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第0章 少年、異世界に立つ
第9話 八人の英雄の物語
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「ま、まさかこんなに早く回復魔法を習得してしまうとは……」
目の前でポルカさんが絶望を感じたような顔をして、そう呟いた。
無理もない……まさか一発で成功しちゃうとは。あはは、まいったねこりゃ。
しかしポルカさんをそのままにしておくわけにもいかないし……。
「教える人が上手だったからですよ」
「まぁ、それは確かにそうかもしれませんが」
「変わり身早いな」
一瞬で胸を張って自信満々な顔を見せてきたポルカさんに、思わずそうツッコンでしまう。
この人、喜怒哀楽が激しすぎる気がする……。神に仕えし神官様がコレで大丈夫なんだろうか。
「さて、リヒト君が回復魔法を使えるようになってしまいましたし……これで私はお役御免ですね」
「予想以上に短い師弟関係でしたね」
「私としても、自分自身の知識を見直す、良いきっかけになりました。ありがとうございます」
「良い言葉ですが、椅子に寝転びながら言う台詞ではないですね。絶対」
しかしこの人、またここで寝る気なんだろうか?
仕事とかそういったものは大丈夫なのかな? まさか寝るのが仕事とか言わないだろうし……。
「あの、ポルカさん」
「なんですか?」
「その……ポルカさんはお仕事とか無いんですか?」
「ありますよ?」
「あるんですか!?」
「なぜ驚かれるのかはわかりませんが、見て分かるとおり神官、もとい聖職者ですよ?」
起き上がるのが面倒くさいのか、ポルカさんは寝転がったまま上を向いて、腕を広げてくる。見て分かるとおりと言われても、見てわかるのは、教会で寝転がってる不心得者ってところですよ?
「まぁ、それは置いておいてですね。一応やることはあるのです」
「なら余計に寝てて良いんですか?」
「良かったら神官長様に叱られたりしません。あの人の説教って長いんですよ?」
「分かってるのになんで寝るんですか……」
「……これは寝ているのではありません。瞑想……。そう、瞑想をしているのです」
そう言いながら胸の前で手を組み、瞼を閉じる。
なるほど、瞑想なら仕方ない……。
「あ、神官長様」
「はっ!? ね、寝てなんかないですよ!? ええ、寝てないです!」
「……」
「……あれ? 神官長様は?」
僕の引っかけに、彼女はガバッと勢いよく身体を起こし、次の瞬間には床に両膝がセッティングしていた。相変わらず凄い身のこなしだ……。
「寝てましたね?」
「寝てません。瞑想していたのです」
「なるほど。瞑想でしたか、すみません」
「いえ、良いのですよ」
そう言って、いそいそと椅子に寝転び直し、手を組んで……。
ほどよく寝息が立ち始めた頃を見計らって、僕は再度「あ、神官長様」と耳元で囁いた。
「ふっ。聖職者に一度見た手は通用しない!」
「どこの戦士ですか、それ」
「魔力を燃やせば、人は拳で岩を砕ける」
「わざわざ拳で岩を砕かなくても、魔法で砕きましょうよ」
「……リヒト君って、あんまり男の子っぽくないよね」
「微妙に傷つく言葉なんですけど!?」
目を閉じたまま放たれる弾丸に、僕の心がズタズタに引き裂かれてしまいそうだ。
なんて酷い……これが魔力を燃やした戦士の力か……。
「というか、その台詞なんですか? 妙に熱い心を感じるんですが」
「これはですね、今うちの孤児院で人気の戦士の台詞です。子供達が英雄物語とか好きですから、覚えちゃいました」
「英雄物語、ですか?」
「うん。気になりますか?」
「そうですね。ちょっと気になりますね」
「なら、孤児院に行ってみましょうか。私が話すよりも、実際に本を読んでみたり、子供達の遊びを見たりした方がわかりやすいかもしれません」
確かに、言われてみればそうかもしれない。
ポルカさんがダメって訳じゃないんだけど、うろ覚えとかで覚えちゃってるものとかもあるかもしれないし、どうせ知るならちゃんとした形で知りたいからね。
決して、ポルカさんが信用ならないというわけではない。むしろ信用はしてる。信頼はちょっと難しいけど。
「良ければ、お願いします」
「はい。行ってみましょう」
◇
「おねーちゃん、かわいいー!」
「とりさん、とりさん!」
「はい。鳥さんは生きてるから、叩いたりはダメだよ? 夜空って名前だから、夜空って呼んであげてね」
「はーい!」
「……夜空、ちょっと遊んであげて」
「ピィ」
パタパタと夜空が僕の肩から飛んでいき、夜空を触りたがっていた女の子の前に着地した。
女の子も、僕の忠告を守っているのか、夜空に対して優しく触ってくれているようだ。
ちなみに、おねーちゃんと呼ばれていたが、特に反論する気は無い。元々、ポルカさんにも「多分間違われると思いますので……」と言われていたくらいだし、この年頃の子供達に、あえて男だとバラす必要性も無いからだ。
決して面倒だとかそう言った理由では無い。本当に。
「おれのけんをくらえ!」
「ふっ、わがまがんのまえでは、そんなこうげき、とまってみえるぞ!」
「ま、まがんだと!」
ま、魔眼だと!?
