採取はゲームの基本です!! ~採取道具でだって戦えます~

一色 遥

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第3章

第302話 たったひとりのイメージが、空間を作り上げる

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「秋良君の聞きたかったことの答えにはなっていないだろうけれど、私が話せることはそれくらいかな」
「いえ、十分すぎるくらいです。ありがとうございます」

 槍剣家のリビングで、僕はお義父さん(仮)に軽く頭を下げる。
 彼は満足そうに微笑んだ後、自分用のカップを空にして、「それじゃ、私はこの辺で」と席を立った。
 その時、合わせたかのように廊下へと繋がる扉が開いた。

「お、博士もここにいたのか。俺、少し出てくる」

 開いた扉から顔を覗かせた男性が、短くそう言って扉を閉める。
 なんとなく見たことのある顔の様な……?

「あの、もしかしてさっきのって」
「ああ、うん。秋良君の知っている名前で言えば、“ウォン”だね」
「やっぱり。ウォンさんもここに住んでたんですね」
「そうだね。リュンやフェンと同じ立場、と言えばわかるかな?」

 あの2人と同じ立場……。
 そういえば、この間フェンさんが言ってた“一度死んでる”って言葉は、なんだったんだろうか?
 あの言葉をそのまま受けとるのは、さすがに違う……よね?

「お父さん、少しお願いがある」

 思考の渦に入りかけていた僕を置いて、出ていこうとしていたお義父さん(仮)をラミナさんが止めていた。
 そのことに気づいて、すぐに思考を切り替える。
 だって、そのあとに続いて出てきたお願いが「アキの体を調べてほしい」だったから。

「ふむ。秋良君の体を調べるっていうのはどうして?」
「影響」
「なるほど。アバターデータのバグによる影響が出てないか調べてほしいってわけだね。うん、それなら良いよ。こっちとしても、より詳細なデータが取れるしね」
「そう」

 なんか2人の間で話がついたみたいだけど、当事者の僕が完全においていかれてる……。
 たぶん、あっちでの僕が女の子になってるから、それの影響が出てないかどうかを調べるって感じなんだろうけど。
 でも、調べるっていってもどうやって?

「それじゃ秋良君、私のラボに来てもらおうか。そこで検査するよ」
「ラボですか? えっと……」
「実奈が連れて行く。大丈夫」
「ああ、うん。わかった」

 僕の前におかれた紅茶のカップを見て、時間がかかると思ったのか、お義父さん(仮)は「私は先に行って準備しておくよ」と、改めて背を向けた。
 そうして、扉を開けて外へと出ていく彼を見送りながら、僕は「検査って何をするの?」と、至極当たり前の質問を隣の彼女にぶつける。
 しかし彼女は首を傾げるだけで、明確な答えは知らないみたいだった。

◇◇◇

「それじゃ、秋良君。そこに寝てもらえるかな」
「はい」
「VRゲームをするときみたいな感じに、リラックスをしておいてね」

 なんて言いながら、お義父さん(仮)は僕の上へと半透明の蓋を被せてくる。
 たぶん、僕が寝ているベッドの外から見れば、今のベッドの形状は卵を縦に割ったような感じの形になっているはずだ。
 あまり詳しくは知らないけれど、SFモノの映画なんかによくある、“冷凍睡眠室”みたいな形だろう。

「秋良君、聞こえるかい? 今はベッド内部のスピーカーから私の声が出るようにしてあるけれど」
「はい、聞こえます」
「……よし、こっちの設定も大丈夫そうだ。それじゃ、検査を始めるね。これから秋良君には半睡眠状態に入ってもらいます。体は寝ているけれど、頭は起きているみたいな感じの状態にね」

 それはつまり、<Life Game>にログインしている状態と同じ状態、ということだろうか。
 あれも、体は寝ているけれど、頭は起きてるって状態なわけだし。
 つまりこの装置は、ゲームをしているときと同じ状況にもっていくための装置ってことなんだろう。

「秋良君がその状態になったら、体の方は自動的に検査してくれるんだけど、それとは別に秋良君には質問に答えてもらうことになるよ。まぁ、VR空間の診療所みたいなものだと思ってくれればいいかな」
「わかりました」
「ちなみに、機器が繋がってる関係上、嘘とかは通用しないからね」
「……なるほど」

 質問に対して、無意識的に考えたことも察知されるってことなんだろう。
 まぁ、ゲーム内で体を動かしたりとか、思考をスキルに変換したりするくらいできるんだし、今更驚いたりはしないけどさ。

「それじゃ、開始するよ。次に起きたときは診療所の中だと思っておいてね」

 僕がその言葉に疑問を覚え、声に出すよりも先に……僕の意識は途切れ、気がついたときには白い壁に囲まれた、不思議な空間にいた。

「ここは、」
「やあ、秋良君。ここは君の脳内が描き出した、君の診療所イメージの中さ」

 僕の認知外の場所から、そんな不思議な声が聞こえてきた。
 男性でも女性でもない、でも機械音声ってわけでもなく、不思議と肉声のような温かみもあって……でもどこか無機質のような、そんな不思議な声が。
 そんな声が言った“僕の脳内が描き出した、僕の診療所イメージ”とは、いったいなんなんだろう?

