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第3章
第296話 言葉は月と共に沈み、その手には温かな朝が来る
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VR……つまり仮想現実は、人を惹きつけて止まない。
それは、実際には体験できないことであっても、VR技術を使えば、まるで体験しているかのように感じることが出来るからだ。
遠い異国の地を歩くことも、深い海の底へと行くことも、古代の生物に触ることも、迫力あるオーケストラを聴くことも……全てが、VRなら叶う。
その場にいるままで、学生でも手に入れられる程度のお金を使うだけで。
だからこそ、VRは人を惹きつけて止まない。
――けれど、VRは必ずしも良いことばかりを提供してくれる技術ではなかった。
手軽に旅行や会合ができるようになると、人は今までそれらを行っていた場所へは向かわなくなっていったらしい。
つまり、旅行会社や飲食店……そこから波及するかのように航空事業や農業、畜産に至るまで……ことごとくが少なからずダメージを受けることとなった。
また、成人病と言われていた数々の病気も、出不精や運動不足が相成ることで、発病患者数も増え、さらに精神に直接作用するVRならではの病気も発見されるようになってしまった。
しかし皮肉なことに、医療業界はVR技術のおかげで大きく進歩したらしい。
元々、病巣箇所の特定や手術手順の確認など、様々なことに空間投影技術が用いられていたが、VR技術を使う事で、遠方にいながらも、手術を行うことが可能になったのだ。
つまり、患者の肉体をVR世界に投影し、VR世界で医師が手術をする。
それを、現実の世界で機械に反映させることで、遠隔操作を可能とした、というわけである。
「――それが、VR技術の発展で可能となったことよ」
僕の質問に対して、フェンさんはまるで違う話を僕にしてくれた。
いや、僕が訊いたのはフェンさん達3人のことなんだけど……。
「ふふ、分かってるわぁ。でも、VR技術については知っておいて欲しかったの」
「それはまぁ……」
以前、アルさんに言われたことを思い出す。
確かあの時は――「脳の精神が肉体に与える力は、時に想像を絶する事をその身に起こす。まだフルダイブどころか、視覚と聴覚のみでもVRと呼ばれていた頃、こんな話があった。VR空間で死ぬと現実の身体に異変が起きた、という話だ。実際に死んだわけではないが、手足が震え、呼吸は乱れ、力も入らず……と。現実の身体には何もされていないのにも関わらず、だ。それほどに、精神は肉体に影響を及ぼす」だったかな?
あと、現実と違いすぎる肉体を操作することで、脳が勘違いするとかそんな話もあったかもしれない。
「――って話を以前アルさんに訊いた覚えがあります」
「ええ、その通りねぇ。実際、VR空間で高所からの転落をしたことから高所恐怖症になってしまった人もいるらしいわ。もちろん、VR空間で緩和されたって人もいるみたいだけどぉ」
「それも、VR技術が脳に直接作用するってことなんですか?」
「正確には違うみたいねぇ。脳に作用する、というよりも、潜在記憶に残るというのが正しいかしら」
潜在記憶に残る?
そもそもソレってなんだろう……。
「潜在記憶はねぇ、無意識に思い出すことや、反射的行動の原因だったり、言葉に言い表せれない不確かな記憶なんかがそうねぇ」
「なるほど……それで高所恐怖症に関係するんですか」
「それも勿論だけど。身体の動かし方もまさにソレよぉ」
「――!」
色々なところが繋がってきたような気がする。
3人がVRゲームに参加している理由……確かリュンさんが研究所にいる理由が、研究材料って言ってたはず。
つまり、VRゲームを使って、何かの実験をしてる……?
「ふふ、なんとなく見えてきたみたいねぇ」
「……まだ全然ですけど」
「ミーからリュン達のことを伝えるのは簡単だけどぉ……少し焦らしちゃおうかしらぁ」
「む、それはつまり話してもらえないってことですか?」
「女は秘密がある方が魅力的、でしょ?」
そう言って魅惑的にウィンクをするフェンさん。
女はって……フェンさん一応男性では……。
「でも、そうねぇ。ヒントだけはあげるわぁ。――ミーもリュンも、もちろんウォンも、」
「全員、一度死んでるわ」
◇
あの言葉を〆に、フェンさんは「時間が来たからミーは寝るわねぇ」と、僕の制止も聞かずテントへと入っていってしまった。
ああもう、少しは2人のことが知れるかと思ったのに、余計訳が分からなくなったじゃないか!