「この“しっこくのばるどふぇると”のまえでは、どんなこうげきもきかぬ!」
漆黒のバルドフェルト……いったい何者なんだ……。
あと、子供達が持ってる剣や着てる衣装? が、なんだか結構しっかり作られてるような……
「漆黒のバルドフェルトさんは、八英雄のお一人で、とても珍しい魔眼の魔法使いですね。あと、子供達が着ているのは、行商の方がお祭りの時に売られる、英雄なりきりセットですね」
「英雄なりきりセットて……。にしても、魔眼とかあるんですね」
「ありますよ? でも、生まれながらに魔眼を持っている人は、魔力が脳に影響を及ぼす事が多いらしく、あまり長生き出来ないそうです」
「なるほど……それで珍しいってことですか」
「ヒューマンなら、殆どの方が二十歳までには亡くなってしまいます」
二十歳まで……。
僕が生きた十四に比べれば長いけれど、それでも短いと言わざるを得ないだろう。
ヒューマンなら、ということは、長命種と言われてたエルフなんかなら、もう少し長生きするのかもしれないけど、それでも短いことには変わりが無い。
魔眼、か。
「それで、その漆黒のバルドフェルトさんは何歳まで生きられたんですか?」
「百歳の大往生ですね」
「予想外に生きてた」
「稀代の天才だったそうで、魔力の扱いに先天的に慣れていた、と言われています。ですので、脳に影響が出ないよう、自らコントロールしていたみたいです」
でも、それくらいの凄い力を持ってないと、英雄とかにはならないよね?
そう思えば、なんとなく納得出来る気がするよ。
「八英雄は、他にどんな方がいるんですか?」
「そうですね……漆黒のバルドフェルトさん以外ですと、絶剣のエイジアさん・不沈のグラーバルさん・虚影のペピルさん・森羅のリークランシェさん・片翼のラトグリフさん・魔槍のフライオーデンさん・王吼のジキスタンさんですね」
「魔槍……?」
「リヒトさんに近いのは、森羅のリークランシェさんでしょうか? 世界最高の召喚術士ですね」
「あ、そうなんですね。それよりも魔槍って」
「リークランシェさんはまだ存命なんですよ。今は中央学園都市の特別顧問をされているはずです」
「へー、今おいくつなんでしょうね……。それよりも魔そ「ダメですよリヒトさん。女性の年齢は秘密です」……はい」
なぜか魔槍の話をしてくれないポルカさん。
なんでだろう……? なにか特別な理由でもあるのかな?
