華鬘草

🌸幽夜屍姫🌸

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第二章 時間

第四話

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常葉トコノハを見つけた。

いつもの住宅地にひとり、走り回って遊んでいた。
蝶を追いかけているわけでも、犬や猫と戯れているわけでもない。
ただタイルの上を走り回っているだけ。
それなのに彼女はすごく楽しそうで、声を控えめに笑っていた。
傍から見ればおかしい人。
しかし常葉だから、とウリアは別におかしいとは思わない。

―――あいつはそういうヒトなのだ。

ウリアが常葉の前へ行くと、彼女はバランスを崩しながらも、ウリアにぶつかることなく止まった。
きょとんとする常葉にウリアは声をかける。

「お前、警察に捕まんなかったのかよ」

常葉は少し考えた後、両の手のひらを合わせて笑う。

「あの、私が女神さまですー、って言ったら、
 失礼しましたー!って言って帰ってっちゃったの」

あぁ、そう。便利だな。

「つーか、なんで勝手にウチ入ったんだよ。
 つーかどっから入った?」

ウリアが問えば、常葉はなぜか恥ずかしそうにもじもじしながら言った。

「えと…えんとつから…」

お前はサンタか。

「あぁ、ごめん。ウチ煙突ないから」

ウリアはその嘘にすかさず突っ込む。
常葉はあちゃー、と言う。

「でも…私がここにいられるのは三カ月だし…。
 やっぱり好きな人とは一緒にいたいっていうか…その…」

結構言うんだな、こいつ。意外と積極的。
本人に向かっては絶対言えないけど、ウリアも常葉といられる短い時間を一緒に過ごそうとは考えていた。
しかし四六時中って…。
家まで来られると困る。

「気持ちはわかるが、家まで来られると困る。
 しかも夜こっそりとか…いろいろ危ねーから」

まず両親に見つかると面倒くさいことになるに決まってる。
女の子だし、友だちでもないし、まして彼女でもない。
挙句の果てに女神ときた。
説明のしようがないというものだ。

「でも私…家とかないし…。夜ひとりって結構怖くて…」

常葉は泣きそうに言う。
あぁ、だから夜家に来たのか。
―――いや、ここで納得したら終わる気がする。

「―――わかった。親に言ってみるよ」

しかし、なぜこう言ってしまったのだろう。
ただ単にこの怯える子猫が、可哀そうに見えたからに違いない。
そう思いたい。

***

早速家に帰ってみては、興味なさげにテレビを見ている母親に言ってみる。

「なぁ」
「んー?」

ウリアのやる気ない呼びかけに、母もまた同じくらいやる気なさげに応える。

ウチにひとり、三カ月だけ泊めてもいいか?」

ダメもとで言ってみる。
母はようやくそこでテレビから目を離し、ウリアを見た。

「はー?どういうことー?」

呆れ顔で、特に答えに興味もなさげな問い。
ウリアはどう説明しようか迷った。
まるでいつもとかわらない母の返事に、
常葉のやつバレてなかったんだな、とウリアは思った。
父は仕事でいないけど、母や今日普通に家にいるというのに。
いっそのこと、バレて本人からなにか言っててくれれば、とも思ったのだが。
予想以上にまわりに興味のない母だな、と思った。

「…女神様が、家がないからウチに住みたいんだってさ」

ウリアは言い訳を考えた結果なにも思い浮かばず、結局ありのままを伝えた。
それを聞くと、母は無表情に再びテレビへと視線を戻し、

「…なにそれ」

と呟いた。

「そもそもなんで女神様がこんなふつーの家に住みたがるのよ。
 嘘も休み休み言いなさいよね」

と、さらに説教じみた言葉を続ける。
はぁ、駄目か。
まぁ概ね予想はしていた。
普通の人たちにとって女神様なんて、きっと煌びやかで、高貴で、とても偉い人っていうイメージだろう。
実際は゛変なヤツ”の一言で片づけられるヤツだけど。
そんなウリアの考えをよそに、母はなおも説教を続ける。

「というか、そんな嘘ついてる暇があったらさっさと仕事してさっさと家を出てってちょうだい。
 学校も全然行かないし、なんのためにあんたに授業料払ってたんだか」

あー、めんどくせー。
もうこれ以上話しても無駄だと分かり、あぁ、そうとテレビしか見ていない母に吐き捨て、背を向ける。
背を向けたまま、母に言う。

「わーったよ、出ていくよ。今まで世話んなったな」

全く感情の困ってない言葉。
それは、同じくまったく感情のこもってない母にはちょうどいいだろう。
こんなアホみたいな家にいられっかよ。
そう吐き捨て、少ないバイト代を手に家を出た―――。

玄関から出ると、常葉がいた。
常葉は泣きそうにふるふると震えていて、

「ごめんなさい…私のせいで…」

と、ただただ謝る。
ウリアはそんな常葉の頭をポンポンとたたき、

「いいんだよ。…俺の方こそごめんな…」

そう、呟くように言う。
それでもこの距離ならはっきり聞こえる。
ありがとう、と消え入りそうに言う常葉の声も。
少し早いお互いの鼓動の音も。

常葉はウリアに未来をくれた。

だが、ウリアは常葉の住む場所すら与えられない。

―――それが情けない。

「とりあえず、行くか」

ウリアは頭にのせていた手を、常葉の背に回して歩く。
ふたりの表情は暗く。
その表情は、兄が妹を励ますような。
しかしふたりの鼓動は早い。
この泣き虫でちょっと変な女神が、なんだかすごく愛おしい―――。
――――――。
―――。

***

ウリアくん、ウリアくん。
やっぱりウリアくんは優しいね。
家がないって私が言えば、自分の家に泊めてくれるよう言ってくれた。
お母さんに怒られて駄目だったみたい。
私のせいで、ウリアくんは家に帰れなくなりました。

私が―――わがままを言わなければ…。

ごめんなさい、ごめんなさい。
それなのにウリアくんが謝るの。
どうして?悪いのは私。
今、背中に手を回してくれている。
私の背中を押すように。
一緒に歩いてる。
顔が熱くなって、鼓動が早くなるの。
ウリアくんも一緒だといいな。

…あれ?ウリアくんも一緒なの?

私、できそこないでも幸せ者だね。
黄泉国ヨミノクニではできそこないだって言われて大変だったけど。
私には羽がないから―――。
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