「――アキ」
そんな風によく分からない憤りを抱えていた僕の背後から、誰かに呼びかけられた。
交代するような時間はまだ来てないけど……。
「大丈夫?」
「ラミナさん? まだ時間じゃないと思うんだけど」
「ん、分かってる」
困惑する僕を尻目に、彼女はすぐ傍へと腰を落ち着ける。
そして、何も言わず空を見上げた。
そんな彼女の行動に、なんだか怒っていたことが空しく思え、僕もまた空を見上げることにした。
「少し空が明るくなってきたね」
「ん」
時間はそろそろ4時くらい。
まだ完全に朝という感じではないけれど、空の端の方が白んできていて、夜の暗さは感じられなくなっていた。
だから余計に……隣りに座るラミナさんの顔がよく見えて、あの寝顔を思い出してしまう。
――いや、あれは忘れろ、忘れるんだ。
「アキ?」
「な、なんでもないよ!?」
「そう」
少しばかりジトッとした目で僕を見てから、彼女はまた空を見上げる。
その姿に、僕は小さく息を吐いてから、口を開いた。
「ねえ、ラミナさん。ラミナさんはリュンさん達のことって何か聞いてたりしない?」
「リュン?」
「うん。ちょっと不思議な人達だから、気になってね」
「そう。……でも知らない。ラミナも会ったのは引っ越してからだから」
「それもそっか」
「ん」
短く切られた返事に僕は何も続けられず、また無言の時間が流れる。
けれどその時間は、そこまで不快なものではなくて……むしろ少し心地良いような、そんな不思議な時間だった。
「アキ、ありがとう」
ただ黙って空を見るだけの時間を楽しんでいた僕に、突然そんな言葉がかかる。
何のことかよくわからず「え、何が?」と聞き返した僕の目に映ったのは、僕を真っ直ぐと見つめる彼女の瞳だった。
「色々。学校で話してくれるようになったことも、ギルドに迎えてくれたことも。もちろん、もっと前からも」
「……あー、それってお礼言われるようなことなのかな?」
「わからない。でも、感謝はしてる」
「そっか。でも、それなら僕もラミナさん達にはありがとうだよ」
苦笑しながらも、そう言った僕の言葉がよく分からなかったのか、彼女は首を傾げる。
うん、その反応になるのはわかるけどね?
僕もそうだったし。
「僕はほら、こっちの世界では女の子だから。学校が始まったら少し心配だったんだよね……夏休みをほとんどゲームに費やしちゃったし」
「……?」
「あー……なんて言うのかな、友達との話題作りが出来ないっていうのかな? ほら、このゲームの話にしても、僕からはやってるとは言えないわけだし」
そこまで言ってようやく合点がいったのか、彼女は「そう」と一言だけいってフッと僕から顔を逸らす。
相変わらず無表情のままだけれど、赤くなっている頬が朝日のせいじゃないことくらいは、僕にだって分かった。
だから僕はそんな彼女が少し微笑ましく感じて、そっと彼女へと手を伸ばし――
テントの中からの視線に気付いた。
「……何やってるんですか、フェンさん?」
「あら、見つかっちゃった? 気配は上手く隠していたつもりだったんだけど、青春に当てられちゃったかしらぁ」
「そ、そうですか」
タイミングを逃したことで行き場がなくなった手をとりあえず下ろし、さっきまで照れを見せていた彼女の方を見てみれば……あ、これは怒ってる、絶対に怒ってるやつだ。
表情は普段と変わらないけど、なんかこう雰囲気がね?
「フェン」
「な、なにかしら?」
「今日の朝ご飯、納豆とゴーヤのホットサンドにするから」
「そ、それはちょっと厳しくないかしらぁ……?」
「……何?」
「な、なんでもないわ」
鬼神のごとき怒りを漂わせるラミナさんに、さすがのフェンさんも分が悪いと諦めたのか……少し哀しそうな顔をしながら「それじゃあ、ミーは少しだけ寝るわねぇ……」とテントの中へと戻っていった。
むしろ今まで寝てなかったんだろうか……?