「よぞらちゃんまってー!」
「ピッピピー」
「あー、楽しそうだなぁ……」
「子供達は元気ですからね。夜空さんのように遊んでくれる相手がいると、非常に助かります」
「よし、なら……夜空一度こっちにおいで」
「ピ?」
追いかけっこしていた夜空を一度手元に戻し、送還する。目の前で夜空が消えたことに驚きつつも、子供達は「すごーい!」と大喜びしてくれた。
「それじゃ、夜空を少し大きくするからね」
「大きくなるのー!? おねーちゃんすごーい!」
「夜空、おいで」
「ピ!」
子供達に少し下がってもらい、空いたスペースに大きくなった夜空を召喚する。
サイズ的には子供達より少し大きいくらいだ。
「この大きさだと、夜空の上に一人は乗れるんだけど……乗ってみたいひとー!」
「「「はーい!」」」
思いの外、たくさんの子が乗りたがったので、順番に待ってもらいながら、夜空の背中に乗ってもらう。
途中夜空が空を飛んでみたりと、サービスをしてくれたおかげで、子供達はみんな楽しそうに笑顔を見せてくれた。
◇◆◇
一方、リヒトが教会や孤児院であんなことやこんなことをしている頃、宿屋――“竜の羽休め亭”では、また一人の少女が頭を地面に付けていた。
いや、違う。これは少女ではなく……少年だ。
「ティア、わかったから。頭を上げなさい」
「……はい」
「別に私は怒ってるわけじゃないの。ただ、勝手に動くのはダメってこと。わかった?」
「はい」
頭を上げたティアの前には、椅子に座って腕を組む妖艶な女性……ブランディがいた。
調理場には他に誰もおらず、端から見れば親子である“妖艶な妻”と“可愛らしい娘”が、一緒に料理をしているという……ある意味男のロマン溢れる光景になり得る状況。
しかし、現実はそう甘くはない。
なぜなら、片方は土下座していて、なおかつ娘ではなく息子である。
そう、いくら可愛かろうと、ティアには×××がついていた。
「マッサージは、本来希望者だけだったでしょ? どうしてリヒト君を襲ったの?」
「おそ!? ……襲ってはないんだけど、その、ボクの好みドンピシャで……一目見た時から×××が、その」
「ガチガチのフル充填になったと」
「そうだけど! そうだけどォ!! そんな、サラッと言わないで!」
「サラッと言うのも、アンタみたいに、もじもじしながら言うのも、内容は変わらないでしょ? 言うときは男らしくパシッと言ってしまい」
その言葉に、ティアはがっくりと肩を落とす。
そうなのだ……このブランディという女性は、見た目妖艶ではあるものの、性格はかなりハッキリとした男前な性格をしている。
むしろ、こういった話題に照れを見せるのは、父であるケッツンの方だ。
「それにね、ティア」
「ん? うん」
「アンタがどんな格好をしてても、私達にとっては……大事な息子さ」
「お母さん……」
「まぁ、付いてるしね!」
「……台無しだよ」
追い打ちを掛けるように言われた言葉に、さらにがっくりと肩を落とす。
しかし間違えてはいけない。ティアは別に女の子になりたいわけではない。
可愛らしく、看板娘をやっているのも……全て、自分の持ちうる才能を最大限に生かす為である。そう、リヒトにも言った通り、持って生まれたパワーを最大限に生かしている、ということだ。
「それで、好みだったからって襲って……リヒト君は男の子だったんでしょ?」
「襲ってないけど、うん。そうだね」
「その割には、あまりショックを受けて無さそうねぇ」
「んー……。ショックだったのはショックだったんだけど、その後話してたら、なんだか楽しくて忘れちゃったかな。……それに、リヒトってあまりにも無知だったし」
「そうねぇ。私としても、あそこまで彼に性知識が無いのは驚いたわ。エルフと言っても、多少なりとは知ってるものよね」
「そうなんだよね。だからなんだろう……ボクが色々教えてあげないと! って思ったかな。……決して性知識のことだけじゃないよ」
