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第3章
第308話 Life Game
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僕と実奈さんは、あれからたくさんの出し物を覗いて食べてと、とにかく文化祭を楽しんだ。
特に面白かったのは、お化け屋敷に行ったときだろうか?
実奈さんってば、表情も声の調子も変わらないのに僕の袖をずっと引っ張ってて、脅かし役の人が脅かす度にビクッと固まるんだよね。
けど、直後に「怖くない」って僕の方に報告してくるのが、もうなんか面白くて。
「アキ」
「ん? どうかした?」
「ニヤニヤしてた」
「おっと。お化け屋敷の時の実奈さんを思い出してて」
僕がそう言うと、僕の顔を覗き込んでいた実奈さんは「……むぅ」と、傍から離れていった。
表情も抑揚もいつも通りだけれど、なんとなく拗ねてるような気がして、僕はまた少し笑う。
そして、「ごめんね」と、彼女の手を取るのだった。
「……思い出すの禁止」
「わかったわかった」
「ん。じゃあ、クレープ」
「クレープかぁ……。たしか外にあったかも」
僕の言葉に、実奈さんは強く頷いて、繋いだままの僕の手を引いていく。
そんな彼女に苦笑しつつ、僕は彼女の隣に並ぶのだった。
◇◇◇
楽しかった文化祭も終わりが近付き、校内放送が終了時刻間際になったことを放送していた。
お祭り気分の楽しい雰囲気だった学校も、寂しさが少しずつ染みだしているみたいで、僕は隣りに立っていた実奈さんの顔を見る。
しかし、そんな彼女もまた周辺の雰囲気が変わったことに気付いたのか、少しだけテンションが下がっているような、そんな雰囲気を醸し出していた。
「終わっちゃうみたいだね」
「ん。少し寂しい」
「今日のために、みんなで準備を頑張ってきたからね」
彼女は小さく頷いて僕の手を握り直す。
そんな彼女の行動で、僕は彼女に伝えなきゃいけないことを思い出した。
「ねえ、実奈さん。ちょっといいかな?」
「ん?」
「ここじゃなんだし……屋上なら人もいないかな」
僕は小さく呟いて、彼女の手を引いて行く。
ゆっくりと、それでも確かに……一歩ずつ。
◆◆◆
アキが決意を込めているそんな頃、トーマ達は槍剣家……もとい、研究所へとやってきていた。
理由はただひとつ……トーマがアルを連れてきたのが、このためだったからだ。
「それで、俺に見せたいものっていうのはなんなんだ?」
「着いてくりゃわかるで。ま、案内すんのは、俺やなくて王里やけどな」
「はいはい、わかりましたよっと。言わなくても分かると思うが、極力周りのモノは触らないようにしてくれ。何が起きるか、俺にも予想がつかんから」
そう言って苦笑するウォンに、トーマは肩をすくめ、アルは“ここに俺がいて、本当に大丈夫なのか?”と言いたげに顔をしかめた。
2人のそんな反応を無視して、ウォンはずんずんと奥へ進んでいき、とある部屋の前で立ち止まる。
そして、後ろへと振り返り「ここが、その部屋だ」と親指で指し示した。
「“精霊保管室”? どういうことだ?」
「そのまんまの意味や。精霊を保管しとる部屋やで」
「まぁ、そのまんまって言うのは少し違う気がするが……概ねその解釈で間違ってはないな」
苦笑しつつ、ウォンはその部屋の鍵を開け、招き入れるように扉を開く。
トーマに続いて部屋へと入ったアルは、その先にあった光景に驚き、「なんだ、これは……?」と呟いた。
「だから言ったやろ? “精霊保管室”や」
「いや、精霊って……どうみても、病室じゃないか。全員、寝てるのか?」
「ああ。企画段階よりも前だから、最長のやつは5年近くな」
ウォンの言葉に「5年!?」とアルは大きな声を出して驚き、すぐさま口を手で押さえた。
そんなアルの仕草に、トーマは吹き出すようにして笑い、「声出しても問題ないわ。そんなんで起きるなら、すでに目覚めとる」と笑いすぎて目尻に溜まった涙を拭った。
「……どういうことだ?」
「さっきも言っただろ? 最長のやつは5年近く起きてないんだ」
「ま、最短のやつでも3年くらいは経つんやけどな」
そう言ってトーマが近づいたベッドには、ひとりの少女が眠っていた。
