上 下
307 / 345
第3章

第308話 Life Game

しおりを挟む
 僕と実奈さんは、あれからたくさんの出し物を覗いて食べてと、とにかく文化祭を楽しんだ。
 特に面白かったのは、お化け屋敷に行ったときだろうか?
 実奈さんってば、表情も声の調子も変わらないのに僕の袖をずっと引っ張ってて、脅かし役の人が脅かす度にビクッと固まるんだよね。
 けど、直後に「怖くない」って僕の方に報告してくるのが、もうなんか面白くて。

「アキ」
「ん? どうかした?」
「ニヤニヤしてた」
「おっと。お化け屋敷の時の実奈さんを思い出してて」

 僕がそう言うと、僕の顔を覗き込んでいた実奈さんは「……むぅ」と、傍から離れていった。
 表情も抑揚もいつも通りだけれど、なんとなく拗ねてるような気がして、僕はまた少し笑う。
 そして、「ごめんね」と、彼女の手を取るのだった。

「……思い出すの禁止」
「わかったわかった」
「ん。じゃあ、クレープ」
「クレープかぁ……。たしか外にあったかも」

 僕の言葉に、実奈さんは強く頷いて、繋いだままの僕の手を引いていく。
 そんな彼女に苦笑しつつ、僕は彼女の隣に並ぶのだった。

◇◇◇

 楽しかった文化祭も終わりが近付き、校内放送が終了時刻間際になったことを放送していた。
 お祭り気分の楽しい雰囲気だった学校も、寂しさが少しずつ染みだしているみたいで、僕は隣りに立っていた実奈さんの顔を見る。
 しかし、そんな彼女もまた周辺の雰囲気が変わったことに気付いたのか、少しだけテンションが下がっているような、そんな雰囲気を醸し出していた。

「終わっちゃうみたいだね」
「ん。少し寂しい」
「今日のために、みんなで準備を頑張ってきたからね」

 彼女は小さく頷いて僕の手を握り直す。
 そんな彼女の行動で、僕は彼女に伝えなきゃいけないことを思い出した。

「ねえ、実奈さん。ちょっといいかな?」
「ん?」
「ここじゃなんだし……屋上なら人もいないかな」

 僕は小さく呟いて、彼女の手を引いて行く。
 ゆっくりと、それでも確かに……一歩ずつ。

◆◆◆

 アキが決意を込めているそんな頃、トーマ達は槍剣家……もとい、研究所へとやってきていた。
 理由はただひとつ……トーマがアルを連れてきたのが、このためだったからだ。

「それで、俺に見せたいものっていうのはなんなんだ?」
「着いてくりゃわかるで。ま、案内すんのは、俺やなくて王里やけどな」
「はいはい、わかりましたよっと。言わなくても分かると思うが、極力周りのモノは触らないようにしてくれ。何が起きるか、俺にも予想がつかんから」

 そう言って苦笑するウォンに、トーマは肩をすくめ、アルは“ここに俺がいて、本当に大丈夫なのか?”と言いたげに顔をしかめた。
 2人のそんな反応を無視して、ウォンはずんずんと奥へ進んでいき、とある部屋の前で立ち止まる。
 そして、後ろへと振り返り「ここが、その部屋だ」と親指で指し示した。

「“精霊保管室”? どういうことだ?」
「そのまんまの意味や。精霊を保管しとる部屋やで」
「まぁ、そのまんまって言うのは少し違う気がするが……概ねその解釈で間違ってはないな」

 苦笑しつつ、ウォンはその部屋の鍵を開け、招き入れるように扉を開く。
 トーマに続いて部屋へと入ったアルは、その先にあった光景に驚き、「なんだ、これは……?」と呟いた。

「だから言ったやろ? “精霊保管室”や」
「いや、精霊って……どうみても、病室じゃないか。全員、寝てるのか?」
「ああ。企画段階よりも前だから、最長のやつは5年近くな」

 ウォンの言葉に「5年!?」とアルは大きな声を出して驚き、すぐさま口を手で押さえた。
 そんなアルの仕草に、トーマは吹き出すようにして笑い、「声出しても問題ないわ。そんなんで起きるなら、すでに目覚めとる」と笑いすぎて目尻に溜まった涙を拭った。

「……どういうことだ?」
「さっきも言っただろ? 最長のやつは5年近く起きてないんだ」
「ま、最短のやつでも3年くらいは経つんやけどな」

 そう言ってトーマが近づいたベッドには、ひとりの少女が眠っていた。
 天井の灯りに照らされているからなのかは分からないが、アルにはその少女の顔色が酷く白いものに見える。
 ――むしろ、白を越えて青にすら見えてしまうほどだ。