何か言われる前に先手を打つ、と言わんばかりに言葉を付け足したティアを見て、ブランディは面白そうに笑う。
実は彼女にも、少しだけ我が子に思うところがあったのだ。願わくば、それをリヒトが変えてくれれば、と思っており……だからこそ、今日のティアの提案も、受け入れる形で準備を進めているのであった。
「あれ? お母さん。リヒトの性知識の件って、なんで知ってるの?」
「それは決まってるでしょ? 現場を見ていたからよ」
「……え」
「あなたが夜に抜け出した後、何かあってはマズいと後をつけてたの。まぁ、何かある前にナニがあって、何もなかったのだけれど」
「お母さん……」
「別に私としては可愛い子同士が啄み合うのは構わないのだけど……ティア、あれはいただけません」
驚きから呆れへと表情の色を変えたティアへと、ブランディはしっかりと目線を合わせ、言葉を溜める。
あまり見ることの無い母の姿に、ティアもまた……口が開かれるのを、喉を鳴らして待った。
「……“ボクのグングニルが、君を穿ちたがってるんだ”」
「ギャー!? な、なななんんで!?」
「だから後をつけていたと。ティア、あなたさすがに英雄様の決めゼリフを、あのような行為に使っては……」
「だ、だってぇ……好き、なんだもん……」
「もじもじする仕草は可愛らしいけど、あのような流用は、英雄様が草葉の陰で泣いちゃうわよ」
グングニルを使う英雄……つまり、魔槍のフライオーデンはティアにとって憧れの英雄だった。
自らが育った国のため、魔槍グングニルを振るった、救国の戦士。意思を持つ魔槍は、その強すぎる力と引き換えに、次第にフライオーデンの命を蝕んでいく。しかし、フライオーデンはその苦しみにも負けず、自らの命を賭して国を救い、最後にグングニルと共に砕けて死んでしまう。
愛するもの達のために立ち上がり、愛するもの達の元へと帰れなかった英雄。
彼の詩は世界中に広まり、命を大事にする風習は種族問わず、強く根付くこととなった。
自らの命を使い、過去だけでなく、現在、そして未来の命を今も救っている……救国の戦士の物語だ。
「ねぇティア。あなたもしかして……」
「それはないよ。ボクには定められた使命がある。だから、それ以外なんてないんだ」
「でも……」
「いいから。ほら、早く準備しよう? リヒトが帰ってきちゃう」
そう言ってティアは手を洗い、食材の準備を始める。
そんな姿に、ブランディはなにも言うことができなかった。
目の前でポルカさんが絶望を感じたような顔をして、そう呟いた。
無理もない……まさか一発で成功しちゃうとは。あはは、まいったねこりゃ。
しかしポルカさんをそのままにしておくわけにもいかないし……。
「教える人が上手だったからですよ」
「まぁ、それは確かにそうかもしれませんが」
「変わり身早いな」
一瞬で胸を張って自信満々な顔を見せてきたポルカさんに、思わずそうツッコンでしまう。
この人、喜怒哀楽が激しすぎる気がする……。神に仕えし神官様がコレで大丈夫なんだろうか。
「さて、リヒト君が回復魔法を使えるようになってしまいましたし……これで私はお役御免ですね」
「予想以上に短い師弟関係でしたね」
「私としても、自分自身の知識を見直す、良いきっかけになりました。ありがとうございます」
「良い言葉ですが、椅子に寝転びながら言う台詞ではないですね。絶対」
しかしこの人、またここで寝る気なんだろうか?
仕事とかそういったものは大丈夫なのかな? まさか寝るのが仕事とか言わないだろうし……。
「あの、ポルカさん」
「なんですか?」
「その……ポルカさんはお仕事とか無いんですか?」
「ありますよ?」
「あるんですか!?」
「なぜ驚かれるのかはわかりませんが、見て分かるとおり神官、もとい聖職者ですよ?」
起き上がるのが面倒くさいのか、ポルカさんは寝転がったまま上を向いて、腕を広げてくる。見て分かるとおりと言われても、見てわかるのは、教会で寝転がってる不心得者ってところですよ?
