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第1章 新しい世界と出会い

第46話 決着

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 足下で転がりつつも時折攻撃、そしてまた転がって回避、を繰り返してくるジンさんを相手に、何度も叩きつけや薙ぎ払いを見せる茶毛狼ブラウンウォルフ
 その脚目がけて、風を纏ったアルさんの一撃が入る。
 右後脚を狙った一撃は、シルフの補助もあり、茶毛狼へ十分なダメージを与えたみたいだ。
 その証拠に、少し体勢を崩した茶毛狼は、立て直した直後からアルさんへと標的を変えている。

「ジン! ひとまず俺の後ろに付け!」
「お、りょーかい!」

 標的が変わったことでジンさんに余裕が生まれ、その隙を逃さずアルさんの後ろに退く。
 アルさんと違い、ジンさんは動きやすさを中心にしているからか、防具が薄い……そう思ってポーションを多めに渡していたけれど、どうやらそれで正しかったみたいだ。

 「しっかし、こいつどうすっかねぇ」と、[下級ポーション(良)]の苦味で歪んだ顔をしながら、ジンさんがぼやく。
 その声が聞こえていないわけではないんだろうけれど、茶毛狼の攻撃を捌くのに必死なアルさんからは反応が返ってこない。

「とりあえず続ければ勝てそうだがよ。さっきみたいにタイマンになったら終わる可能性もあるからなぁ」

 ガキン! バキン! と、鉄の弾かれる音が響く中、ポーションを飲みきったジンさんが腕を組みながら唸る。
 回復自体は終わっているけれど、同じように攻めたところでジリ貧になる可能性があるわけで、それを回避するためには考えながら戦わないといけないわけで……。
 要は、攻めあぐねている、って状態だ。

「そういやアル、さっきの一撃は凄かったな。なんかいつもと違わなかったか?」
「サポートだ! アキさんの!」

 思い出したようにのんびりとしたジンさんの問いに、半分怒ってるような口調でアルさんが答えた。
 まぁ、うん……アルさんの気持ちもなんとなくわかるけど。

「〔天を貫く砂礫の塔グリティッド・バベル〕か、もしくは同等のダメージを当てさえすれば……でも背中は硬いし……」

 アルさん達の方を見ていた僕の耳が、違う方向からの声をキャッチする。
 気になって顔を向けてみれば、リアさんが百面相しながらブツブツと独り言を呟いていた。

「〔堅硬なる破城の石槌バーテリング・ラム〕は当てやすいけど、〔天を貫く砂礫の塔グリティッド・バベル〕は当てにくいし……でも、あと撃てても3回程度だから無駄撃ちするのも……」
「あ、魔法って回数制限あるんですね」
「ん? そっか、アキちゃんは魔法使わないんだっけ。魔法はね、術者の精神力に依存するから、あんまり使いすぎると頭が痛くなったり倒れたりしちゃうの。その制限回数は人によるかなー」

 「なるほど……」と呟きつつ、シルフの方へ目だけ向けてみれば、彼女はよくわからないみたいに首を傾げて僕の方を見ていた。
 つまり、シルフにとっては制限は特にないってことなんだろうか?

「アキさん! 少しいいか!」

 そんなことを考えていた僕に向けて、アルさんの叫び声が届く。

「なんですか!」
「さっきの風はまだ起こせるか! もし起こせるなら頼みたいことがある!」

 その問いに空中のシルフへ目線を送れば、彼女は笑みを返してくれる。
 僕はそれに頷き、アルさんへ「大丈夫です!」と返した。

「ジン、やってくれ。タイミングはこっちで合わせる」
「わかった、任せとけ!」

 直後、一瞬だけ防御を交代し、アルさんが[最下級ポーション(良)]を一気に飲み干す。
 そしてアルさんの体勢が整ったタイミングでジンさんは横に飛ぶように攻撃を回避し、僕らの方へと走ってきた。

「ハァッ!」

 背を向けたジンさんを追わせないために、アルさんが懐へ踏み込み大振りの一撃を見舞う。
 それを知ってか知らずか……まったく振り返らないジンさんに、2人の絆が見えるような気がした。

「アキちゃん! あと、リアにティキ! 頼みたいことがある!」

 そう口火を切りながら、僕らの元へと滑り込むように駆けてきたジンさんの提案は、ちょっと無茶苦茶な内容だった。



「ジン、言っとくけど失敗したらあんたのせいだからね!」
「任せとけって! アキちゃんも頼むぜ!」
「は、はい!」

 僕が返事をするよりも先に、ジンさんは一気に駆け出した。
 そして、ジンさんの後を追うようにリアさんとティキさんの声が響いた。

「――我が盟友たちを護り給え。〔聖なる守護の障壁ディバイン・プロテクション〕!」

 予定通り、ジンさんがアルさんの元に到着する前にティキさんの盾が発動した。
 どうやらこの魔法は、身体に受ける衝撃を緩和する効果があるらしい。

 そんな神々しい光を浴びたジンさんが、あと少しでアルさんの元にたどり着く――その直前に、アルさんは自分自身の体勢が崩れるのもいとわず、茶毛狼の攻撃を大きく弾いた。

「ッシャ!」

 ――その刹那、アルさんの後方でジンさんが空へと高く飛び上がる。
 リアさんの放った〔天を貫く砂礫の塔グリティッド・バベル〕を射出台にし、茶毛狼の頭上目がけて斧を振りかぶった。

「シルフ!」
(いきます!)