天井の灯りに照らされているからなのかは分からないが、アルにはその少女の顔色が酷く白いものに見える。
――むしろ、白を越えて青にすら見えてしまうほどだ。
「それで、この部屋に俺を連れてきて、何をさせたいんだ?」
「ああ、別にそういうことやないんやで。ただ、アルには知っといてもらうほうがええかと思ってな」
「この不思議な部屋を、か?」
「せやな。それと、この部屋にいるやつらのことをな」
トーマのその言葉に頷き、ウォンはベッドとは別の方へと歩き出す。
アルがウォンの向かう方へと意識を向ければ、そこには、カーテンで仕切られている何かがあった。
結構大きく区切ってあるが、気付かなかったのは、どうやら病室の風景に気を持って行かれていたらしい。
アル達の視線がこちらに向いていることを確認して、ウォンはカーテンを開く。
そこには――
「見たことがあるものが、映ってるだろ?」
「……モニターに映ってるのは、イルビンの街、か?」
「ああ、その通りだ。お前もトーマも、すでに辿り着いてギルド設立の準備をしてる街だ」
「見覚えがある建物があるから分かるが……この視点は誰だ? なぜ街を見下ろしている?」
そう、ウォンが開いたカーテンの向こうには、大きなモニターが数台取り付けられていた。
その中のひとつが、今アル達にとってとても馴染みの深い街……イルビンの風景を映しだしており、まるで風に遊ばれるように、視点がふわふわと流れていく。
一見すれば酔ってしまいそうなカメラワークではあるものの、街を見下ろすような視点なため、アル達はそこまで気持ち悪くはならなかった。
「その答えは、お前も知っているはずだ。そして、それがお前にここを見せた理由でもある」
「――ッ!? まさか、精霊の!?」
「ま、そういうこったな。そして、ここが精霊保管室……言いたいことはわかるやろ?」
まるで、本来の感情を押し殺しているかのように鼻で笑うトーマに、アルは大きく溜息を吐く。
そして、意を決したようにベッドに眠る少女の顔を注視した。
「なるほど。精霊が……この子達か」
「はっ、理解が早うて助かるわ。そういうことやな」
「この子達はみんな、意識不明の状態なんだ。脳死でもない、身体のどこかが死んでいるわけでもない。ただ、意識だけが戻らない。そんな子達だ」
「槍剣のおっさんと俺らは、こいつらをどうにか起こそうとしてる。なんか個人的な理由があるってわけでもないんやけどな」
ウォンとトーマの話をアルはただ無言で聞きながら、ベッドで眠る1人の少女に、ある少女の面影を見た。
それは、アルがゲームを始めて最初にフレンドになった少女……もとい、少年の契約する精霊の面影。
肌の色や髪の色こそ違うものの、この少女が笑えば、あの精霊になるのだろうと……アルは強く確信した。
「これは、実験なのか?」
「違う……と言いたいところやけど、成功するかわからんもんは全部実験やからな。そういった意味では実験やわ」
「だが、非人道的なモノではないし、死なないようにきちんと体調コントロールもしている。だから、世間一般で言うところの人体実験というわけではなくてだな……」
「そうやって早口になるんは、余計怪しいんやないか?」
「おま!? なんでお前が懐疑派にまわってんだよ!?」
「冗談やで」と笑うトーマに、ウォンは眉間に皺を寄せ顔を歪める。
そんなウォンの顔にトーマはまた笑い、もはや状況が混沌としてきていた。
真面目そうなムードを完全に壊されてしまったことに、アルはまた大きく溜息を吐くと、「それで、なんで俺にこれを教えたんだ?」と、精霊の正体を知る前に訊いたことをもう一度口にした。
「あん? やから、知っといてもらう方が、後々ええんやないかと思ったって言ったやろ?」
「それは理解した。だが、そう思った理由が何一つ分からない。俺はそれを訊いてるんだ」
「あー……。相変わらず頭が硬えなぁ……アキの事や。ここに寝とるやつらの中で、一番精神の覚醒率が高いのはシルフや。あー、覚醒率ってのはあっちの世界に精霊として意識が目覚めてる割合みたいなもんやと思ってくれ」
