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第1章 新しい世界と出会い

第26話 毒薬も薬

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「……毒」

 その言葉を聞いたとき、小さく息を飲んだ音がとても大きく聞こえた気がした。
 もちろん、僕だって頭ではわかってる……はずだ。

「そ、れは……危険な毒、なんですか……?」

 問う声が、まるで絞り出したみたいに擦れ震える。
 この世界と違って、僕が普段を過ごす現実の世界は、とても安全だ。
 毒だって、自ら手にしようと動かない限り、手にすることなんてほとんどない。
 けれどこの世界はそうじゃない。
 自由に採取出来るってことは――つまり、そういうことなのだ。

「ああ、言い方が悪かったね。こいつは手に持ったり、普通に食べるくらいじゃ全く問題無いよ。お金に困った人が空腹を紛らわす為に食べることもあるくらいさね」
「あ、そうなんですね」
「ただ、こいつを使って作る薬に[ポルの微毒薬]っていう、ちょっとした毒薬があるのさ」

 怯えるような姿を見せた僕に気を遣ってか、おばちゃんはいつもより少し明るい声で教えてくれる。
 このキノコ――ポルマッシュは、単体だと味のないただのキノコらしく、食べたところで空腹を満たす程度の意味しかないが、ある特定の組み合わせで調合することで、性質が変化し、内部に毒を生成するらしい。
 微毒という名前の通り、そこまで強くはないが、傷口に塗り込めば化膿させたり、腐食を早めたり……。
 また、服用すると、短時間の意識低下を引き起こすらしい。

「微毒って言いつつ、結構怖い毒ですね……」
「ああ、そうさ。弱くても毒だからね。ただ、意識低下を起こすことで痛みを感じにくくさせたり、眠らせるための補助に使うこともあるんだよ」
「ああ、なるほど」

 つまり、眠らせるタイプの麻酔みたいな使われ方もしているのか……。
 この世界はポーションがあるから、怪我をしても治しやすいけれど、即効性以外はゆっくりと回復していく。
 つまり、大怪我や死にかけるような怪我をした時は、長時間耐えなければいけなくなる。
 そういった時は、こういった毒をつかって、あえて眠らせてしまう方が本人にとっても楽になるんだろう。
 ――お薬だって使い方では毒になるし、それは言い換えてしまえば毒だってお薬になるってことだ。

「もちろん用法や用量には注意しないといけないけどね。ただ、薬も毒も、結局の所は使い方次第なのさ」

 おばちゃんが[ポルの微毒薬]を棚にしまいながら、そう締めくくる。
 それは単純なようで――とても大事なことだと言われているような気がして、忘れないように僕は頭の中で復唱した。

 ――うん、がんばろう。

 両手に自然と力が入る。
 その手にふわりと風が吹いた。
 まるで「私も一緒に」とシルフと手を重ねているような気がした。

「それじゃ、次に街の外に行くことがあったら、これを持っておいき」
「ん?」

 その言葉と一緒に、1冊の本が手渡される。
 古いからなのか、使い込まれているからなのか、くたびれた感じの本だ。

「これは?」
「私があんたと同じくらいの時に、先生から貰ったものさ」

 おばちゃんは懐かしむように僕の手に握られている本へと視線を落とす。

「そんな、大事なものじゃ……!」
「ああ、とても大事なものさ。でもね、本は大事にしまっておくよりも、必要としている人に読んで貰うのが一番良いことさ」

 おばちゃんのいる場所――カウンターの隣。
 カウンターに座っていても手が届くそこに、不自然に空いている隙間があった。
 ちょうど、この本くらいのスペース……つまりそれは。

「いいん、ですか?」
「ああ、いいさ。あんたみたいな頑張ってくれそうな子に渡すならね」

 そういっておばちゃんは僕の頭を撫でる。
 その優しい手つきに何も返せなくて、僕は本を胸に抱いた。

「……大事にします」
「よろしく頼むよ」
「はい……!」



「うーむ……。こうやってページをめくるだけでも、見覚えのあるものがちらほらあるみたいだ」
「森で見かけたものですか?」
「森で、というより街の付近でも何種類かあるみたいだね。薬草以外はそこまで気にしてなかったから気付かなかったけど」

 言いながらもページを確認しては、次を開く。
 へー、水に浮いた木みたいな草、か……面白いものもあるんだな。

「やはり森の中の方が多そうですね」
「んー、それは仕方ないかな。ただ、スキルのレベルも下がっちゃったし、少しの間はレベル上げも兼ねて街の近くがいいだろうね」

 頷くシルフを尻目に、でも……と考える。
 僕とシルフだけだと危ないけれど、今日おばちゃんがいってた通り、アルさんやトーマ君が一緒なら森でも大丈夫かも知れない。
 ただ、アルさんはパーティーで動いてるだろうし、トーマ君は……何してるかわからない。

「……普段、何してるんだろう」
「トーマ様ですか?」
「うん。そういえば聞いたことないなーって」
「そうですね……以前お会いしたときはおひとりでしたけど……」

 シルフと2人で「うーん」と眉間に皺を寄せて考える。
 僕よりは強いのは確かだと思うけど、パーティーで戦ってるのはなんだか想像できないし……。
 そもそも、トーマ君に守られるっていうのもなんだか変な感じだし。
 少し軽い口調とか、人で面白がるところとかが子供っぽく感じるんだと思う。
 ……なんかごめんね?

「まぁ、その辺は今度アルさんにでも聞いて見よう。ポーションを渡すときとかにさ」

 たぶん数日内には連絡があるか、ポーションを受け取りに来るかするだろうし。
 「そうですね」と同意するシルフの頭を撫でてから、僕はまた本へと視線を落とした。
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