は、波に濡れている。
場所も、そのあとのことも考えず、衝動的に脱いだのだろう。
困った少女だ。
とりあえず、彼女のことは他人の振りをしようと決め込み、その辺に座る。
「ウリアくん…どうして返事してくれないの?」
わざわざ目を逸らしてやったのに、彼女は目の前に、まるでウリアの行動が分からないという顔をして立つ。
とりあえず彼女の姿を視界に入れないようにし、その瑞々しく濡れたその手を引っ張り、海小屋の中へもどる。
呆ける子どもたちが視界の端に一瞬だけ映った。
常葉は自分の姿にも目もくれず、潮水をその長い髪から滴らせながら楽しそうに小屋を見る。
簡易的なベッドやカーテン。
壁に掛けられた救命用の浮き輪、いかり。
それをじろじろ見てはちょっとつつき、怯えたように手を引っ込める。
やがて動かないと分かると、あははと笑い、撫でるように触る。
一体黄泉国とはどういうところなのだろう。
何があるところなのだろう。
とりあえず、年頃の少女をこのままにはしておけない。
ウリアは未だ全裸で小屋を見てまわっている常葉の後ろから、自身の黒いコートを羽織らせる。
「わっ…」
浮輪を触っていた常葉は突然の重みに驚き、振り返る。
「おい、袖に腕通せよ」
きょとんとして止まっている常葉に、ウリアは指示する。
常葉は慣れない手つきでぶかぶかの上着の袖に腕を通す。
それを認めると、ウリアはなるべく彼女の豊満な胸を視界に入れないようにし、前ボタンを留める。
常葉はしばらくその様を見ている。
ウリアがボタンを留め終わる頃、常葉は言った。
「あの子どもたちね、私を見たらすぐ、女神様だってわかってくれたんだよ!私、女神様らしいかなぁっ?」
満面の笑みで言う少女に、
「全然らしくねーよ」
ウリアは冷たい言葉を浴びせた。
常葉はショックを受けたようだったが、すぐにまた笑顔になり、
「えへへへ…コレ、ウリアくんの香りがするー…」
なんて言うもんだから、ウリアの体温が急上昇してしまう。
とくに顔回り。
とりあえず早く、なんとしてでも常葉のあの服を乾かさなければならない―――。
ボートの音。
波の音。
「―――くん」
身体が揺さぶられる。
「―――ウリアくん」
少女が自分の名前を呼ぶ。
ほんわかした声。透明な声。
そんな声を耳にし、ウリアはベッドから起き上がる。
「あぁ…おはよう、トコノハ」
「はい、おはようございます♪」
自分を呼んでいた白い少女、常葉は、優しい笑顔を向けてくる。
今、ウリアと常葉は、海小屋の中にいる。
潮の香りが立ち込める、無人の小屋。
住む場所のないふたりは、ここで暮らそうと思った。
「ちょっと出かけるか」
軽く伸びをし、鈍った身体をほぐし、常葉を外へ促す。
それに常葉は頷いた。
常葉にとってこの街のすべてが未知のもので楽しい。
いろんなことを経験させてやろう。
常葉は笑っているのが一番だから。
***
常葉は波打ち際で遊ぶ。
寄せては返す波に合わせて、長すぎる白いマントが濡れる。
それもかまわず。
うれしそうに跳ねながら。呆然とする少年少女にも構わず。
そんな波と遊ぶ少女に、ウリアは言う。
「んじゃあ俺、買い物行ってくるから」
その声に気づいた常葉は、片手を大きく振りながら満面の笑みで見送る。
「うん、いってらっしゃ~い♪」
それにウリアは片手を軽く上げて応える。
***
いつものお店に着いたはいいものの。
女神様は何を食べて生きているのだろう。
いや。
常葉は普通の人だし―――見た目や言動、行動などは普通のはず―――きっと普通でいいだろう。
「お客さま?」
ふいに店員に声かけられた。
思えばずいぶん長く同じところに突っ立っていたようだ。
「あの…キャベツも只今お得ですが―――」
店員はそういうと、30mくらいそこから離れ、
「こちらの特売ネギの方がもっとお得ですよー!」
キャベツ売り場にずっと立っている客に、30mも離れている場所にある特売ネギを進めるのはどうかと思う。
「あぁ…どうも」
しかし、そう思っていてもわざわざ特売ネギを買ってしまう自分もどうかと思う。
結論から言えば、店員もウリアもただ単にアホなのだ。
***
袋を両手に持ち、また海小屋へ戻る。
小さい男の子と女の子の笑い声と、常葉の笑い声が入り混じる。
「おーい!ウリアく~ん!おかえりーー!」
なんて、ウリアに気づいた常葉はそう叫ぶが。
なぜか彼女は―――
全裸だった。
ウリアはくるりと背を向ける。
アホか。恥ずかしすぎる。
まさかそこまで『知らない』とは。
女性としてあるまじき行為。
綺麗に畳まれた彼女の服は、波に濡れている。
場所も、そのあとのことも考えず、衝動的に脱いだのだろう。
困った少女だ。
とりあえず、彼女のことは他人の振りをしようと決め込み、その辺に座る。
「ウリアくん…どうして返事してくれないの?」
わざわざ目を逸らしてやったのに、彼女は目の前に、まるでウリアの行動が分からないという顔をして立つ。
とりあえず彼女の姿を視界に入れないようにし、その瑞々しく濡れたその手を引っ張り、海小屋の中へもどる。
呆ける子どもたちが視界の端に一瞬だけ映った。
常葉は自分の姿にも目もくれず、潮水をその長い髪から滴らせながら楽しそうに小屋を見る。
簡易的なベッドやカーテン。
壁に掛けられた救命用の浮き輪、いかり。
それをじろじろ見てはちょっとつつき、怯えたように手を引っ込める。
やがて動かないと分かると、あははと笑い、撫でるように触る。
一体黄泉国とはどういうところなのだろう。
何があるところなのだろう。
とりあえず、年頃の少女をこのままにはしておけない。
ウリアは未だ全裸で小屋を見てまわっている常葉の後ろから、自身の黒いコートを羽織らせる。
「わっ…」
浮輪を触っていた常葉は突然の重みに驚き、振り返る。
「おい、袖に腕通せよ」
きょとんとして止まっている常葉に、ウリアは指示する。
常葉は慣れない手つきでぶかぶかの上着の袖に腕を通す。
それを認めると、ウリアはなるべく彼女の豊満な胸を視界に入れないようにし、前ボタンを留める。
常葉はしばらくその様を見ている。
ウリアがボタンを留め終わる頃、常葉は言った。
「あの子どもたちね、私を見たらすぐ、女神様だってわかってくれたんだよ!私、女神様らしいかなぁっ?」
満面の笑みで言う少女に、
「全然らしくねーよ」
ウリアは冷たい言葉を浴びせた。
常葉はショックを受けたようだったが、すぐにまた笑顔になり、
「えへへへ…コレ、ウリアくんの香りがするー…」
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