「それで、この部屋に俺を連れてきて、何をさせたいんだ?」
「ああ、別にそういうことやないんやで。ただ、アルには知っといてもらうほうがええかと思ってな」
「この不思議な部屋を、か?」
「せやな。それと、この部屋にいるやつらのことをな」

 トーマのその言葉に頷き、ウォンはベッドとは別の方へと歩き出す。
 アルがウォンの向かう方へと意識を向ければ、そこには、カーテンで仕切られている何かがあった。
 結構大きく区切ってあるが、気付かなかったのは、どうやら病室の風景に気を持って行かれていたらしい。
 アル達の視線がこちらに向いていることを確認して、ウォンはカーテンを開く。
 そこには――

「見たことがあるものが、映ってるだろ?」
「……モニターに映ってるのは、イルビンの街、か?」
「ああ、その通りだ。お前もトーマも、すでに辿り着いてギルド設立の準備をしてる街だ」
「見覚えがある建物があるから分かるが……この視点は誰だ? なぜ街を見下ろしている?」

 そう、ウォンが開いたカーテンの向こうには、大きなモニターが数台取り付けられていた。
 その中のひとつが、今アル達にとってとても馴染みの深い街……イルビンの風景を映しだしており、まるで風に遊ばれるように、視点がふわふわと流れていく。
 一見すれば酔ってしまいそうなカメラワークではあるものの、街を見下ろすような視点なため、アル達はそこまで気持ち悪くはならなかった。

「その答えは、お前も知っているはずだ。そして、それがお前にここを見せた理由でもある」
「――ッ!? まさか、精霊の!?」
「ま、そういうこったな。そして、ここが精霊保管室……言いたいことはわかるやろ?」

 まるで、本来の感情を押し殺しているかのように鼻で笑うトーマに、アルは大きく溜息を吐く。
 そして、意を決したようにベッドに眠る少女の顔を注視した。

「なるほど。精霊が……この子達か」
「はっ、理解がはようて助かるわ。そういうことやな」
「この子達はみんな、意識不明の状態なんだ。脳死でもない、身体のどこかが死んでいるわけでもない。ただ、意識だけが戻らない。そんな子達だ」
「槍剣のおっさんと俺らは、こいつらをどうにか起こそうとしてる。なんか個人的な理由があるってわけでもないんやけどな」

 ウォンとトーマの話をアルはただ無言で聞きながら、ベッドで眠る1人の少女に、ある少女の面影を見た。
 それは、アルがゲームを始めて最初にフレンドになった少女……もとい、少年の契約する精霊の面影。
 肌の色や髪の色こそ違うものの、この少女が笑えば、あの精霊になるのだろうと……アルは強く確信した。

「これは、実験なのか?」
「違う……と言いたいところやけど、成功するかわからんもんは全部実験やからな。そういった意味では実験やわ」
「だが、非人道的なモノではないし、死なないようにきちんと体調コントロールもしている。だから、世間一般で言うところの人体実験というわけではなくてだな……」
「そうやって早口になるんは、余計怪しいんやないか?」
「おま!? なんでお前が懐疑派にまわってんだよ!?」

 「冗談やで」と笑うトーマに、ウォンは眉間に皺を寄せ顔を歪める。
 そんなウォンの顔にトーマはまた笑い、もはや状況が混沌としてきていた。
 真面目そうなムードを完全に壊されてしまったことに、アルはまた大きく溜息を吐くと、「それで、なんで俺にこれを教えたんだ?」と、精霊の正体を知る前に訊いたことをもう一度口にした。

「あん? やから、知っといてもらう方が、後々ええんやないかと思ったって言ったやろ?」
「それは理解した。だが、そう思った理由が何一つ分からない。俺はそれを訊いてるんだ」
「あー……。相変わらず頭が硬えなぁ……アキの事や。ここに寝とるやつらの中で、一番精神の覚醒率が高いのはシルフや。あー、覚醒率ってのはあっちの世界に精霊として意識が目覚めてる割合みたいなもんやと思ってくれ」
「そもそも、この実験ってのは、元々の知り合いやら家族やらから聞き込み調査して得た情報で、本人の性格に似たAIを作って、それを本人に似せた精霊の身体に入れる。それを現実世界の脳にフィードバックすることで、意識を目覚めさせようっていう、VRを使ったアプローチになるんだ」