「そこに疑問を持つのはわかるけれど、この空間はまさにそう言うしかない空間なのさ。覚えているかい? 君がこの空間で目覚める直前に言われた言葉を」
「うん。診療所の中だと思っておいてって……」
「そう、それがこの空間を形成するひとつのきっかけになったのさ。君はその言葉を通して、疑問と共に脳内でこの空間をイメージした。だからこそ、この空間は作られたのさ」
「んん……? つまり、この空間は僕のイメージで成り立ってるってこと?」
「そうさ。だから、君がイメージを切り替え、今いる場所を違う場所だと強くイメージすれば、風景は変わる。そうだね、試しにリビングをイメージしてみるといいさ」

 リビング?
 リビング……リビング……椅子があって、机と、紅茶とかクッキーとかがあったり……。

 集中するように目を閉じて、僕はイメージを膨らませる。
 想像するのは、ついさっきまでいた実奈さんの家のリビングだ。
 記憶が新しい分、想像がしやすいから。

 なんて、僕が唸りながら集中していれば、「ほら、目を開けてみるといいさ」と声が響く。
 その声に恐る恐る目を開けば……辺りの風景は一変していた。
 まさに先程までいた、白い壁と木の机と椅子があるリビングに。

「す、すごい……」
「君のイメージと、記憶から読み出して構成されたリビングがこれさ」
「なるほど。これだけ情報を読み出せるなら、さっきお義父さん(仮)が言ってた“嘘とかは通用しない”っていうのも、信憑性が強まるね」
「わかってもらえて嬉しいさ。それじゃ、始めよう。まず始めに――」

◇◆◇

 一方、秋良がラボへと移動した頃、槍剣家から程近い駅にて、2人の男が会っていた。
 片方は、槍剣家にて一瞬顔を覗かせた、どこにでもいそうな特徴という特徴のない、ごくごく普通の外見をした男――ゲーム内にてウォンと名乗っている男。
 そして、もう片方は……クセのある金の髪を持ち、10人いれば7人はイケメンと答えるであろう、少しつり目の男の2人だ。

「なぁ、ウォン。なんや、話があるとか言うとったけど、あっちじゃアカンのか?」
「リアルでウォンって呼ぶなよ。なに、ゲーム内でリアルの話をするのはマナー違反だろ? だからリアルで話しようぜってことだよ」
「ああ、すまんな。そりゃわかるが、念話かてあるんやから、マナーもクソもないやろ? ま、ええけど」
「ははっ、ありがとよ」

 笑いながらウォンは手に持っていた缶コーヒーを相手へと放る。
 それはなんてことない、お礼みたいなものだ。
 “お互いの立場を無視して話ができる”――そんな空気を読んでくれた相手への。

「で、王里おうり。なんの用や? つまらん用事やったら金切るで?」
「うっわ、怖えな。博士と娘さんの命、掛けられてんのか」
「はは、せやで。俺を動かすんやったら、そんくらいは見てもらわんとな」
「じゃ、さっさと話すか。なぁ、冬馬とうま。今度の土曜って空いてるか?」
「土曜? 空けとるけど、その日ってアップデートやろ? こないだうちにも通達来とったし」
「ああ、そうなんだが……。ちょうど同じ日にな――」

 ウォン、もとい王里の話に、冬馬は耳を傾け……その口を大きく歪めて笑う。
 その反応を見て、どうやら浪費時間分の話にはなったらしいと、ウォンは小さく息を吐いた。
 
(ただまぁ、こいつがこの顔をする時は、あとの行動がちょっと予想がつかないんだよなぁ……)

「了解や。ええで、昼過ぎまでは付きうたる」
「お、サンキュウ。ま、冬馬がいればあいつらがリアルで暴れることはないだろ」
「ま、仕方ねぇから利用されてやるわ。さて、そんじゃこっちも仕込みしとくか」
「……仕込み? おい、なにするつもりだ?」
「荒らす気はねぇから、安心しとけって。ちょっと呼びたいやつがいるだけやで。そんじゃ、またな」

 笑ったまま王里に背を向け、冬馬は駅の構内へと入っていく。
 王里が声をかけても振り返ることなく、冬馬は人混みに紛れ……王里の視界から、その姿を消したのだった。
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