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第2章 現実と仮想現実
第208話 いつまで
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予想外の失態に対し、狙っていたかのように鋭い突きが迫る。
しかし、すんでのところで腕を振り上げることに成功した僕は、飛ぶように倒れこみながらも、なんとか無傷というところだった。
「な、なにが……?」
「おや、避けられてしまいました。さすがは、我が姫。良い反射神経をお持ちです」
呆然と、取られた足に視線を送る僕へと、声が降ってくる。
その声に顔を上げれば、いまだ腕を突き出したままの静止しているシンシさんの姿があった。
「私の戦い方はお忘れですか、姫? 私の武器は、この先細る針だけでなく、目で見えぬほどに細い糸もあるのですよ」
「そん、な……」
「もっとも、このように上は青空、障害物もなく、ただ広いだけの空間となっては、森のように戦うことは不可能。それは、あなたの読み通りといったところでしょう」
シンシさんの言う通り、僕らの周囲はただ漠然と広がる平地であり、見えるところに障害物は見当たらない。
決闘、というくらいだ。
隠れたり出来ないように、そういったものを排除してあるんじゃないかな?
でも、だからこそ……シンシさんはいつも通りに戦えないと、そう思っていた。
森で見せたような、縦横無尽に糸を張り巡らすことも不可能だと。
だからこそ――
「私が、自分のステージで戦えない。だからこそ、あなたは私に勝つ、止めると言うことが出来た。そうでしょう?」
「……っ」
「低く見られたものですね。我が技術が、その程度の問題で使えなくなる程度だと、そう思われていたとは」
そう言って、彼女は少しだけ寂しそうに微笑む。
……なんだろう。
さっきの言葉に、なにか……なにか違和感を感じる。
そう、不思議な感覚に捕らわれた僕を尻目に、彼女は針先を僕へと向け、右腕をまっすぐ後ろへと引いた。
――来るっ!
鎌を持っていない左手で地面を押し、剣の先端から、むりやり身体を動かす。
しかし、1回、2回、3回……と連続して突かれる剣は、次第に僕の身体の近くを突き始め――
「っ、ここまでですね!」
「――ッ!」
数度に渡る回避も適わず、回転する関係で逃がし損ねた左手が、地面へと縫い付けられた。
手のひらの真ん中を貫くように、まっすぐに、深々と。
そして、それを頭が理解した瞬間、僕の左手は燃えているほどに熱く、痛みを発し始めた。
――痛い、いたい、いたい!
「このゲームは生産スキルなどの細かな作業を行うため、触覚にあたる部分の感度はほぼ現実と同じレベルになっているそうです。もちろん、完全に同じでは無く、ある一定以上の痛みなどは、遮断される仕組みとなっているそうですが……」
「痛い! いたい、痛い!」
「どうやら、そのくらいの痛みであれば、遮断はされないみたいですね。……しかし、人の手を貫いて地面に刺しているというのに、血が出ないのは、なんというか不思議な光景ですね」
――そんなものは、言わなくていい!
「ぬい……!」
「ふむ?」
「抜い、て……抜いて……」
「おやおや……」
シンシさんは、離していた武器の柄に、そっと手を付けて……
「うぐ……ッ!?」
「さて、棄権しますか? 姫」
捻り込むように手を回し、より深くへと押し込まれる。
その動きに合わせて、僕の左手からは、今まで感じたことのない痛みが、何度も襲いかかってきた。
正直負けを認めて、早く痛みから解放されたい。
そんな思いがないわけじゃない。
でも――
「……しない。なん、ど聞かれても、同じ……っ! 本当は、今だってしたい気持ちで一杯だけど、僕を信じて見守ってくれた、支えてくれた人達がいるんだ。だから、その人達を裏切ることなんて、絶対に……できない!」
「とりつく島もない、というやつですか。仕方ありませんね」
少し溜息を吐くような素振りを見せてから、シンシさんはもう1本武器を取り出した。
今、僕の左手を貫いているのと、同じ針を。
「……シンシさん」
「ん? 何でしょうか? 怖くなりましたか?」
「いつまで……」
「……?」
「いつまで演技、するんですか?」
絞り出すような僕の声に、彼女は一瞬呆気に取られたような顔を見せる。
しかし、すぐに笑顔へと戻しながら、肩をすくめた。
「演技だなんて、なんのことでしょう? 私はずっと、素のままの私ですが。あぁ、この話し方が演技みたいに聞こえてしまいますか? 申し訳ございません、これは癖のようなものでして……」
彼女の言葉を聞きながら、僕は左手の痛みをなんとか堪えながら、右手で杭のごとき針を掴んだ。
「おや?」
「そう、じゃない……そうじゃ、ないんです……。確信は無いけれど、でも……そうだといいなって、望んでる、んです……っ」
「ふむ……?」
上から押さえつけられていて全く動かない針。
それでも負けじと、右腕に力を入れて、引き抜こうと持ち上げる。
――僕は弱い、きっと勝てない。
――それは分かってる……でも、ここで負けるわけにもいかない。
だって――
「だって、シンシさん……まだ一度も、人を殺してないじゃないですかっ!」
しかし、すんでのところで腕を振り上げることに成功した僕は、飛ぶように倒れこみながらも、なんとか無傷というところだった。
「な、なにが……?」
「おや、避けられてしまいました。さすがは、我が姫。良い反射神経をお持ちです」
呆然と、取られた足に視線を送る僕へと、声が降ってくる。
その声に顔を上げれば、いまだ腕を突き出したままの静止しているシンシさんの姿があった。
「私の戦い方はお忘れですか、姫? 私の武器は、この先細る針だけでなく、目で見えぬほどに細い糸もあるのですよ」
「そん、な……」
「もっとも、このように上は青空、障害物もなく、ただ広いだけの空間となっては、森のように戦うことは不可能。それは、あなたの読み通りといったところでしょう」
シンシさんの言う通り、僕らの周囲はただ漠然と広がる平地であり、見えるところに障害物は見当たらない。
決闘、というくらいだ。
隠れたり出来ないように、そういったものを排除してあるんじゃないかな?
