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第1章 新しい世界と出会い

第64話 洞の中

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 蜘蛛に殺されかけたこと、それよりももっと……もっと前から。
 僕はみんなに守られてばかりだ。
 今回の蜘蛛だけじゃない……鹿や、茶毛狼だってそうだ。

 ――そんなのなら、いっそ

「僕なんて……」

 いない方が、いいじゃないか。
 そう言ったつもりだったけれど……それは言葉にならなかった。
 あふれ出た涙に、両手で顔を覆ったから。

「僕なんて、なんや? 助けなくて良かった、とかか?」
「トーマ! アキさんは、」
「アルはちと黙っといてくれや」
「……わかった」

 いつもよりも低い声で、トーマ君はアルさんの声を遮る。
 その声の雰囲気があまりにも普段と違ったからか、アルさんも何かを感じたのだろう……素直に従った。

「アキ」
「……なに」
「君が何を思ってんのかは知らん。ただな……ふざけんなや」
「――ッ」
「君、自分勝手が過ぎんか? 俺が言えたもんやないが、あまりにも酷いで」

 低い声で淡々と話すトーマ君に、僕は何も言えない。
 自分勝手……そう取られても仕方ないことをしてるなんて、自分でも分かっていたから。

「危険やからて俺らを森に同行させて、いざ危険になった際は助けるな? 何言ってんのや?」
「トーマ……」
「シルフから聞いた。君……彼女の意見に反対して、無理矢理戦ったらしいやん? なんや、俺らのこと信用してへんのか?」

 トーマ君の声色は怒っていると言うよりも、確認するような声色で。
 そんな彼の口が、僕の思ってもいなかったことを言葉にした。

「ち、違っ……そんなこと思ってもない。僕は、ただ――」

 ――ただ、勝ちたかった?
 なんのために……?
 足手まといになりたくなかった?
 それとも、アルさん達だけじゃなく、シルフにまで弱いと思われていたことに対して、見返したかったから?

「……僕は、」

 ぐちゃぐちゃになった思考で、その後の言葉が出てこない。
 ――僕はいったい、なにをしたかったんだろう?

「……アキ。君が何を思っとんかは知らん。知らんけど、ひとつ言えることはある」

 トーマ君はそこで一度言葉を切り、溜息をひとつ大きく吐く。
 そして、僕へとその目を真っ直ぐに向けて、口を開いた。

「君は弱い。俺やアルと比べるまでもなく、弱い。弱すぎてお話にならんレベルやわ」
「……っ」
「武力だけやない。心が弱い。そして脆い。話にならんどころか、笑うこともできん。これやったら、俺らがおっても……無理やろな」
「な……トーマ君に、何が……」
「さっきも言ったやろ。君が何を思っとんかは知らんて。それに知る気もない。助けられたことに反省もなく、自分を心配してくれた友人の想いも気付こうとせず、自分勝手にわめくだけ。そんなやつの事なんざ、知りたくもないやろ?」

 呆れたように両手を肩の高さにあげ、彼はそう言い放つ。
 僕を見る彼の目は酷く冷ややかで……僕の心は、急速に温度を失っていった。

「先に自分勝手に動いた俺が言えた義理やないけどな、森の入口で、アルが言ったことを覚えとるか?」
「アルさん、が?」
「せや。あいつ、かなり恥ずかしいこと言っとったやろ? 思い出すだけでニヤけそうになる」
「……トーマ?」

 トーマ君は冷ややかな目を笑みに変えて、さっきよりも幾分も柔らかい声色に変え、そう言う。
 その言葉が少し気に障ったのか、アルさんの声が少し険を帯びたのがわかった。

「おっと。ま、アキはちゃんと聞いてへんかったかもしれんが……。アルは俺だけやない。アキ、君も頼りにしとるって言ってたんやで?」
「……え?」

 その言葉に驚いた僕の口からは、そんな声しか出なかった。
 しかしそんな僕にアルさんは「その通りだ」と、確かに頷いてみせてくれる。

「アキさん。アキさんがなぜあんな無茶をしたのか、俺には少しわかる気がする。守られるだけというのも、アキさんにとっては嫌なことなのかもしれないな」
「アルさん……」
「だがアキさんは、戦闘に関してはまだまだ力が足りないと言わざるを得ない。これは貶しているわけでもなく、馬鹿にしているわけでもない。これが、アキさんがまず受け入れなければならない事実だ」

 低くも通る声で伝えられる事実に、僕の心は悔しさでいっぱいになる。
 それでも不思議と受け入れられたのは……アルさんの実力を何度も目の前で見ていたからだろうか。

「その事実を受け入れた上で、アキさんには、アキさんにしか出来ない戦い方を考えていくんだ。一朝一夕じゃできないだろう。もしかするとずっと出来ないかもしれない。それでも、それを模索し続けることが……強くなるということだと、俺は思う」
「僕にしか出来ない、戦い方……」
「せやな。俺にはアルみたいな……バーサーカー一歩手前な戦い方はできん。けど、アルかて俺の戦い方はできんやろ?」
「ああ、その通りだ。……アキさん、強くなる方法はひとつじゃない。焦りすぎず、しっかりと地面を踏み固めるのも大事なことだ。だからそれまでの間は嫌かも知れないが……俺やトーマを頼れば良い」

 そう言ってアルさんは僕の前に手を差し出す。
 僕にしか出来ない戦い方なんて……あるのかどうかもわからないけれど。
 でもいつか、彼らの背中を任せられるような自分になりたいと、そんなことを思いながら、僕は彼の手を取った。
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