「ねぇ、ラミナさん」
「……?」
「その、納豆とゴーヤのホットサンドって美味しいの……?」
「知らない」
「そ、そっかー」
どうやらメイン使う朝ご飯の食材以外のものだと、ちょうどその2つが余るらしい。
納豆はどうやらウォンさんが朝に食べるらしく、買い置きがあるとかなんとか。
いや、こういう家庭的でしっかりした所とか、魅力的な所だと思うけど……怒らせると怖いことになるんだなぁ……。
怒らせないようにしないと。
「アキ」
「ん?」
「……」
突然僕の名前を呼んだ彼女は、それから何も言わず……ズイッと頭を寄せてくる。
いったい何だろう……とか思っていた僕に対して、さらにズズイッっと身体を寄せてきて、そこでようやく僕も理解が追いついた。
――続きをしろってことかー!?
「いや、ラミナさんその」
「……?」
「あーいったことはその雰囲気とか、ほら他にもその……色々ほら」
「今ふたりっきり」
「いや、そうだけど」
そうだけどそうじゃないっていうか。
なんて言葉にしたらいいのか……と悩んでいた僕が焦れったくなったのか、ラミナさんはさらに身を寄せてきて、
「ちょ、ちょっとラミナさん!?」
「アキ、遅い」
「いやそういう問題じゃなくて!」
「……ラミナは触れて欲しい。もっと、アキにいっぱい」
「そそそ、そんなこと言われてもー!?」
もはや寄り添うどころか、密着してるほどに近くに寄られて……僕の両手は完全に行き場をなくしていた。
俗に言う、両手を上げろって状態だ。
「……アキ」
「ああ、もう! 分かった、分かったから!」
横に座っていたはずなのに、今となっては向かい合って、顔と顔が触れあいそうなくらいに近くにいる。
ここまでされてしまうと、僕としてはもう恥ずかしいとか、雰囲気が、なんて言ってられない。
だから僕は仕方なく、そう仕方なく……上げていた腕を下ろし、彼女の身体を抱きしめた。
「ん」
「さすがに押しが強すぎるよ」
「チャンスだったから」
「いや、チャンスって……さっき乱入されたのに」
「フェンは後でお仕置きするからいい」
「いや、良くないよ!?」
見つめてくる瞳が、一瞬昏い色を見せたように感じて、僕は思わずツッコミを入れてしまう。
それでも彼女は顔色ひとつ変えず、「分かってる」とだけ呟いた。
いや、分かってる感じがしないんだけど……?
そんなこんなで、(彼女が離してくれないから)僕らは抱き合った姿勢のまま、その後もちょっとした雑談とか、無言の時間とかを過ごして……気付けば空は青く輝いていた。
それは、実際には体験できないことであっても、VR技術を使えば、まるで体験しているかのように感じることが出来るからだ。
遠い異国の地を歩くことも、深い海の底へと行くことも、古代の生物に触ることも、迫力あるオーケストラを聴くことも……全てが、VRなら叶う。
その場にいるままで、学生でも手に入れられる程度のお金を使うだけで。
だからこそ、VRは人を惹きつけて止まない。
――けれど、VRは必ずしも良いことばかりを提供してくれる技術ではなかった。
手軽に旅行や会合ができるようになると、人は今までそれらを行っていた場所へは向かわなくなっていったらしい。
つまり、旅行会社や飲食店……そこから波及するかのように航空事業や農業、畜産に至るまで……ことごとくが少なからずダメージを受けることとなった。
また、成人病と言われていた数々の病気も、出不精や運動不足が相成ることで、発病患者数も増え、さらに精神に直接作用するVRならではの病気も発見されるようになってしまった。
しかし皮肉なことに、医療業界はVR技術のおかげで大きく進歩したらしい。
元々、病巣箇所の特定や手術手順の確認など、様々なことに空間投影技術が用いられていたが、VR技術を使う事で、遠方にいながらも、手術を行うことが可能になったのだ。
つまり、患者の肉体をVR世界に投影し、VR世界で医師が手術をする。
それを、現実の世界で機械に反映させることで、遠隔操作を可能とした、というわけである。
「――それが、VR技術の発展で可能となったことよ」
僕の質問に対して、フェンさんはまるで違う話を僕にしてくれた。
いや、僕が訊いたのはフェンさん達3人のことなんだけど……。
「ふふ、分かってるわぁ。でも、VR技術については知っておいて欲しかったの」
「それはまぁ……」
以前、アルさんに言われたことを思い出す。
確かあの時は――「脳の精神が肉体に与える力は、時に想像を絶する事をその身に起こす。まだフルダイブどころか、視覚と聴覚のみでもVRと呼ばれていた頃、こんな話があった。VR空間で死ぬと現実の身体に異変が起きた、という話だ。実際に死んだわけではないが、手足が震え、呼吸は乱れ、力も入らず……と。現実の身体には何もされていないのにも関わらず、だ。それほどに、精神は肉体に影響を及ぼす」だったかな?