「まぁ、それは置いておいてですね。一応やることはあるのです」
「なら余計に寝てて良いんですか?」
「良かったら神官長様に叱られたりしません。あの人の説教って長いんですよ?」
「分かってるのになんで寝るんですか……」
「……これは寝ているのではありません。瞑想……。そう、瞑想をしているのです」
そう言いながら胸の前で手を組み、瞼を閉じる。
なるほど、瞑想なら仕方ない……。
「あ、神官長様」
「はっ!? ね、寝てなんかないですよ!? ええ、寝てないです!」
「……」
「……あれ? 神官長様は?」
僕の引っかけに、彼女はガバッと勢いよく身体を起こし、次の瞬間には床に両膝がセッティングしていた。相変わらず凄い身のこなしだ……。
「寝てましたね?」
「寝てません。瞑想していたのです」
「なるほど。瞑想でしたか、すみません」
「いえ、良いのですよ」
そう言って、いそいそと椅子に寝転び直し、手を組んで……。
ほどよく寝息が立ち始めた頃を見計らって、僕は再度「あ、神官長様」と耳元で囁いた。
「ふっ。聖職者に一度見た手は通用しない!」
「どこの戦士ですか、それ」
「魔力を燃やせば、人は拳で岩を砕ける」
「わざわざ拳で岩を砕かなくても、魔法で砕きましょうよ」
「……リヒト君って、あんまり男の子っぽくないよね」
「微妙に傷つく言葉なんですけど!?」
目を閉じたまま放たれる弾丸に、僕の心がズタズタに引き裂かれてしまいそうだ。
なんて酷い……これが魔力を燃やした戦士の力か……。
「というか、その台詞なんですか? 妙に熱い心を感じるんですが」
「これはですね、今うちの孤児院で人気の戦士の台詞です。子供達が英雄物語とか好きですから、覚えちゃいました」
「英雄物語、ですか?」
「うん。気になりますか?」
「そうですね。ちょっと気になりますね」
「なら、孤児院に行ってみましょうか。私が話すよりも、実際に本を読んでみたり、子供達の遊びを見たりした方がわかりやすいかもしれません」
確かに、言われてみればそうかもしれない。
ポルカさんがダメって訳じゃないんだけど、うろ覚えとかで覚えちゃってるものとかもあるかもしれないし、どうせ知るならちゃんとした形で知りたいからね。
決して、ポルカさんが信用ならないというわけではない。むしろ信用はしてる。信頼はちょっと難しいけど。
「良ければ、お願いします」
「はい。行ってみましょう」
◇
「おねーちゃん、かわいいー!」
「とりさん、とりさん!」
「はい。鳥さんは生きてるから、叩いたりはダメだよ? 夜空って名前だから、夜空って呼んであげてね」
「はーい!」
「……夜空、ちょっと遊んであげて」
「ピィ」
パタパタと夜空が僕の肩から飛んでいき、夜空を触りたがっていた女の子の前に着地した。
女の子も、僕の忠告を守っているのか、夜空に対して優しく触ってくれているようだ。
ちなみに、おねーちゃんと呼ばれていたが、特に反論する気は無い。元々、ポルカさんにも「多分間違われると思いますので……」と言われていたくらいだし、この年頃の子供達に、あえて男だとバラす必要性も無いからだ。
決して面倒だとかそう言った理由では無い。本当に。
「おれのけんをくらえ!」
「ふっ、わがまがんのまえでは、そんなこうげき、とまってみえるぞ!」
「ま、まがんだと!」
ま、魔眼だと!?
「この“しっこくのばるどふぇると”のまえでは、どんなこうげきもきかぬ!」
漆黒のバルドフェルト……いったい何者なんだ……。
あと、子供達が持ってる剣や着てる衣装? が、なんだか結構しっかり作られてるような……
「漆黒のバルドフェルトさんは、八英雄のお一人で、とても珍しい魔眼の魔法使いですね。あと、子供達が着ているのは、行商の方がお祭りの時に売られる、英雄なりきりセットですね」
「英雄なりきりセットて……。にしても、魔眼とかあるんですね」
「ありますよ? でも、生まれながらに魔眼を持っている人は、魔力が脳に影響を及ぼす事が多いらしく、あまり長生き出来ないそうです」
「なるほど……それで珍しいってことですか」
「ヒューマンなら、殆どの方が二十歳までには亡くなってしまいます」
二十歳まで……。
僕が生きた十四に比べれば長いけれど、それでも短いと言わざるを得ないだろう。
ヒューマンなら、ということは、長命種と言われてたエルフなんかなら、もう少し長生きするのかもしれないけど、それでも短いことには変わりが無い。
魔眼、か。
「それで、その漆黒のバルドフェルトさんは何歳まで生きられたんですか?」
「百歳の大往生ですね」
「予想外に生きてた」
「稀代の天才だったそうで、魔力の扱いに先天的に慣れていた、と言われています。ですので、脳に影響が出ないよう、自らコントロールしていたみたいです」
でも、それくらいの凄い力を持ってないと、英雄とかにはならないよね?
