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第3章

第299話 祭りの日は刻々と近づく

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「それでは文化祭での出し物は、大正浪漫風味メイド喫茶ということで決定です!」

 そう、教卓の傍に立った女の子――僕らのクラスの実行委員が大きな声で宣言した。
 出したい物も特に無かった僕としては、何になっても問題はないんだけど……大正浪漫風メイド喫茶って何。
 案が出たときから謎だったけど、男子の夢とか女子の憧れとかなんか色々言われて意味がわからなかった。
 そして、それが一番票を集めるっていうのも意味が分からなかった……。

「ねぇ実奈さん。大正浪漫風メイドって何かわかる?」
「ん、わかる」
「分かるのか……。もしかして分かってないのって僕だけ?」

 僕の問いかけに隣の席の実奈さんは無言で顔を逸らす。
 ああ、たぶんそういうことなんだろうなぁ……。

「それで、大正浪漫風メイドって結局なんなの?」
「ん、それは――」「それは俺が説明するぞ!」
「た、田淵君!?」

 実奈さんの話を遮るように僕らの間に人影が現れ、あろうことか彼女のセリフを奪ってしまう。
 いや、別に誰が説明してくれても良いんだけど……田淵君はなんでそんなにイキイキしてるんだろう。

「大正浪漫風メイド……それは、男の夢。古き良き日本の象徴たる着物をメインに置きながらも、一味ひとあじのアクセントとして、洋の文化たるメイド感を足した……まさに、全人類の愛の結晶!」
「た、田淵君……? ちょっと怖いよ」
「もちろん着物は、当時の女学生に大流行していた矢絣やがすり模様が定番だ。朱や紺、緑などなど……色は多岐に渡るが、そこは着る当人達に合わせた色で問題はないだろう!」

 ぐいっと勢いのまま顔を近づけてくる田淵君に「そ、そうだね」と、僕は同意することしか出来ない。
 というか、同意以外の言葉を言っても、彼の耳には入らなそうだ。

「そんな色とりどりの矢絣模様の着物に袴を合わせ、白い無垢なエプロンを身につける……良い……とても良いと思わないか、宮古!」
「え、えーっと……」
「思うだろう!? そうだよな! お前だって男だもんな! わかるぞ、その気持ちは」

 特に同意してすらいないのに、彼の耳……いや頭の中には、僕が同意した姿が見えたらしい。
 そんな彼に困りつつ、“助けて”という気持ちで実奈さんの方へと視線を向ければ……彼女は僕とバッチリ目を合わせ頷く。
 そして、「アキ、実奈が着たら嬉しい?」と訳分からないことを聞いてきた。

「ええ……?」
槍剣やつるぎさん! 俺は嬉しいです! 最高です!」
「アキは?」
「え、あの俺の意見は……」
「アキは?」

 僕の方に目線を向けたままの実奈さんに、「耳に入ってすらない……」と一気に意気消沈した田淵君は、ありがたいことに僕の傍から離れてくれる。
 しかし、それはつまり……僕と実奈さんの間に壁は無くなったという事実でもあって……。

「……それ、僕が答える必要ってあるの?」
「実奈が知りたい。だから教えて」
「えー、あー……うーん……。嬉しい、んじゃないかなぁ?」
「そう」

 短く呟いた実奈さんが、視線を僕から外す。
 普通なら興味を無くしただけの仕草に見えるはずのその仕草が、僕にはなんだか少し照れてるように見えた。
 見間違いかもしれないけれど。

「まぁ、そんな感じのお店にするなら、僕らは裏方かな。調理とか、荷運びとか」
「まぁ、そうだろうな。運のいいことに……いやむしろ天が授けてくれた幸運のようにこのクラスには綺麗から可愛いまでの女子が集まっている! これはまさに、メイド喫茶をやれという導きに違いない!」
「あ、ああ、うん……そうだねー」
「従って、俺たちのような男はその存在すらメイド喫茶のなかにいれてはいけない……!」
「それって、お客さんも入れなくない?」
「ゆえに、俺たちは裏方に徹するのだ!」

 まったく聞いてないな。
 まあ実際、花奈さんのクラスから合流した人たちも、仲間だからっていう何割かの贔屓目があるとしても、みんな外見が整ってるって思う。
 だからこそ、余計に大正浪漫風メイド喫茶なんていう案が通ったんだろうね。

「あ、宮古君、ちょっと良い?」
「ん? なんですか?」

 田渕君の熱弁を右から左に流しつつ、ぼーっとクラスを眺めていた僕に声がかかる。
 声をかけてきたのは、隣のクラスの女子……もっと言えば、花奈さんのところの実行委員だった。

「さっき槍剣さんから聞いたんだけど、宮古君って料理ができるの?」
「あー、槍剣さんってお姉さんの方ですか? 一応って感じですけど、まだまだ全然ですよ」
「そうそう。大丈夫、包丁が使えるなら何でも良いわ」

 詳しく話を聞くと、調理の担当というよりも、下ごしらえの担当みたいな感じのことを言われた。
 決まった通りに食材を切ったりとかする程度らしい。
 ――そもそも、何を作るのかすら僕は知らないんだが。

「アキちゃんなら大丈夫だよー! いつも通り、しゅばばばって感じでやってくれるはずー!」
「いや、花奈さん……。それはさすがに厳しいって」
「大丈夫大丈夫! アキちゃんを信じてる!」
「信じられたところで、実力は上がらないよ!?」

 僕のツッコミ空しく、花奈さんはアハハーと笑う。
 そんな彼女に肩を落としつつ、やれることはやろう……と思っていた僕の袖を、誰かが摘まんだ。

 誰かっていうか、そんなことをするのは実奈さんくらいしかいないんだけど。

「アキが調理に回るなら、実奈も」
「え、いや、実奈さんは接客側じゃないの?」
「……本番以外」
「ああ、なるほど。実行委員さん、どうかな?」

 と、僕が聞いてみるが返答がない。
 よくよく見れば、彼女は実奈さんの方を凝視しつつ、鼻から赤いものを出していた。
 いや、なんでこの人鼻血吹いてるの……?

