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第3章

第294話 このメンバーでギルドを作って、本当に大丈夫なんだろうか?

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「アキ、大丈夫?」
「……うん、大丈夫」

 手に持ったままだった木札をインベントリにしまい、最後にもう一度だけ、と後ろを振り返った。
 街を出てからすでに十数分は経っていて、僕の視界に入る街も遠く小さなものになっていた。

「あの街にいたんだな」

 僕の隣で、同じように街へと振り返ってくれたラミナさんも、「少し寂しい」と、静かな声で零していた。
 街で過ごしたのはたった1ヶ月程度なのに、これほどに心を締め付けてくるなんて……。

「またいつか……いつか行こう」
「ん」

 互いに頷きあってから街に背を向けて、僕らは再び歩き出す。
 次の街――イルビンへの道を。



 僕らが進んでいる草原は敵の数も少なく、強い魔物も少ない場所なため、僕らは特に警戒することもなく進んでいた。
 まぁ、それに戦闘になっても、ハスタさんとリュンさんがいるし……。
 あの2人がいればほとんど問題ないはず。

「そんなことを思ってないかしらぁ?」
「え、えーっと、その」
「だめよぉ、アキちゃん。慢心は象をも殺しちゃうんだから」

 言いながらバチコーンとウィンクしてくるフェンさんに少し頭を下げつつ、僕は前に伸びる道を確認する。
 しかし、そうは言われても……敵影もないしなぁ……。

「はっ、この辺のやつはあらかたり終わっとるからの」
「リュンちゃんと競争してたからねー!」
「あらあら。どうりでインベントリにアイテムが増えてると思った。リュンもハスタちゃんも、あんまり無茶しちゃだめよぉ?」
「はーい!」

 元気に返事をしながら、再出現した敵に向かって突撃していくハスタさんに、僕らは溜息しか出なかった。
 なお、片割れのリュンさんはすでにいない。
 ハスタさんが向かった方とは別の方から、雄叫びが聞こえてきたので、きっとそっちにいるんだと思う。

「自由」
「そうだね。自由っていうか、もはや無法状態みたいになってるけど」
「アキちゃん、他人ひと事みたいだけど、あなたギルドマスターなのよぉ? 手綱握っておかないとぉ」
「うぐ。いやいや、無理じゃない? あの2人に手綱つけろとか、僕の命が何個あっても足りない気がするよ?」
「大丈夫。死んでも生き返る」
「それは大丈夫とは言わない」

 いつもと同じ無表情でそんなことをさらりと言ってのけるラミナさん。
 そんな彼女にツッコミを入れつつ、周囲を確認すれば……さっきまでより牛が多いな?

「この辺、牛が多いですね?」
「ええ、牛型の魔物――タウロスねぇ」

 魔物……魔物なのかアレ。
 白い身体に黒い模様とごくごく普通の牛で、どうにも魔物に見えないんだけど……。

「アキ、あっち」
「ん?」

 ラミナさんに指差された方を見てみれば、どうやらハスタさんが戦っている。
 あれ?
 牛デカくない?
 身長の2倍近くあるんだけど?

 ――ンモォォォォォォォ!
 と、そうとしか聞こえない声を上げ、その巨体を震わせると、牛はハスタさんへと突撃をかける。
 巨体ながらなかなかのスピードみたいで、ハスタさんもあまり攻撃に移れていないみたいだ。

「結構強いみたいですね」
「えぇ、そうよぉ。タフで、大きくて、力強いの」

 顔を赤らめながら話すフェンさんに、僕はなんとも言えない気持ちになりつつ、そっとラミナさんの耳を塞いだ。
 あの人の言葉を聞いてはいけない。

「……?」
「フェンさん……わざとですか?」
「ふふ、ちょっとした茶目っけよぉ」

 体をくねらせるフェンさんから目を背けつつ、ラミナさんから手を離す。
 無表情なまま首を傾げたラミナさんに「気にしないで」と声をかけてから、再度ハスタさんの方を見てみれば……リュンさんが乱入していた。

「牛、強い」
「確かにタフかも。リュンさんの兜割りが効いてないみたいだし」

 バキィ! と激しい音を鳴らしていたにも関わらず、タウロスは突撃する速度を緩めない。
 でもそれが面白いんだろう。
 リュンさんは先ほどよりもさらに大きく雄叫びを上げて、タウロスに真っ向勝負を仕掛けていた。

「おぉー、突進を受け止めてる」
「戦士としては満点だけど、女の子としては落第ものねぇ……」
「リュン、凄い」

 同じパーティーなのに全く戦闘に関与せず、ほのぼのと見物している僕らの前で、遂に勝敗が決した。
 リュンさんが受け止めている間に、ハスタさんが足回りをメッタ刺しにしたからだ。

「あー倒れるね」
「足、ボロボロ」
「こうなったらおしまいねぇ」

 倒れたタウロスに対して、情け容赦、加えて躊躇いすらひとつとなく、2人は追い打ちをかける。
 もはや鳴くことしか出来ないタウロスは、数十秒なぶられ続けた後……儚く光の粒子となって消えていった。