 言いながらウォンはガサゴソと、書類の山を掘り返し、メモにつかえるような紙とペンを取り出す。
 そして、今言った話を図解するように紙へと落とし込んだ。

「元々、人の意識ってのは身体のどこにあるかよく分かっていない。覚醒状態を司るのは大脳部分だと言われているが、臨死体験中に何かを感じ取ったり、見たり聞いたりするという話もある。つまり、脳が動いていない時でも意識がある可能性もある」
「実際、今ここで寝とるやつらは、身体も脳も異常なく動いとる。けど、意識はない。いや、あるんかどうかすらわからん以上、あると仮定すりゃ覚醒してへんってことや」
「ああ、その通りだ。だから、VR側からAIによる強制覚醒が出来ないか、と……まあ、そういう実験だ」

 図解されたことで、理解することができたアルは「なるほど……」と神妙に頷く。
 トーマやウォンが言っていることは、つまり“手足が麻痺した時に、リハビリで行うことと同じ事”をしているということだ。
 腕や足などの麻痺が起きると、“そこにあるはずのものが、感じ取れなくなる”という状態になる。
 だからこそ、力を入れようとしても、力を入れる場所が分からないという状況に陥り、行動が起こせなくなるのだ。
 そんなときに行われるのが、視覚情報の強化と、外部からの刺激による脳への学習。
 これを意識というターゲットに絞るならば、VRによる脳や身体へのフィードバックということになるのだろう。
 どおりで、このゲームはリアリティを大事にしているわけだ……。
 現実と同じでなければ、この実験を行うことができないからな。

「……いや、待て。精霊は空を飛んでなかったか?」
「せやな」
「現実へのフィードバックなら、空を飛べるのはおかしくないか?」
「まぁ、それは企画段階でも出た意見やけど、精霊なんやし、飛べた方がそれっぽいやろってな」
「それで良いのか……それで……」

 そう言って笑うトーマに、アルはガクッと脱力しつつ苦笑する。
 しかし、数秒ほどで気を取り直し、「それじゃ、アキさんの話をしてもらおうか?」と口を開くのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

後輩と一緒にVRMMO!~弓使いとして精一杯楽しむわ~

夜桜てる
SF
世界初の五感完全没入型VRゲームハードであるFUTURO発売から早二年。 多くの人々の希望を受け、遂に発売された世界初のVRMMO『Never Dream Online』 一人の男子高校生である朝倉奈月は、後輩でありβ版参加勢である梨原実夜と共にNDOを始める。 主人公が後輩女子とイチャイチャしつつも、とにかくVRゲームを楽しみ尽くす!! 小説家になろうからの転載です。

けもみみ幼女、始めました。

暁月りあ
ファンタジー
サービス終了となったVRMMOの中で目覚めたエテルネル。けもみみ幼女となった彼女はサービス終了から100年後の世界で生きることを決意する。カンストプレイヤーが自由気ままにかつての友人達と再開したり、悪人を倒したり、学園に通ったりなんかしちゃう。自由気ままな異世界物語。 *旧作「だってけもみみだもの!!」 内容は序盤から変わっております。

生産職から始まる初めてのVRMMO

結城楓
ファンタジー
最近流行りのVRMMO、興味がないわけではないが自分から手を出そうと思ってはいなかったふう。 そんな時、新しく発売された《アイディアル・オンライン》。 そしてその発売日、なぜかゲームに必要なハードとソフトを2つ抱えた高校の友達、彩華が家にいた。 そんなふうが彩華と半ば強制的にやることになったふうにとっては初めてのVRMMO。 最初のプレイヤー設定では『モンスターと戦うのが怖い』という理由から生産職などの能力を選択したところから物語は始まる。 最初はやらざるを得ない状況だったフウが、いつしか面白いと思うようになり自ら率先してゲームをするようになる。 そんなフウが贈るのんびりほのぼのと周りを巻き込み成長していく生産職から始まる初めてのVRMMOの物語。

チート級スキルを得たゲーマーのやりたいことだけするVRMMO!