「はっ!? すいません、なにか尊いものを見てしまったような気がして……」
「いえ、大丈夫ですからとりあえず鼻を拭いてください」
「かたじけない」

 ……なんで武士なんだろう。
 そんな感想を抱きつつも、僕はしっかりと口を閉じたまま彼女が落ち着くのを待ち、再度実奈さんのことを聞いてみた。

「もちろん大丈夫です。むしろ、おふたりは一緒にいてくれた方が助かります」
「……? それはどうして」

 よくわからず問いかけた僕の耳のそばに彼女は口を寄せて、「花奈さん以外で、実奈さんと話ができる人は貴重なんですよ」と呟いた。
 ……なるほど、それはたしかに。

「ではおふたりは、準備の時は調理の方に行ってくださいね」
「わかりました」「ん」
「花奈さんは……特にないので、私のそばでサポートしてくださいね」
「はーい! まかせて!」

 あ、これは戦力外通知だ。
 野に放つよりも、そばで見ておいた方がいいって考えたな……?
 それはきっと正しいと思う。

 そんな彼女たちが僕らから離れていったところで、僕は隣に立ったままの実奈さんへと向き直ると、「まぁ、とりあえずはメニューが決まってからかな」と、彼女に笑いかける。

「ん。あっち」
「調理チーム?」
「そう」

 彼女が指をさした方には、女の子たちが集まっていた。
 全員で8人ほど、どうやら女子の半数近くが調理チームみたいだ。

「なんていうか、混ざりにくい集団だね」
「ん」
「実奈さんは普通に混ざれるんじゃない?」
「……苦手」

 どうやら実奈さんは人と話すのが苦手らしい……それは何となく察してたけども。
 でも、僕とは普通に会話できてるんだし大丈夫なんじゃないかな?

「まぁ、ここで尻込みしてても意味がないし……いきますか」
「ん、頑張れ」
「いや、実奈さんも来てよ!?」
「……ん」

 仕方ないな、と言わんばかりの声色と動きで、僕のあとについてくる。
 おかしい……普通は同性だからってことで、実奈さんが先導してくれもいいはずなのに……。

「あれ? 宮古君も、こっちなん?」
「あー、うん。僕と……彼女が」
「ん、そう」
「そっかー、よろしくねー」

 彼女の言葉についで、他の子も「よろしくー」と声をかけてくれる。
 どうやら彼女がリーダーみたいだ。
 ちなみに、名前は園崎さんっていうらしい。
 花奈さんのクラスの人なんだけど、なんで僕のことを知っていたのかは知らない。

「それで、今は何を話してたの?」
「あー、メニューの案みたいな? とりあえず好きなもんとか、作れそうなやつとかを聞いてたって感じかな」
「なるほど。それで、どんな感じなの?」

 軽く聞いた僕に頷きつつ、彼女は机に置いていたメモを取って「こんな感じ」と見せてくれた。
 そこに記されていたのは、たくさんの料理。
 大きくメインとデザートに分けてメモしてあるみたいだ。

「なるほどなるほど……。コンロとかって何個借りれるんだっけ?」
「2個。小さい」
「ふむ……となると、メインは火を極力使わないメニューの方が良さそうだね」
「ん」

 というのも、小さいコンロをメインで使うことになると、ガスの量まで計算にいれなきゃいけなくなってくるから。
 保温なら、時々火にかける程度でもいいんだけど……。

「デザート、洋風しかない」
「たしかにそうだね。クッキーとかケーキとか」
「あー、それは私も思ってた。大正浪漫風ってくらいなら、和風があった方が良いよね」

 園崎さんの意見には僕はおろか、全員が頷いた。
 でも、メモに載ってなかったってことは……誰も作れないんじゃないだろうか。

「作れる」

 しかし、そんな心配は隣に立つ彼女が吹き飛ばしてくれた。
 しかも、はっきりとした声で。

「実奈さん作れるの?」
「ん。といっても、簡単なのだけ」
「それでも十分だって。ちなみに何が作れる?」

 僕の質問に、彼女は少し嬉しそうな空気を纏わせながらも「お団子、おしるこ……」と指折り数えてくれた。
 なお、相変わらずの無表情ではあったが。

「準備がどうかによるけど、お団子はいいかもしれないね。きな粉とか醤油とかで味のバリエーションも作れるし」
「ん」
「それになによりも見映えが良い。お茶とお団子って言えば、時代劇の茶屋の定番だし」

 大正浪漫風って言うくらいだから、内装もある程度和風に近づけるだろうし……。
 それに、他のクラスが喫茶店とかやってもお団子なら被らない気がする。

「で、どうかな園崎さん」
「良いんじゃないかな? メインは逆に洋風にしても、大正浪漫風ってところが生きるだろうから」
「ん、実奈もそう思う」
「それじゃ、あとはメインを決めて……」

 そんなこんなで話しつつ、最終的には持ち運びやら作りおきやらの関係で、メインはサンドイッチ系にすることが決まった。
 中身のバリエーションで種類が作れるから、とても手軽だしね。
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