「そもそも、この実験ってのは、元々の知り合いやら家族やらから聞き込み調査して得た情報で、本人の性格に似たAIを作って、それを本人に似せた精霊の身体に入れる。それを現実世界の脳にフィードバックすることで、意識を目覚めさせようっていう、VRを使ったアプローチになるんだ」
言いながらウォンはガサゴソと、書類の山を掘り返し、メモにつかえるような紙とペンを取り出す。
そして、今言った話を図解するように紙へと落とし込んだ。
「元々、人の意識ってのは身体のどこにあるかよく分かっていない。覚醒状態を司るのは大脳部分だと言われているが、臨死体験中に何かを感じ取ったり、見たり聞いたりするという話もある。つまり、脳が動いていない時でも意識がある可能性もある」
「実際、今ここで寝とるやつらは、身体も脳も異常なく動いとる。けど、意識はない。いや、あるんかどうかすらわからん以上、あると仮定すりゃ覚醒してへんってことや」
「ああ、その通りだ。だから、VR側からAIによる強制覚醒が出来ないか、と……まあ、そういう実験だ」
図解されたことで、理解することができたアルは「なるほど……」と神妙に頷く。
トーマやウォンが言っていることは、つまり“手足が麻痺した時に、リハビリで行うことと同じ事”をしているということだ。
腕や足などの麻痺が起きると、“そこにあるはずのものが、感じ取れなくなる”という状態になる。
だからこそ、力を入れようとしても、力を入れる場所が分からないという状況に陥り、行動が起こせなくなるのだ。
そんなときに行われるのが、視覚情報の強化と、外部からの刺激による脳への学習。
これを意識というターゲットに絞るならば、VRによる脳や身体へのフィードバックということになるのだろう。
どおりで、このゲームはリアリティを大事にしているわけだ……。
現実と同じでなければ、この実験を行うことができないからな。
「……いや、待て。精霊は空を飛んでなかったか?」
「せやな」
「現実へのフィードバックなら、空を飛べるのはおかしくないか?」
「まぁ、それは企画段階でも出た意見やけど、精霊なんやし、飛べた方がそれっぽいやろってな」
「それで良いのか……それで……」
そう言って笑うトーマに、アルはガクッと脱力しつつ苦笑する。
しかし、数秒ほどで気を取り直し、「それじゃ、アキさんの話をしてもらおうか?」と口を開くのだった。
特に面白かったのは、お化け屋敷に行ったときだろうか?
実奈さんってば、表情も声の調子も変わらないのに僕の袖をずっと引っ張ってて、脅かし役の人が脅かす度にビクッと固まるんだよね。
けど、直後に「怖くない」って僕の方に報告してくるのが、もうなんか面白くて。
「アキ」
「ん? どうかした?」
「ニヤニヤしてた」
「おっと。お化け屋敷の時の実奈さんを思い出してて」
僕がそう言うと、僕の顔を覗き込んでいた実奈さんは「……むぅ」と、傍から離れていった。
表情も抑揚もいつも通りだけれど、なんとなく拗ねてるような気がして、僕はまた少し笑う。
そして、「ごめんね」と、彼女の手を取るのだった。
「……思い出すの禁止」
「わかったわかった」
「ん。じゃあ、クレープ」
「クレープかぁ……。たしか外にあったかも」
僕の言葉に、実奈さんは強く頷いて、繋いだままの僕の手を引いていく。
そんな彼女に苦笑しつつ、僕は彼女の隣に並ぶのだった。
◇◇◇
楽しかった文化祭も終わりが近付き、校内放送が終了時刻間際になったことを放送していた。
お祭り気分の楽しい雰囲気だった学校も、寂しさが少しずつ染みだしているみたいで、僕は隣りに立っていた実奈さんの顔を見る。
しかし、そんな彼女もまた周辺の雰囲気が変わったことに気付いたのか、少しだけテンションが下がっているような、そんな雰囲気を醸し出していた。
「終わっちゃうみたいだね」
「ん。少し寂しい」
「今日のために、みんなで準備を頑張ってきたからね」
彼女は小さく頷いて僕の手を握り直す。
そんな彼女の行動で、僕は彼女に伝えなきゃいけないことを思い出した。
「ねえ、実奈さん。ちょっといいかな?」
「ん?」
「ここじゃなんだし……屋上なら人もいないかな」
僕は小さく呟いて、彼女の手を引いて行く。
ゆっくりと、それでも確かに……一歩ずつ。
◆◆◆
アキが決意を込めているそんな頃、トーマ達は槍剣家……もとい、研究所へとやってきていた。