あと、現実と違いすぎる肉体を操作することで、脳が勘違いするとかそんな話もあったかもしれない。
「――って話を以前アルさんに訊いた覚えがあります」
「ええ、その通りねぇ。実際、VR空間で高所からの転落をしたことから高所恐怖症になってしまった人もいるらしいわ。もちろん、VR空間で緩和されたって人もいるみたいだけどぉ」
「それも、VR技術が脳に直接作用するってことなんですか?」
「正確には違うみたいねぇ。脳に作用する、というよりも、潜在記憶に残るというのが正しいかしら」
潜在記憶に残る?
そもそもソレってなんだろう……。
「潜在記憶はねぇ、無意識に思い出すことや、反射的行動の原因だったり、言葉に言い表せれない不確かな記憶なんかがそうねぇ」
「なるほど……それで高所恐怖症に関係するんですか」
「それも勿論だけど。身体の動かし方もまさにソレよぉ」
「――!」
色々なところが繋がってきたような気がする。
3人がVRゲームに参加している理由……確かリュンさんが研究所にいる理由が、研究材料って言ってたはず。
つまり、VRゲームを使って、何かの実験をしてる……?
「ふふ、なんとなく見えてきたみたいねぇ」
「……まだ全然ですけど」
「ミーからリュン達のことを伝えるのは簡単だけどぉ……少し焦らしちゃおうかしらぁ」
「む、それはつまり話してもらえないってことですか?」
「女は秘密がある方が魅力的、でしょ?」
そう言って魅惑的にウィンクをするフェンさん。
女はって……フェンさん一応男性では……。
「でも、そうねぇ。ヒントだけはあげるわぁ。――ミーもリュンも、もちろんウォンも、」
「全員、一度死んでるわ」
◇
あの言葉を〆に、フェンさんは「時間が来たからミーは寝るわねぇ」と、僕の制止も聞かずテントへと入っていってしまった。
ああもう、少しは2人のことが知れるかと思ったのに、余計訳が分からなくなったじゃないか!
「――アキ」
そんな風によく分からない憤りを抱えていた僕の背後から、誰かに呼びかけられた。
交代するような時間はまだ来てないけど……。
「大丈夫?」
「ラミナさん? まだ時間じゃないと思うんだけど」
「ん、分かってる」
困惑する僕を尻目に、彼女はすぐ傍へと腰を落ち着ける。
そして、何も言わず空を見上げた。
そんな彼女の行動に、なんだか怒っていたことが空しく思え、僕もまた空を見上げることにした。
「少し空が明るくなってきたね」
「ん」
時間はそろそろ4時くらい。
まだ完全に朝という感じではないけれど、空の端の方が白んできていて、夜の暗さは感じられなくなっていた。
だから余計に……隣りに座るラミナさんの顔がよく見えて、あの寝顔を思い出してしまう。
――いや、あれは忘れろ、忘れるんだ。
「アキ?」
「な、なんでもないよ!?」
「そう」
少しばかりジトッとした目で僕を見てから、彼女はまた空を見上げる。
その姿に、僕は小さく息を吐いてから、口を開いた。
「ねえ、ラミナさん。ラミナさんはリュンさん達のことって何か聞いてたりしない?」
「リュン?」
「うん。ちょっと不思議な人達だから、気になってね」
「そう。……でも知らない。ラミナも会ったのは引っ越してからだから」
「それもそっか」
「ん」
短く切られた返事に僕は何も続けられず、また無言の時間が流れる。
けれどその時間は、そこまで不快なものではなくて……むしろ少し心地良いような、そんな不思議な時間だった。
「アキ、ありがとう」
ただ黙って空を見るだけの時間を楽しんでいた僕に、突然そんな言葉がかかる。
何のことかよくわからず「え、何が?」と聞き返した僕の目に映ったのは、僕を真っ直ぐと見つめる彼女の瞳だった。
「色々。学校で話してくれるようになったことも、ギルドに迎えてくれたことも。もちろん、もっと前からも」
「……あー、それってお礼言われるようなことなのかな?」
「わからない。でも、感謝はしてる」
「そっか。でも、それなら僕もラミナさん達にはありがとうだよ」
苦笑しながらも、そう言った僕の言葉がよく分からなかったのか、彼女は首を傾げる。
うん、その反応になるのはわかるけどね?
