大人になりたくなかったオトナたち

辻 野乃子

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17. 亀裂

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 家に到着すると、今は完全に置き物となってしまった母さんの車の隣に、一台の白い車が停まっていた。
(ああ…そっか。今日は伯母さんが病院に連れていってくれたんだっけ…。)

 庭先で軽く水やりをしていたところ、玄関から伯母さんが出てきた。どうやらこれから帰るようだ。

「ん…?ああ、お帰りなさい夕也君。」

「こんにちは。今日は母さんがお世話になりました…。それで、身体の方はどうでした…?」

「そこまで大事ないみたいだけど...一応、一週間はなるべく安静にするように、って言われてるわ。」

「そう…ですか。」

「ごめんなさいね、夕也君。あの子…お母さん、最近ワガママばっかり言ってるんじゃない?」

「ええ...まあ、そうですね…。」
 伯母さんがこう訊いてくるということは、大方、母さんから僕に対する不満でも聞かされたのだろう…。

「全く、あの子ったら...昔っから落ち着きがなくてねぇ…。」

「母さんが…?」

「ええ。旭君が生まれてからは、少しはしっかりしてきたと思ったんだけど...旦那…お父さんが居なくなってからは、また前みたいに戻っちゃってね。」

「え...そうなんですか…?」

「あなた達の前では気丈に振る舞ってたんでしょうけど、私と二人で居る時はいっつも弱音ばっかり吐いてたのよ。毎日忙しくて辛いとか、子供達を立派に育てていく自信が無いとか……って――、ごめんなさい!こんな話聞きたくなかったかしら…?」

「いえ...大丈夫ですよ。昔の母さんの事知れて良かったです。」

「それならよかったわ…。だからって言うのもなんだけど...なるべく大目に見てあげてね。お母さん…事故の影響で感情の抑えが効かなくなってるんだと思うの。」

「そうですね...分かりました。」

「それと…今夜のおかずはあの子の希望でハンバーグにするから、帰り際にまた千夜子ちゃんに持たせておくわね。これくらいの事しか出来なくて申し訳ないけど…。」
 
「そんな!これくらいだなんて…本当に、いつも助かってます。」

「そう言って貰えるとありがたいわ。それじゃあ、お母さん…日向のことよろしくね、夕也君。」

「はい…ありがとうございました。」
 5人乗りの白のワゴン車を見送り、水やりも終えて家へと入っていく。


「ただいまー。」
 聞こえていないのか...そうでないのかは知らないが、返事はない。

 朝はドタバタしていたため、母さんとまともに顔を合わせることもなかった。そのため...今の母さんがどんな様子なのかは分からないが、きっとまだへそを曲げていることだろう。
 …昨日決めた通り、こちらから謝る他ない。とはいえ…正直、こちらに非があるとは思えないので、何をどう謝ったものか見当がつかない。この場合、非を認めて謝るというよりは、自分の至らなさを詫びるという方がしっくりくる。…となると、「最近忙しくて、構ってあげられなくてゴメン。」といった感じだろうか…。

 リビングの戸を開けると、紅茶の入ったティーカップを片手に、伯母さんが持ってきたであろうお茶菓子を…おぼつかない手つきでつまむ母さんの姿があった。

「あら、おかえりなさい。」

「うん...ただいま。…あのさ、母さん。最近、家の事とかちゃんと出来てなくてごめんよ…。」

「いいのよ。だって...最近忙しいんでしょう?」
(やっぱりまだ怒ってる・・・)
 母さんが僕を”アナタ”と呼ぶときは――大体、何か不満があるときだ。

「そうだけど...」

「忙しいのに無理言ってごめんなさいね。別に大変だったら、食事も毎回用意しなくてもいいのよ。」
(・・・そう来たか。)
 その謝罪からは誠意や気遣いといったものは全く感じられず、ある種の当てつけのように思えてならない…。

「それに...これからはお風呂の介助も必要ないから。」

「え・・・。それってどういう…」
ピンポーン――。
「丁度来たみたいね。」
(・・・?)

「ごめん...僕出てくるから、話は後でね。」

 母さんの最後の一言が、妙に引っ掛かったが…今はとりあえず来客の対応に向かおう。
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