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普通の友達になんて、戻りたくない
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僕たちは、散々な始まり方だった。
……すべて、僕のせいなんだけれど。
大助が引き当てた、高級ホテルのペアチケット旅。
大助とダブルベッドで寝たことで引き起こされた僕の欲望と、大助の元来より秘めていた僕への欲望が重なり合って、衝動的に互いをむさぼった。
半ば事故みたいな形で身体を通わせてしまった僕たちは、日常に引き戻されてから、どこかギクシャクしていた。
要するに、あの旅以来、僕たちは互いに触れることはおろか、愛を語らうこともなく。
でもなんか、親友じゃなくて、あれだけ愛し合ったんだから、どちらかといえば恋人なはずなんだけど。
ひょっとして、一回寝ただけで恋人ヅラはやりすぎなのか?
……およそ半月。
関係に名前も付けきれないまま、いたずらにもどかしい月日を重ねていった。
――ひとえに、僕が大助に、きっちり想いを伝えていないからなんじゃないかと思う。
あのときも、それからも、大助に「好き」と言っていない。
もしかしたら大助からは、僕は大助を好きなわけではないけれど、ただ男とセックスがしたくて都合がよかったんだと思われている、かもしれない。
というか、そんな気がする。
「……そういうわけじゃ、ないんだけどな」
誤解されても仕方ないが、僕もずいぶん、気持ちの整理が付いてきた。
もともと大助はタイプだったけれど、どうにかなりたいとは思わなかったし。
僕自身、恋人がいない間は、好みであれば相手は問わないような部分もあったけれど。
……今は確実に、僕は大助と一緒になりたいし、大助以外は考えられない。
今でも耳元で愛を囁かれる感覚を思い起こしては、胸を熱くする。
あの日僕は、身体も心も、すっかり彼に絆されてしまった。
身体の関係が欲しいんじゃない、大助が好き。
それを伝えて、けじめを付けないと、先には進めない。
だから僕は、大助にちゃんと、僕の気持ちを伝えようと思った。
決行は、今日。
この微妙な関係に、終止符を打つために。
今日は大助の大学帰りに、駅前に出来たカフェに行ってみよう、という約束になっていた。
特にデートという感覚も無く、僕たちの間ではよくあることだ。
今日もその、延長線上の誘いだと思っているが。
僕は今日……これからは恋人として、そういう付き合いをしたいと、はっきり大助に告げたいと思う。
そのカフェは思ったよりも大きな店舗で、広々としたテーブルとふかふかの椅子が心地よかった。
ディナーメニューが自慢ということだったけれど、その自負のとおり、申し分ないおいしさ。
ミートソースパスタの食感も、風味も、これが家でなんとか再現できたらと思うほどだった。
そんなメインをあっという間に平らげてしまった後。
僕は、どう話を切り出そうか悩みながら、コーヒーを飲んでいた。
向かいの席には、同じくクリームパスタを食べ終え、優雅に紅茶を飲む大助。
食後のデザートに注文していカタラーナがサーブされた後、話を切り出したのは大助だった。
「……いい所だね、ここ。今度はランチで来てみたい」
「う、うん」
僕をチラリと見てから、大助はティーカップを置く。
「……民人くん、今日ここに誘ったのは、この店が気になってたからって言うのもあるけど。……民人くんに、伝えたいことがあって」
はっきりとは理由を言わず、僕に問いかける。
「……何?」
あくまで平静を装っているけれど、内心緊張で心臓が張り裂けそうだった。
大助は、ふう、と息を吐いてから、僕に向き直る。
「ホテルでのこと。謝りたくて」
「あやま……?」
大助はいたって真面目な表情だったが、僕には何を謝りたいのかさっぱりわからなかった。
だって、明らかに僕が謝るべきだろう。
「俺、完全に暴走してた。いくら民人くんがあんなことしてたからって、だからって……。謝って済む問題じゃないかも知れないけど、ごめんなさい」
そう言って、頭を下げる。
「だ、大助。ちょっとまって」
「……ああ……思い出したくもなかったなら、ホントにごめん。もう二度と、この話はしないから」
彼の言葉が、どこか遠くで聞こえるようだった。
つまり、大助は、謝罪している。