「可哀想に……」

 僕がそう呟いた直後、ハスタさんの叫び声が響く。
 何事かと思って彼女達の方を見てみれば……そこには、先ほどのタウロスよりも巨大な牛が現れていた。



「りゅ、リュンちゃん、これなにー!?」
「知らぬ! じゃが……魔物であれば、るまでよ!」
「えええぇぇ!?」

 ひとまずと近づいた僕らの耳に、そんな会話が聞こえてきた。
 まぁ、ハスタさんの気持ちはよく分かる。
 さっきの牛でも結構大変そうだったし……それより大きいのは逃げたいよねぇ。

「これ、ネオタウロスじゃないかしら」
「ね、ネオタウロス?」
「えぇ、タウロスのレアねぇ。出現条件はよく分かってないんだけど、出現して10秒くらい殴らなければ消えるはずよぉ」

 なるほど、なら殴らなければ大丈夫かな?
 なんてことを考えていたけれど、そんな希望が叶うわけもない……だってリュンさんがいるし。
 というかこの話をしてる時点ですでに殴ってるし。

「はっ、硬さは変わらぬのう!」
「リュンちゃんのばかー!」

 どうやら、僕たちの方へと逃げてきていたハスタさんには、会話の内容が聞こえていたらしい。
 さらに言えば、ハスタさんの髪が真っ赤なのと、リュンさんの服が赤色なのも相まって……2人が標的みたいですね。

「他人事みたいだけど、頭の色で言えばアキちゃんも狙われると思うわよぉ?」
「……へ?」

 フェンさんからそんな指摘を受けた直後、僕の方に轟音が近づいてきた。
 たぶん、逃げるハスタさんを追いかけて、僕が視界に入ったんだろう。
 って、これちょっとでか……デカすぎない!?

 「わひゃあ」みたいな、なんとも言えない奇声をあげつつ、その場から飛び退く。
 結果、僕は頭から地面へ突っ込んだ。

「……痛い」

 轟音を上げながら走り抜けていく超巨大な牛に、僕は大猪の影を見た気がした。
 あのときも頭から地面に突っ込んだんだよねぇ。
 世界樹やPKとの戦いで、あれだけの危険を体験したはずなのに、全く成長していない……。

「アキ! そのまま引きつけとれ!」
「えええええ!?」

 どうやら巨大牛は、一番倒しやすそうな僕を標的にすることにしたらしい。
 スピードを緩めることもなく、旋回してはまた突っ込んでくる。
 僕はそれを気合いと根性……あと少しの運でなんとか回避を続けていた。

「すれ違いざまにー!」
「姉さん、突撃はしないで」
「あんまり攻撃してたら、ハスタちゃんの方に来ちゃうわよぉ?」
「……ほどほどにする」

 そこはもっと頑張って攻撃して!
 そんな想いを込めながら、僕は地面を蹴り、突進してくる巨大牛の軌道上から横へと逃げる。

 ――ンモオオオオオオ!
 何度目になるか分からない雄叫びを聞きながら、決死の回避を続けること更に10分以上。
 ついに巨大牛は、その足をもつれさせ、地面へと倒れ込んだ。

「はっ、他愛もないのぅ!」
「いまだー! 行くぞー!」

 僕の仲間のうち、戦闘狂の2人が巨大牛へと飛び掛かり、防御を頭から捨てているほどの勢いで攻撃を加え始めた。
 凄惨すぎる戦闘風景に、僕やラミナさん、フェンさんはそっと視線を外し、各々の方法で時間を潰すことに。
 僕はもちろん採取だけどね!

 ――ンモオオオオゥ……。
 巨大牛が倒れてから数分後、採取をする僕の耳に、哀愁を感じさせる牛の鳴き声が聞こえてきた。
 その声に視線を向けた直後、巨大牛は光の粒子になって空へと……。
 ごめんね、牛。
 僕の仲間が狩猟民族アマゾネスで。

「ふん。獲たのは通常の牛と同じものか」
「私も同じかなー」

 僕の方へと歩いてきながら、2人はインベントリを確認して、そんなことを呟いた。
 あれだけ時間がかかって普通の牛と同じ素材って、相手するだけ無駄な気がするなぁ……。

 そう思いつつ、一応インベントリを開いて見れば……変なモノが1つ増えていた。

「ネオタウロス牛乳? なにこれ」
「聞いた事ないわねぇ」
「ふむ、儂も知らんな」

 ラミナさん達も首を振ってるってことは、誰も知らないアイテムってこと?
 でも、アイテム詳細を見ても特に変な事は書いてないしなぁ……。

[ネオタウロス牛乳:ネオタウロスから稀に取れる牛乳。
美味しい。そしてヘルシー。賞味期限は2日]

「う、うーん……?」
「稀に取れるってことはレアってことよねぇ……」
「でも、賞味期限があるってことは、期限切れになったら腐るってことだと思う」
「牛乳の腐った臭いはヤバいよー!」

 あれは確かにヤバい。
 触れてはいけないモノの臭いに変わるから、余計に手が出しにくくなるんだよねぇ……。

「まぁ、分からぬのならひとまず保留にしておくが良い。この先の住民に、既知の者がおるかもしれんしの」
「それもそうだね」

 一暴れして落ち着いたらしいリュンさんの意見に賛同しつつ、僕は[ネオタウロス牛乳]をインベントリにしまった。
 そして、寄り道ばかりで予定より遅れてることもあり、足早に草原を抜けていく事となった。
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