そう思えば、なんとなく納得出来る気がするよ。
「八英雄は、他にどんな方がいるんですか?」
「そうですね……漆黒のバルドフェルトさん以外ですと、絶剣のエイジアさん・不沈のグラーバルさん・虚影のペピルさん・森羅のリークランシェさん・片翼のラトグリフさん・魔槍のフライオーデンさん・王吼のジキスタンさんですね」
「魔槍……?」
「リヒトさんに近いのは、森羅のリークランシェさんでしょうか? 世界最高の召喚術士ですね」
「あ、そうなんですね。それよりも魔槍って」
「リークランシェさんはまだ存命なんですよ。今は中央学園都市の特別顧問をされているはずです」
「へー、今おいくつなんでしょうね……。それよりも魔そ「ダメですよリヒトさん。女性の年齢は秘密です」……はい」
なぜか魔槍の話をしてくれないポルカさん。
なんでだろう……? なにか特別な理由でもあるのかな?
「よぞらちゃんまってー!」
「ピッピピー」
「あー、楽しそうだなぁ……」
「子供達は元気ですからね。夜空さんのように遊んでくれる相手がいると、非常に助かります」
「よし、なら……夜空一度こっちにおいで」
「ピ?」
追いかけっこしていた夜空を一度手元に戻し、送還する。目の前で夜空が消えたことに驚きつつも、子供達は「すごーい!」と大喜びしてくれた。
「それじゃ、夜空を少し大きくするからね」
「大きくなるのー!? おねーちゃんすごーい!」
「夜空、おいで」
「ピ!」
子供達に少し下がってもらい、空いたスペースに大きくなった夜空を召喚する。
サイズ的には子供達より少し大きいくらいだ。
「この大きさだと、夜空の上に一人は乗れるんだけど……乗ってみたいひとー!」
「「「はーい!」」」
思いの外、たくさんの子が乗りたがったので、順番に待ってもらいながら、夜空の背中に乗ってもらう。
途中夜空が空を飛んでみたりと、サービスをしてくれたおかげで、子供達はみんな楽しそうに笑顔を見せてくれた。
◇◆◇
一方、リヒトが教会や孤児院であんなことやこんなことをしている頃、宿屋――“竜の羽休め亭”では、また一人の少女が頭を地面に付けていた。
いや、違う。これは少女ではなく……少年だ。
「ティア、わかったから。頭を上げなさい」
「……はい」
「別に私は怒ってるわけじゃないの。ただ、勝手に動くのはダメってこと。わかった?」
「はい」
頭を上げたティアの前には、椅子に座って腕を組む妖艶な女性……ブランディがいた。
調理場には他に誰もおらず、端から見れば親子である“妖艶な妻”と“可愛らしい娘”が、一緒に料理をしているという……ある意味男のロマン溢れる光景になり得る状況。
しかし、現実はそう甘くはない。
なぜなら、片方は土下座していて、なおかつ娘ではなく息子である。
そう、いくら可愛かろうと、ティアには×××がついていた。
「マッサージは、本来希望者だけだったでしょ? どうしてリヒト君を襲ったの?」
「おそ!? ……襲ってはないんだけど、その、ボクの好みドンピシャで……一目見た時から×××が、その」
「ガチガチのフル充填になったと」
「そうだけど! そうだけどォ!! そんな、サラッと言わないで!」
「サラッと言うのも、アンタみたいに、もじもじしながら言うのも、内容は変わらないでしょ? 言うときは男らしくパシッと言ってしまい」
その言葉に、ティアはがっくりと肩を落とす。
そうなのだ……このブランディという女性は、見た目妖艶ではあるものの、性格はかなりハッキリとした男前な性格をしている。
むしろ、こういった話題に照れを見せるのは、父であるケッツンの方だ。
「それにね、ティア」
「ん? うん」
「アンタがどんな格好をしてても、私達にとっては……大事な息子さ」
「お母さん……」
「まぁ、付いてるしね!」
「……台無しだよ」
追い打ちを掛けるように言われた言葉に、さらにがっくりと肩を落とす。
しかし間違えてはいけない。ティアは別に女の子になりたいわけではない。