確かにちょっと、強引だったけれど。
「……僕を抱いたこと、後悔してるの?」
彼はただ、うつむく。
「正直もう、俺たち、普通の友達に戻れないかもって。……あんなこと、しなきゃよかったって」
彼は、友達に戻りたい、無かったことにしたいと、思っているということ。
そんなの。
「……僕は、嫌だ、普通の友達になんて、戻りたくない」
僕がぽつりとつぶやいたその言葉に、大助は目を丸くした。
「謝らないで欲しい。僕は僕の意思で、大助に抱かれたんだから」
「民人くん……」
「なかったことになんて、したくないよ」
宙に浮いた大助の手を握ると、彼は赤面した。
「それ、どういう……」
「大助、僕こそ、こんな始まり方になっちゃって、本当にごめんなさい。でも、あの日大助の気持ち、たくさん聞いて、すごく嬉しくて、満たされて。それで気づいた……僕も、大助が好きだって」
彼の手が、熱い。
「大助がまだ、僕のこと好きでいてくれたら、あの日のこと……」
「好きだ、民人くん」
遮るように、大助は言い切る。
「……恥ずかしいな、民人くんに甘えっぱなしで……俺だって本当は、友達になんて、戻りたくない」
「……大助」
「でも、民人くんのこと、ちゃんと振り向かせたくて。民人くんの心が欲しくて。だから、イチから始めたかった、なんて我が儘だよな」
「ううん。僕もう、振り向いたから。大助に、心奪われてるから。……今日から、はじめよう。僕たち」
大助は安堵の表情を浮かべ、いつものようにへらっと笑った。
「うん。……デザート、溶けないうちに、食べよっか」
帰り道。
僕たちは手をつないで、帰路につく。
今日はもう、帰るだけ……帰ったら、僕たち……。
胸を弾ませながら帰ってからのことを考えていたら、店を出て数分たったところで、大助が立ち止まった。
「……大助?」
「民人くん。情けない話だけど……聞いてくれる?」
「どうしたの?」
大助は赤面しながらも、僕を見て、はっきりと言う。
「俺、あの日からもう一度……民人くんに、ずっと触れたくて仕方なかった」
その言葉に、胸が高鳴る。
今、それを言うってコトは、つまり。
大助も期待していると思ったら、いても立ってもいられなくなって。
あたりを見回したとき、その建物が目に入る。
「……大助、家まで待てる? 僕、無理かも……」
……すべて、僕のせいなんだけれど。
大助が引き当てた、高級ホテルのペアチケット旅。
大助とダブルベッドで寝たことで引き起こされた僕の欲望と、大助の元来より秘めていた僕への欲望が重なり合って、衝動的に互いをむさぼった。
半ば事故みたいな形で身体を通わせてしまった僕たちは、日常に引き戻されてから、どこかギクシャクしていた。
要するに、あの旅以来、僕たちは互いに触れることはおろか、愛を語らうこともなく。
でもなんか、親友じゃなくて、あれだけ愛し合ったんだから、どちらかといえば恋人なはずなんだけど。
ひょっとして、一回寝ただけで恋人ヅラはやりすぎなのか?
……およそ半月。
関係に名前も付けきれないまま、いたずらにもどかしい月日を重ねていった。
――ひとえに、僕が大助に、きっちり想いを伝えていないからなんじゃないかと思う。
あのときも、それからも、大助に「好き」と言っていない。
もしかしたら大助からは、僕は大助を好きなわけではないけれど、ただ男とセックスがしたくて都合がよかったんだと思われている、かもしれない。
というか、そんな気がする。
「……そういうわけじゃ、ないんだけどな」
誤解されても仕方ないが、僕もずいぶん、気持ちの整理が付いてきた。
もともと大助はタイプだったけれど、どうにかなりたいとは思わなかったし。
僕自身、恋人がいない間は、好みであれば相手は問わないような部分もあったけれど。
……今は確実に、僕は大助と一緒になりたいし、大助以外は考えられない。
今でも耳元で愛を囁かれる感覚を思い起こしては、胸を熱くする。
あの日僕は、身体も心も、すっかり彼に絆されてしまった。
身体の関係が欲しいんじゃない、大助が好き。
それを伝えて、けじめを付けないと、先には進めない。
だから僕は、大助にちゃんと、僕の気持ちを伝えようと思った。
決行は、今日。
この微妙な関係に、終止符を打つために。
今日は大助の大学帰りに、駅前に出来たカフェに行ってみよう、という約束になっていた。
