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20. 優しい世界

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 金曜日の夜――。明日からは祝日を合わせた三連休で、おまけに明後日は僕の誕生日だ。
 ・・・かと言って、浮かれてばかりもいられない。連休明けからは期末テストがあるからだ。先週のお風呂場での一件以来、母さんの僕に対するワガママぶりは嘘のように鳴りを潜めている。なので今週末は、あれこれ頼まれるせいで勉強に全然集中出来ない…なんて事態になることもなさそうだ。

 しかし…最近は専らで頭がいっぱいで、どちらにせよ集中しきれていない…。
 茜さんのことだ―――。
 ”お姉ちゃん”と呼んでしまったあの日の出来事を...僕はなあなあにして、無かったことにしようとしたものの…茜さんはそれを許してはくれなかった。
 あれ以来…これまで以上に距離が近くなったようにも感じるし、「もうお姉ちゃんって呼んでくれないの?」と迫られることも何度かあった。あの時は茜さんも恥ずかしがっていたように見えたけど…あれはただ突然のことに驚いていただけであって、ここまで変に意識しているのは結局自分だけなのだろうか…?
(やっぱり…茜さんにとって、僕はただの弟みたいな存在なのかなぁ…。)

(・・・っと...いけない、いけない…。また茜さんについて考え込んでしまった…。)
 意識を期末テストに戻すべく、スクールバッグから教科書を取り出そうとすると、今度は可愛らしいラッピングが施された小箱に意識が移る。

(ああ…これ、清水と向田さんから貰ったんだっけ。)
 誕生日は学校が休みなので、一足先に貰った二人からの誕生日プレゼントだ。
 早速開封して中身を確認すると――そこには一枚の便箋と、緑色をしたフクロウのキーホルダーが入っていた。

 三つ折りになった便箋を開くと、文章の上部にデフォルメ調で描かれた三匹のフクロウのイラストが目に留まる。一匹は満面の笑みを浮かべる赤いフクロウ。一匹は知的でクールな佇まいの青いフクロウ。そしてもう一匹は和やかな表情で、見るからに人の……フクロウの良さそうな緑のフクロウ。三匹は緑のフクロウを真ん中にして、同じ木の枝に仲良く横並びで留まっている。
(この絵のタッチは、向田さんだな…。)
 赤いフクロウが向田さん,青いフクロウが清水,緑のフクロウが僕をイメージして描かれたことを理解すると同時に、僕に贈られた緑のフクロウと同様――あの二人も、赤と青のフクロウのキーホルダーをそれぞれ持っているのだという察しがついた。

(そういえば・・・最近美術部に顔出せてなかったな…。)
 今年の春先くらいまでは、20分や10分だけでも美術部に寄って、何かしらチマチマ描いてたものだが…忙しさを理由に、それも徐々に無くなっていった。本当は今も、少し立ち寄るくらいの時間はあるのだが、まともな活動が出来ていないせいか…何となく居心地の悪さを感じるようになってきて、そこまでして顔を出そうとも思わなくなった。
(みんなはまだ、僕のことを部員だと思ってくれているだろうか…?)

 続けて、異様なほど達筆に書かれた文章の方に目を落とす。
(この字面は、間違いなく清水のものだな…。)

『空木、誕生日おめでとう。
 こんなトコで報告するのもなんだけど…僕と葵は正式に交際することになった。(お前はとっくに気づいてたかもしれないが…)
 別に隠すつもりはなかったけど、空木が大変な時に僕達だけいいのか…?みたいな想いがあって、なかなか軽い感じでは言い出せなかったんだ…すまない。
 僕達は恋人同士になったけど、僕も葵もこれまでと何も変わらず、お前とも友達同士で居たいと思っている。
 だから本当に大変な時は、いや…大変な時じゃなくても、遠慮なく僕達を頼って欲しい。これは偽善でも社交辞令でもない、紛れもない本心だ。
 僕達だけじゃなくて美術部の皆も、お前が最近来てないから心配してるぞ。忙しいなら無理にとは言わないけど、たまには部の方にも顔出せよ。みんな待ってるからな。』


(・・・あーあ…小っ恥ずかしいなぁ…。)

 清水は昔から何をしても人並み以上だった。学校の成績はいつも上位だし、体育の授業でもよく活躍していた。
 一方の僕は平凡な人間で、絵でもゲームでもルックスでも…清水に勝てる事なんて何一つ無かった。
 そのくせ……あいつはこういう事まで恥ずかしげも無くやってのける。プレゼントが”フクロウ”のキーホルダなのも”不苦労”にかけてあるのだろう。フクロウのカラーがRGBなのも、いかにも清水らしい…あいつはそういう奴だ。


 時々…みんなに優しくされると、不安になることがある。この世界で僕だけが…捻くれ者みたいに思えて、心底自分が嫌になる…。

 そう思うと...母さんの身勝手な振る舞いに、救われていた部分もあったのかもしれない。母さんの我儘を聞いているときは、自分も優しい人間のように感じられたし、僕も少しくらい我儘を言っても許される…そう思うことも出来た。

(母さん・・・もう僕にはワガママ言ってくれないのかな…。)
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