 その攻撃に合わせて、僕らも自らの役割を果たす。
 シルフの力で生み出した過剰なほどの下降気流――その力を、振り下ろされる斧へと直接叩きつけた。

「クソッ! これでもダメか!」

 斧自体は深く斬り込まれたが、依然として茶毛狼の目からは戦意が失われていない。
 そう気付いたジンさんは、刺さった斧から手を放し、急いで距離を取った。

 戦意は失われていないといえど、その威力自体は相当なものだったのか、さっきまでに比べて茶毛狼の動きは鈍くなっていた。
 ただ振るう腕からは、度重なるダメージに苛立っているような……そんな感じがした。

「あと少しだと思うんだが……ッ!」
「なんつーか、その少しが厳しそうだよなぁ」
「頭への追撃か、腹部への攻撃が出来れば倒せそうだがッ! ……ジン、やれるか?」
「死ぬ気でやれば可能かもな。死ぬ気っつーか、死と引き換えだろうが」

 聞こえてくる声に諦めの意思はなく、2人だけじゃなく僕らでも何か手がないか、頭の中を探し回る。
 だが、その一瞬……それが大きな隙となってしまった。
 そのことに気付いた直後、茶毛狼は天へと口を開き、身体を膨らませる。

「ッ! ジン、俺の後ろに! リア達は……ッ!」

 アルさんの声をかき消すように、轟く咆吼――吹き荒れる、暴風。
 たった数秒の出来事……だがその数秒で、景色は一変していた。
 アルさん達目がけて放たれた咆吼は、大地を削り、その威力を僕らに知らしめる。

「……生きてる、のか?」

 だが、アルさん達のいた大地は……まったくの無傷。
 それはきっと、彼女が咄嗟に防いでくれたからだろう。

(良かった、間に合った……)

 アルさん達の前で、両手を突き出すようにして浮いていたシルフ。
 ジェルビンさんに咆吼のことを教えてもらったとき、考えるような素振りを見せていたのは、こういうことだったんだろう。
 考えて、予測していたからこそ、動くことができた。
 シルフだって頑張ってるんだ……僕だって!

「あいつの意識を少しでも奪うことが出来れば……」

 おじいちゃんが言っていたことを思い出せ!
 気を付けるのは咆吼、見た目以上の行動はしない……あとはなんて言っていた?
 馬より大きく、動きも速く、力も強い――弱点らしい弱点は無い。

「でも特殊な力もなくて、嗅覚が敏感……そうだ!」

 思いつきで、上手くいくかはわからない。
 でも、兎の肉を焼くだけで気付く鼻だ、絶対効果はあるはず!

「シルフ! これをアイツの鼻目がけてぶつけて!」

 そう叫び、インベントリに入っていた爆弾を取り出し、掲げて見せる。
 さっきの咆吼の反動で、茶毛狼自体も十分に動けない。
 だからこそ、ここで仕留める!

「アルさん! 一瞬だけアイツの意識を奪います! ……それと、ちょっとだけ我慢してください!」
「なっ!? いや、わかった! リア、ジン! 行くぞ!」

 アルさんの返事を待って、僕は手に持っていた爆弾を空中へと放り投げる。
 そしてそれをシルフの風が掴むと同時に……戦況も一気に速度を増した。

「母なる大地にこいねがう。我願うは裁きの砲」
「よっしゃ、行くぜぇ!」

 リアさんは詠唱を開始し、ジンさんが一気呵成に懐へと突き進む。
 そして、ジンさんが懐に潜り込むと同時に、茶毛狼に爆弾――[最下級ポーション(即効性)・腐]――が当たり、その中身をぶちまけた。
 ――うわ、臭っ!

「――彼のモノを、押し潰せ!〔堅硬なる破城の石槌バーテリング・ラム〕!」

 ジンさんの行動を予測していたからか、リアさんの魔法は〔天を貫く砂礫の塔グリティッド・バベル〕ではなく、〔堅硬なる破城の石槌バーテリング・ラム〕。
 ただ、今回の狙いは背中ではなく頭……それも、刺したままのジンさんの斧目がけて落ち、砕ける。
 その結果、茶毛狼の頭が下がり……青い顔をしたジンさんが、その手の斧で顎下から挟み撃った。

「――これで決めさせてもらう!」

 大地が揺れるほどに力強く左足を叩きつけ、アルさんが腰を落とし、切っ先を前へと向ける。
 あの構えは……鹿の時の。

「ハァア……アアアァァァアアアアアッ!」

 挟み撃ちされたことでアルさんの正面で開く口へ、風を纏った一筋の黒鉄クロガネが吸い込まれるように突き刺さっていく。
 手が口の中に入るほどに根元まで突き刺さった大剣を、アルさんは掌打をもって、さらに奥へと突き上げた。
 そのダメ押しが決め手となったのか、茶毛狼の身体が一瞬震え、次第に黒い霧となってその姿を崩していく。

「……終わった、か」

 静寂の中、刺さっていた斧と大剣が落ちる音よりも明瞭に、その声が響いた。
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