特にデートという感覚も無く、僕たちの間ではよくあることだ。
今日もその、延長線上の誘いだと思っているが。
僕は今日……これからは恋人として、そういう付き合いをしたいと、はっきり大助に告げたいと思う。
そのカフェは思ったよりも大きな店舗で、広々としたテーブルとふかふかの椅子が心地よかった。
ディナーメニューが自慢ということだったけれど、その自負のとおり、申し分ないおいしさ。
ミートソースパスタの食感も、風味も、これが家でなんとか再現できたらと思うほどだった。
そんなメインをあっという間に平らげてしまった後。
僕は、どう話を切り出そうか悩みながら、コーヒーを飲んでいた。
向かいの席には、同じくクリームパスタを食べ終え、優雅に紅茶を飲む大助。
食後のデザートに注文していカタラーナがサーブされた後、話を切り出したのは大助だった。
「……いい所だね、ここ。今度はランチで来てみたい」
「う、うん」
僕をチラリと見てから、大助はティーカップを置く。
「……民人くん、今日ここに誘ったのは、この店が気になってたからって言うのもあるけど。……民人くんに、伝えたいことがあって」
はっきりとは理由を言わず、僕に問いかける。
「……何?」
あくまで平静を装っているけれど、内心緊張で心臓が張り裂けそうだった。
大助は、ふう、と息を吐いてから、僕に向き直る。
「ホテルでのこと。謝りたくて」
「あやま……?」
大助はいたって真面目な表情だったが、僕には何を謝りたいのかさっぱりわからなかった。
だって、明らかに僕が謝るべきだろう。
「俺、完全に暴走してた。いくら民人くんがあんなことしてたからって、だからって……。謝って済む問題じゃないかも知れないけど、ごめんなさい」
そう言って、頭を下げる。
「だ、大助。ちょっとまって」
「……ああ……思い出したくもなかったなら、ホントにごめん。もう二度と、この話はしないから」
彼の言葉が、どこか遠くで聞こえるようだった。
つまり、大助は、謝罪している。
確かにちょっと、強引だったけれど。
「……僕を抱いたこと、後悔してるの?」
彼はただ、うつむく。
「正直もう、俺たち、普通の友達に戻れないかもって。……あんなこと、しなきゃよかったって」
彼は、友達に戻りたい、無かったことにしたいと、思っているということ。
そんなの。
「……僕は、嫌だ、普通の友達になんて、戻りたくない」
僕がぽつりとつぶやいたその言葉に、大助は目を丸くした。
「謝らないで欲しい。僕は僕の意思で、大助に抱かれたんだから」
「民人くん……」
「なかったことになんて、したくないよ」
宙に浮いた大助の手を握ると、彼は赤面した。
「それ、どういう……」
「大助、僕こそ、こんな始まり方になっちゃって、本当にごめんなさい。でも、あの日大助の気持ち、たくさん聞いて、すごく嬉しくて、満たされて。それで気づいた……僕も、大助が好きだって」
彼の手が、熱い。
「大助がまだ、僕のこと好きでいてくれたら、あの日のこと……」
「好きだ、民人くん」
遮るように、大助は言い切る。
「……恥ずかしいな、民人くんに甘えっぱなしで……俺だって本当は、友達になんて、戻りたくない」
「……大助」
「でも、民人くんのこと、ちゃんと振り向かせたくて。民人くんの心が欲しくて。だから、イチから始めたかった、なんて我が儘だよな」
「ううん。僕もう、振り向いたから。大助に、心奪われてるから。……今日から、はじめよう。僕たち」
大助は安堵の表情を浮かべ、いつものようにへらっと笑った。
「うん。……デザート、溶けないうちに、食べよっか」
帰り道。
僕たちは手をつないで、帰路につく。
今日はもう、帰るだけ……帰ったら、僕たち……。
胸を弾ませながら帰ってからのことを考えていたら、店を出て数分たったところで、大助が立ち止まった。
「……大助?」
「民人くん。情けない話だけど……聞いてくれる?」
「どうしたの?」
大助は赤面しながらも、僕を見て、はっきりと言う。
「俺、あの日からもう一度……民人くんに、ずっと触れたくて仕方なかった」
その言葉に、胸が高鳴る。
今、それを言うってコトは、つまり。
大助も期待していると思ったら、いても立ってもいられなくなって。
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