理由はただひとつ……トーマがアルを連れてきたのが、このためだったからだ。
「それで、俺に見せたいものっていうのはなんなんだ?」
「着いてくりゃわかるで。ま、案内すんのは、俺やなくて王里やけどな」
「はいはい、わかりましたよっと。言わなくても分かると思うが、極力周りのモノは触らないようにしてくれ。何が起きるか、俺にも予想がつかんから」
そう言って苦笑するウォンに、トーマは肩をすくめ、アルは“ここに俺がいて、本当に大丈夫なのか?”と言いたげに顔をしかめた。
2人のそんな反応を無視して、ウォンはずんずんと奥へ進んでいき、とある部屋の前で立ち止まる。
そして、後ろへと振り返り「ここが、その部屋だ」と親指で指し示した。
「“精霊保管室”? どういうことだ?」
「そのまんまの意味や。精霊を保管しとる部屋やで」
「まぁ、そのまんまって言うのは少し違う気がするが……概ねその解釈で間違ってはないな」
苦笑しつつ、ウォンはその部屋の鍵を開け、招き入れるように扉を開く。
トーマに続いて部屋へと入ったアルは、その先にあった光景に驚き、「なんだ、これは……?」と呟いた。
「だから言ったやろ? “精霊保管室”や」
「いや、精霊って……どうみても、病室じゃないか。全員、寝てるのか?」
「ああ。企画段階よりも前だから、最長のやつは5年近くな」
ウォンの言葉に「5年!?」とアルは大きな声を出して驚き、すぐさま口を手で押さえた。
そんなアルの仕草に、トーマは吹き出すようにして笑い、「声出しても問題ないわ。そんなんで起きるなら、すでに目覚めとる」と笑いすぎて目尻に溜まった涙を拭った。
「……どういうことだ?」
「さっきも言っただろ? 最長のやつは5年近く起きてないんだ」
「ま、最短のやつでも3年くらいは経つんやけどな」
そう言ってトーマが近づいたベッドには、ひとりの少女が眠っていた。
天井の灯りに照らされているからなのかは分からないが、アルにはその少女の顔色が酷く白いものに見える。
――むしろ、白を越えて青にすら見えてしまうほどだ。
「それで、この部屋に俺を連れてきて、何をさせたいんだ?」
「ああ、別にそういうことやないんやで。ただ、アルには知っといてもらうほうがええかと思ってな」
「この不思議な部屋を、か?」
「せやな。それと、この部屋にいるやつらのことをな」
トーマのその言葉に頷き、ウォンはベッドとは別の方へと歩き出す。
アルがウォンの向かう方へと意識を向ければ、そこには、カーテンで仕切られている何かがあった。
結構大きく区切ってあるが、気付かなかったのは、どうやら病室の風景に気を持って行かれていたらしい。
アル達の視線がこちらに向いていることを確認して、ウォンはカーテンを開く。
そこには――
「見たことがあるものが、映ってるだろ?」
「……モニターに映ってるのは、イルビンの街、か?」
「ああ、その通りだ。お前もトーマも、すでに辿り着いてギルド設立の準備をしてる街だ」
「見覚えがある建物があるから分かるが……この視点は誰だ? なぜ街を見下ろしている?」
そう、ウォンが開いたカーテンの向こうには、大きなモニターが数台取り付けられていた。
その中のひとつが、今アル達にとってとても馴染みの深い街……イルビンの風景を映しだしており、まるで風に遊ばれるように、視点がふわふわと流れていく。
一見すれば酔ってしまいそうなカメラワークではあるものの、街を見下ろすような視点なため、アル達はそこまで気持ち悪くはならなかった。
「その答えは、お前も知っているはずだ。そして、それがお前にここを見せた理由でもある」
「――ッ!? まさか、精霊の!?」
「ま、そういうこったな。そして、ここが精霊保管室……言いたいことはわかるやろ?」
まるで、本来の感情を押し殺しているかのように鼻で笑うトーマに、アルは大きく溜息を吐く。
そして、意を決したようにベッドに眠る少女の顔を注視した。
「なるほど。精霊が……この子達か」
「はっ、理解が早うて助かるわ。そういうことやな」
「この子達はみんな、意識不明の状態なんだ。脳死でもない、身体のどこかが死んでいるわけでもない。ただ、意識だけが戻らない。そんな子達だ」