でも、だからこそ……シンシさんはいつも通りに戦えないと、そう思っていた。
森で見せたような、縦横無尽に糸を張り巡らすことも不可能だと。
だからこそ――
「私が、自分のステージで戦えない。だからこそ、あなたは私に勝つ、止めると言うことが出来た。そうでしょう?」
「……っ」
「低く見られたものですね。我が技術が、その程度の問題で使えなくなる程度だと、そう思われていたとは」
そう言って、彼女は少しだけ寂しそうに微笑む。
……なんだろう。
さっきの言葉に、なにか……なにか違和感を感じる。
そう、不思議な感覚に捕らわれた僕を尻目に、彼女は針先を僕へと向け、右腕をまっすぐ後ろへと引いた。
――来るっ!
鎌を持っていない左手で地面を押し、剣の先端から、むりやり身体を動かす。
しかし、1回、2回、3回……と連続して突かれる剣は、次第に僕の身体の近くを突き始め――
「っ、ここまでですね!」
「――ッ!」
数度に渡る回避も適わず、回転する関係で逃がし損ねた左手が、地面へと縫い付けられた。
手のひらの真ん中を貫くように、まっすぐに、深々と。
そして、それを頭が理解した瞬間、僕の左手は燃えているほどに熱く、痛みを発し始めた。
――痛い、いたい、いたい!
「このゲームは生産スキルなどの細かな作業を行うため、触覚にあたる部分の感度はほぼ現実と同じレベルになっているそうです。もちろん、完全に同じでは無く、ある一定以上の痛みなどは、遮断される仕組みとなっているそうですが……」
「痛い! いたい、痛い!」
「どうやら、そのくらいの痛みであれば、遮断はされないみたいですね。……しかし、人の手を貫いて地面に刺しているというのに、血が出ないのは、なんというか不思議な光景ですね」
――そんなものは、言わなくていい!
「ぬい……!」
「ふむ?」
「抜い、て……抜いて……」
「おやおや……」
シンシさんは、離していた武器の柄に、そっと手を付けて……
「うぐ……ッ!?」
「さて、棄権しますか? 姫」
捻り込むように手を回し、より深くへと押し込まれる。
その動きに合わせて、僕の左手からは、今まで感じたことのない痛みが、何度も襲いかかってきた。
正直負けを認めて、早く痛みから解放されたい。
そんな思いがないわけじゃない。
でも――
「……しない。なん、ど聞かれても、同じ……っ! 本当は、今だってしたい気持ちで一杯だけど、僕を信じて見守ってくれた、支えてくれた人達がいるんだ。だから、その人達を裏切ることなんて、絶対に……できない!」
「とりつく島もない、というやつですか。仕方ありませんね」
少し溜息を吐くような素振りを見せてから、シンシさんはもう1本武器を取り出した。
今、僕の左手を貫いているのと、同じ針を。
「……シンシさん」
「ん? 何でしょうか? 怖くなりましたか?」
「いつまで……」
「……?」
「いつまで演技、するんですか?」
絞り出すような僕の声に、彼女は一瞬呆気に取られたような顔を見せる。
しかし、すぐに笑顔へと戻しながら、肩をすくめた。
「演技だなんて、なんのことでしょう? 私はずっと、素のままの私ですが。あぁ、この話し方が演技みたいに聞こえてしまいますか? 申し訳ございません、これは癖のようなものでして……」
彼女の言葉を聞きながら、僕は左手の痛みをなんとか堪えながら、右手で杭のごとき針を掴んだ。
「おや?」
「そう、じゃない……そうじゃ、ないんです……。確信は無いけれど、でも……そうだといいなって、望んでる、んです……っ」
「ふむ……?」
上から押さえつけられていて全く動かない針。
それでも負けじと、右腕に力を入れて、引き抜こうと持ち上げる。
――僕は弱い、きっと勝てない。
――それは分かってる……でも、ここで負けるわけにもいかない。
だって――
「だって、シンシさん……まだ一度も、人を殺してないじゃないですかっ!」
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