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第2章 現実と仮想現実

第240話 一筋の光

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 ――僕にやらせてくれないかな?

 そう言った僕に、アルさんは何も言わず頷いた。
 それを受けて、驚いていたトーマ君は面白そうに笑い、カナエさんは面白いくらいに困惑していた。

「え、っと……アキさんって、風魔法スキル持ってました……?」
「持ってないよ」
「え、えぇ……?」
「まぁ、風魔法なら大丈夫やろ。アルもそう思ったんやろ?」
「ああ。それに、アキさんは行き詰まったとき、いつも何かを変えてくれるからな。今回もそうだと思っただけだ」
「あー……なるほど」

 アルさんの言葉に、トーマ君だけじゃなく、カナエさんも思い当たる事があったのか、苦笑するような顔を見せてくれた。
 ……そんなに変なことしてきたっけ?

 そう思って思い返してみれば、茶毛狼ブラウンウォルフの時は鼻に腐った即効性をぶつけたし、大蜘蛛の時は策を立てて……PKの時は倒さなかった。
 思い出せば出すほど、大蜘蛛以外やってることがおかしい気がする……。
 大蜘蛛の時も、僕は戦っているっていうよりも、脚に糸を結んだり、アルさんの糸を切ったり……うん、戦っているっていうか何かしてるって感じだ。

「でも、魔法スキルは……持っていない方がいきなり出来るようなものでも無いですよ? 魔力の放出も、慣れるまでは結構苦戦しますし」
「その辺は大丈夫……だと思う。理由は後でお話出来ればとは思うんだけど……」
「姉さんにはよーわからんと思うんやけど、まぁここは試しってやつやで。上手く行けばもうけもんやで。つーて、姉さんは魔力を消耗するし、多少負担があるんでな、そこはすまんのやけども」
「うん。それに僕だったら、失敗してもレニーさんが代わりを務められるしね」

 そうなのだ。
 お薬担当としての僕の代わりはレニーさんがいる。
 けれど、風魔法を使えるかもしれない人の代わりは、いない気がするんだ。
 だから、僕がやる……やりたいんだと思う。

「……わかりました。でも、試すのは1回だけにしましょう。いきなり連続で魔力を放出するのは危険ですから」
「うん、ありがとう。お願いします」

 僕だけじゃなく、トーマ君に加えてアルさんも賛成に回っている以上、覆ることは無いと理解してくれたのか、カナエさんは渋々といった顔で頷いた。
 カナエさんはこのメンバーの中で唯一、魔法を主体で戦ってきた人だから……僕ら以上に、難しさも危険も分かっているんだろうと思う。
 だからこそ、簡単には頷けなかったんだって、僕でもわかる。

「……成功、させないと」
「……? アキさん、何か言いました?」
「いえ、なんでもないです。それよりトーマ君。手順はどうすればいいの?」

 漏れた声が少し聞こえたのか、首を傾げたカナエさんに手を振って、トーマ君に話を振る。
 そのトーマ君には、僕の呟きも聞こえていたのか、いつもよりも真面目な顔で彼は口を開いた。



「アキさん。準備は良いですか?」
「うん。大丈夫。……やろうか」

 2人で片手を繋ぎ、ヤドカリを視界に捕らえ、並び立つ。
 大丈夫……詠唱はしっかり覚えた。
 あとは魔力を繋いだ手に集める……これが出来れば発動する、はずだ。

 今ヤドカリと戦ってくれている前衛の人は、雨が降り始めたら引いてもらうようにお願い済みらしいし、気兼ねなくやれってアルさんは言ってくれた。
 これで失敗したら、恥ずかしいどころじゃない気がするけど……。

「では、私の詠唱に続いて風魔法の詠唱をお願いします」

「流れ移ろい行くこの身へ」――「風と遊びし無垢なる少女よ」
「穢れ無き乙女の恩寵を」――「その柔らかな風をこの身と共に」
「哀を纏いしその身を流す」――「我が前で仇なす者へ」
「数多降り注ぐ光となれ」――「鮮烈な一筋の光を」

「〔穢れを払う天の雫ブレスド・レイン〕!」――「〔少女の無慈悲なる一撃スナップ・ショック〕!」

 詠唱を終えると同時に掲げた繋いだ手左手に、熱が生まれる。
 熱い、まではいかなくて……ほのかに温かいような……不思議な感覚。
 そしてそこから何かが抜け出ていくような、そんな妙な感覚が走ると、ヤドカリの貝よりも上に黒い雲が生まれた。

「……成功、みたいですね」

 カナエさんが口を開いた直後、ヤドカリに向けて雨が降り始める。
 でも……

「止まらない……!?」

 カナエさんと繋いでいた手を離しても、僕の手から魔力の放出が止まらない。
 それだけじゃなく、手だけにあった熱が腕から肩へと、少しずつ全身に広がって……!

「あつ、い……っ!」
「アキさん!? 一度魔法をキャンセルして……!」
「キャンセルって、言われても!」

 止めようと思っても、止まれと念じても……止まることなく、熱は全身を覆っていく。
 熱い、熱い……!
 熱に揺らめくように、霞んでいく意識の中で、アラームのような甲高い音だけが妙にハッキリと聞こえた。
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