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第2章 現実と仮想現実

第274話 気配の操作

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 今回の話は、ジン視点となります。

――――――――――――――――

 アキがトーマと別れた頃、土の神殿近くの平原では、鈍い音が響き渡っていた。
 それは、突っ込んでくる大猪に対し、俺が真っ向から勝負を挑んでいたからだ。

「牙の片方を折っといて正解だったぜ! 1本なら、俺でも問題無く捌ける!」
「ジン! アンタ、無茶しすぎ! いくら後ろに私達がいるからって、全部受けなくても……」
「そうですよジンさん。距離は取ってますので、安心して避けてください」

 走り抜けた先でUターンし、動きを止めた大猪に対峙していた俺へ、仲間達から心配の声が掛かる。
 アルと違い、俺は攻撃を中心に動きを詰めてきた。
 その関係か……どうしても守りってのが苦手だ。
 それでも守りに入るのは、後ろのリア達を守るため……ではなく、リアの土魔法を当てるチャンスを作るためだった。

 しかし、今のところ1発もリアは撃っていない。
 リアがチャンスを逃すってのは考えにくい……。
 その上、俺に避けろと声をかけるってことは、俺が止めた程度では、チャンスが薄いってことなんだろう。

「……せめてあと1人いればな」

 ぼそりと漏れ出た弱音に首を振り、再度斧を構え、対峙する。
 前にコイツと対峙したのは森の中。
 あの時はトーマがタイミングを知らせてくれたこと、そして、周りの木々が、相手の動きを束縛してくれていたのが大きい。
 今みたいに何もない平原じゃ、ああ上手くはいかないだろう。

 考えてる間にも、大猪はその巨体を揺らしながら突っ込んでくる。
 受けるか、それとも避けるか?
 咄嗟に後ろを確認し、軌道上にリア達がいないことを確認してから、横へ身体をズラした。

 直後、突き抜けて行く大猪。
 その巨体が生む風を受けながらも、斧を叩きつけた。

「どんな筋肉してんだよ! 刃が殆ど入らねえ!」

 肉を断ったというよりも、皮を斬った程度。
 大猪の速度も味方につけたつもりが、これじゃ殆どダメージになってないな。
 ダメージを奪えそうなのは……目と口。
 それに腹も可能性があるな。

「狼の時と同じ箇所だが……腹の下には絶対入れねぇ」

 狼と猪じゃ、足の長さが違いすぎる。
 叩けそうなのは、リアの〔天を貫く砂礫の塔グリティッド・バベル〕くらいか。
 それを狙うなら、もっと足を止めさせる必要があるな。

「……アルがいたら楽なんだがなぁ」
「分かるけど、今それを考えたって仕方ないでしょ!」
「分かってるっての。でもよー、リアもそう思うだろ?」
「それはそうだけど……」
「私もサポートしますから、どうにか倒す方法を考えましょう」

 ティキの言葉に俺たちは頷いて、武器を構え直す。
 しかし、魔法を撃てるだけの隙を作るってなると……やっぱ突進を受け止めるしかないよなぁ……

「――なるほど。なら問題ないな」
「ッ!?」

 俺が猪の突進を受け止めようと意思を固めた直後、すぐ真横から男の声が響いた。
 驚き、距離を取った俺の前には、さも最初から・・・・立っていた・・・・・と言わんばかりに、自然体で立つ男――ウォンがいた。

「なぁ、ジン。手は要らないか?」
「そりゃあると助かるけどよ。でも、お前の役割は指示を無視して動くプレイヤーの対処じゃなかったか?」
「そっちはフェンに任せてある。なに、問題はないだろう」

 言って、ウォンは右手で腰から棒を抜き取り、肩へと担ぐ。
 なんというか……こいつの行動はよく読めない。
 しかし、手を貸してくれるらしいことは、よく分かった。

「それで、何か策があるのか?」
「足を止めれば良いんだろ? なら俺にもやりようはある」

 何を、と聞く前に、大猪が身を低くし、こちらに突っ込んでくる。
 斧を構え直した俺に対し、横に立つウォンは構えることもなく、一歩前へと出た。

「おい、ウォン!?」
「ま、見てな」

 何を、と俺が訊く前に、ウォンは棒を正眼に構え、静止する。
 瞬間……ウォンの身体から静電気のようなビリビリとした感覚が広がった。

「おいおい……」

 ビリビリとした感覚の正体は、殺気。
 あまりにも凶悪な殺気に猪も突進を止め、ウォンを睨みつけたまま、その場で鼻を鳴らしていた。

 だが、これは好機チャンスだ!
 同じ事を思ったのか、俺が指示を出すよりも先にリアは詠唱を開始し、「〔天を貫く砂礫の塔グリティッド・バベル〕!」と魔法を放った。
 ウォンの殺気に当てられ、ウォン以外が目に入っていなかったらしい大猪は、どてっ腹に叩き込まれた魔法に、「ブモッ!?」と情けない声を上げながら後転するように背中を打ち付けた。

「一気に攻めるぜ! ウォン!」
「……戦闘は担当外なんだがな。仕方ない」

 あれだけ激しい殺気を放つやつが何言ってんだ? と思いつつも、斧を振りかぶり、腹に叩き込む。
 硬いことには硬いが……さっきまでに比べれば柔らかい。
 このまま削り続ければ問題なく勝てるだろう。
 猪も身体が大きすぎるからか、なかなか起き上がれないみたいだしな。

「そういやウォン。さっきのアレ、どうやったんだ?」
「ああ、あれか。元々気配の操作は得意だったからな」

 そうして猪を殴りつつ訊けば、ウォンは特に隠すこともなく教えてくれた。
 どうも、<気配遮断><交渉術><視線誘導>に使う技術を流用しているらしい。
 感じさせないようにしていた気配を解放し、視線を自分に誘導し、交渉で磨いた威圧技術でねじ伏せる。
 言うのは楽だが、やろうと思ってやれるもんなのか……?
 これで戦闘は担当外とか、意味が分からねえよ。

「真似は出来なさそうだなぁ」
「コツさえ掴めば楽にできるようになる。まぁ、リュンなんかは殺気をダダ漏れにしたまま、真っ向からねじ伏せる方が楽らしいが」
「あの嬢ちゃんはホントに怖えな……」
「ま、そのおかげで役割がわかりやすくて良いんだがな」

 その言葉と同時に振り下ろされた鉄の棒が、最後の一撃になったみたいだ。
 結構覚悟を決めてアキちゃん達を先に行かせたはずなんだが……終わってみれば以外と簡単だったな……。
 いや、ウォンがいなければ足止めにもっと時間がかかって、ここまで手軽にはならなかったはずだ。
 そう思い、ウォンへ礼を言えば、彼は「気にするな」と片手を上げて背中を向けた。
 自分の仕事に戻るつもりなんだろう。

「アキちゃん達、何事もなく進んでたら良いんだけど……」
「アルのHPがフルのままだし、大丈夫だろうぜ」

 ウォンの姿が視界から消えたところで、リアがそう口にする。
 そんな彼女を安心させるように、声をかけつつ時計を見れば、アキちゃん達と別れてからすでに1時間が経過していた。
 これだけ遅れている以上、追いかけるのも得策じゃないな……そう思い、ひとまず草原に腰を下ろす。

 ――その直後、アルのHPが……一瞬にして半分を切った。
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