大人になりたくなかったオトナたち

辻 野乃子

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21. 捻れ

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 今日は三連休の一日目。お昼は千夜子が初めて一人で作ってくれたチャーハンを食べて、胃袋も心も元気満タン!これからテスト勉強も頑張ろう!…というところだ。

 だが、窓の外…視界の隅で時折動く、母さんの影が気になってどうにも集中出来ない…。また草むしりをしているようだ。
 本当に、あの人は…障害等級3級の自覚があるのだろうか…。
(仕方ない…1時間だけでも手伝ってくるか。)

 動きやすく汚れてもいい長袖長ズボンに着替え、農作業用の帽子も装着して臨戦態勢に入ったところで、千夜子に声を掛けられる。

「あれ?おにぃ、お母さんに草むしり頼まれたの?」

「いや、そうじゃないけどちょっと手伝って来ようかと思って。」

「だったらわたしが行ってくるよ。」

「でも…テスト勉強があるんじゃないか?」

「それはおにぃだって一緒じゃん。わたしもちょっとくらいなら大丈夫だって。」

「いや...しかし…」

「また…そうやってすぐ遠慮するんだから!
 この前わたしのことも頼ってくれるって言ったばかりでしょ。」

「それはそうだけど…。」

「とにかく!おにぃは勉強でも休憩でもいいから好きにしてて。」
 これ以上は有無を言わさぬ…とでも言わんばかりに、そそくさと千夜子は行ってしまった。


 ――独り、エアコンの効いたリビングで活字の羅列を眺める。室内は快適な温度に保たれている筈なのに、どうにも居心地が悪くて仕方がない…。
 外では茹だるような暑さの中、身体が不自由な母と年端もいかない妹が、その柔肌を容赦無く降り注ぐ紫外線の下に晒しながら、過酷な肉体労働に従事している。…それを考えると、罪悪感で押し潰されそうだ――。

 どうせ集中出来ないのなら僕も手伝いに行こうかとも思ったが、それは千夜子の善意を踏みにじる行為に思えて憚られた。
 その後はなるべく余計な事を考えずに済むよう、社会の教科書を閉じて英単語の暗記に専念した。


 それから…1時間程経ってから千夜子が戻って来た。
「あぁ~、あつー...汗ベトベトで気持ち悪~。」

 戦地から無事帰還した妹を労わるべく、大急ぎで駆け寄った。
「ああ…千夜子!日焼けはしてないかい…?虫は大丈夫だった…?」

「おにぃ、大げさすぎ…。わたしもちゃんと日焼け止め塗ったし、長袖長ズボンと帽子で作業したから大丈夫だよ。虫は……嫌だったけど。」

「ごめん...ごめんな…。」

「謝らなくていいってば!わたしが自分でやったことだし。
 それより、ママ…じゃなくて――お母さんっていつもこんな事やってるんだね…。もしかして、普通の健康な人より元気なんじゃない?」

「僕もたまにそう思うよ…。
 ・・・って、そうだ!母さんは?」

「大丈夫、すぐ戻ってくるよ。」

「そっか・・・。」

「それよりわたしシャワー浴びてくるね。この後伯母さんに行ってくるから。」

「そうなのか?じゃあ夕飯って…。」

「平日の時みたいに持って帰ってくるよ。」

「分かった。でも…何しに行くんだ?」

「ちょ……ちょっと、”ひまちゃん”に勉強教えてもらおうと思ってね…。」

(・・・?)
「そっか。でも、あんまり遅くならないようにな。」

「うん、分かってる。」

 千夜子の態度が少し引っ掛かったが…明日が僕の誕生日であることと何か関係があるかもしれないので、深くは言及しなかった。

 因みに・・・”ひまちゃん”というのは伯母さんの娘で、僕らの『いとこ』に当たる。現在は小学6年生なので、僕にとっては『従妹』であり、千夜子にとっては『従姉』だ。


 汗を流し終え、身支度を整えた千夜子を見送り、家には僕と母さんの二人だけになった。
 だが…あと1時間もすればまた三人になる。茜さんが入浴の介助に来てくれるからだ。

(茜さん・・・明日が僕の誕生日だって知ってるのかな…?
 明日は来てくれるのかな…。何なら自分から言っちゃおうかな…?)
 ・・・いけない、いけない。心配事が無くなったら無くなったで、つい茜さんの事を考えてしまう…。

 全く―― 最近の僕は、一体どうしてしまったんだろう…?
 せめて、茜さんが来るまでの間だけでも、勉強に集中しなくては…。
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