「槍剣のおっさんと俺らは、こいつらをどうにか起こそうとしてる。なんか個人的な理由があるってわけでもないんやけどな」
ウォンとトーマの話をアルはただ無言で聞きながら、ベッドで眠る1人の少女に、ある少女の面影を見た。
それは、アルがゲームを始めて最初にフレンドになった少女……もとい、少年の契約する精霊の面影。
肌の色や髪の色こそ違うものの、この少女が笑えば、あの精霊になるのだろうと……アルは強く確信した。
「これは、実験なのか?」
「違う……と言いたいところやけど、成功するかわからんもんは全部実験やからな。そういった意味では実験やわ」
「だが、非人道的なモノではないし、死なないようにきちんと体調コントロールもしている。だから、世間一般で言うところの人体実験というわけではなくてだな……」
「そうやって早口になるんは、余計怪しいんやないか?」
「おま!? なんでお前が懐疑派にまわってんだよ!?」
「冗談やで」と笑うトーマに、ウォンは眉間に皺を寄せ顔を歪める。
そんなウォンの顔にトーマはまた笑い、もはや状況が混沌としてきていた。
真面目そうなムードを完全に壊されてしまったことに、アルはまた大きく溜息を吐くと、「それで、なんで俺にこれを教えたんだ?」と、精霊の正体を知る前に訊いたことをもう一度口にした。
「あん? やから、知っといてもらう方が、後々ええんやないかと思ったって言ったやろ?」
「それは理解した。だが、そう思った理由が何一つ分からない。俺はそれを訊いてるんだ」
「あー……。相変わらず頭が硬えなぁ……アキの事や。ここに寝とるやつらの中で、一番精神の覚醒率が高いのはシルフや。あー、覚醒率ってのはあっちの世界に精霊として意識が目覚めてる割合みたいなもんやと思ってくれ」
「そもそも、この実験ってのは、元々の知り合いやら家族やらから聞き込み調査して得た情報で、本人の性格に似たAIを作って、それを本人に似せた精霊の身体に入れる。それを現実世界の脳にフィードバックすることで、意識を目覚めさせようっていう、VRを使ったアプローチになるんだ」
言いながらウォンはガサゴソと、書類の山を掘り返し、メモにつかえるような紙とペンを取り出す。
そして、今言った話を図解するように紙へと落とし込んだ。
「元々、人の意識ってのは身体のどこにあるかよく分かっていない。覚醒状態を司るのは大脳部分だと言われているが、臨死体験中に何かを感じ取ったり、見たり聞いたりするという話もある。つまり、脳が動いていない時でも意識がある可能性もある」
「実際、今ここで寝とるやつらは、身体も脳も異常なく動いとる。けど、意識はない。いや、あるんかどうかすらわからん以上、あると仮定すりゃ覚醒してへんってことや」
「ああ、その通りだ。だから、VR側からAIによる強制覚醒が出来ないか、と……まあ、そういう実験だ」
図解されたことで、理解することができたアルは「なるほど……」と神妙に頷く。
トーマやウォンが言っていることは、つまり“手足が麻痺した時に、リハビリで行うことと同じ事”をしているということだ。
腕や足などの麻痺が起きると、“そこにあるはずのものが、感じ取れなくなる”という状態になる。
だからこそ、力を入れようとしても、力を入れる場所が分からないという状況に陥り、行動が起こせなくなるのだ。
そんなときに行われるのが、視覚情報の強化と、外部からの刺激による脳への学習。
これを意識というターゲットに絞るならば、VRによる脳や身体へのフィードバックということになるのだろう。
どおりで、このゲームはリアリティを大事にしているわけだ……。
現実と同じでなければ、この実験を行うことができないからな。
「……いや、待て。精霊は空を飛んでなかったか?」
「せやな」
「現実へのフィードバックなら、空を飛べるのはおかしくないか?」
「まぁ、それは企画段階でも出た意見やけど、精霊なんやし、飛べた方がそれっぽいやろってな」
「それで良いのか……それで……」
そう言って笑うトーマに、アルはガクッと脱力しつつ苦笑する。
しかし、数秒ほどで気を取り直し、「それじゃ、アキさんの話をしてもらおうか?」と口を開くのだった。
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