上 下
194 / 345
第2章 現実と仮想現実

第195話 触りたいの?

しおりを挟む
「そ、そろそろ行こうか」
「ん」

 時間にして数十秒。
 しかし、抱きつかれたまま、両腕の行き場がなく、彷徨さまよわせていた僕からすれば、数分以上の時間が経っているように感じられた。

「もう暗くなっちゃったね」
「好都合」
「紛れやすくなるから?」
「そう」

 普段は夜の時間に町の外を歩くことは少ない。
 僕もたしか……大蜘蛛と戦った時、あの1日だけのはずだ。
 理由は大きく2つあって、1つは魔物の動きが活性化すること。
 そして、もう1つは、視界が悪くなることだ。

 魔物の活性化に関しては、今回はそんなに関係がない。
 むしろ関係しているのは視界が悪くなる方で、これが結構厄介なんだ。
 僕らみたいに、のなら、足下だけ見えてれば特に問題はなかったりする。
 けれど、僕らを探す相手からすると、視界が悪くなるのは、中々に難しい。
 視界を良くしようと、灯りを持つのも手なんだけど……そのために片手が塞がれたり……。
 とにかく、結構厄介。

「止まって」

 そんなことを考えてるうちに、拠点近くまで戻ってきていたらしい。
 そのまま進もうとしていた僕を、ラミナさんが腕で止めてくれる。
 僕の目には、まだ人影も見えないけど、ラミナさんには何か感じるモノがあったんだろうか……?

「ここから、走って5分くらい」
「拠点まで?」
「そう。だから、もう少し待つ」
「……なるほど。了解」

 風向きも、幸いなことに拠点の方が風上だ。
 だから、ここで隠れていても、臭いで気付かれる心配はそんなに無い。
 空にはもう星が煌々と輝いていて、太陽の光はほとんどない。
 けれど、あと10分もすれば……もっと暗くなるはず。
 ラミナさんは、多分そのためにここで待つことにしたんだろう……。

「……」

 チラリと、横に座るラミナさんへ視線を向ける。
 青色の髪に青色の瞳、ツリ目でも、タレ目でもない、大きい目……だと思う。
 断言出来ないのは、いつも無表情で、ぱっちりと言うよりも、ジトッとした感じに見えるからだ。
 それでも、時折見せてくれる笑顔や、驚いた時の顔なんかは、ハスタさんとよく似ていて、やっぱり双子なんだなぁ……って感じがする。

 そのまま視線を下ろしていけば、白くて細い首と、そこから繋がる鎖骨……そして、胸……。
 胸のサイズは感触的に、ハスタさんの方が大きいみたいだ。
 背中に当たる感じだけでも結構わかるのが、なんとも言えないけど……。
 大きさ的には、ハスタさん、ラミナさん、僕の順に大きい……かな……?

「いや、別に僕はいらないけど」
「……?」
「なんでもないよ」
「そう。……アキ、触りたいの?」
「……いえ、別に」
「……そう」

 僕の視線に、何を見ていたのか分かったのか、ラミナさんが僕の方へと向き直り、手を取る。
 そして、その手を自らの手の中で弄りながら、笑った。

「……ッ、ら、ラミナさん! け、結構暗くなってきたよ!」

 なんだかいつもと違う彼女に、少し緊張しながら、僕は慌てて話題を逸らす。
 実際、隠れ始めた時よりは、だいぶ暗くなっていて、数歩先も見えにくくなってきていた。

「行く」
「う、うん。……ここからまっすぐ走ったらいいんだよね?」
「そう。でも気を付けて」
「ラミナさんもね」
「……ん」

 彼女が頷いたのを見てから、僕らは音を立てないようにゆっくり立ち上がった。
 そして、緊張をほぐすように、息を一度大きく吸って……駆け出した。



 駆け始めてからすぐに、人の声が聞こえ始めた。
 最初は微かに耳に入る程度だった声が、次第に大きくなり……今となっては、前からも後ろからも聞こえるほど、僕らは集団の中に入って行っていた。

「おい! 走り抜けてくやつがいるぞ!」
「あっぶねぇなぁ!」
「拠点のやつらの仲間か? 誰か捕まえろよ!」
「暗くて見えねぇよ! あと、なんか臭ぇ!」

 近くを走り抜けていく僕たちに気付いたのか、攻めあぐねている状況に愚痴っていた周囲の声は、だんだんと僕らを捕まえる方向に変わっていく。
 しかし、夜闇で見えない状況に加え、僕らは走って抜けている。
 気付いた時には、すでに離れて行っているという状態だ。

「……このまま行けば」
「……ん」

 すでに数分は走った。
 単純距離であれば5分ほどだったけど、人の間を抜けていくためか、少し時間がかかってる。
 だけど、もう少し……もう少しで拠点に帰れる!

 そう思った瞬間……急に視界が明るくなった。

「……は?」

 自分の前に伸びる影。
 何かで、後ろから照らされてる……?

「一体、なんで……?」

 松明や、魔法程度の光じゃない……。
 もっと……まるで太陽みたいな光……。
 そう思って、後ろを振り返った僕の目に――

「なんだ、アレ……」

 天に昇る、赤い光の柱が見えた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

社畜から卒業したんだから異世界を自由に謳歌します

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:202

【小ネタ集①】悪役令嬢と思ったら、大間違いよ。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:63pt お気に入り:171

魔女の復讐は容赦なし?~みなさま覚悟なさいませ?~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:186

処理中です...