僕もそうだったし。
「僕はほら、こっちの世界では女の子だから。学校が始まったら少し心配だったんだよね……夏休みをほとんどゲームに費やしちゃったし」
「……?」
「あー……なんて言うのかな、友達との話題作りが出来ないっていうのかな? ほら、このゲームの話にしても、僕からはやってるとは言えないわけだし」
そこまで言ってようやく合点がいったのか、彼女は「そう」と一言だけいってフッと僕から顔を逸らす。
相変わらず無表情のままだけれど、赤くなっている頬が朝日のせいじゃないことくらいは、僕にだって分かった。
だから僕はそんな彼女が少し微笑ましく感じて、そっと彼女へと手を伸ばし――
テントの中からの視線に気付いた。
「……何やってるんですか、フェンさん?」
「あら、見つかっちゃった? 気配は上手く隠していたつもりだったんだけど、青春に当てられちゃったかしらぁ」
「そ、そうですか」
タイミングを逃したことで行き場がなくなった手をとりあえず下ろし、さっきまで照れを見せていた彼女の方を見てみれば……あ、これは怒ってる、絶対に怒ってるやつだ。
表情は普段と変わらないけど、なんかこう雰囲気がね?
「フェン」
「な、なにかしら?」
「今日の朝ご飯、納豆とゴーヤのホットサンドにするから」
「そ、それはちょっと厳しくないかしらぁ……?」
「……何?」
「な、なんでもないわ」
鬼神のごとき怒りを漂わせるラミナさんに、さすがのフェンさんも分が悪いと諦めたのか……少し哀しそうな顔をしながら「それじゃあ、ミーは少しだけ寝るわねぇ……」とテントの中へと戻っていった。
むしろ今まで寝てなかったんだろうか……?
「ねぇ、ラミナさん」
「……?」
「その、納豆とゴーヤのホットサンドって美味しいの……?」
「知らない」
「そ、そっかー」
どうやらメイン使う朝ご飯の食材以外のものだと、ちょうどその2つが余るらしい。
納豆はどうやらウォンさんが朝に食べるらしく、買い置きがあるとかなんとか。
いや、こういう家庭的でしっかりした所とか、魅力的な所だと思うけど……怒らせると怖いことになるんだなぁ……。
怒らせないようにしないと。
「アキ」
「ん?」
「……」
突然僕の名前を呼んだ彼女は、それから何も言わず……ズイッと頭を寄せてくる。
いったい何だろう……とか思っていた僕に対して、さらにズズイッっと身体を寄せてきて、そこでようやく僕も理解が追いついた。
――続きをしろってことかー!?
「いや、ラミナさんその」
「……?」
「あーいったことはその雰囲気とか、ほら他にもその……色々ほら」
「今ふたりっきり」
「いや、そうだけど」
そうだけどそうじゃないっていうか。
なんて言葉にしたらいいのか……と悩んでいた僕が焦れったくなったのか、ラミナさんはさらに身を寄せてきて、
「ちょ、ちょっとラミナさん!?」
「アキ、遅い」
「いやそういう問題じゃなくて!」
「……ラミナは触れて欲しい。もっと、アキにいっぱい」
「そそそ、そんなこと言われてもー!?」
もはや寄り添うどころか、密着してるほどに近くに寄られて……僕の両手は完全に行き場をなくしていた。
俗に言う、両手を上げろって状態だ。
「……アキ」
「ああ、もう! 分かった、分かったから!」
横に座っていたはずなのに、今となっては向かい合って、顔と顔が触れあいそうなくらいに近くにいる。
ここまでされてしまうと、僕としてはもう恥ずかしいとか、雰囲気が、なんて言ってられない。
だから僕は仕方なく、そう仕方なく……上げていた腕を下ろし、彼女の身体を抱きしめた。
「ん」
「さすがに押しが強すぎるよ」
「チャンスだったから」
「いや、チャンスって……さっき乱入されたのに」
「フェンは後でお仕置きするからいい」
「いや、良くないよ!?」
見つめてくる瞳が、一瞬昏い色を見せたように感じて、僕は思わずツッコミを入れてしまう。
それでも彼女は顔色ひとつ変えず、「分かってる」とだけ呟いた。
いや、分かってる感じがしないんだけど……?
そんなこんなで、(彼女が離してくれないから)僕らは抱き合った姿勢のまま、その後もちょっとした雑談とか、無言の時間とかを過ごして……気付けば空は青く輝いていた。
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