可愛らしく、看板娘をやっているのも……全て、自分の持ちうる才能を最大限に生かす為である。そう、リヒトにも言った通り、持って生まれたパワーを最大限に生かしている、ということだ。
「それで、好みだったからって襲って……リヒト君は男の子だったんでしょ?」
「襲ってないけど、うん。そうだね」
「その割には、あまりショックを受けて無さそうねぇ」
「んー……。ショックだったのはショックだったんだけど、その後話してたら、なんだか楽しくて忘れちゃったかな。……それに、リヒトってあまりにも無知だったし」
「そうねぇ。私としても、あそこまで彼に性知識が無いのは驚いたわ。エルフと言っても、多少なりとは知ってるものよね」
「そうなんだよね。だからなんだろう……ボクが色々教えてあげないと! って思ったかな。……決して性知識のことだけじゃないよ」
何か言われる前に先手を打つ、と言わんばかりに言葉を付け足したティアを見て、ブランディは面白そうに笑う。
実は彼女にも、少しだけ我が子に思うところがあったのだ。願わくば、それをリヒトが変えてくれれば、と思っており……だからこそ、今日のティアの提案も、受け入れる形で準備を進めているのであった。
「あれ? お母さん。リヒトの性知識の件って、なんで知ってるの?」
「それは決まってるでしょ? 現場を見ていたからよ」
「……え」
「あなたが夜に抜け出した後、何かあってはマズいと後をつけてたの。まぁ、何かある前にナニがあって、何もなかったのだけれど」
「お母さん……」
「別に私としては可愛い子同士が啄み合うのは構わないのだけど……ティア、あれはいただけません」
驚きから呆れへと表情の色を変えたティアへと、ブランディはしっかりと目線を合わせ、言葉を溜める。
あまり見ることの無い母の姿に、ティアもまた……口が開かれるのを、喉を鳴らして待った。
「……“ボクのグングニルが、君を穿ちたがってるんだ”」
「ギャー!? な、なななんんで!?」
「だから後をつけていたと。ティア、あなたさすがに英雄様の決めゼリフを、あのような行為に使っては……」
「だ、だってぇ……好き、なんだもん……」
「もじもじする仕草は可愛らしいけど、あのような流用は、英雄様が草葉の陰で泣いちゃうわよ」
グングニルを使う英雄……つまり、魔槍のフライオーデンはティアにとって憧れの英雄だった。
自らが育った国のため、魔槍グングニルを振るった、救国の戦士。意思を持つ魔槍は、その強すぎる力と引き換えに、次第にフライオーデンの命を蝕んでいく。しかし、フライオーデンはその苦しみにも負けず、自らの命を賭して国を救い、最後にグングニルと共に砕けて死んでしまう。
愛するもの達のために立ち上がり、愛するもの達の元へと帰れなかった英雄。
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自らの命を使い、過去だけでなく、現在、そして未来の命を今も救っている……救国の戦士の物語だ。
「ねぇティア。あなたもしかして……」
「それはないよ。ボクには定められた使命がある。だから、それ以外なんてないんだ」
「でも……」
「いいから。ほら、早く準備しよう? リヒトが帰ってきちゃう」
そう言ってティアは手を洗い、食材の準備を始める。
そんな姿に、ブランディはなにも言うことができなかった。
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2023.9.3 投稿分の改稿終了。
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2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。

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