しりうす。
ファンタジー
VRゲーム【Another world・Online】βテストをソロでクリアした主人公──────雲母八雲。 βテスト最後のボスを倒すと、謎のアイテム【スキルの素】を入手する。不思議に思いつつも、もうこのゲームの中に居る必要はないためアイテムの事を深く考えずにログアウトする。 そして、本サービス開始時刻と同時に【Another world・Online】にダイブし、そこで謎アイテム【スキルの素】が出てきてチート級スキルを10個作ることに。 そこで作ったチート級スキルを手に、【Another world・Online】の世界をやりたいことだけ謳歌する! ※ゆるーくやっていくので、戦闘シーンなどの描写には期待しないでください。 ※処女作ですので、誤字脱字、設定の矛盾などがあると思います。あったら是非教えてください! ※感想は出来るだけ返信します。わからない点、意味不明な点があったら教えてください。(アンチコメはスルーします)

病弱な私はVRMMOの世界で生きていく。

べちてん
SF
生まれつき体の弱い少女、夏凪夕日は、ある日『サンライズファンタジー』というフルダイブ型VRMMOのゲームに出会う。現実ではできないことがたくさんできて、気が付くとこのゲームのとりこになってしまっていた。スキルを手に入れて敵と戦ってみたり、少し食事をしてみたり、大会に出てみたり。初めての友達もできて毎日が充実しています。朝起きてご飯を食べてゲームをして寝る。そんな生活を続けていたらいつの間にかゲーム最強のプレイヤーになっていた!!

引退した元生産職のトッププレイヤーが、また生産を始めるようです

こばやん2号
ファンタジー
とあるVRMMOで生産職最高峰の称号であるグランドマスター【神匠】を手に入れた七五三俊介(なごみしゅんすけ)は、やることはすべてやりつくしたと満足しそのまま引退する。 大学を卒業後、内定をもらっている会社から呼び出しがあり行ってみると「我が社で配信予定のVRMMOを、プレイヤー兼チェック係としてプレイしてくれないか?」と言われた。 生産職のトップまで上り詰めた男が、再び生産職でトップを目指す! 更新頻度は不定期です。 思いついた内容を書き殴っているだけの垂れ流しですのでその点をご理解ご了承いただければ幸いです。 ※この小説は【アルファポリス】及び【小説家になろう】の同時配信で投稿しています。

40代(男)アバターで無双する少女

かのよ
SF
同年代の子達と放課後寄り道するよりも、VRMMOでおじさんになってるほうが幸せだ。オープンフィールドの狩りゲーで大剣使いをしているガルドこと佐野みずき。女子高生であることを完璧に隠しながら、親父どもが集まるギルドにいい感じに馴染んでいる…! ひたすらクエストをやりこみ、酒場で仲間と談笑しているおじさんの皮を被った17歳。しかし平穏だった非日常を、唐突なギルドのオフ会とログアウト不可能の文字が破壊する! 序盤はVRMMO+日常系、中盤から転移系の物語に移行していきます。 表紙は茶二三様から頂きました!ありがとうございます!! 校正を加え同人誌版を出しています! https://00kanoyooo.booth.pm/ こちらにて通販しています。 更新は定期日程で毎月4回行います(2・9・17・23日です) 小説家になろうにも「40代(男)アバターで無双するJK」という名前で投稿しています。 この作品はフィクションです。作中における犯罪行為を真似すると犯罪になります。それらを認可・奨励するものではありません。

後方支援なら任せてください〜幼馴染にS級クランを追放された【薬師】の私は、拾ってくれたクラマスを影から支えて成り上がらせることにしました〜

黄舞
SF
「お前もういらないから」  大人気VRMMORPGゲーム【マルメリア・オンライン】に誘った本人である幼馴染から受けた言葉に、私は気を失いそうになった。  彼、S級クランのクランマスターであるユースケは、それだけ伝えるといきなりクラマス権限であるキック、つまりクラン追放をした。 「なんで!? 私、ユースケのために一生懸命言われた通りに薬作ったよ? なんでいきなりキックされるの!?」 「薬なんて買えばいいだろ。次の攻城戦こそランキング一位狙ってるから。薬作るしか能のないお前、はっきり言って邪魔なんだよね」  個別チャットで送ったメッセージに返ってきた言葉に、私の中の何かが壊れた。 「そう……なら、私が今までどれだけこのクランに役に立っていたか思い知らせてあげる……後から泣きついたって知らないんだから!!」  現実でも優秀でイケメンでモテる幼馴染に、少しでも気に入られようと尽くしたことで得たこのスキルや装備。  私ほど薬作製に秀でたプレイヤーは居ないと自負がある。  その力、思う存分見せつけてあげるわ!! VRMMORPGとは仮想現実、大規模、多人数参加型、オンライン、ロールプレイングゲームのことです。 つまり現実世界があって、その人たちが仮想現実空間でオンラインでゲームをしているお話です。 嬉しいことにあまりこういったものに馴染みがない人も楽しんで貰っているようなので記載しておきます。

処理中です...