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第2章 現実と仮想現実

第89話 匂いと味と

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「お待たせいたしました」

 そう言いながら、オリオンさんはカウンターへ紅茶を置く。
 それと同時に、綺麗な焼け目のついたお菓子も僕らの前に置いていった。

「良い香りですね……」
「えぇ、今日は新鮮なアルペの実が手に入りましたので、現実世界風に言えば……アルペティーですね」

 言われて僕も匂いを嗅いでみれば、確かにアルペの匂いがする……。
 少し甘めの匂い……、でも、僕が嗅いだことのあるアルペの匂いよりは少し強い気がする……?
 気になって一口飲んでみれば、僕が思っていたよりも甘いアルペの味が口の中に広がった。

「オリオンさん、あのもしよかったら、なんですが……」
「はい、どうされました?」
「このアルペティーって、普通のアルペより匂いや味が強い気がするんですが……、なにか秘密がありますか?」

 その僕の言葉に、道具を片付けていたオリオンさんは一瞬動きを止め、カウンターから椅子を取り出す。
 そして、その椅子に座り、インベントリから白い手袋を取り出すと、口も使いながら左右の手に嵌めた。

「詳しくは秘密ですが……。なぜ、そのようなことを聞くのでしょうか?」

 椅子に座り、軽く腕を組み、オリオンさんは僕の目を真っ直ぐ見て、そう口にする。
 端から見てもわかるくらいに、一言でも間違えれば、僕はこの場所から追い出されるような、そんな雰囲気をオリオンさんは纏っていた。

「そ、その……」
「はい」
「わ、私は、お薬を、作ってまして……」
「はい」

 うぅ、怖い……。
 なんで、なんでこんなことに……。

「それで今、液体状のお薬に、味がつけれないだろうかって……」
「ほぅ」
「それで、ポーションと混ぜて見たんですが、ポーションの苦味と、アルペの甘味が分離した状態の味みたいになってしまって……」
「ふむ」
「先ほど飲んでみたところ、オリオンさんが容れてくださった紅茶は、匂いも味も僕の知っているアルペより強かったので」
「なるほど。それでアキさんは、私に匂いや味のことを聞いた訳ですね?」
「そ、そうです!」

 お薬の話を始めると、オリオンさんの雰囲気が柔らかくなって、多少話しやすくなった。
 
「申し訳ございません。何度も試行錯誤したことをいきなり尋ねられたもので、少し警戒をしてしまいました。そのお詫びと言っては何ですが、ちょっとだけヒントを差し上げましょう」

 オリオンさんは、そう言って、手袋を嵌めた左手の人差し指を顔の前に立てる。

「ポーションの材料は多分薬草だと思いますが、こちらの世界でも、現実世界と似たような考え方をできるものが多くあるみたいですね」
「現実世界と似たような……?」
「私がこうやってお店を開いていることが、つまりはそういうことなのですよ」

 それって……、と僕が言おうとしたところで、オリオンさんは自分用に新しく置いたカップへと、紅茶を注ぐ。
 その姿が、あまりにも洗練されていて、なんとなく僕の頭に、オリオンさんの言いたいことが伝わってきた気がした。

「ふふ、アキさん。難しいことを考えるのは後にして、今はお菓子を楽しみましょう?」
「そう、ですね」

 隣に座ったカナエさんが、木の器の上でお菓子を割って、味わうように食べる。
 それにならって、僕も自分の前におかれたお菓子を手にとって、食べる。
 噛めば、優しく崩れるクッキーのような食感、そして、口のなかに広がる少しほろ苦い味が美味しい。
 一緒に出されたアルペティーを飲めば、口の中の味が整えられて、また次のお菓子の味が最大限で楽しめる。

「美味しい……」
「喜んでいただけるのは、作った側としては嬉しいものですね」
「アキさんは、ほんと美味しそうに食べられますね」
「ぇ、そうですか?」
「えぇ、口に入れた直後の顔だったり、紅茶を飲んだ後の顔なんかは、分かりやすいくらい笑顔でしたから」

 カナエさんの言葉に、オリオンさんも頷く。
 二人に頷かれるってことは、かなり顔に出てたんだろうなぁ……。
 はずかしい……。

「オリオンさん、このお菓子の名前って……」
「恥ずかしながら、まだ決まっていないのです」
「そうなんですか? 外にメニューとかありましたけど……」
「あれは適当に書いているので、お出しできないメニューばかりですよ」
「え、えぇ……」

 出せないメニューが書いてあるメニューって……。
 でもさっき言ってた通り、まだオリオンさんも手探りで作ってる最中なんだろうなぁ……。
 だから、メニューが固まってないのかもしれない。

「もう少し色々なメニューを開発したら、メニューを正式なものに変えようかと思ってますが……」
「そうですね、それが良いと思います」

 カナエさんの言葉に、僕も大きく首を縦に動かして、同意していく。
 こんな素敵なお店と、お菓子や紅茶なら、噂になったらすぐ人が増えてしまいそうだ……。
 秘密にしておきたいけれど、それと同時に、いろんな人にこの美味しさを体験してほしい気持ちもあって、なんだかよくわかんない気持ちになる。

「ごちそうさまでした」
「はい、ありがとうございます」

 僕が最後のひとつを食べていると、横からカナエさんの声が響く。
 それに返事するように、オリオンさんの声がして、彼は食器などを洗い場へと下げていった。
 僕はその姿をみながらお菓子の最後の欠片を、口へと運んだ。
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