上 下
189 / 345
第2章 現実と仮想現実

第190話 後ろに付け

しおりを挟む
 今回の話は、アル視点となります。
 次回もアル視点になります。

――――――――――――――――

「――――!」

 人が100人以上入っても余裕のありそうな空間に、低く力強い声が響き渡る。
 その声だけでもわかる。
 ……こいつは、強い、と。

「皆、迂闊に攻めるなよ」
「あぁ、こりゃヤベェわ。前にやった狼なんかの比じゃねぇ」
「……この揺れって、まさかあいつが原因じゃないわよね?」
「そう、思いたいがな」

 ズン、と音がする度に、地面が小刻みに揺れる。
 遠いと思っていた敵が、ものの数秒でその距離を縮め……その巨体を眼前に晒した。
 光るように輝く、薄緑色のたてがみは、一本一本が宝石のようにみえ、恐怖よりも先に、不思議と美しさを感じてしまう。
 ――風を纏いし巨躯の獅子。
 それが、今回潜っている、風の神殿のボスだ。

「しかしアルよぉ……。どうやって攻めるよ?」
「そう、だな……。俺とジンで二手ふたてに分かれよう。あの大きさだ、下手に固まって一掃されるよりも、リスクを減らした方が良い」
「了解だ。右前足、貰うぜ!」
「スミスさんは、魔術師の2人を頼む」
「わ、わかりました!」

 敵の大きさに多少緊張が戻ってきたのか、少し表情が硬いが……問題はないだろう。
 そう結論付けてから、ジンへと視線を送り……言葉を交わすこともなく、飛び出した。
 ……さすがジン、タイミングは完璧だな。

「ハァッ!」

 飛び込む速度を手に持った大剣に乗せ、両断するつもりで足へと叩きつける。
 しかしその刃は断ち切るどころか、肉にすら到達していない。

「くっ!」
「硬ぇ!」

 横目で確認したが、ジンも同じ状況のようだ。
 柔らかそうに見える薄緑色の毛……だが、実際はその毛に攻撃を全てガードされている。
 ……毛のあるところは難しいか……?

「だが、そうなると……!」

 狙うべきは腹や、首。
 しかし、その場所は……高すぎてまず手が届かない……!
 リアに足場を作らせるか……?
 だがそれだと、壊されるのが容易に想像出来る。

「なら狙うべきは……!」

 ――ただ一点のみ!

「ジン! 俺の後ろに付け!」
「おう!」
「スミスさんは前へ! リア、タイミ「わかってるわ」……頼む!」

 指示を出しつつも、獅子の左前足を斬り続ける。
 弾かれもするが……どうやら砕けなくはないようだ。
 もっとも、毛の1本や2本……砕いたところで、痛くもないみたいだがな!
 だが――!

「っ来い!」
「――――ッ!」

 振り上げられた左前足が、俺目がけて叩きつけるように落ちてくる。
 まるで吸い込まれるかのような風圧……受け損なえば、確実に。

「――〔天を貫く砂礫の塔グリティッド・バベル〕!」

 突如、俺の真横に塔が立つ。
 ……リア、完璧だ!

「ハァッ!」

 塔を砕きながら、それでも止まらない前足に盾のように大剣を構え、真っ向から受け止める。
 直後、振動が波のように身体を突き抜け……左膝が、地面へと叩きつけられた。

「ぐ、ぅ……っ!」

 長くは……持たない!

「オラァ!」
「フンッ!」

 かろうじて受け止めている俺の前方で、ジンとスミスさんの声が聞こえてくる。
 それと同時に、獅子の腕が軽くなり……俺は機を逃さないよう、一気に押し返した。

「――ッ!?」

 相変わらず轟音すぎて音としか判別出来ない声だが……今のはさすがに驚いたらしい。
 まぁ、さすがに肉球は柔らかかったみたいだな。

「しかし……」

 先ほどのように、力押しで来る事はもう無いだろう。
 こいつとて、今の痛みで多少警戒するだろうしな。

「こっからが長期戦だなぁ」
「ああ」
「とりあえず、どうするよ。まだ腕狙いで良いか?」
「そうだな……。現状、相手の攻撃手段に何があるか分からない。マージンを確保しながら散発的に攻撃を続けよう」
「りょーかい!」

 その言葉を皮切りに、ジンが動き、スミスさんは後ろへと退がった。
 ジンの言う通り……長期戦、ここからが本番だ。
 さて、どう出てくるか……!
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

社畜から卒業したんだから異世界を自由に謳歌します

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:202

【小ネタ集①】悪役令嬢と思ったら、大間違いよ。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:78pt お気に入り:171

魔女の復讐は容赦なし?~みなさま覚悟なさいませ?~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:186

処理中です...